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第四章
三、識神
しおりを挟む『如月クリニック』
古びた看板を見付けた。
中は暗く、人の気配は無い。
何年も昔に経営していた老夫婦が亡くなって廃業したと聞いている。孫の健司も当時まだ学生で継ぐことも出来ない。
老夫婦が亡くなったが、今年の春まで人が住んでいたのだが、誰も手を加えていないから小さな庭は雑草だらけだ。
上総は門を潜り、玄関ドアに手を掛け驚いた。
『開いてる……?』
空き巣にあったのかと不安に駈られながら、そっと中に入る。
昼間ではあるが雨戸を閉めていて屋内は真っ暗で何も見えない。
『懐中電灯、持ってくれば良かったな』
目が慣れるまで玄関に居よう、と思っていたら二階から音がした。
ぴょんぴょん、そんな音。
それでも不審者に変わりはない。上総は息を潜め身を低くして不審者が姿を現すのを待った。
『この気配は恭仁京の人間であっているかしら?』
女性の声がしたと思ったら、白色の兎が玄関の正面にある階段を降りて来た。
『う、う、兎!?』
『……挨拶がなってなくてよ』
表情豊かな兎だ。明らかに上総の無礼な発言に苛立った顔をしている。
『ご、ごめんなさい』
『まぁ、宜しくてよ。貴方、如月健司を探していらっしゃるのでしょ? 待っていましたわ、鍵を閉めて着いていらっしゃい』
背中を向け階段を昇って行ってしまう。
『え? あ、お、お邪魔します?』
二階には三部屋ある。兎は一番奥の一室に入った。
そこにはヤンキーと白色の狼。
入るや否や、ヤンキーと狼が睨むように上総を見た。
『ひっ!?』
異様な光景に上総は思考を停止させてしまった。
ヤンキーと狼と兎、である。
どういう組合せだ。
『恭仁京の人間だな。待っていた』
低く落ち着いた声で狼が云う。
『へ? あ、えっと……』
状況が掴めないでいると、ヤンキーが背に隠していた奥のベットを見せた。
『先生!?』
布団の中に健司の姿があった。
『大声出すな。呼んでも起きねぇよ』
ヤンキーが、駆け寄ろうとする上総を止めて厳しく云う。
『ど、どうして……! てか、貴方たちは何者ですか!?』
『吾等は如月健司の識神だ』
『え? せ、先生の?』
『詳しくは……主を安全な場所に移してからにしましょう。ここも安全とは云いきれませんから』
『ま、そんな訳だからよ、宜しく頼むぜ』
ヤンキーは上総の肩を叩いて笑った。
『信用できるわけない! 先生は六徳会に連れて行かれたんだぞ! それを貴方達は!!』
『ああん?』
珍しく反論したがヤンキーの凄味に負けて、ひゃっと短い悲鳴を上総が上げると、狼がヤンキーをどついた。
『恭仁京の当主であるぞ』
『わ、分かってるよ。ああ、ご当主様シツレイシマシタ』
『は、はあ』
『まぁ確かに、早々に吾等を信用しろと云っても無理かろうが、今は信用しろと云うしかあるまい。無礼を許して欲しい』
暫く上総は狼の目を見詰めた。
『――えっと……こんなに早く先生を見つけられるとは思わなかったから、かなり驚いてはいますが……皆さんの背負っているオーラはとても神聖なものですし……その、信用、出来ると……』
ヤンキーも狼も兎も気配を消している。
それでも上総の目には、美しく輝くオーラが見えた。
六徳会に居場所を知られる訳にはいかないからだろうから気配は消しているが、オーラは隠しようもない。
『はい、信用します』
上総は信用出来ると確信した。
ヤンキーは安堵している。見掛けによらず、なのであろう。
『感謝する。しかし仲間はおらんのか? まさかお主一人で来たのではあるまい?』
狼が兎を見ると長い耳が左右に揺れた。
『そうだ、錬太郎さんに連絡をしないと!』
慌てて携帯電話をポケットから取り出してメールをした。
『もう一人は六徳会に偵察に行ってるんです。どこに先生がいるか分からないから、手分けしようって』
『そうであったか』
メールを送信して、眠る健司を見る。
呼吸は正常だ、ただ眠っているようにしか見えない。
『呼んでも起きないって、どういうことですか?』
『呪がな、持って行っちまったんだよ』
『持って行った?』
『主は無意識に日頃から食事を人並み以上に摂取することで、呪の影響を受けないよう力を付けていたのだ。しかし新たに産まれた呪の影響で内に籠っていた呪が共鳴して力を増してしまった』
『んでよ、呪は六徳会に引っ張り出される時に、ちびっとしか無ぇ主の生きる為の力を吸収しやがって、更にでっかくなっちまった』
『外に出された時激痛が走ったであろう。命を裂かれるものだから』
『今は眠ることで、どうにか生きる為の力を蓄えているのですわ』
ベットの上に乗り、兎はひくひく鼻を動かし健司の顔に近付く。
『生きる為の?』
『そうだ……体力もだが、精神面も大きく削られてしまった――相当傷付いちまったからなぁ……』
ヤンキーはベットの端に座った。
姿格好はヤンキーに違いがないだろうが、心の中身は主に忠実な識神なのであろう。
目が優しい、と上総は思った。
『呪は――我が物顔で街を荒らして回っているようだな』
『はい。沢山の人が死んでいます』
『由々しき事態であるのだな。それで恭仁京と大老會はどうするつもりなのだ?』
上総は首を横に振った。
『ごめんなさい。僕には権限が無くて分かりません』
ヤンキーと狼が顔を見合わせた。
『どうやら当主だからと云って、決定権があるわけではないようだな』
『僕は先生を無事に連れて帰るだけ』
『そうか』
狼が立ち上がると、淡い光に包まれた。
真っ白い長髪で長身の美男子に変化した狼は、上総の前に来ると頭を下げた。
『恭仁京の当主よ、吾主の為に遠路はるばるお越しくださり感謝する。吾も主の為あればお主に全力で協力することを惜しまない所存だ』
『あ、えっと……あ、ありがとうございます!』
『御名をお教え願えるか?』
『か、上総、です』
『そうか、上総。吾は瑞雪』
『私は白雪』
と、兎は軽く頭を下げた。
『俺は暮雪だ』
宜しく、とヤンキーは軽いのりで上総の背中を叩いた。
『それよりよぉ、バッグの中の奴、早く出してやれば?』
『え?』
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