陰陽師・恭仁京上総の憂鬱

藤極京子

文字の大きさ
37 / 59
第四章

 四、シキガミ

しおりを挟む

 『き、きゅ……』
 『すねちゃん』
 上総とすねちゃんは向かい合い座っている。
 その周りに暮雪と瑞雪が立って見守っていた。
 如月健司の東京の家、一階の部屋に移動して上総はすねちゃんに説教しようとしていた。
 『どうして着いて来たの? 危険だって云ったよね?』
 『……きゅ……』
 うん困った、と上総は苦笑いをした。
 普段は訶雪と雪華が何も云わなくても通訳をしてくれているが、今上総の横にいるのは腕を組んで難しい顔をしている瑞雪と何が楽しいのかニヤニヤとしている暮雪。健司の識神なら上総達の後を付いてくることないのに、暮雪は多分興味本位で一緒に一階に下りて来たのであろうが、瑞雪の心意は分からない。
 どのみち二人に通訳を頼むのは無理であろう。
 『きゅ、きゅきゅうう……きゅう』
 なんて云っているか分からないが、反省はしているようだ。
 円らな丸い目がうるうるとしていて可愛い。今すぐ抱き締めたい衝動を抑え、上総は厳しい口調をし続けた。
 『すねちゃん、もう来ちゃたのは仕方ないよ』
 『きゅぅ』
 『いいかい、どんな危険な目に遭うか分からないよ? すねちゃんを守れる余裕は無いかもしれないからね。自分の身は自分で守ること。出来る?』
 『きゅっ!』
 凛々しく鳴くすねちゃんに、上総はそれ以上何かを云うのをやめて抱き締めた。
 欲望には勝てない。
 『皆さん、主が目を覚ましたわよ』
 健司の部屋に残っていた白雪が、ぴょんぴょん跳ねながら階段を降りて来た。
 『先生!』
 駆け上り部屋に入ると、上体を起こしていた健司は驚いた表情をしている。
 『え?』
 『先生、良かった!!』
 構わず上総は涙を溜めて抱き着いた。
 『く、恭仁京……? どうして?』
 『迎えに来たんです。先生、一緒に帰りましょう!』
 『あ、うん……いや、でも……』
 ふと、健司は上総以外の気配を察し、部屋を見渡す。
 『恭仁京、この人達は?』
 瑞雪は眉間に皺を寄せた。
 暮雪はあからさまに残念そうな顔をしている。
 白雪は長い耳を垂らしているから哀しんでいるのだろう。
 彼等は健司の識神だと云っていたが、健司の反応を見るに知らないようだ。
 『先生、あの』
 どう説明したら良いのか困惑していると、瑞雪が上総の横に来て助けてくれた。
 『如月健司殿、初めてお目にかかる。吾はこちらの恭仁京上総様の識神で瑞雪と申す者。以後お見知り置きを』
 瑞雪は深々と頭を下げた。
 『シキガミ? 人間じゃなくて妖怪なのか?』
 聞き慣れない言葉であろう、健司は首を傾げた。
 『えっと、この人達は妖怪とはまた違うんですけど……』 
 『妖怪に違いねぇだろ?』 
 暮雪がぼそりと呟いた。
 『よ、妖怪……とはちょっと違いますが、えっと、使役してるんです』
 『所謂召し使いってやつだ。んで、俺は暮雪。宜しく』
 上総を叩いた元気がない。
 白雪に限っては喋らず健司の手元に来ると、布団の上に出ていた手に頭を擦り付けて来た。
 『この子も恭仁京の?』
 抱き上げて撫でる。
 『普通の兎に見えるけど』
 『え、あ、はい……』
 瑞雪を見ると、頷き返すだけだった。
 『お前もシキガミってやつなのか。可愛いな、なんて名前なんだ?』
 気に入ったようだ。
 白雪も可愛いと云われて耳を頻りに動かして喜んでいる。
 『えっと……』
 『その者は白雪と申します』
 即座に瑞雪が答えてくれた。
 『白雪って云うのか。白雪、宜しくな?』
 呪が生きる力を持ち去ったと云われ上総は正直恐れてはいたが、考えている程ではないようだ。
