群青色-まだ名前のない色-

菊池まりな

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第39話 小さなほころび

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放課後の美術室。窓から差し込む夕陽が、キャンバスや石膏像を柔らかく染めていた。私は筆を置き、そっとため息をつく。今日も澪のことが頭から離れなかった。



 扉が開く音に振り向くと、そこに澪が立っていた。

「……ここにいると思って」

 少し戸惑った笑みを浮かべながら、彼女は美術室に入ってくる。



「どうしたの?」

 私が問いかけると、澪は答える代わりに、窓際まで歩いていった。夕暮れの光を背に受け、髪が金色に縁取られる。



 しばらく沈黙のまま立っていた澪が、ぽつりと口を開いた。

「……私、弱いところ見せるの、すごく苦手なんだ」

 声は小さいけれど、はっきり震えていた。



 私は黙って、筆を持つ手を膝の上に置く。

「無理に言わなくてもいいよ。でも……隣にいるから」

 それだけを静かに伝える。



 澪の肩が小さく震えた。やがて、彼女はためらうように私の方へ振り返り、かすかな声で続けた。

「……ありがとう。蒼がそう言ってくれるだけで、少し、楽になる」



 その瞬間、澪の瞳に張りつめていたものが、ほんの少しほどけていくのが見えた。



 美術室に流れる沈黙は、もう重苦しいものではなくなっていた。夕陽に染まる空気の中で、二人の間に新しい色が生まれようとしていた。



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