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デイビッドはマリエルとそれから二度交わったが、番が気を失うまで離さないフェンリルに比べると短く終わった。
デイビッドが淡泊だった訳でなく、体の方が限界だった。
デイビッドは性行為の最中から、狼に戻っていった。
最後にはデイビッドの顔は狼の容姿に変わっていた。
「マリエルは、僕が君のことを『好きじゃない』って言ったのを聞いてしまったんだね」
くぐもって聞き辛い声で、デイビッドは十年前のあの時のことに触れた。
「うん」
マリエルはまっすくデイビッドを見て、頷く。
今なら、どんな理由でもちゃんと向かい合える気がした。
今もフェンリルの魅了はマリエルを包み込んでいる。
『マリエルマリエルマリエルあああああああ愛している愛している愛している』
「あんなことを言った理由を、ちゃんと話すよ……」
苦しげにそう紡いだのを最後に、デイビッドは狼の姿になっていた。
***
翌日から、マリエルとデイビッドは再び檻の中に戻っていた。
デイビッドは狼になったり狼人間となったり、不安定な変身を繰り返すようになった。
そんなデイビッドを見て、魔法省の研究者はともかく、使用人達が不安がった。
デイビッドを見て怯えてしまうので、マリエルは自主的に修理が終わったという檻に戻ることにした。
「僕はその方がありがたいけど、いいの?」
「ああ、いいんだ」
檻ごしに話すバーナビーは自分の方が到底納得していない様子だ。
バーナビーは小声でマリエルに囁く。
「……みんな馬鹿みたいだよね、檻なんてもう意味ないのに」
既にデイビッドは影渡りという魔物達が使う技を身に付けていた。
影から影に移動するという技で、自分自身だけではなく、マリエルも連れてどこでも行ける。
更にデイビッドは成長を続けて四メートル近い。
このサイズまで成長すると、デイビッドは物理的に檻を破壊出来る。
「仕方あるまい。何事も形が大事だ」
ことは魔法省と軍の対立ではない。影にいるのは王家だ。
王家がデイビッドを支配下に置きたいのだ。
軍に三体のフェンリル。
一体だけでもこの国を守り切れる。
王家は新たに戦列に加わったデイビッドを自らの道具と取り込みたかった。
今軍部は王に忠誠を誓い、ベネデット将軍やブルーノに謀反の意志はないし、デイビッドにもないが、三体のフェンリルが結託するのを怖れているようだ。
マリエルがデイビッドの子を産めば、フェンリルは増える可能性もある。
軍、王家、魔法省、三者のバランスが狂いかねない事態だった。
当事者でありながら一介の騎士であるマリエルに出来ることは限られていた。
だが騎士としては、王家に恭順を示す時だと、マリエルは考える。その旨、父とブルーノに手紙をしたためた。
ついでに一夜だけだがデイビッドと会話出来たことも記した。
「今更ブルーノ卿の言葉が沁みるなぁ。『フェンリルは僕らの実験動物ではない』って奴」
とバーナビーはぼやく。
「デイビッド達が本気出せば本当に終わりだよ。つまらない駆け引きなんかして、上の人達も何考えてるんだか……」
騎士というのは案外不自由なものだ。
マリエルもおそらくデイビッドもこの程度のしがらみは慣れているが、学者肌のバーナビーはあまり経験がないらしく、グッタリしている。
駆け引きに疎いバーナビーだが、学者ならではの見識がある。
真面目な声で呟いた。
「フェンリルはね、番を守るついでにこの国も守ってくれるんだ。人は人の中でしか生きていけない。だからフェンリルは獣化を解いて番のために人化するんだ」
「番のためにか……」
確かに騎士であるマリエルは一般の貴族女性よりはこなせることも多いが、その分、不便な辺境の暮らしがどういうものかはよく知っている。
所詮はお嬢様育ちのマリエルはデイビッドと二人、何もかも捨てて山奥で暮らすなんていうのは、不可能だ。であればデイビッドはここに留まるしかない。
「まるで、私はデイビッドの足枷のようだな……」
マリエルはふと、そう思う。
それを聞いてバーナビーは、マリエルではなく、すぐ横に侍っているデイビッドに視線を向けた。
デイビッドは今は狼の姿でピッタリとマリエルにくっつき、巨躯を丸めて眠っている。
