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12.公爵令嬢の茶会1
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「まあ……」
茶会の会場である応接間に現れたラキシスを見て、集まっていた令嬢達は目を見張った。
『この子、こんなに美人だったかしら……?』
ラキシスは元々見目は整っている。
しかし田舎育ちで流行には疎いらしく、垢抜けない。
ヘンリーに言われてドレスや化粧に手を入れ出したものの、それがかえってチグハグで野暮ったさが増していた。
だが今のラキシスのドレスと化粧は流行を取り入れながらも個性的で、ラキシスの魅力を引き立てている。
『どうしたのかしら……』
と令嬢達は焦る。
中でも面白くないのはリディアだ。
リディアは社交界のファッションリーダーと自負している。
その自分を差し置いて、目立とうだなんて、分をわきまえぬ行為だ。
『たかが王弟ごときの寵を得たくらいで随分と思い上がったこと……』
ラキシスはリディアの刺すような視線を悠然と受け流し微笑んでいる。
『この子……』
少し前までは遠くで目が合っただけでもオロオロしてたのに、まったく憎らしい。
リディアは何とか取り澄ましたラキシスの鼻を明かしたい。
ラキシスの武器は王弟アルバートの寵を得たこと。
だが、そんなものはただの幻想だ。
何故ならあの男は……。
「そういえば、アルバート様はお元気?」
リディアの問いかけにラキシスの顔から笑みが消える。
王族を『殿下』の尊称なしに呼ぶのは親しい間柄だけだ。
リディアはしてやったりと目を細めて笑う。
「あら、ごめんなさい。あの方、昔わたくしと婚約話が出たことがありますの」
リディアが勿体ぶった口調で言うと、リディアの友人がすぐに合いの手を入れる。
「まあ、リディア様、そうでしたの?」
「ふふ、そうなのよ。わたくし、伯母が王妃殿下ですから、幼い頃からあの方とはお付き合いがありますの。あの方から婚約の申し入れがあったのですが、あいにく父が断ってしまって……」
「では一つ違えばリディア様が王弟殿下の妃殿下でしたのね」
リディアは優越感と共にラキシスに流し目を送る。
「ラキシス様には申し訳ありませんが、そうだったかもしれません」
『やっぱりそのことを持ち出してきたわね』
話はアルバート本人から聞いている。
実際には「降るように縁談の申し入れがある」というのが名家の令嬢のステータスなので、箔付けの一環として王家からの依頼であった。
互いに犬猿の仲だ。
アルバートは当然断られると知っていたし、公爵家も受ける気など更々ない。
結果的にアルバートが笑いものになるだけの縁談だが、断ると面倒なことになるのが分かりきっていたので、アルバートは渋々リディアに求婚した。
そんな事情の縁談だったが、知らずに聞いたら誤解するような話だ。
ラキシスは「ほう」とため息をつく。
「良かったですわ……」
「何がですの?ラキシス様」
リディアは苛立った。
機嫌悪くするか、泣いてくれれば面白いのに、ラキシスはちっとも苦痛そうではない。
おまけに「良かった」とは何事か。
「ええ、だって。シリス公爵様がお断り下さったからこうして私がアルバート様に巡り会えましたもの……」
「…っ……!」
確かにその通りだ。
「ですけど、あの方、わたくしに求婚したのですよ」
リディアは言い返したが、ラキシスは更に幸せそうに吐息を漏らす。
「私は本当に幸運だわ。リディア様はこんなにお美しくて公爵家というこの上ない名家のご出身ですもの。お断り下さらなければもちろんアルバート様はリディア様とご結婚なさったことでしょう。未来というのは誰にも分からないものですね。そのおかげでアルバート様が私に求婚して下さり、リディア様は侯爵令息とのご結婚を控えておいでですから」
「くっ……」
リディアは目がつり上がる。
ラキシスの言葉はリディアを手放しで褒めているように見せて、ある事実を突きつけている。
このまま行けばラキシスは王弟の妃として王族となり、リディアは侯爵夫人だ。
『なんてこと……!』
