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第二章 少年期編
熊とキツネと髭とチビ 前編
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その男はようやく根城に帰れた事で安心していた。
男と同行していたマウロは奴らに仕掛けてあっけなくのされてしまったが、よく考えもせずに行動したツケだと彼は思っていた。
逆に自分はうまく立ち回れた。
その結果が自らの手に持っている一組のナイフだと、男は満足げな表情を浮かべた。
「おう、カスト。どうした?そんなに急いでよ」
野太い声と、その声に見合った筋骨隆々の男がカスト-冒険者の男-に声をかけた。
男は部屋の隅にあった大きなソファにだらりと腰掛けていたが、二人掛けのそれが小さく見えるほど彼の全身の筋肉は発達しており、黒く日焼けた肌と黒髪という外見のせいなのか、熊が器用に人間の家具に座っているようにも見えた。
「お、おう!ライモンド!実はこのナイフを手に入れたんだけどよ、持ち主が取り返しに来やがって!」
「あ?あぁぁ!?テメェ、そいつらをここに引き連れたのか?」
穏やかな表情をしていた熊男、ライモンドが牙を剥き出すように口角を上げ、怒りを露わにした。
ぶわっと不可視の圧力がカストを襲う。
「ひぃ!!」
恐怖のあまり、引き攣った声を上げるカスト。
「テメェの事情は知らねぇがな、ここは外のヤツに知られていい場所じゃねぇんだよ!」
冬眠から起きた熊のように、ゆっくりとソファから立つライモンド。
立つとより強調された彼の体躯の大きさに、カストが再び掠れた悲鳴を上げる。
「すすす、す、すまねぇ。やばい状況になってつい…」
「あ?だから…」
テメェの事情なんて、と続けようとしたライモンド。
しかしそれは、正面のドアの吹き飛ばされる豪快な音にかき消された。
バギャーーーー。
押し戸の蝶番と、蝶番の留まっている壁も全部まとめて対角線の壁に吹っ飛んでいった。
「な、な、な、な、な!?」
突然の事にペタンと尻餅をついたまま、後退りするしかできないカスト。
逆にライモンドはすぐに状況を察したのか、険しい表情で入り口を見ながら、壁に立て掛けてあった、大きな斧を背負うとじっと何かに備えるように静止した。
「私が先頭で突入します。二人は後に」
「「了解!!!」」
まもなく外で聞こえる複数人の声。
そしてぶわっと砂煙を上げて部屋に侵入してきたのは三人の人物だった。
軽戦士風の老人、同じく軽戦士風の獣人、最後に大きめの外套にフードで顔を隠した子供?
最後の人物は顔が見えず、子供なのかドワーフのような小柄な種族なのかは判然としなかったが、こんな場所に小さな子供が来るわけがなかろうとライモンドは、三人目はドワーフだと勝手に結論付けた。
「おぅおぅおぅ、どこのモンだ?うちのドアを綺麗に吹っ飛ばしたのは?」
そう言って三人の乱入者にギラリと威圧を放つライモンド。
その圧力が部屋に満たされ、ルゥとカストが苦しげなくぐもった声を上げた。
「ルドルフ、これなんだね!こういう時に役立つんだ?」
「そうだ」
ルドルフとルカには効果がなかったようで、さらには何故かルカのほうは嬉しそうな声を上げていた。
雰囲気を読んでいないような彼の言葉にルドルフは困ったような表情を向けていたが、ライモンドへの警戒を全く弱めないあたり、彼の強さが窺い知れた。
「おぃ、楽しそうにしてるとこ悪いけどよ、なんでうちのドアをぶち破ったんだ?」
「え?あ、そうそう。そこで尻餅をついてるおじさんに用があって。この人のナイフがそのおじさんに盗まれたんだよね」
「それを取り返しに来たってか?」
コクリと頷くルカ。
「はっ!わざわざこんなとこにな。んで、カスト?あちらさんはこんな事を言ってるが合ってんのか?」
「お、お、俺は盗ってねぇ!」
「だそうだ」
これで終いだろ、というようにふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべるライモンド。
「な!?そんな簡単な話があるかっすよ!」
そこでようやく復活したルゥも参戦する。
「うるせぇな、犬が。盗ってねぇつってんだろ?それとも何か?因縁でも付けてこいつのナイフを奪ってやろうかっつーことか?」
「なっ!!?」
逆に盗人にされた事で、怒りのあまりカッと目を見開いたまま、一瞬言葉を失うルゥ。
「ち、違うっす!!!その男が僕を騙して僕の一族の宝を盗んだっす!それに僕は犬じゃないっす!キツネっす!」
「ほぅ、宝…」
ルゥの反論には取り合わず、カストが抱えるようにもっているナイフに目を移すライモンド。
その目はじっとそれを捉えて離さない。
「いいぜ?返してやっても」
「本当っすか!?」
「お、おい!ライモンド!?」
勝手に話を進めようとしているライモンドを制止するカスト。
しかし、ライモンドがギラリと睨み返すと彼は完全に萎縮して二の句が継げなかった。
「じゃあ、渡してくれっす」
両の掌を上にして、ナイフを渡すように催促するルゥ。
ライモンドはそれに応えるようにカストのほうに歩いていったが、ナイフは取らずにルゥの正面に立った。
と、いきなり斧を持つ右手に力を入れたかと思うと、ルゥに向けて振り下ろす!
