紅葉-くれは-

菊池まりな

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第130話 箱の中身

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 鈴の音が止んだ。

 それが、かえって不気味だった。
 森は音を失い、風も、虫の声も、すべてが息を潜めている。

 祐真は、ゆっくりと木箱に手を伸ばした。

「……開けるぞ」

 春香は止めなかった。
 止める言葉を、もう持っていなかった。

 蓋にかかった留め金は、古く錆びついている。
 力を入れると、『きい……』と低い音を立てて外れた。

 中にあったのは──

 布だった。

 白に近い、薄い布。
 だが端々が土で汚れ、ところどころが黒ずんでいる。

 美奈が息を呑む。

「……服……?」

 祐真は布をそっと持ち上げた。
 その瞬間、かすかな鈴の音がした。

 布の中から、転がり落ちたもの。

 小さな、鈴のついた髪飾り。

 春香の視界が、揺れた。

「……違う……」

 声が、震える。

「……紅葉のじゃない……
 これは……」

 記憶が、無理やり引きずり出される。

 二十年前。
 秋祭りの日。
 まだ三歳だった、美桜。

 小さな手で握っていた、
 同じ鈴のついた髪飾り。

「……美桜の……」

 春香は、膝をついた。

 美奈が、唇を噛む。

「……じゃあ……
 ここに埋まってたのは……
 紅葉じゃ、ない……?」

 祐真は、低く答えた。

「……少なくとも……
 “紅葉だけ”じゃない」

 そのとき──
 背後の闇が、ゆっくりと動いた。

 木々の隙間から、
 人の形に近い“影”が、にじむように浮かび上がる。

 顔は、はっきりしない。
 だが、肩の位置だけが不自然に低く、
 首が、わずかに傾いている。

 ──三歳の子どもの目線。

 美奈の声が、掠れた。

「……あれ……
 子ども……?」

 影が、春香の方を向いた。

 そして──
 名前を呼んだ。

「……はる……か……」

 今度は、誤魔化しようがない。
 美桜の声だった。

 春香は、歯を食いしばり、顔を上げた。

「……違う……
 美桜は……
 そんな声で、私を呼ばない……」

 影が、一歩、近づく。

 地面に触れた“足”は、
 人のものではなかった。
 土と落ち葉が、まとわりつくように沈む。

 祐真が、前に出た。

「……お前は……
 美桜じゃない」

 影が、ぴたりと止まる。

 そして、ゆっくりと、
 別の声で囁いた。

「……名前を……
 くれた……」

 美奈が、はっとした。

「……名前……
 春香さん……
 あのとき……」

 春香の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。

 ──迷子にならないように。
 ──呼ばれたら、返事をするように。

「……美桜……
 ちゃんと、名前を呼ばなきゃ……」

 影が、歪んだ。

「……もらった……
 だから……
 返さない……」

 その瞬間、
 森の奥から、別の鈴の音が重なった。

 ──ちりん。
 ──ちりん。

 ひとつではない。

 美奈が、震える声で言った。

「……まさか……
 他にも……
 “名前を奪われた子”が……」

 影は、ゆっくりと後ずさる。

「……祭りの夜……
 呼ばれる……
 また……」

 そして──
 闇に、溶けるように消えた。

 残されたのは、
 開いた木箱と、
 二十年前の鈴。

 祐真は、静かに言った。

「……分かった……
 この森は……
 人を消してるんじゃない」

 春香が、顔を上げる。

「……じゃあ……
 何を……?」

 祐真は、闇を見据えた。

「……名前を、集めてる」

 その言葉が、
 冷たい夜気よりも重く、三人にのしかかった。


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