「そうかな?フェンリルは愛情深い生き物だ。番が喜ぶ姿が見たくてたまらないんだよ。そんな彼らが愛する者に会えずに死んでいくのは、幸せかい?」
「…………」
「まあデイビッドの人化のコントロールも上手くいってる。もうちょっとだね。えっとこれ、内々にブルーノ卿から聞いたんだけど、戻ったら君達、結婚式だって」
デイビッドも耳をピクッと上げて目を覚ました。
「けっ、結婚か?」
「当然だろう?君達婚約者なんだし、あの、それに、いつ子供産まれるか分かんないだろう?」
とバーナビーは頬を赤らめた。
デイビッドは昼間は狼だが、夜は狼人間に戻っている。
狼の顔で言葉は喋れないが、腕だけ完全に人間に戻ったりとデイビッドは自分の体をコントロールしようとしていた。
セックスは一応しているが、コントロールが上手く行かないのか、二、三度するとデイビッドの方から苦悶の声を上げて体を離す。
その反動で、昼は寝ていることが多かった。
要するにやることは欠かさずにやっている。
思わず、マリエルとデイビッドは顔を見合わせた。
「結婚か……」
当然の流れだろうが、マリエルは狼狽えた。
「くーん」
デイビッドは嬉しげにマリエルに頬をすり寄せる。
尻尾を激しく振っている。
「デイビッドは嬉しそうだねぇ」
とバーナビーがからかう。
「すぐに結婚出来るように用意はしておくってさ」
「そ、そうか……」
鉄格子越しだが、三人の幼なじみがのんびりと会話を楽しんでいた時だった。
ガヤガヤとドアの向こうから音が聞こえてきた。
「早くそこをおどきなさい!」
と苛立ちに満ちた声が、誰かを怒鳴りつける。
「なっ、なんだ?」
とバーナビーが怯える。
デイビッドは一瞬のうちにマリエルの首根っこを掴むと自分の背後に移動させ、前に立つ。
そうこうしているうちにドアが開いて、いかにも高位貴族の娘らしい気位の高そうな女性が入ってくる。
デイビッドはむせかえるような香水の匂いに顔をしかめた。
「あら、まだ狼なの?」
さすがにデイビッドの大きさにギョッとしたようで、それ以上近づこうとはしないが、高慢な態度は崩さない。
「え、あの、その、どうしてここに?ここは研究施設でして一般の方の立ち入りは……」
とバーナビーは果敢に訴えたが、女性は「ふん」と一瞥しただけだ。
「マリエル・ダーリングはどこ?」
名を呼ばれて、マリエルは立ち上がる。
「私ですが」
「あなたが、デイビッド様の番なのね」
「は、はい」
「わたくしはゼナイド・モナハン。公爵家の娘です。デイビッド様の母方の実家の主家に当たる家の者です」
と女性は名乗った。
「お初にお目にかかります。マリエル・ダーリングでございます」
マリエルは片手を胸に当て、頭を軽く下げる騎士の略礼を執った。
ゼナイドは敬意を示すマリエルに満足そうに頷く。
「フェンリルの習性は知っております。ですがデイビッド様は人間です。表を取り仕切る、きちんとした身分の女性が必要なのは分かるでしょう?」
「は、はぁ……」
マリエルが引きつった顔をすると、ゼナイドは顔をしかめた。
「まったく、子爵の娘でおまけに騎士だなんて何も知らないのね。ここはわたくしに礼を言うべきでしょう。妾としてあなたのことは認めると言っているのですから」
「め、めかけ?」
マリエルはれっきとした子爵家の娘だ。もっと高位貴族と縁付くなら正妻になれない可能性もあるが、そんな高望みはしていない。
デイビッドがいたので結婚を真面目に考える機会はなかったが、気が合えば庶民相手でもマリエルは気にしない。とにかく妾はない。
「フェンリルは番以外は愛しませんよ」
バーナビーが横からへなちょこながら公爵家の令嬢に物申す。
だがまたも「ふん」と鼻で笑われた。
「愛すなんて、馬鹿馬鹿しい。汚らわしいけだものの相手はこのままあなたがしなさいな。あなた方の邪魔はしないわ。ただ、わたくしが彼の正妻です。形だけとはいえ、子爵の息子が公爵家の姫と結婚だなんて、名誉なことでしょう」
引き連れてきたゼナイドの取り巻きが一斉に頷く。
デイビッドは飛びかかりたかったが、マリエルがデイビッドの耳を撫でるのだ。
くすぐったい。
マリエルはそこがデイビッドの性感帯なことを知って弄んでいる。
「くぅぅん」
とデイビッドがだらしなく声を上げる中、
「そのようなお話は私ではお返事しかねます。バークレイ家におっしゃってください」