「あ!!?」
ルゥと横並びで成り行きを見ていたルカも、荒事にはならなそうだと安心してしまっていた。
ルゥの頭部に向けて弧を描いて鈍い光を放つ巨大な刃が迫るが、とっさの事で反応できない。
「シィィィィ!!」
ガィィィィィィン。
巨大な刃が細長い剣とかち合い、弾かれる。
それでも殺しきれなかった勢いのままその切っ先は部屋の床に深く突き刺さり、床材が大きく捲れ上がるような破壊をもたらした。
「ひぅ!!!」
ようやく自分がどんな状況にあったのかがわかったのか、引き攣ったような悲鳴を上げるルゥ。
かなりの恐怖だったのだろう、そのままぺたんと床に座り込んでしまった。
「やっぱそうなるか」
「殺気が漏れていたぞ」
ライモンドもルドルフの横槍が予測できていたのか、ニヤリと笑みを浮かべる。
それに対してルドルフもルゥの無事をチラリと確認しながら、素早く構えて臨戦体制をとった。
じり、と二者が距離を詰めようと、床をする擦る音が響く。
集中力を上げる二人の圧力が周囲を満たす。
「ウインド」
「うぉ!!!」
そこに乱入する風魔法。
至近距離からの範囲攻撃に驚いたライモンドだったが、寸前でそれを避けた。
「テメェ!!!」
楽しみを邪魔された事による怒りで、ルカを睨みつけるライモンド。
対してルカも怒ったような、イライラしたような様子で返した。
「あぁぁぁぁぁ~~~、まただよ。また油断しちゃった。腹立つなぁ~~~。ブラックイーグルの時とおんなじじゃん」
「あ?」
ぐちゃぐちゃと自らの髪を掻きむしりながら、独り言のようにしゃべり続けるルカ。
「ねぇ?あそこは『ナイフをくれてやってもいいぜ?ただし俺に勝てたらな』とか言うとこでしょ?それをいきなり切り掛かるとか。あぁぁぁ、でも、油断してたなぁぁぁ」
「はっ!何甘めぇ事言ってんだ?んなもん待つ馬鹿がいるかよっ!!」
そう言うと今度はルカに斧を振り下ろしてくるライモンド。
ルドルフはそれも予測していたのか、剣を繰り出そうと構えたが、その動きを察知したルカが片手でそれを制止した。
「エアシールド」
ルカを絶命せしめんと、頭の数センチ先まで迫った刃が見えない壁に弾かれる。
風の防壁。
ダンジョンアタックに備えてルカが覚えた新魔法だ。
「は!テメェもやるじゃねぇか!?そんな小せえなりだから、ドワーフと思ってたが、エルフか?無詠唱でこの速度の魔法なんて何年振りだろうなぁ」
自分の攻撃が跳ね返されたにも関わらず、楽しそうな様子のライモンド。
「エルフ?僕はエルフでもないし、ドワーフでもないかな。でもそんなこと、今からやられる奴には関係ないよね?」
「は!大した自信だなぁ、チビ?」
「あ???」
なんでもない言葉に反応するルカ。
余裕のある調子から一変、声のトーンが低く低く下がる。
「お前、チビって言ったか?」
「お、おぉ………」
あまりのルカの剣幕に、戦闘中とは言え気圧されるライモンド。
彼が言った事には全く相違はなく、ルカはチビである。
しかし、その言葉を浴びせられた当の本人は、忘れかけた前世の記憶と経験が刺激され怒りに震えていた。
そう、修はチビだったのだ。
しかし、当然今この場にいる誰もそんな事は知るはずもない。
ルカの両親だって知りはしない。
それでも、その二文字に敏感に反応してしまったルカは、周囲の反応を置き去りにして、怒ってしまっていた。
「消す」
短く、低く、暗く呟いたのは対象を排除する言葉。
その言葉とともに、周囲の雰囲気は一変した。
男と同行していたマウロは奴らに仕掛けてあっけなくのされてしまったが、よく考えもせずに行動したツケだと彼は思っていた。
逆に自分はうまく立ち回れた。
その結果が自らの手に持っている一組のナイフだと、男は満足げな表情を浮かべた。
「おう、カスト。どうした?そんなに急いでよ」
野太い声と、その声に見合った筋骨隆々の男がカスト-冒険者の男-に声をかけた。
男は部屋の隅にあった大きなソファにだらりと腰掛けていたが、二人掛けのそれが小さく見えるほど彼の全身の筋肉は発達しており、黒く日焼けた肌と黒髪という外見のせいなのか、熊が器用に人間の家具に座っているようにも見えた。
「お、おう!ライモンド!実はこのナイフを手に入れたんだけどよ、持ち主が取り返しに来やがって!」
