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五章 ローレル迷宮編
しかし レンブラント からはにげられない
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ツィーゲに「帰った」のは結局拷問の夜から一週間ほど経ってからだった。
何が怖いって亜空はまだ熱気冷めやらぬ様子だって事だ。
まるで大注目スポーツの国際試合、大舞台で超大逆転勝利を収めた翌朝。
未だにそのテンションにある。
ローレルの玄関口、懐かしきミズハから大勢に見送られて出国して後、適当な街に顔を出しては移動してる証を残しつつの帰還。
PRG(ギネビアさんによるとピクニックローズガーデンの非公式な略称らしい)はとっくにツィーゲに到着しており、既に冒険者や元冒険者の兵士らと活発な交流を始めていた。
環からの報告で気にしていた魅了の香水の悪さとツィーゲへの浸食は、結論から言えば問題無かった。
ウチの店員がヴィヴィさんに接触して慎重にメンバーを調べた結果、誰も、一人として智樹の影響下にある人物は出てこなかった。
森鬼のシイ本人の記憶から察するにリョーマというアサシンタイプの男性に乱戦の中で魅了を「移された」らしい。感染とかじゃなく、移動という意味で。
リョーマ氏の中で根付いて相当育っていた魅了効果そのものをシイに叩き込んだ、というのが真相。
……術にしろ呪いにしろ、まあバリエーションが凄い。
当のリョーマ氏は記憶に多少の混濁はあるが、魅了を受けていた事は何となく理解していたようだった。
大分落ち込んでいた。
記憶はあるもんな。
どうやら僕が手にかけた三人組との接触の中で、あの香水にやられたようだった。
だからすんなりとミズハまで来れたんだなあいつら。
何の事はない、傭兵団の内部に協力者を作っていた訳だ。
いずれ智樹と帝国に献上すべくPRG内部の機密情報をせっせと収集していたようだけど、外に出て香水を仕込んだり暗躍する前に僕らとのドタバタが始まってしまい、アジトから出るタイミングを失ったのが幸いしたようで。
シイへの魅了移行の他は大きな罪を犯さずに済んでいた。
……僕にしてみれば結構な事だけど、ツィーゲでの任務に一層全力を尽くしてくれると約束してくれたから、内々に済ませる事にした。
まあでも幸運な事に顕在化する前に対処できたそんなことよりもね!
クズノハ商会がスペシャルセールを連日繰り返したおかげでツィーゲの一画がお祭り騒ぎの混沌の中にあった。
こっちのが事件だよね。
お前のとこは何をやってるんだ、正気なのか。
なんてのはまだ全然マシで。
お得なセールでかえってクレーマーと化した客が店の地下で何人も|簀巻(すま)きになっていた。
99%オフとか無茶なセールをしてるから利益なんぞ微塵もない、むしろ子供でもわかる超大赤字を垂れ流している状況だというのに、多忙で余裕が無いのを良い事に売上狙いの泥棒まで出てくる始末。
あーでも。
強盗に踏み切ったっていう阿呆には笑わせてもらった。
冒険者なんてツィーゲでも荒くれの類だよ?
そんな連中が買い物の為に我慢して大人しく、辛うじて大人しく並んでくれてるとこにさ?
