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第二章:グラッド・ディーガスト
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しおりを挟む直後、背後の扉がバンッ!!と開く。
いきなりのことに、持っていたグラスを落としそうになる。それを寸前で握りしめ振り返ると、室内がざわつき始めた。扉を開けたのは薄紫の髪を揺らした青年。息を切らしながら、グラッドを呼ぶ。
「お頭!」
「なんだよ、騒々しいな」
呼ばれた彼が、怪訝そうに青年へ視線を向ける。青年は一度呼吸を整えて、再びグラッドを見た。
「敵が現れたんだ。今は後方に付いてる」
「は? 敵なんて……」
言いかけてグラッドは、私に視線を向けてハッとした表情になる。思いきり椅子からガタッと立ち上がると、憎々しげに眉を潜めた。
「アイツらか」
「どうする? 今乗り込まれたら、耐えられない。武器の補充が間に合ってないんだ」
「操縦はカクトスか」
「ああ。なんとか最短で、次の領空に入ろうとしてる」
「そうか、わかった。俺も今行く」
グラッドが歩き出した直後、大きく船体が揺れる。テーブルの上にあった、お皿やグラスのいくつかが落ちて割れてしまう。座っていた私もバランスを崩しそうになったけど、グラッドにパッと手を掴まれて、思いきり引き寄せられた。
「っ!」
その拍子に、彼の腕の中へと飛び込む形になってしまう。間近に感じる精悍な体つきに、不謹慎ながらもドキッとしてしまう。
視線をあげると、グラッドは無言で私から体を離した。直前まで優しくされたからか、一瞬、寂しさが浮かぶ。けどすぐに軽く首を左右に振って、追い払う。
……本物の恋人じゃないんだから。
何を勘違いしてるんだ、と内心叱責する。これはあくまで、ゲーム内での出来事に過ぎない。次のイベントが始まったのだから当たり前のことなんだ、と。
そしてパッと顔を上げる。離れていったグラッドが、扉の方へ身を翻し、鋭い声で指示を出した。
「三つ子はここの片付けを頼む。シバとトージは俺と来い。ランリスは、ルノアの着替えを用意してくれ」
アイアイサーとか、了解とか、それぞれが明るい声で了承を告げる中、ランリスの静かな「承知しました」の声が、際立って耳に残った。
皆が動き始め、ランリスが私の傍に来る。
「漆黒の乙姫様…いえ、ルノア、参りましょう」
「……あ」
敵が現れたと言っていた。このゲームの敵が、何を意味するのか分からない。けどもし、私の真名で何か出来るなら──。
一瞬、掠めた考えを振り払う。
やっぱり一つしかない、その力を安易に使うのはリスクがある。
今は、彼等に従おう。一度、手を握りしめてランリスの方へ向き直した。
「待たせてごめんね、ランリス。今行きます」
グラッドが出ていった扉を見て、歩き始めた彼女の後を追う。ランリスは、別の出口から食堂を出ていった。
扉を抜けた先には、また廊下があった。左右にオシャレなランプが等間隔にあって、まるで豪華客船のようだ。この飛行船……シズネ号って名前らしいけど、乗った直後にちょっとした案内を受けたときにもここは通らなかった。
流し見る壁に、点在する扉。乗組員の部屋が続いてるようだ。扉の一つに、赤いバンダナが使われた部屋札が揺れていた。シュネルの部屋なのかも。
でもちょうど、その前を通った瞬間船体が大きく揺れた。
「っ?!」
慌てて壁に掴まり、なんとか堪えるけど、前を歩くランリスは全く動じてない。やっぱり普段から乗ってる人はバランスの取り方が違うのかな。
揺れが小さくなってから、再度歩き始める。少し前で足を止めたランリスも同じように動き始めた。
ふと、遠くで喧騒が響く。けど、それはすぐに消えていく。また静寂に包まれた。これはチャンスとばかりにランリスへ声をかける。
「あの、ランリス?」
「……なんでしょう」
間を置いて、彼女が答える。無視されなかったことに、ちょっとだけ嬉しくなってしまう。良かった、話が出来る、と嬉々として続ける。
「あの、さっきのことについて聞きたくて」
「何のことでしょう?」
「その、漆黒の乙姫のこと。ランリスは詳しいのかなって」
「……」
立ち止まるランリスが、振り返る。間を置いて、口を開いた。
「私にも細かいことは分かりませんよ」
「え? でもあなたが私を見つけたって……」
「術で見たのは吉凶のみ。グラッド様の助けになる星が落ちたと伝えただけです。お話は以上でよろしいですね」
そう、素っ気なく言ったランリスは身を翻す。その後ろ姿に、私は何も言えなくなってしまった。
結局、ゲームの中身も特殊能力も分からないまま。これでは攻略どころではない。
とはいえ、知らないと言う人にこれ以上聞くことも出来なくて、また静寂が訪れる。ただ船体は変わらず揺れていて、壁を伝いながら進んでいた。
少しして、一際大きな揺れに足をもつれさせてしまう。
「うわっ」
ドテッと盛大に地面に転げて、それに気づいたランリスが、再び立ち止まり振り返った。すると彼女は呆れた様子で溜息を吐く。
「…はあ……あなたという人は、ずいぶん間の抜けている方なのですね」
言いながら、傍に来ると身を屈める。手を伸ばして来たけど、その手が途中で止まった。一瞬の後、彼女はまた立ち上がり、身を翻す。直後、冷たい声を出した。
「私はあなたに触れることが出来ませんので、ご自分でお立ちください」
「……え」
そりゃ、自分で立つつもりだったけど、そんな思わせぶりな態度してから冷たくされたら、ダメージ倍増だったりする。触りたくないほど嫌われてしまったってこと?
間を置いて、「はい」と返した後、膝をついて立ち上がる。ランリスは、何事もなかったかのように再び歩き始めた。
少しして、途中にある一室に入っていく。扉が開け放たれたままになっていたけど、入って良いのか悩んでしまった。でもすぐに、中から呼ぶ声がする。それに従い、足を踏み入れた。
室内は、淡い黄色の装飾がふんだんにあしらわれた、落ち着いた雰囲気の内装をしていた。
入口近くで佇んでいたランリスの横に並ぶ。
「ランリスの部屋?」
「ええ」
短く答えて、彼女は真っ直ぐ進んでいく。奥には小さめの家具と、窓際のベッド。その近くにあった丸い窓には白いレースのカーテンが下がっている。見ている傍からふわりと揺れたけど、風のせいじゃない。船体が揺れて、私はまた転びそうになるのを慌てて壁に手をつき堪えた。
でも、こう何度も揺れてると、グラッドたちの様子が気になる。外を見ようにも、廊下に窓はなかった。
入り口から顔だけ出して、様子を窺っていたら、ランリスに声をかけられた。
「ルノア、サイズが合いそうなのを適当に選びました。私は外に出ますから、早く着替えてください」
「それはランリスの?」
「……何かご不満でも?」
今のは聞き方が悪かった。言葉にトゲが含まれたのに気が付いて、慌てて首を横に振る。
「ち、違うの。服、借りちゃって悪いなって思って……ごめんなさい」
「…………」
無言のままでいられると、居たたまれなくなる。人の部屋だし、歓迎されてるわけじゃないし。
当初の予定通り着替えようとしたけど、服はランリスが持って佇んでいる。奪い取るわけにいかないので、さりげなくランリスに近づきながら顔を覗きこんでみた。
「ランリス? あの……」
そのすぐあと、絞り出すような声が聞こえた。
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