リディアも王弟が王家の厄介者扱いなのは良く知っている。
厄介者扱いしているのは他ならぬ伯母の王妃なのだから。
アルバートは戦場に行き、腕と片目を失うほどの怪我を負った。
いつ死ぬとも分からない上、あんな醜く、財産も爵位もない男と結婚する気は更々ない。
だが、形としてはラキシスは王族となる。
『懲らしめてやらないと……』
何とか陥れたいが、すぐ側にラキシスの護衛がいる。
これでは事故を装ってお茶を掛けたり、茶器で怪我させたり出来ないではないか。
「殿下とご結婚、なさいますの?」
好奇心に負けた一人の令嬢がラキシスに尋ねた。
ラキシスは令嬢に囁いた。
「ええ、実はここだけの話、もう婚約しましたの」
「まあ!」
リディアは堪らずくちばしを入れる。
「そんなこと、あるわけないわ。仮にも王弟の結婚が知らされないなんて……」
リディアが驚くのはもっともだった。
本来王族の結婚には国王の許可が必要なのだ。
通常は大々的にお触れが出る。
貴族が知らぬはずがない。
ラキシスはにっこり微笑むと左手を持ち上げてみせる。
薬指には指輪が煌めいていた。
「私も驚きましたが、アルバート様はお父上の先王陛下のご遺言で、『望む者と結婚して良い』と定められているそうですの」
おそらく先王はアルバートが政治の道具にされるのを怖れたのだろう。
王すら彼の結婚には口出し出来ないので、ラキシスとアルバートは教会に届け出て早々に婚約を果たした。
もちろんラキシスを守るための婚約だ。
「もうご婚約なさったんですか……」
令嬢達はチラリとリディアを見る。
ヘンリーの家は侯爵家だが、有力な家とは言えない。
ヘンリー自身も特に際立った才能はなく、凡庸な男だ。
結婚相手としてヘンリーは誰もがうらやむという人物ではなかった。
アルバートが王家で冷遇されているのは令嬢達ももちろん知っている。
だが、今だ未婚の王太子に妻も婚約者もなく、アルバートの妻は王妃に次ぐ最も高位の女性になるのだ。
今まではシリス公爵家の令嬢であるリディアがその役割を負っていた。
だが、リディアは二ヶ月もせずにヘンリーの家に嫁ぐ。
その地位は、ラキシスのものとなる。
茶会の会場である応接間に現れたラキシスを見て、集まっていた令嬢達は目を見張った。
『この子、こんなに美人だったかしら……?』
ラキシスは元々見目は整っている。
しかし田舎育ちで流行には疎いらしく、垢抜けない。
ヘンリーに言われてドレスや化粧に手を入れ出したものの、それがかえってチグハグで野暮ったさが増していた。
だが今のラキシスのドレスと化粧は流行を取り入れながらも個性的で、ラキシスの魅力を引き立てている。
『どうしたのかしら……』
と令嬢達は焦る。
中でも面白くないのはリディアだ。
リディアは社交界のファッションリーダーと自負している。
その自分を差し置いて、目立とうだなんて、分をわきまえぬ行為だ。
『たかが王弟ごときの寵を得たくらいで随分と思い上がったこと……』
ラキシスはリディアの刺すような視線を悠然と受け流し微笑んでいる。
『この子……』
少し前までは遠くで目が合っただけでもオロオロしてたのに、まったく憎らしい。
リディアは何とか取り澄ましたラキシスの鼻を明かしたい。
ラキシスの武器は王弟アルバートの寵を得たこと。
だが、そんなものはただの幻想だ。
何故ならあの男は……。
「そういえば、アルバート様はお元気?」
リディアの問いかけにラキシスの顔から笑みが消える。
王族を『殿下』の尊称なしに呼ぶのは親しい間柄だけだ。
リディアはしてやったりと目を細めて笑う。
「あら、ごめんなさい。あの方、昔わたくしと婚約話が出たことがありますの」
リディアが勿体ぶった口調で言うと、リディアの友人がすぐに合いの手を入れる。
「まあ、リディア様、そうでしたの?」
「ふふ、そうなのよ。わたくし、伯母が王妃殿下ですから、幼い頃からあの方とはお付き合いがありますの。あの方から婚約の申し入れがあったのですが、あいにく父が断ってしまって……」
「では一つ違えばリディア様が王弟殿下の妃殿下でしたのね」
リディアは優越感と共にラキシスに流し目を送る。