不意打ちの大爆撃かまして店に突っ込んできたそいつらは、ウチの子たちに鎮圧される前に、青筋立てた荒野組の冒険者にフルボッコにされた。
簀巻きにされて地下に転がされるよりも悲惨だったようだ。
そんな事が続きまして。
何の予告もなく連日続く驚異のセールの最中に街への正式な帰還を果たした僕は、レンブラントさん以下商人ギルドの主だった幹部と冒険者ギルドの事務方の皆さんに、すっかり戦時中の会議室となっている荒野対応の冒険者ギルド奥に迎えら(連行さ)れた。
「はい、はい、すみません、気を付けます。事前の報告と連絡と相談は欠かさずに、ええ、ご迷惑をおかけしました」
なんてフレーズをお経がごとく繰り返した。
あの頑張った夜にさ、僕自身が環に言った報連相そのものですよ、ホントに。
いつもはきちんと根回しを欠かさないクズノハ商会ツィーゲ支部の皆なんだけど、亜空から波及した「乗るしかないこのビッグウェーブ(エリス談)」にタガが外れた結果、こんな事になった。
オタクは常日頃の行いが良かったからこの程度で済んでいるけど、普通はこんな事したら良からぬ事を考える連中が出てきて大変な事になるんだと。まあ、怒られまくった。
……いましたよ、泥棒に強盗。
撃退したから良いってもんじゃないんだよな、もうクズノハ商会はツィーゲでも知られている商会に成長している。その所作は常に見られている。
これから商売を始めようって人にも悪い影響が出かねないから本当に気を付けて欲しいと訴えられた時には一段と深く頭を下げた。心から納得できるお小言だった。
笑ってくれてたのはレンブラントさん位だったよ、コンチクショウ。
そのレンブラントさんはといえば。
「後でウチにね、この後でいいから、うん」
ニコニコと。
今は笑っておいてやるけど、わかってるよね、と。
そう言われている気がして。
僕は背を伸ばして静かにソファーに座り。
レンブラント邸で彼を待っていた。
「すまない、待たせてしまったね」
「いえ! こちらこそ思ったよりも戻るのに時間がかかり、また唐突な催しで街に混乱を起こしました。重ね重ね申し訳ありません!」
一見すると常時ゴールドラッシュなツィーゲだけど、今は独立を賭けた戦争中だ。
そちらの戦況は優勢のまま、だけど交渉は膠着状態だと聞いてる。
危機的状況ではないけれど、安心するのはまだ早い。
一番緩みやすいのはこういう時かもしれない。
そんな時に突然のサプライズセール開催だ。
今回は怒られるべくして怒られてる。
まさかクズノハ商会にまで祝いの波が波及してこんな事になってるとは流石に思わないもんなぁ。
……ああ!!
「いやそれについてはもう……ん?」
クズノハ商会は……ロッツガルドにもアルジャナイカ……。
マジか。
まさか、あっちもか!?
急いで確認しておかないと、ああ、でもレンブラントさんとの話が先だし。
ぐああああ!
「どうかしたかねライドウ君」
「いえ、失礼しました。もう、本当に」
「はは、もう良いさ。それに今回のセールなど君のとこがやる事にしては大人しい方じゃないか。時期が時期だけに神経質になっている者もいる、というだけさ」
すっかりやらかす商会というイメージは持たれている模様。
前科がめくるめく脳裏に蘇るから反論の仕様もありませんが。
「アイオンとの交渉が難航しているとか」
昔話をする時でもない。
ギルドで聞いた話だけど、より詳しい状況を把握しておくべきだと思う。
やらかした記憶を掘り起こされるのが嫌な訳でなく。
「難航という程じゃないが、王国側が強気な態度を崩さないでいるのが少々気になるところかな。まあ近くあちらの根拠もはっきりとするだろう」
「クーデター側は、もう?」
「……困ったものだよ。もう少し粘ってくれると踏んでいたんだが、最初の勢いこそ大したものだったが、押し戻された後は期待外れもいいところだ。あのまま押し切られて短期決戦になってもらっても困っていただろうから痛し痒しの難しい局面だったともいえるか」
レンブラントさんは冷静に状況を説明してくれる。
当初はもっと互角に近い争いを続けてくれる筈で、ツィーゲは両陣営の敵を無暗に増やしたくない気持ちを利用して独立を宣言、ある程度の交渉を経て「都市国家」という、この世界における前例無き国家を作ろうとしていた。
王家や宗教の介在しない国として。
