ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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出立

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 予定どおりの時刻に邸を出立した。

 ブリアール公爵家の移動は大がかりなもので、人を乗せた馬車だけでも八台が連なり、その間に棺を乗せた荷馬車を挟み、護衛の騎士が馬に乗り馬車を囲むというものだ。 

 ブリアール公爵家騎士団の八割が旅に同行し警護にあたり、残りの二割が首都の邸を警護する。その二割に精鋭は含まれておらず、邸がかなり手薄になることが懸念された。 

 事前の情報から治安の悪い道を避けての移動だが、一昨年の水害のせいで家や家族を失った者が徒党を組んで強盗を働く事件もあり警戒は怠れない。

 俺は王国騎士団に話をつけ、十数名を半月ほど首都の邸の警護に借りた。 

 自然災害は無差別に人を家を畑を馬を牛を襲った。 だが無差別のなかに難を逃れた領地があることも事実だ。 

 国の南に行くにつれ被害は大きい。我がブリアール領地は北西にあり、被害はあっても立ち直れる程度のものだった。公爵家の財産だけで建て直せるほどの被害は運がよかった。 


「寄越せ」 

「はい」 

 俺は馬車に揺られながら礼状を書いている。 ガガは俺の書いた礼状を畳み、封筒に仕舞う。 

「閣下と乗ると豪華な馬車も狭く感じますね」 

 俺の台詞だろうが。 

「領邸の女の子は成長したかなぁ…食べ頃かなぁ…俺の髪が生えてて驚きますかねぇ」 

 なぜこんな男がモテる? 

