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第50話 残響する記録
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鉄扉の向こうは、思った以上に暗かった。
かつて研究施設だったとは思えないほど湿り気があり、壁は黒ずみ、天井からはつららのように配線が垂れ下がっている。
それでも、奥のどこかで淡く光るモニターが、かろうじて内部の輪郭を照らしていた。
春香は手のひらを胸に押し当て、紅葉のペンダントを強く握りしめる。
「ここ……前に来たときより、空気が重い……」
美奈は震える手でスマートフォンのライトをつけ、周囲を照らした。
壁には、古びたファイル棚。研究記録のような紙束が散乱している。
その中の一枚を拾い上げると、赤黒いインクでこう書かれていた。
> 【被験体 No.04:クレハ】
記憶転写率──83%(成功域)
「……これ、紅葉の名前……?」
美奈の声が、かすれた。
祐真は書類を取り上げ、眉を寄せる。
「研究記録だな。……でも、こんな実験、俺たちの村でやってたなんて……」
春香はゆっくりと祐真の方を向いた。
「あなた、前に言ってたわよね。“思い出せと言われてる気がする”って」
祐真の表情がわずかに揺らぐ。
彼は黙って壁の奥に目を向けた。
そこには、半ば崩れた観察室のガラスがあった。
中には、壊れたモニターがいくつも並び、そのひとつが──チカッ、と点滅した。
画面が生き返る。
ノイズ混じりの映像が流れ始めた。
ぼやけた白衣の背中。
その隣で、小さな女の子が立っている。
くすんだピンクのワンピース。
──橘美桜。
春香の喉から、声にならない声が漏れた。
「……美桜……?」
画面の中の美桜が、誰かに何かを囁くように唇を動かす。
ノイズの向こうに、かすかな声が届いた。
> 『……あのね、また……呼ばれてるの』
その瞬間、祐真の頭に閃光が走った。
脳裏に焼きつくように、20年前の情景が蘇る。
──秋の日。
子どもたちの笑い声。
森の奥から響いた“鈴の音”。
「……俺が……見てた……」
祐真の声は、ほとんど息だった。
「俺が、美桜を……あの森に、行かせたんだ……」
美奈が驚いて祐真の腕を掴む。
「どういうことですか!?」
「俺たちは……遊んでた。森の入口で。
そのとき、美桜が言ったんだ。
“お姉ちゃんが呼んでる”って……」
春香が、崩れるように床に膝をついた。
「そんな……お姉ちゃんは──紅葉もまだ生まれてなかった……」
沈黙。
ラボの奥から、何かが動く音がした。
──カタン。
──ギィ……。
ライトを向けると、観察室の奥の扉が、ゆっくりと開いていく。
暗闇の向こうに、誰かの影が立っていた。
白衣を着た細身の女性。
顔は見えない。だが、その背格好に、春香の心臓が跳ね上がる。
「ま……さか……」
春香が絞り出すように言う。
「紅葉……なの?」
答えはなかった。
ただ、影がこちらに一歩、踏み出した。
その足元から、黒い根のようなものが床を這い、静かに音を立てる。
祐真が拳銃を構えた。
「春香さん、美奈、下がれ!」
だがその瞬間、モニターが一斉に点滅し、あの声が響いた。
> 『また──呼んでる。森の奥で、みんな待ってる』
美奈が悲鳴を上げた。
春香は、ペンダントを握りしめたまま、ただ呟いた。
「紅葉……あなたは、どこにいるの……?」
そして、観察室の扉の向こう──
赤く光る“祠”の映像が、モニターに映し出された。
かつて研究施設だったとは思えないほど湿り気があり、壁は黒ずみ、天井からはつららのように配線が垂れ下がっている。
それでも、奥のどこかで淡く光るモニターが、かろうじて内部の輪郭を照らしていた。
春香は手のひらを胸に押し当て、紅葉のペンダントを強く握りしめる。
「ここ……前に来たときより、空気が重い……」
美奈は震える手でスマートフォンのライトをつけ、周囲を照らした。
壁には、古びたファイル棚。研究記録のような紙束が散乱している。
その中の一枚を拾い上げると、赤黒いインクでこう書かれていた。
> 【被験体 No.04:クレハ】
記憶転写率──83%(成功域)
「……これ、紅葉の名前……?」
美奈の声が、かすれた。
祐真は書類を取り上げ、眉を寄せる。
「研究記録だな。……でも、こんな実験、俺たちの村でやってたなんて……」
春香はゆっくりと祐真の方を向いた。
「あなた、前に言ってたわよね。“思い出せと言われてる気がする”って」
祐真の表情がわずかに揺らぐ。
彼は黙って壁の奥に目を向けた。
そこには、半ば崩れた観察室のガラスがあった。
中には、壊れたモニターがいくつも並び、そのひとつが──チカッ、と点滅した。
画面が生き返る。
ノイズ混じりの映像が流れ始めた。
ぼやけた白衣の背中。
その隣で、小さな女の子が立っている。
くすんだピンクのワンピース。
──橘美桜。
春香の喉から、声にならない声が漏れた。
「……美桜……?」
画面の中の美桜が、誰かに何かを囁くように唇を動かす。
ノイズの向こうに、かすかな声が届いた。
> 『……あのね、また……呼ばれてるの』
その瞬間、祐真の頭に閃光が走った。
脳裏に焼きつくように、20年前の情景が蘇る。
──秋の日。
子どもたちの笑い声。
森の奥から響いた“鈴の音”。
「……俺が……見てた……」
祐真の声は、ほとんど息だった。
「俺が、美桜を……あの森に、行かせたんだ……」
美奈が驚いて祐真の腕を掴む。
「どういうことですか!?」
「俺たちは……遊んでた。森の入口で。
そのとき、美桜が言ったんだ。
“お姉ちゃんが呼んでる”って……」
春香が、崩れるように床に膝をついた。
「そんな……お姉ちゃんは──紅葉もまだ生まれてなかった……」
沈黙。
ラボの奥から、何かが動く音がした。
──カタン。
──ギィ……。
ライトを向けると、観察室の奥の扉が、ゆっくりと開いていく。
暗闇の向こうに、誰かの影が立っていた。
白衣を着た細身の女性。
顔は見えない。だが、その背格好に、春香の心臓が跳ね上がる。
「ま……さか……」
春香が絞り出すように言う。
「紅葉……なの?」
答えはなかった。
ただ、影がこちらに一歩、踏み出した。
その足元から、黒い根のようなものが床を這い、静かに音を立てる。
祐真が拳銃を構えた。
「春香さん、美奈、下がれ!」
だがその瞬間、モニターが一斉に点滅し、あの声が響いた。
> 『また──呼んでる。森の奥で、みんな待ってる』
美奈が悲鳴を上げた。
春香は、ペンダントを握りしめたまま、ただ呟いた。
「紅葉……あなたは、どこにいるの……?」
そして、観察室の扉の向こう──
赤く光る“祠”の映像が、モニターに映し出された。
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