とマリエルはデイビッドの婚約者役を演じていた時のようにツンと答えた。
デイビッドが淡泊だった訳でなく、体の方が限界だった。
デイビッドは性行為の最中から、狼に戻っていった。
最後にはデイビッドの顔は狼の容姿に変わっていた。
「マリエルは、僕が君のことを『好きじゃない』って言ったのを聞いてしまったんだね」
くぐもって聞き辛い声で、デイビッドは十年前のあの時のことに触れた。
「うん」
マリエルはまっすくデイビッドを見て、頷く。
今なら、どんな理由でもちゃんと向かい合える気がした。
今もフェンリルの魅了はマリエルを包み込んでいる。
『マリエルマリエルマリエルあああああああ愛している愛している愛している』
「あんなことを言った理由を、ちゃんと話すよ……」
苦しげにそう紡いだのを最後に、デイビッドは狼の姿になっていた。
***
翌日から、マリエルとデイビッドは再び檻の中に戻っていた。
デイビッドは狼になったり狼人間となったり、不安定な変身を繰り返すようになった。
そんなデイビッドを見て、魔法省の研究者はともかく、使用人達が不安がった。
デイビッドを見て怯えてしまうので、マリエルは自主的に修理が終わったという檻に戻ることにした。
「僕はその方がありがたいけど、いいの?」
「ああ、いいんだ」
檻ごしに話すバーナビーは自分の方が到底納得していない様子だ。
バーナビーは小声でマリエルに囁く。
「……みんな馬鹿みたいだよね、檻なんてもう意味ないのに」
既にデイビッドは影渡りという魔物達が使う技を身に付けていた。
影から影に移動するという技で、自分自身だけではなく、マリエルも連れてどこでも行ける。
更にデイビッドは成長を続けて四メートル近い。
このサイズまで成長すると、デイビッドは物理的に檻を破壊出来る。
「仕方あるまい。何事も形が大事だ」
ことは魔法省と軍の対立ではない。影にいるのは王家だ。
王家がデイビッドを支配下に置きたいのだ。
軍に三体のフェンリル。
一体だけでもこの国を守り切れる。
王家は新たに戦列に加わったデイビッドを自らの道具と取り込みたかった。
今軍部は王に忠誠を誓い、ベネデット将軍やブルーノに謀反の意志はないし、デイビッドにもないが、三体のフェンリルが結託するのを怖れているようだ。
マリエルがデイビッドの子を産めば、フェンリルは増える可能性もある。
軍、王家、魔法省、三者のバランスが狂いかねない事態だった。
当事者でありながら一介の騎士であるマリエルに出来ることは限られていた。
だが騎士としては、王家に恭順を示す時だと、マリエルは考える。その旨、父とブルーノに手紙をしたためた。
ついでに一夜だけだがデイビッドと会話出来たことも記した。
「今更ブルーノ卿の言葉が沁みるなぁ。『フェンリルは僕らの実験動物ではない』って奴」
とバーナビーはぼやく。
「デイビッド達が本気出せば本当に終わりだよ。つまらない駆け引きなんかして、上の人達も何考えてるんだか……」
騎士というのは案外不自由なものだ。
マリエルもおそらくデイビッドもこの程度のしがらみは慣れているが、学者肌のバーナビーはあまり経験がないらしく、グッタリしている。
駆け引きに疎いバーナビーだが、学者ならではの見識がある。
真面目な声で呟いた。
「フェンリルはね、番を守るついでにこの国も守ってくれるんだ。人は人の中でしか生きていけない。だからフェンリルは獣化を解いて番のために人化するんだ」
「番のためにか……」
確かに騎士であるマリエルは一般の貴族女性よりはこなせることも多いが、その分、不便な辺境の暮らしがどういうものかはよく知っている。
所詮はお嬢様育ちのマリエルはデイビッドと二人、何もかも捨てて山奥で暮らすなんていうのは、不可能だ。であればデイビッドはここに留まるしかない。
「まるで、私はデイビッドの足枷のようだな……」
マリエルはふと、そう思う。
それを聞いてバーナビーは、マリエルではなく、すぐ横に侍っているデイビッドに視線を向けた。
デイビッドは今は狼の姿でピッタリとマリエルにくっつき、巨躯を丸めて眠っている。
「そうかな?フェンリルは愛情深い生き物だ。番が喜ぶ姿が見たくてたまらないんだよ。そんな彼らが愛する者に会えずに死んでいくのは、幸せかい?」
「…………」