 そうは云っても普段の明るさは無い。
 『きゅい?』
 『あ、すねちゃん』
 すねちゃんは脚が短いせいで、なかなか階段を登れず漸く皆から遅れて部屋に到着した。白雪みたいに跳躍力があれば、もっとスムーズに上れるだろうが、なにせすねちゃんは腹が出ている。
 『く、恭仁京……』
 健司は白雪を抱いて、すねちゃんを見たまま顔を真っ赤にして震えた。
 『先生、大丈夫ですか? 寒いんですか?』
 無言で首を激しく振っている。
 『その子も、恭仁京の?』
 『すねちゃんです。家で待ってるように云ったんですが、バックに入って着いて来ちゃったんです』
 『太った兎!』
 教師が子供のように目を輝かせている。
 『え?』
 『きゅ?』
 上総とすねちゃんは一緒に首を傾げた。
 白雪が舌打ちしたのを暮雪は見逃さなかったが、敢えて聞こえなかったことにしなければ後が怖い。
 瑞雪は何故か溜め息を吐いて、、と呟いた。
 『先生、すねちゃんは兎ではありませんよ』
 『耳長いぞ? 兎じゃないなら、なんて生き物だ? 新種か? 待てよ、他に耳が長い動物は……ロバ、ミミナガヤギ、フェニック……どれも違うな……』
 『あ、いや、だから、すねちゃんは妖怪で……』
 『きゅう?』
 健司は理科の教師をしているのを思い出した。
 白雪を抱き上げたことと良い、動物が好きなのだろう。
 『恭仁京、触らして!』
 『良いですけど……解剖とかしないでくださいよ?』
 冗談で云ったつもりが、ピクリと健司は止まった。
 『……先生……?』
 『は、はは、嫌だなぁ、恭仁京。無理だよ……』
 目が泳いでいる。
 『きゅ、き、き、きゅううううう!?』
 すねちゃんは恐怖を訴えている。  
 『先生、ちょっと落ち着きましょうか?』
 『俺は落ち着いているぞ。ただ、隅々まで観察――』
 仕方ない、と瑞雪が健司の頭に手を置くと静かな声で云った。
 『健司殿、今はそれ所ではありませんぞ』
 『ひっ!?』
 直感で瑞雪に逆らえないと悟ったらしい。途端に大人しくなった。
 『んでよ、健司クンよ、お前自分の状況理解してんの?』
 見た目が健司より年下のヤンキーに、お前呼ばわりされても気にしていないようだ。
 『――理解……多分してる。呪って奴がどれだけ怖いものなのかも、見に染みてる』
 『でも国が動いてるのまでは知らねぇだろ?』
 『え? 国?』
 手短に理由を教えると、健司は苦しそうに胸を押さえた。
 呪が抜ける時の苦しみと痛みが甦る。
 『健司殿』
 瑞雪が声を掛けると、注目されるのに耐えきれなくなった健司は無理に笑顔を見せて部屋を見回した。
 幼い頃から住んでいた思い入れの深い、見馴れた部屋。
 引っ越しした時のまま、小物や家具もそのまま。
 『ああ、ここは俺の家……』
 懐かしさで目を細める。
 『左様にございます。失礼ながら貴方様を保護する為に使用させて――』
 『ありがとう、瑞雪』
 『!』
 へへっと暮雪が笑った。
 『先生、呪抜けてから、身体に何か不調はありませんか?』
 『――うん、そうだな……特には』
 『あ! そうだ、お腹空いてませんか?』
 『……いや』
 『近くにコンビニありましたよね? 買いに行ってきます。僕も何も食べないで来ちゃったから、お腹空いてるんですよ』
 『俺が行く』
 と、暮雪が手を上げた。
 『上総が出掛けたら、連れが来た時ややこしくなる』
 『確かに。それじゃお願いします』
 暮雪は、あいよ、と返事をして出て行った。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...