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第二章 少年期編

ノックは一回、風魔法で!

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「くそが、くそが、くそが!」

 ノース男爵家が治める街、エストヴィーレの裏道を掛ける男が一人。

 地面に落ちた酒瓶や、民家の塀から崩れ落ちた煉瓦をうまく避けながら、後ろから追いかけてくる声から逃げていた。

 (なんでこうなった!)

 そう心の中で男は叫んだがすでに後の祭り。

 連れのマウロと一緒にあの冒険者の女-田舎もの丸出しの馬鹿な獣人-を騙して、高級そうなナイフを手に入れたまではよかった。

 マウロがこういうのは徹底的に、といって痺れ薬を仕込んで足を折ったのにはやりすぎだと男は思ったが、街に戻って酒場を前にするとそのことはすっかり忘れていた。

 二人とも誘惑に負け、まだ金も手にしていないうちから先に祝杯だと言って昼から酒をしっかり飲み、千鳥足になりながら武器屋に向かったところで事は起こった。

 さあ店に入ろうと入り口のドアに手をかけようとしたところ、誰かに声をかけられたと思ったら、見覚えのある獣人が背後にいるではないか。

 今頃ダンジョンで、新鮮な冒険者というご馳走に惹き寄せられたモンスターに食い荒らされて骨も残っていないだろう。

 そう思っていた人物が、壊したはずの足も完治させた状態で立っている。

 目を血走らせ、怒りに燃えている彼女と彼女の背後には仲間と思わしき男と小さな子ども。

「あっしのナイフ、返せ!!!」

 剥き出した口の端からは鋭い犬歯を覗かせ、いつもは垂れ目がちの目もキッと吊り上がっている。

 その色白な肌も赤く上気し、耳と尻尾の毛をピンと逆立てている様子はまさに狼が敵を威嚇している時のようだった。

 マウロと男は想定外の事に焦った。

 どうするか。

 一瞬の戸惑いの後、まずマウロが動いた。

 彼の結論はこうである。

 相手の戦力は二人。

 それに一人は老人に足を突っ込んだような年齢に見える。

 となれば、目の前の獣人を倒せば勝ったようなもの。

 あとは

 後ろ暗い物を売りやすい、裏通りの武器屋を選んだのも良かった。

 冒険者が騒がしくしていたとしても、実害が及ばない限りは住人たちも関知しない。

「おらぁ!」

 そんな算段を頭の中で巡らせていたマウロは、決心したような表情になりルゥを見定めると、いきなり彼女に斬りかかった。

 まさか突然攻撃を仕掛けられると思っていなかった彼女は、それにうまく対処できず硬直する。

 勝った!

 唖然とした顔を晒し、応戦できていないルゥの様子に嫌らしくほくそ笑むマウロ。

「ウインド」

 それに割り込むように唱えられた無詠唱魔法。

「あ?」

 あと数センチで剣の切っ先がルゥに届くというところで、マウロは呆けた声を置き去りにして吹っ飛んだ。

 自動車に轢かれたかと思うくらい宙を舞った彼は、そのまま地面に打ち付けられるとゴロゴロと転がっていった。

「ルカっち!」
「ルゥ、もう少し警戒してくれないかな?」

 呆れたようにルカが溜息を吐いた。

「で?もう一人の方も短い空の旅を経験したいですか?」

 ウインドを放った右手を突き出し、男に問いかける。

「くそがっ!」
「あ!」

 仲間が一瞬のうちに無力化された事で一気に勢いが削がれ、逡巡しているような様子の男だったが、急に背中を向けたかと思うと走り出した。

 多少なりとも抵抗を見せると思っていたルカは虚をつかれ、魔法を放つのも遅れてしまう。

「追うっすよ!ナイフはアイツがもってるっす!」

 目的のものだけを見ていたルゥが真っ先に声を上げると、三人で男を追いかけ始めた。


 ◇


「くそが、くそが、くそが!」

 ノース男爵家が治める街、エストヴィーレの裏道を掛ける男が一人。

 地面に落ちた酒瓶や、民家の塀から崩れ落ちた煉瓦をうまく避けながら、後ろから追いかけてくる声から逃げていた。

「もう一人になったんすから、観念したらどうっすかー?」
「うるせえ!これは俺のだ!」

 優勢に進んでいることで余裕が出てきたのか、のんびりとした声で問いかけるルゥ。

 対して男も焦った様子だが、どこかを目指しているのか迷いなく細い路地を進んでいく。

「諦めが悪いっすね」
「面倒になってきたからまとめて吹っ飛ばそうか?」
「ルカ様、やめた方がよろしいかと。街を荒らして民を困らせたと、ファリド様に怒られますよ?」
「ゔ。確かに………」

 貼り付けたような笑顔の下で静かに怒る父を想像し、苦い顔をするルカ。

「それにしても、意外に早いね。なかなか距離を詰めれないなぁ」
「おそらく、この辺が奴らの根城なのでしょう。ルート選びに迷いがありません」
「あ?なんか建物にはいったっす!」

 ルカとルドルフが考えを巡らせている間に、シュッと視界から男が消える。

 ルゥが声を上げたように、通りに立ち並んでいた建物のひとつに入ったようだ。

「なーんか、怪しいっすね」
「うん、そうだね」

 煉瓦造りの二階建ての建物に、簡素な入り口。

 それだけなら普通の家にも見えるが、その外壁の周りには蔦が這い回り、またその壁には何故か一切窓がなかった。

 これが悪事を働いている者達の根城なら、有事の際に逃げにくくないか、そんな疑問が出てくる外見だった。

「まぁ、考えても仕方ないっすよ。突っ込んでいいっすよね?」
「うん、行っちゃお!」

 勢いよく行こうと勇んで、前傾姿勢になった二人にルドルフが静止しようとする。

「ルカ様お待ちくだ…」
「ウインド!」

 バッカーンっと景気良く吹っ飛ぶドア。

 中から怒鳴るような声が聞こえるが、それに構わず二人は突入しようとしている。

 すでに手遅れな段階に突入してしまった事にため息を吐くと、ルドルフは二人の間に割り込むようにして先頭にたった。

「私が先頭で突入します。二人は後に」
「「了解!!!」」

 息のあった返事に再度ため息を吐くと、三人は目の前の建物に突入していった。
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