「まあデイビッドの人化のコントロールも上手くいってる。もうちょっとだね。えっとこれ、内々にブルーノ卿から聞いたんだけど、戻ったら君達、結婚式だって」
デイビッドも耳をピクッと上げて目を覚ました。
「けっ、結婚か?」
「当然だろう?君達婚約者なんだし、あの、それに、いつ子供産まれるか分かんないだろう?」
とバーナビーは頬を赤らめた。
デイビッドは昼間は狼だが、夜は狼人間に戻っている。
狼の顔で言葉は喋れないが、腕だけ完全に人間に戻ったりとデイビッドは自分の体をコントロールしようとしていた。
セックスは一応しているが、コントロールが上手く行かないのか、二、三度するとデイビッドの方から苦悶の声を上げて体を離す。
その反動で、昼は寝ていることが多かった。
要するにやることは欠かさずにやっている。
思わず、マリエルとデイビッドは顔を見合わせた。
「結婚か……」
当然の流れだろうが、マリエルは狼狽えた。
「くーん」
デイビッドは嬉しげにマリエルに頬をすり寄せる。
尻尾を激しく振っている。
「デイビッドは嬉しそうだねぇ」
とバーナビーがからかう。
「すぐに結婚出来るように用意はしておくってさ」
「そ、そうか……」
鉄格子越しだが、三人の幼なじみがのんびりと会話を楽しんでいた時だった。
ガヤガヤとドアの向こうから音が聞こえてきた。
「早くそこをおどきなさい!」
と苛立ちに満ちた声が、誰かを怒鳴りつける。
「なっ、なんだ?」
とバーナビーが怯える。
デイビッドは一瞬のうちにマリエルの首根っこを掴むと自分の背後に移動させ、前に立つ。
そうこうしているうちにドアが開いて、いかにも高位貴族の娘らしい気位の高そうな女性が入ってくる。
デイビッドはむせかえるような香水の匂いに顔をしかめた。
「あら、まだ狼なの?」
さすがにデイビッドの大きさにギョッとしたようで、それ以上近づこうとはしないが、高慢な態度は崩さない。
「え、あの、その、どうしてここに?ここは研究施設でして一般の方の立ち入りは……」
とバーナビーは果敢に訴えたが、女性は「ふん」と一瞥しただけだ。
「マリエル・ダーリングはどこ?」
名を呼ばれて、マリエルは立ち上がる。
「私ですが」
「あなたが、デイビッド様の番なのね」
「は、はい」
「わたくしはゼナイド・モナハン。公爵家の娘です。デイビッド様の母方の実家の主家に当たる家の者です」
と女性は名乗った。
「お初にお目にかかります。マリエル・ダーリングでございます」
マリエルは片手を胸に当て、頭を軽く下げる騎士の略礼を執った。
ゼナイドは敬意を示すマリエルに満足そうに頷く。
「フェンリルの習性は知っております。ですがデイビッド様は人間です。表を取り仕切る、きちんとした身分の女性が必要なのは分かるでしょう?」
「は、はぁ……」
マリエルが引きつった顔をすると、ゼナイドは顔をしかめた。
「まったく、子爵の娘でおまけに騎士だなんて何も知らないのね。ここはわたくしに礼を言うべきでしょう。妾としてあなたのことは認めると言っているのですから」
「め、めかけ?」
マリエルはれっきとした子爵家の娘だ。もっと高位貴族と縁付くなら正妻になれない可能性もあるが、そんな高望みはしていない。
デイビッドがいたので結婚を真面目に考える機会はなかったが、気が合えば庶民相手でもマリエルは気にしない。とにかく妾はない。
「フェンリルは番以外は愛しませんよ」
バーナビーが横からへなちょこながら公爵家の令嬢に物申す。
だがまたも「ふん」と鼻で笑われた。
「愛すなんて、馬鹿馬鹿しい。汚らわしいけだものの相手はこのままあなたがしなさいな。あなた方の邪魔はしないわ。ただ、わたくしが彼の正妻です。形だけとはいえ、子爵の息子が公爵家の姫と結婚だなんて、名誉なことでしょう」
引き連れてきたゼナイドの取り巻きが一斉に頷く。
デイビッドは飛びかかりたかったが、マリエルがデイビッドの耳を撫でるのだ。
くすぐったい。
マリエルはそこがデイビッドの性感帯なことを知って弄んでいる。
「くぅぅん」
とデイビッドがだらしなく声を上げる中、
「そのようなお話は私ではお返事しかねます。バークレイ家におっしゃってください」
とマリエルはデイビッドの婚約者役を演じていた時のようにツンと答えた。
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