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第四章
四、シキガミ
しおりを挟む『き、きゅ……』
『すねちゃん』
上総とすねちゃんは向かい合い座っている。
その周りに暮雪と瑞雪が立って見守っていた。
如月健司の東京の家、一階の部屋に移動して上総はすねちゃんに説教しようとしていた。
『どうして着いて来たの? 危険だって云ったよね?』
『……きゅ……』
うん困った、と上総は苦笑いをした。
普段は訶雪と雪華が何も云わなくても通訳をしてくれているが、今上総の横にいるのは腕を組んで難しい顔をしている瑞雪と何が楽しいのかニヤニヤとしている暮雪。健司の識神なら上総達の後を付いてくることないのに、暮雪は多分興味本位で一緒に一階に下りて来たのであろうが、瑞雪の心意は分からない。
どのみち二人に通訳を頼むのは無理であろう。
『きゅ、きゅきゅうう……きゅう』
なんて云っているか分からないが、反省はしているようだ。
円らな丸い目がうるうるとしていて可愛い。今すぐ抱き締めたい衝動を抑え、上総は厳しい口調をし続けた。
『すねちゃん、もう来ちゃたのは仕方ないよ』
『きゅぅ』
『いいかい、どんな危険な目に遭うか分からないよ? すねちゃんを守れる余裕は無いかもしれないからね。自分の身は自分で守ること。出来る?』
『きゅっ!』
凛々しく鳴くすねちゃんに、上総はそれ以上何かを云うのをやめて抱き締めた。
欲望には勝てない。
『皆さん、主が目を覚ましたわよ』
健司の部屋に残っていた白雪が、ぴょんぴょん跳ねながら階段を降りて来た。
『先生!』
駆け上り部屋に入ると、上体を起こしていた健司は驚いた表情をしている。
『え?』
『先生、良かった!!』
構わず上総は涙を溜めて抱き着いた。
『く、恭仁京……? どうして?』
『迎えに来たんです。先生、一緒に帰りましょう!』
『あ、うん……いや、でも……』
ふと、健司は上総以外の気配を察し、部屋を見渡す。
『恭仁京、この人達は?』
瑞雪は眉間に皺を寄せた。
暮雪はあからさまに残念そうな顔をしている。
白雪は長い耳を垂らしているから哀しんでいるのだろう。
彼等は健司の識神だと云っていたが、健司の反応を見るに知らないようだ。
『先生、あの』
どう説明したら良いのか困惑していると、瑞雪が上総の横に来て助けてくれた。
『如月健司殿、初めてお目にかかる。吾はこちらの恭仁京上総様の識神で瑞雪と申す者。以後お見知り置きを』
瑞雪は深々と頭を下げた。
『シキガミ? 人間じゃなくて妖怪なのか?』
聞き慣れない言葉であろう、健司は首を傾げた。
『えっと、この人達は妖怪とはまた違うんですけど……』
『妖怪に違いねぇだろ?』
暮雪がぼそりと呟いた。
『よ、妖怪……とはちょっと違いますが、えっと、使役してるんです』
『所謂召し使いってやつだ。んで、俺は暮雪。宜しく』
上総を叩いた元気がない。
白雪に限っては喋らず健司の手元に来ると、布団の上に出ていた手に頭を擦り付けて来た。
『この子も恭仁京の?』
抱き上げて撫でる。
『普通の兎に見えるけど』
『え、あ、はい……』
瑞雪を見ると、頷き返すだけだった。
『お前もシキガミってやつなのか。可愛いな、なんて名前なんだ?』
気に入ったようだ。
白雪も可愛いと云われて耳を頻りに動かして喜んでいる。
『えっと……』
『その者は白雪と申します』
即座に瑞雪が答えてくれた。
『白雪って云うのか。白雪、宜しくな?』
呪が生きる力を持ち去ったと云われ上総は正直恐れてはいたが、考えている程ではないようだ。
そうは云っても普段の明るさは無い。
『きゅい?』
『あ、すねちゃん』
すねちゃんは脚が短いせいで、なかなか階段を登れず漸く皆から遅れて部屋に到着した。白雪みたいに跳躍力があれば、もっとスムーズに上れるだろうが、なにせすねちゃんは腹が出ている。
『く、恭仁京……』
健司は白雪を抱いて、すねちゃんを見たまま顔を真っ赤にして震えた。
『先生、大丈夫ですか? 寒いんですか?』
無言で首を激しく振っている。
『その子も、恭仁京の?』
『すねちゃんです。家で待ってるように云ったんですが、バックに入って着いて来ちゃったんです』
『太った兎!』
教師が子供のように目を輝かせている。
『え?』
『きゅ?』
上総とすねちゃんは一緒に首を傾げた。
白雪が舌打ちしたのを暮雪は見逃さなかったが、敢えて聞こえなかったことにしなければ後が怖い。
瑞雪は何故か溜め息を吐いて、これは変わらぬか、と呟いた。
『先生、すねちゃんは兎ではありませんよ』
『耳長いぞ? 兎じゃないなら、なんて生き物だ? 新種か? 待てよ、他に耳が長い動物は……ロバ、ミミナガヤギ、フェニック……どれも違うな……』
『あ、いや、だから、すねちゃんは妖怪で……』
『きゅう?』
健司は理科の教師をしているのを思い出した。
白雪を抱き上げたことと良い、動物が好きなのだろう。
『恭仁京、触らして!』
『良いですけど……解剖とかしないでくださいよ?』
冗談で云ったつもりが、ピクリと健司は止まった。
『……先生……?』
『は、はは、嫌だなぁ、恭仁京。解剖する道具が無いから無理だよ……』
目が泳いでいる。
『きゅ、き、き、きゅううううう!?』
すねちゃんは恐怖を訴えている。
『先生、ちょっと落ち着きましょうか?』
『俺は落ち着いているぞ。ただ、隅々まで観察――』
仕方ない、と瑞雪が健司の頭に手を置くと静かな声で云った。
『健司殿、今はそれ所ではありませんぞ』
『ひっ!?』
直感で瑞雪に逆らえないと悟ったらしい。途端に大人しくなった。
『んでよ、健司クンよ、お前自分の状況理解してんの?』
見た目が健司より年下のヤンキーに、お前呼ばわりされても気にしていないようだ。
『――理解……多分してる。呪って奴がどれだけ怖いものなのかも、見に染みてる』
『でも国が動いてるのまでは知らねぇだろ?』
『え? 国?』
手短に理由を教えると、健司は苦しそうに胸を押さえた。
呪が抜ける時の苦しみと痛みが甦る。
『健司殿』
瑞雪が声を掛けると、注目されるのに耐えきれなくなった健司は無理に笑顔を見せて部屋を見回した。
幼い頃から住んでいた思い入れの深い、見馴れた部屋。
引っ越しした時のまま、小物や家具もそのまま。
『ああ、ここは俺の家……』
懐かしさで目を細める。
『左様にございます。失礼ながら貴方様を保護する為に使用させて――』
『ありがとう、瑞雪』
『!』
へへっと暮雪が笑った。
『先生、呪抜けてから、身体に何か不調はありませんか?』
『――うん、そうだな……特には』
『あ! そうだ、お腹空いてませんか?』
『……いや』
『近くにコンビニありましたよね? 買いに行ってきます。僕も何も食べないで来ちゃったから、お腹空いてるんですよ』
『俺が行く』
と、暮雪が手を上げた。
『上総が出掛けたら、連れが来た時ややこしくなる』
『確かに。それじゃお願いします』
暮雪は、あいよ、と返事をして出て行った。
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