紅葉-くれは-

菊池まりな

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第115話 森底の気配(二)

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湿った土の匂いが、あたり一面に濃く漂っていた。

 紅葉が最後に目撃された場所──神社の裏手から続く古い山道を抜けた先。
 その先に、ぽっかりと口を開いたような窪地がある。
 夕陽が差さないせいか、昼間でも薄暗く、まるで“何かを隠すため”に森が影を落としているようだった。

 祐真がランタンの光を向けた。

「……やっぱり、誰かが最近ここに来てるな」

 足跡は雨で少し滲んでいたが、人の靴跡であることは間違いなかった。
 しかも、ひとつだけではない。大小がいくつも重なり合い、方向も一定しない。

 まるで、迷いながら彷徨っているように。

 春香が息を呑む。

「紅葉……ここに来たの……?」

 その声は震えていた。
 20年前、美桜を探しに何度も同じ森に入ったときも、こんなふうに震えていたのだろうか。

 春香は黙ってしゃがみ込み、地面を照らしながら手で落ち葉を払った。
 その瞬間、爪先が“何か硬いもの”に触れた。

「……ん?」

 落ち葉をもっと払いのけた。
 土に半分埋もれるようにして、小さな銀色の金具が光った。

「これ……髪飾りの留め具じゃないか?」

 祐真が覗き込む。
 春香の表情が強張る。

「紅葉の……?」

 春香は即座に首を振った。

「違います。紅葉の髪飾りは、こういう金具じゃありません。もっと華奢で…細工が違う」

「じゃあ……誰の?」

 全員が沈黙した。

 その沈黙を引き裂くように──
 森の奥から、ふいに風が吹いた。
 風のはずなのに、葉が揺れるより先に足元の空気が冷えた。

 美奈が小さく身をすくめた。

「ねぇ……今の……人の、気配じゃない……?」

 森に満ちる“じわりとした視線のようなもの”。
 自分たちをどこかから見ている誰か。

 春香は木々の影を見つめた。

 そのとき──
 きしり、と乾いた音がした。
 木の枝が踏まれたような音。

「誰かいるのか!」

 祐真が声を張った。
 だが返事はない。風すら止まり、森の空気が一瞬、凍りついた。

 次の瞬間、春香が震える声で言った。

「……この感じ、覚えてる……」

「春香さん?」

「美桜が消えた年も……この森、こんなふうだったの。
 誰かが、どこかから見ているようで……
 何かが、近くにいるのに、姿は見えなくて……」

 美奈が息を呑む。

「じゃあ……20年前と同じ“何か”が、また……?」

 春香は首をゆっくり横に振った。

「違う……今のこれは……

 “美桜じゃない”……
 “紅葉でもない”……

 もっと……別の、誰か……」

 その言葉と同時に──
 森の奥で、はっきりと“枝を踏む音”がした。

 一度ではない。
 ゆっくりと、こちらに近づくように。

 音は確かに“人の歩き方”だった。
 でも、踏むリズムが不自然に揃っていない。
 左右の足の重さが、まるで違う。

 祐真が低くつぶやく。

「……これは、人間じゃない歩き方だ」

 森底に潜む何かが、ようやく自分たちの存在に気づいた──
 そんな気配が、肌を粟立たせた。

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