「あ?あぁぁ!?テメェ、そいつらをここに引き連れたのか?」
穏やかな表情をしていた熊男、ライモンドが牙を剥き出すように口角を上げ、怒りを露わにした。
ぶわっと不可視の圧力がカストを襲う。
「ひぃ!!」
恐怖のあまり、引き攣った声を上げるカスト。
「テメェの事情は知らねぇがな、ここは外のヤツに知られていい場所じゃねぇんだよ!」
冬眠から起きた熊のように、ゆっくりとソファから立つライモンド。
立つとより強調された彼の体躯の大きさに、カストが再び掠れた悲鳴を上げる。
「すすす、す、すまねぇ。やばい状況になってつい…」
「あ?だから…」
テメェの事情なんて、と続けようとしたライモンド。
しかしそれは、正面のドアの吹き飛ばされる豪快な音にかき消された。
バギャーーーー。
押し戸の蝶番と、蝶番の留まっている壁も全部まとめて対角線の壁に吹っ飛んでいった。
「な、な、な、な、な!?」
突然の事にペタンと尻餅をついたまま、後退りするしかできないカスト。
逆にライモンドはすぐに状況を察したのか、険しい表情で入り口を見ながら、壁に立て掛けてあった、大きな斧を背負うとじっと何かに備えるように静止した。
「私が先頭で突入します。二人は後に」
「「了解!!!」」
まもなく外で聞こえる複数人の声。
そしてぶわっと砂煙を上げて部屋に侵入してきたのは三人の人物だった。
軽戦士風の老人、同じく軽戦士風の獣人、最後に大きめの外套にフードで顔を隠した子供?
最後の人物は顔が見えず、子供なのかドワーフのような小柄な種族なのかは判然としなかったが、こんな場所に小さな子供が来るわけがなかろうとライモンドは、三人目はドワーフだと勝手に結論付けた。
「おぅおぅおぅ、どこのモンだ?うちのドアを綺麗に吹っ飛ばしたのは?」
そう言って三人の乱入者にギラリと威圧を放つライモンド。
その圧力が部屋に満たされ、ルゥとカストが苦しげなくぐもった声を上げた。
「ルドルフ、これなんだね!こういう時に役立つんだ?」
「そうだ」
ルドルフとルカには効果がなかったようで、さらには何故かルカのほうは嬉しそうな声を上げていた。
雰囲気を読んでいないような彼の言葉にルドルフは困ったような表情を向けていたが、ライモンドへの警戒を全く弱めないあたり、彼の強さが窺い知れた。
「おぃ、楽しそうにしてるとこ悪いけどよ、なんでうちのドアをぶち破ったんだ?」
「え?あ、そうそう。そこで尻餅をついてるおじさんに用があって。この人のナイフがそのおじさんに盗まれたんだよね」
「それを取り返しに来たってか?」
コクリと頷くルカ。
「はっ!わざわざこんなとこにな。んで、カスト?あちらさんはこんな事を言ってるが合ってんのか?」
「お、お、俺は盗ってねぇ!」
「だそうだ」
これで終いだろ、というようにふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべるライモンド。
「な!?そんな簡単な話があるかっすよ!」
そこでようやく復活したルゥも参戦する。
「うるせぇな、犬が。盗ってねぇつってんだろ?それとも何か?因縁でも付けてこいつのナイフを奪ってやろうかっつーことか?」
「なっ!!?」
逆に盗人にされた事で、怒りのあまりカッと目を見開いたまま、一瞬言葉を失うルゥ。
「ち、違うっす!!!その男が僕を騙して僕の一族の宝を盗んだっす!それに僕は犬じゃないっす!キツネっす!」
「ほぅ、宝…」
ルゥの反論には取り合わず、カストが抱えるようにもっているナイフに目を移すライモンド。
その目はじっとそれを捉えて離さない。
「いいぜ?返してやっても」
「本当っすか!?」
「お、おい!ライモンド!?」
勝手に話を進めようとしているライモンドを制止するカスト。
しかし、ライモンドがギラリと睨み返すと彼は完全に萎縮して二の句が継げなかった。
「じゃあ、渡してくれっす」
両の掌を上にして、ナイフを渡すように催促するルゥ。
ライモンドはそれに応えるようにカストのほうに歩いていったが、ナイフは取らずにルゥの正面に立った。
と、いきなり斧を持つ右手に力を入れたかと思うと、ルゥに向けて振り下ろす!
