紅葉-くれは-

菊池まりな

文字の大きさ
74 / 155

第73話 沈黙の村

しおりを挟む
 橘春香と氷川美奈が森で“それ”を見つけた翌朝、村は不気味な静けさに包まれていた。
 カラスの鳴き声も、子どもの声もない。まるで、村全体が息を潜めているようだった。

 駐在所の前で、一ノ瀬祐真は深くため息をついた。
 夜明け前から通報を受け、現場を確認したが、あの穴も、骨も、浴衣の布も――跡形もなく消えていたのだ。
 代わりに残っていたのは、土の上に散らばった紅い枯葉と、泥に残る春香と美奈の足跡だけ。

「……そんなはずない。確かに、ここで掘った跡があったのに」

 祐真は写真を撮ったスマートフォンの画面を開く。だがそこにも、異常があった。
 現場写真はすべて“黒い靄”に覆われ、何も映っていない。まるでレンズそのものが、何かを拒んだかのようだった。

 そのとき、背後から声がした。

「一ノ瀬さん……あんまり、深入りしんほうがええで」

 声の主は、地元の古老・田嶋だった。
 村のことを誰よりも知る男であり、かつて祐真が子どものころよく世話になった人物だ。
 だが今の田嶋の目は、どこか怯えていた。

「田嶋さん……どういう意味ですか?」 
「“あれ”は昔からあるもんや。掘り返したら、また誰かが呼ばれる」 
「呼ばれる……?」 
「紅葉ちゃんだけやない。昔も何人も、森に呼ばれて消えた。あんた、忘れとるやろ。一ノ瀬祐真、お前も──あのとき、そこにおったやないか」

 その言葉に、祐真の心臓が凍りついた。
 頭の奥で、記憶の断片がざわつく。
 20年前、秋祭りの日。森の奥で笑う子どもたち。紅い着物。呼びかける声。
 そして──消えた、小さな背中。

「……美桜……?」

 呟いた瞬間、田嶋はハッとしたように祐真を見た。
「やっぱり、思い出したか。……ええか、あの森はな、“紅葉もみじさま”のものなんや。掘り返したら、祟りがくる。誰も、あそこには触れたらいかん」

 祐真は言葉を失った。
 “紅葉さま”──それは、祐真が子どものころ、村の年寄りたちが語っていた古い伝承だった。
 紅葉が舞う頃、森の奥で“神隠し”が起きる。呼ばれた者は戻らず、森の主の一部になるという。

「……それでも、放っておけません」
 祐真は立ち上がった。
「もう、誰も消えてはいけないんです。紅葉ちゃんも、美桜も……これ以上、犠牲を出すわけには」

 だが、田嶋は首を振る。
「犠牲を出さへん方法は一つや。『知らんふり』をすることや。一ノ瀬、あんたもよう考えや。森に踏み込んだ者は、みな帰ってこぉへん」

 その言葉を背に、祐真は駐在所をあとにした。
 胸の奥で、何かがざわめいている。
 森の奥で見た“紅葉の笑顔”が、どうしても頭から離れない。
 そして、あの夜、美桜が最後に言った言葉が──脳裏をよぎった。

 「ねぇ、ゆうまくん。あの声、聞こえる? 呼んでるの、私たちの名前」

 祐真は顔を上げた。
 遠く、森の方角に紅い光が瞬いた気がした。
 まるで、誰かが──再び“扉”を開こうとしているように。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...