しかし現実にはクーデターを企てた方は最初凄まじい勢いで王国の都にまで攻め込んだが、しのがれてしまった。
押し返した王国側は以後優勢のまま、鎮圧に向けて比較的冷静に内乱をコントロールしている雰囲気だ。
ただアイオン王国の難しい所は氏族部族が集まって王家を支えている治世の在り方だ。
国土もそれだけを見れば広大で、リミア王国の困った貴族たち、に似た構図が実はアイオンにもある。
ともあれ、ツィーゲがアイオン王国から独立するというのは大きな財布が一つ無くなる王国としても重大事。
内乱が決着に向かってしまっているならまともな交渉で独立を得るのは相当難しいと思う。
アイオン王国がクーデターを押し返し、かつ今もかなり強気でいる原因。
その切り札のようなモノが何か、はっきりしない事にはツィーゲも迂闊には動けない。
荒野からの守りについてはかなり力を入れているけど、アイオン側への備えというと実はあまり考えられて建築されてはいないツィーゲ。
これまでは従順にアイオンに税としてかなりの金を払ってきたから心配も無かったんだろうな。
街の特性として色々な人物が集まる所でもあるし、戦力として凄く期待できる冒険者でも荒野にしか興味がないのも当然いるし。
「あの傭兵団はきっと街のお役に立つとは思うのですが」
「……うん。アレは相当なものだね。感心した。元々、冒険者を辞めた者の受け皿の一つとして自衛の為の兵を広く集める予定はあった。彼らのおかげで大分早く、戦争と交渉の間にもそちらの雛形も出来てくるかもしれん」
「良かった」
自衛の為か。
自警団、いやツィーゲの規模で考えるなら自衛軍、だろうな。
相当に苦労したんだ、ヴィヴィさんたちにはノウハウを残していってほしいし、何なら人材も育て上げていって欲しい。
……いっそ何人かこっちに引き抜くか?
向こうにその気があるなら、ありかも。
「まあ独立については成る、と私は既に考えている。道筋は複数あるものの、心配はしていない」
……。
凄いよね、相変わらず。
この人の目はもう独立までを見ていないのか。
独立してから、を見ているんだ。
戦争は何が起こるかわからないと思ってる僕には、少し楽観的じゃないかとも思える。
でも違うんだろう。
楽観的にじゃなく現実的に見て、独立までの道がもう出来てしまっている。
そんな印象を受けた。
だとしたらその視野は未だ僕には備わっていないもの。
商人よりも政治家の目じゃないなとさえ思う。
いや……本来は。
世界有数の商人も国を動かす政治家も、必要とされる資質は少なからず重複するものなのかもな。
「でも何か心配されているご様子ですが?」
そう。
レンブラントさんは何か悩んでいる模様。
間違いなく。
「ああ、是非聞いて欲しい事があってね」
その眼光が僕を射抜く。
一体、何をそんなに。
唾をのみ、ツィーゲ独立以上の悩み、その告白を待つ。
独立の先にどんな困難を見据えているんだろう。
「最近」
「はい」
「娘のシフが念話を習得してね」
「……は? 念話、ですか」
知らなかった。
シフ。
ああ、カンナオイでも会ったけど。
そうか、念話か。
僕と識が多用しているのを見て便利だと気付いたのかな。
有用性は間違いなく。
この世界において念話の習得というのはその練度にもよるけど、それだけで一生食べていける資格、のようなものだ。ロッツガルドの学園でもその認識は一緒で、感覚としては簿記に近い印象かな。
覚えれば損はなく、極めれば食べていく事もできる。
実際は簿記に比べるとかなり習得が難しく、その分違う魔術に注力した方が有用な場合が多いと考えられているから、念話はやるなら専門家になるつもりでその道に進む学生が多い。
そうか、シフも念話を使えるようになったのか。
何キロまで行けるんだろうな。
あいつの講義メニューにそっちの訓練も入れてやるべきだろうか。
「ああ。それで各街に中継を置いてウチの念話担当のトップも入れてやり取りをしているんだ」
「それは……凄いですね。手紙よりも、ずっとラグなくお嬢様とお話が出来る……」
凄いというかどうかしてる。
各街?
商会の念話担当者のトップにそれを仕事として振ってるの?
何をしてるんだレンブラント商会。
娘が念話を覚えただけで即座にこの連絡網の構築。
父親愛の暴走と狂気を見た。
「でね、つい最近の事も色々と話を聞いているんだが」
うん?
つい最近ですと?