「あ!!?」
ルゥと横並びで成り行きを見ていたルカも、荒事にはならなそうだと安心してしまっていた。
ルゥの頭部に向けて弧を描いて鈍い光を放つ巨大な刃が迫るが、とっさの事で反応できない。
「シィィィィ!!」
ガィィィィィィン。
巨大な刃が細長い剣とかち合い、弾かれる。
それでも殺しきれなかった勢いのままその切っ先は部屋の床に深く突き刺さり、床材が大きく捲れ上がるような破壊をもたらした。
「ひぅ!!!」
ようやく自分がどんな状況にあったのかがわかったのか、引き攣ったような悲鳴を上げるルゥ。
かなりの恐怖だったのだろう、そのままぺたんと床に座り込んでしまった。
「やっぱそうなるか」
「殺気が漏れていたぞ」
ライモンドもルドルフの横槍が予測できていたのか、ニヤリと笑みを浮かべる。
それに対してルドルフもルゥの無事をチラリと確認しながら、素早く構えて臨戦体制をとった。
じり、と二者が距離を詰めようと、床をする擦る音が響く。
集中力を上げる二人の圧力が周囲を満たす。
「ウインド」
「うぉ!!!」
そこに乱入する風魔法。
至近距離からの範囲攻撃に驚いたライモンドだったが、寸前でそれを避けた。
「テメェ!!!」
楽しみを邪魔された事による怒りで、ルカを睨みつけるライモンド。
対してルカも怒ったような、イライラしたような様子で返した。
「あぁぁぁぁぁ~~~、まただよ。また油断しちゃった。腹立つなぁ~~~。ブラックイーグルの時とおんなじじゃん」
「あ?」
ぐちゃぐちゃと自らの髪を掻きむしりながら、独り言のようにしゃべり続けるルカ。
「ねぇ?あそこは『ナイフをくれてやってもいいぜ?ただし俺に勝てたらな』とか言うとこでしょ?それをいきなり切り掛かるとか。あぁぁぁ、でも、油断してたなぁぁぁ」
「はっ!何甘めぇ事言ってんだ?んなもん待つ馬鹿がいるかよっ!!」
そう言うと今度はルカに斧を振り下ろしてくるライモンド。
ルドルフはそれも予測していたのか、剣を繰り出そうと構えたが、その動きを察知したルカが片手でそれを制止した。
「エアシールド」
ルカを絶命せしめんと、頭の数センチ先まで迫った刃が見えない壁に弾かれる。
風の防壁。
ダンジョンアタックに備えてルカが覚えた新魔法だ。
「は!テメェもやるじゃねぇか!?そんな小せえなりだから、ドワーフと思ってたが、エルフか?無詠唱でこの速度の魔法なんて何年振りだろうなぁ」
自分の攻撃が跳ね返されたにも関わらず、楽しそうな様子のライモンド。
「エルフ?僕はエルフでもないし、ドワーフでもないかな。でもそんなこと、今からやられる奴には関係ないよね?」
「は!大した自信だなぁ、チビ?」
「あ???」
なんでもない言葉に反応するルカ。
余裕のある調子から一変、声のトーンが低く低く下がる。
「お前、チビって言ったか?」
「お、おぉ………」
あまりのルカの剣幕に、戦闘中とは言え気圧されるライモンド。
彼が言った事には全く相違はなく、ルカはチビである。
しかし、その言葉を浴びせられた当の本人は、忘れかけた前世の記憶と経験が刺激され怒りに震えていた。
そう、修はチビだったのだ。
しかし、当然今この場にいる誰もそんな事は知るはずもない。
ルカの両親だって知りはしない。
それでも、その二文字に敏感に反応してしまったルカは、周囲の反応を置き去りにして、怒ってしまっていた。
「消す」
短く、低く、暗く呟いたのは対象を排除する言葉。
その言葉とともに、周囲の雰囲気は一変した。
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