「ラキシス様には申し訳ありませんが、そうだったかもしれません」
『やっぱりそのことを持ち出してきたわね』
話はアルバート本人から聞いている。
実際には「降るように縁談の申し入れがある」というのが名家の令嬢のステータスなので、箔付けの一環として王家からの依頼であった。
互いに犬猿の仲だ。
アルバートは当然断られると知っていたし、公爵家も受ける気など更々ない。
結果的にアルバートが笑いものになるだけの縁談だが、断ると面倒なことになるのが分かりきっていたので、アルバートは渋々リディアに求婚した。
そんな事情の縁談だったが、知らずに聞いたら誤解するような話だ。
ラキシスは「ほう」とため息をつく。
「良かったですわ……」
「何がですの?ラキシス様」
リディアは苛立った。
機嫌悪くするか、泣いてくれれば面白いのに、ラキシスはちっとも苦痛そうではない。
おまけに「良かった」とは何事か。
「ええ、だって。シリス公爵様がお断り下さったからこうして私がアルバート様に巡り会えましたもの……」
「…っ……!」
確かにその通りだ。
「ですけど、あの方、わたくしに求婚したのですよ」
リディアは言い返したが、ラキシスは更に幸せそうに吐息を漏らす。
「私は本当に幸運だわ。リディア様はこんなにお美しくて公爵家というこの上ない名家のご出身ですもの。お断り下さらなければもちろんアルバート様はリディア様とご結婚なさったことでしょう。未来というのは誰にも分からないものですね。そのおかげでアルバート様が私に求婚して下さり、リディア様は侯爵令息とのご結婚を控えておいでですから」
「くっ……」
リディアは目がつり上がる。
ラキシスの言葉はリディアを手放しで褒めているように見せて、ある事実を突きつけている。
このまま行けばラキシスは王弟の妃として王族となり、リディアは侯爵夫人だ。
『なんてこと……!』
リディアも王弟が王家の厄介者扱いなのは良く知っている。
厄介者扱いしているのは他ならぬ伯母の王妃なのだから。
アルバートは戦場に行き、腕と片目を失うほどの怪我を負った。
いつ死ぬとも分からない上、あんな醜く、財産も爵位もない男と結婚する気は更々ない。
だが、形としてはラキシスは王族となる。
『懲らしめてやらないと……』
何とか陥れたいが、すぐ側にラキシスの護衛がいる。
これでは事故を装ってお茶を掛けたり、茶器で怪我させたり出来ないではないか。
「殿下とご結婚、なさいますの?」
好奇心に負けた一人の令嬢がラキシスに尋ねた。
ラキシスは令嬢に囁いた。
「ええ、実はここだけの話、もう婚約しましたの」
「まあ!」
リディアは堪らずくちばしを入れる。
「そんなこと、あるわけないわ。仮にも王弟の結婚が知らされないなんて……」
リディアが驚くのはもっともだった。
本来王族の結婚には国王の許可が必要なのだ。
通常は大々的にお触れが出る。
貴族が知らぬはずがない。
ラキシスはにっこり微笑むと左手を持ち上げてみせる。
薬指には指輪が煌めいていた。
「私も驚きましたが、アルバート様はお父上の先王陛下のご遺言で、『望む者と結婚して良い』と定められているそうですの」
おそらく先王はアルバートが政治の道具にされるのを怖れたのだろう。
王すら彼の結婚には口出し出来ないので、ラキシスとアルバートは教会に届け出て早々に婚約を果たした。
もちろんラキシスを守るための婚約だ。
「もうご婚約なさったんですか……」
令嬢達はチラリとリディアを見る。
ヘンリーの家は侯爵家だが、有力な家とは言えない。
ヘンリー自身も特に際立った才能はなく、凡庸な男だ。
結婚相手としてヘンリーは誰もがうらやむという人物ではなかった。
アルバートが王家で冷遇されているのは令嬢達ももちろん知っている。
だが、今だ未婚の王太子に妻も婚約者もなく、アルバートの妻は王妃に次ぐ最も高位の女性になるのだ。
今まではシリス公爵家の令嬢であるリディアがその役割を負っていた。
だが、リディアは二ヶ月もせずにヘンリーの家に嫁ぐ。
その地位は、ラキシスのものとなる。
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