あ……。
無意識に口が開いていく。
シフ、カンナオイで生死を賭けた死闘させちゃいました。
汗がつーっと額から頬を伝う。
ヤベエ。
これはかーなーりマズイ。
ドウスレバボクハココヲブジニデラレルデショウカ?
そういえばモリスさんがいない。
周囲を探るも気配がない。
既に何か行動に入っている?
レンブラントさんは僕をここに引き付けておくための囮!?
「カンナオイでは危険な講義に参加させてしまい真に申し訳ありませんでした!!」
「ミスラ、とは何者かね?」
僕とレンブラントさんの言葉が重なった。
一刻も早い謝罪こそ傷を浅くする極意。
そう思っての決断だったのだけど……みすら?
「ミスラ?」
「カンナオイ?」
僕とレンブラントさんの間に沈黙が流れる。
うん、しくじった!
「ライドウ君、今、カンナオイと言ったね? それから、危険と。確かに危険と言ったね、今。君、言ったね?」
言いました。
言ってしまいました。
というかツィーゲ独立より、その後より大事なのがミスラ?
娘さんからカンナオイの「獅子の子落とし事件」の事を涙ながらに報告されたのでわ?
いやそっちはそっちで大当たりだったみたいですけど。
「……ドウイウ事かね?」
念話リレーの弊害でそんな話は途中で抜け落ちたのか。
そもそもシフはそんな話をしていないのか。
真相はわからない。
ただ、僕が獅子の尾をうっかり踏んだのは確かみたい。
「もしかしてユーノが付き合う事になったとかいうミスラ、とかいうのも関係してるのカネ?」
付き、合う?
ユーノとミスラが?
何のこっちゃ?
「……」
「ソレは何かを知っている沈黙カナ? それとも本当に何も知らないのかな? でもカンナオイの危険な講義の事は知っているんだよね、ライドウ君。ああそうだ、今日は夕食も一緒にどうだろう。いや朝食もかな。すぐに手配させるからね。ここ最近のあの子たちの様子についてもじっくりとね。そうそう最近はコランからの海産物も随分と質が上がってね。是非楽しんでほしい、はははは」
目が全く笑っちゃいないっす、レンブラントさん。
僕は今日ツィーゲの藻屑に消えるかもしれん。
ローレルから無事に生還したってのに、まだツィーゲの独立だって見ちゃいないのに!
しかし娘もね、年頃だから。
こんな日だって来るのはわかってはいたんだ。
しかし私に挨拶も無く娘と付き合うというのはどういう了見だろう。
ミスラというのはそんなロクデナシなのかな?
いや、なんだろうね。そうに違いないね。じゃあ付き合うなんてもっての外じゃないか。
……ハハハ。レンブラントさんが止まらん。
ある意味すっかり通常運転に戻ってきた。
本日快晴なれど一部大嵐の予報なり。
いつもの日常に戻ってきたんだと実感する。
きっとすぐにまた独立を巡るいざこざに、或いは学生絡みのそれに巻き込まれるのだろうけど。
僕は、帰ってきたんだ、と思った。
何が怖いって亜空はまだ熱気冷めやらぬ様子だって事だ。
まるで大注目スポーツの国際試合、大舞台で超大逆転勝利を収めた翌朝。
未だにそのテンションにある。
ローレルの玄関口、懐かしきミズハから大勢に見送られて出国して後、適当な街に顔を出しては移動してる証を残しつつの帰還。
PRG(ギネビアさんによるとピクニックローズガーデンの非公式な略称らしい)はとっくにツィーゲに到着しており、既に冒険者や元冒険者の兵士らと活発な交流を始めていた。
環からの報告で気にしていた魅了の香水の悪さとツィーゲへの浸食は、結論から言えば問題無かった。
ウチの店員がヴィヴィさんに接触して慎重にメンバーを調べた結果、誰も、一人として智樹の影響下にある人物は出てこなかった。
森鬼のシイ本人の記憶から察するにリョーマというアサシンタイプの男性に乱戦の中で魅了を「移された」らしい。感染とかじゃなく、移動という意味で。
リョーマ氏の中で根付いて相当育っていた魅了効果そのものをシイに叩き込んだ、というのが真相。
……術にしろ呪いにしろ、まあバリエーションが凄い。
当のリョーマ氏は記憶に多少の混濁はあるが、魅了を受けていた事は何となく理解していたようだった。
大分落ち込んでいた。
記憶はあるもんな。
どうやら僕が手にかけた三人組との接触の中で、あの香水にやられたようだった。
だからすんなりとミズハまで来れたんだなあいつら。
何の事はない、傭兵団の内部に協力者を作っていた訳だ。
いずれ智樹と帝国に献上すべくPRG内部の機密情報をせっせと収集していたようだけど、外に出て香水を仕込んだり暗躍する前に僕らとのドタバタが始まってしまい、アジトから出るタイミングを失ったのが幸いしたようで。
シイへの魅了移行の他は大きな罪を犯さずに済んでいた。
……僕にしてみれば結構な事だけど、ツィーゲでの任務に一層全力を尽くしてくれると約束してくれたから、内々に済ませる事にした。
まあでも幸運な事に顕在化する前に対処できたそんなことよりもね!
