紅葉-くれは-

菊池まりな

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第71話 森に還る声

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湿った風が肌を撫で、森の奥から土と腐葉の匂いが立ちのぼる。
 春香が振り返るたび、枝葉の影が人の形に見えて、美奈の心臓は音を立てた。

「……ねぇ、美奈ちゃん。本当に、この先で合ってるの?」
「うん。紅葉が最後に見つかったのは、この辺りだったって……」

 紅葉。
 その名前を口にするたび、胸の奥が冷たく締めつけられる。
 秋祭りの夜、笑いながら手を振った紅葉の姿。
 あの夜が、最後だった。

 けれど──その“最後”が、果たして本当に終わりだったのか。

 ふいに、春香が立ち止まる。
 前方の木立の間に、何かが立っていた。
 夕闇のような黒い影。
 いや、それは──人影だ。

 細い肩、揺れる髪、白いワンピース。
 風に乗って、かすかな声が届いた。

「……みな……」

 その声を聞いた瞬間、美奈の足がすくんだ。
 あの声を、忘れるはずがない。
 紅葉だ。
 けれど、そこに立つその人は──どこか違う。

「紅葉……なの……?」

 影が、ゆっくりと首をかしげる。
 その頬に貼りつく土の色。濡れた髪。
 瞳だけが、異様なほど澄んでいた。

「どうして、迎えに来なかったの……」

 その言葉が森の静寂を裂く。
 春香が息を呑み、美奈の肩をつかむ。
 けれど、美奈の足は動かない。
 その場に釘づけにされたように、ただ紅葉を見つめていた。

「……あのとき、私、帰らなきゃって……」
 美奈が震える唇で呟くと、紅葉の影が微笑んだ。
 優しく──けれど、どこか狂気を帯びた微笑み。

「嘘つき。
 ほんとは、わたしを置いていったんでしょ。」

 紅葉の輪郭が崩れ、霧のように溶ける。
 風が吹き抜け、森が再び黙り込む。

 春香が震える声で言った。
「……今の、見間違いじゃないよね……?」

 美奈は答えられなかった。
 彼女の耳の奥には、まだ紅葉の声が残っていた。
 ──“どうして、迎えに来なかったの?”

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