 太い指で器用に作業するガガは鼻唄を歌いながら頭まで揺らしている。 

「ロシェル様と同室って相手の家に伝えてます?」 

「伝えんでも俺の部屋は広いだろ」 

 公爵だぞ。狭い客室を与えんだろ。 

「っすねぇ…ロシェル様が心配っす」 

「夢遊病か?」 

「それもありますけど…あの匂いっす。あの夜、俺は女を三人抱きましたよ。もお!無理ぃ!ガガちゃんの体力無限~…って泣かれたっす」 

 俺は苛立ちを抑えられず、せっかく書いた礼状を丸めてガガに投げる。 

「変な声を出すな!」 

「閣下」 

 ガガの真剣な顔に頬が力む。 

「あれは問題が起きます」 

「ああ」 

 だがあの夜だけだ。 

「悪魔の泉のせいではないことは確かだな?」 

「ガダードに聞きましたよ。そんな作用があれば危なくて売れないって」 

 その通りだな。ガガは残り香だけで女を三人も抱き潰した。離邸に使用人が少なかったことが幸いだった。 

「ロシェルから…昨日一晩ロシェルの部屋にいたがあの匂いはしなかった」 

 念のため一睡もしていないが。

「様子をみる…」 

 俺は新しい紙を広げる。

「閣下、後回しにしないほうが」 

「ロシェルに聞けるか?あれは覚えていない。あの匂いはなんだと…ガガ…ロシェルが知っているように見えんから聞かん。なにか知っているのは伯だ」 

「アラント伯?」 

「ああ」 

 奴は血色のいいロシェルを見て体調を尋ねた……ビアデットもだ。

「ガガ、ビアデット宛のやつを寄越せ」 

 ガガは手紙の束から抜き出した。それを受け取り、手紙を取り出し広げる。 弔問の礼の常套句と俺の名を書いた。その下の余白に伝言を綴る。 

「時間を作れ…ビアデット公爵が邸から出ますかね?」 

 覗き込んだガガが勝手に読んで呟いた。 

「出なければお前が首根っこ捕まえて俺の前に差し出せ」 

「了解」 

 冗談だ、阿呆め。 

 アラント伯に宛てる礼状はこれから書く。二人が呼ばれたと知ったとき、お互いどんな顔をするか。 

「しかし閣下、本当に同室で平気ですか?」 

 ガガの視線は俺の股間に向かった。夢精のことを言っているらしい。 

「風呂場で抜けばいいだろ」 

 夢精は自慰をしなかったことが原因だとやっと気づけた。出して空にしておけば出るものも出んだろ。 

「閣下、ロシェル様と同室ということは同じ浴室を使うということですね」 

「だからなんだ」 

「閣下の残り湯はロシェル様に酷ですからロシェル様の残り湯を閣下が使うわけです。そしてその残り湯を俺が使います!」 

 離邸で暮らすようになり、ガガは俺の浴室を使っていた。 

「閣下の子種混じりの湯はやだ…」 

「黙れ」 

「せめて浴槽の外に吐き出してください」 

「阿呆。貴様が浴室から出てみろ。ロシェルが泣くぞ」 

「え…じゃあ…湯は?」 

「我慢しろ」 

「そんな…」 

「他の騎士らと共に入れ」 

「閣下、むっさい男たちの湯がどうなるかご存じで?」 

「贅沢に慣れるな」 

「綺麗な湯って幸せなんっすよ~」 

 戦場では湯さえなかったろうが。 

「アプソは使用人の馬車に?」 

「ああ」 

「こういう仕事はアプソが適任っすよ」 

「…誰でもできるだろ」 

 俺は何度も同じ文を書き、サインをしている。睡眠不足の俺は欠伸を何度もかみ殺している。 子爵位男爵位はジェレマイアに任せたが。 


 フランセー侯爵領地は首都の隣にある。そのためなかなか栄え、華やかな土地だ。

 首都の西関門を過ぎるのが夕方になり、フランセー領邸には夜近くになるだろう。 それでも当主一家はブリアールの到着を待ち、共に食事をすることになる。 

 父上が領地で最後を迎えていれば面倒なことは減らせたが、今さらだ。

 ロシェルがブリアールの一員として他家の者と食事をとるのははじめてだ。ステイシーたちとも、ほぼはじめてみたいなものだ。何事もなく終わればいいが。 


 ブリアール公爵家の馬車列は先に報せていたおかげで順調に進み、夜の始まりにはフランセー侯爵領に入った。 

 フランセー領邸に到着したのは、子供ならば寝ているだろう時間になっていた。 

 馬車が停まり、馬の蹄の音が緩やかに続いたあと扉が叩かれた。 

「旦那様」 

 ゼノの声に返事をすると扉が開かれ、先にガガが下り立ち、俺もそれに続くと邸の正面扉の前にフランセー侯爵一家が並んでいた。 

「ブリアール公爵閣下」 

「フランセー侯爵」 

 差し出された手を掴む。 

「葬儀に移動にとお疲れでしょう」 

「遅くなって申し訳ないな」 

「棺を乗せた馬車は速度が出せないとわかっています。さあ、食事を。騎士諸君の分もありますから」 

 サイモン・フランセーの隣に立っていた女はステイシーの名を呼びながら俺の後ろへ向かった。

 第二夫人、第三夫人、侯爵の息子らと娘らは静かにとどまっているが、幼そうな子供は不機嫌な顔を隠そうともしていない。腹が減ったよな。 

「いやぁ…ブリアールの皆様を迎えることができるとは名誉なことです」 

 滅多にないことではあるな。 

 俺はロシェルが気になり顔を傾ける。

 後列だったロシェルの馬車も無事に停まり扉は閉ざされたままだが、近づく者に眉間が力んだ。 

 ジェレマイアはロシェルの馬車の扉を叩き、なにかを伝えているように見えた。 

「中へ」 

「フランセー侯、ロシェルは私の部屋でいい」 

 俺はロシェルとジェレマイアを見ながらフランセーに伝える。 

「…承知しました」 

 馬車から降りようとするロシェルにジェレマイアが手を差し出している。ロシェルの困惑する顔は離れていても見えた。




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