クズノハ商会がスペシャルセールを連日繰り返したおかげでツィーゲの一画がお祭り騒ぎの混沌の中にあった。
こっちのが事件だよね。
お前のとこは何をやってるんだ、正気なのか。
なんてのはまだ全然マシで。
お得なセールでかえってクレーマーと化した客が店の地下で何人も|簀巻(すま)きになっていた。
99%オフとか無茶なセールをしてるから利益なんぞ微塵もない、むしろ子供でもわかる超大赤字を垂れ流している状況だというのに、多忙で余裕が無いのを良い事に売上狙いの泥棒まで出てくる始末。
あーでも。
強盗に踏み切ったっていう阿呆には笑わせてもらった。
冒険者なんてツィーゲでも荒くれの類だよ?
そんな連中が買い物の為に我慢して大人しく、辛うじて大人しく並んでくれてるとこにさ?
不意打ちの大爆撃かまして店に突っ込んできたそいつらは、ウチの子たちに鎮圧される前に、青筋立てた荒野組の冒険者にフルボッコにされた。
簀巻きにされて地下に転がされるよりも悲惨だったようだ。
そんな事が続きまして。
何の予告もなく連日続く驚異のセールの最中に街への正式な帰還を果たした僕は、レンブラントさん以下商人ギルドの主だった幹部と冒険者ギルドの事務方の皆さんに、すっかり戦時中の会議室となっている荒野対応の冒険者ギルド奥に迎えら(連行さ)れた。
「はい、はい、すみません、気を付けます。事前の報告と連絡と相談は欠かさずに、ええ、ご迷惑をおかけしました」
なんてフレーズをお経がごとく繰り返した。
あの頑張った夜にさ、僕自身が環に言った報連相そのものですよ、ホントに。
いつもはきちんと根回しを欠かさないクズノハ商会ツィーゲ支部の皆なんだけど、亜空から波及した「乗るしかないこのビッグウェーブ(エリス談)」にタガが外れた結果、こんな事になった。
オタクは常日頃の行いが良かったからこの程度で済んでいるけど、普通はこんな事したら良からぬ事を考える連中が出てきて大変な事になるんだと。まあ、怒られまくった。
……いましたよ、泥棒に強盗。
撃退したから良いってもんじゃないんだよな、もうクズノハ商会はツィーゲでも知られている商会に成長している。その所作は常に見られている。
これから商売を始めようって人にも悪い影響が出かねないから本当に気を付けて欲しいと訴えられた時には一段と深く頭を下げた。心から納得できるお小言だった。
笑ってくれてたのはレンブラントさん位だったよ、コンチクショウ。
そのレンブラントさんはといえば。
「後でウチにね、この後でいいから、うん」
ニコニコと。
今は笑っておいてやるけど、わかってるよね、と。
そう言われている気がして。
僕は背を伸ばして静かにソファーに座り。
レンブラント邸で彼を待っていた。
「すまない、待たせてしまったね」
「いえ! こちらこそ思ったよりも戻るのに時間がかかり、また唐突な催しで街に混乱を起こしました。重ね重ね申し訳ありません!」
一見すると常時ゴールドラッシュなツィーゲだけど、今は独立を賭けた戦争中だ。
そちらの戦況は優勢のまま、だけど交渉は膠着状態だと聞いてる。
危機的状況ではないけれど、安心するのはまだ早い。
一番緩みやすいのはこういう時かもしれない。
そんな時に突然のサプライズセール開催だ。
今回は怒られるべくして怒られてる。
まさかクズノハ商会にまで祝いの波が波及してこんな事になってるとは流石に思わないもんなぁ。
……ああ!!
「いやそれについてはもう……ん?」
クズノハ商会は……ロッツガルドにもアルジャナイカ……。
マジか。
まさか、あっちもか!?
急いで確認しておかないと、ああ、でもレンブラントさんとの話が先だし。
ぐああああ!
「どうかしたかねライドウ君」
「いえ、失礼しました。もう、本当に」
「はは、もう良いさ。それに今回のセールなど君のとこがやる事にしては大人しい方じゃないか。時期が時期だけに神経質になっている者もいる、というだけさ」
すっかりやらかす商会というイメージは持たれている模様。
前科がめくるめく脳裏に蘇るから反論の仕様もありませんが。
「アイオンとの交渉が難航しているとか」
昔話をする時でもない。
ギルドで聞いた話だけど、より詳しい状況を把握しておくべきだと思う。
やらかした記憶を掘り起こされるのが嫌な訳でなく。
「難航という程じゃないが、王国側が強気な態度を崩さないでいるのが少々気になるところかな。まあ近くあちらの根拠もはっきりとするだろう」
「クーデター側は、もう?」
「……困ったものだよ。もう少し粘ってくれると踏んでいたんだが、最初の勢いこそ大したものだったが、押し戻された後は期待外れもいいところだ。あのまま押し切られて短期決戦になってもらっても困っていただろうから痛し痒しの難しい局面だったともいえるか」
レンブラントさんは冷静に状況を説明してくれる。
当初はもっと互角に近い争いを続けてくれる筈で、ツィーゲは両陣営の敵を無暗に増やしたくない気持ちを利用して独立を宣言、ある程度の交渉を経て「都市国家」という、この世界における前例無き国家を作ろうとしていた。
王家や宗教の介在しない国として。
しかし現実にはクーデターを企てた方は最初凄まじい勢いで王国の都にまで攻め込んだが、しのがれてしまった。
押し返した王国側は以後優勢のまま、鎮圧に向けて比較的冷静に内乱をコントロールしている雰囲気だ。
ただアイオン王国の難しい所は氏族部族が集まって王家を支えている治世の在り方だ。
国土もそれだけを見れば広大で、リミア王国の困った貴族たち、に似た構図が実はアイオンにもある。
ともあれ、ツィーゲがアイオン王国から独立するというのは大きな財布が一つ無くなる王国としても重大事。
内乱が決着に向かってしまっているならまともな交渉で独立を得るのは相当難しいと思う。
アイオン王国がクーデターを押し返し、かつ今もかなり強気でいる原因。
その切り札のようなモノが何か、はっきりしない事にはツィーゲも迂闊には動けない。
荒野からの守りについてはかなり力を入れているけど、アイオン側への備えというと実はあまり考えられて建築されてはいないツィーゲ。
これまでは従順にアイオンに税としてかなりの金を払ってきたから心配も無かったんだろうな。
街の特性として色々な人物が集まる所でもあるし、戦力として凄く期待できる冒険者でも荒野にしか興味がないのも当然いるし。
「あの傭兵団はきっと街のお役に立つとは思うのですが」
「……うん。アレは相当なものだね。感心した。元々、冒険者を辞めた者の受け皿の一つとして自衛の為の兵を広く集める予定はあった。彼らのおかげで大分早く、戦争と交渉の間にもそちらの雛形も出来てくるかもしれん」
「良かった」
自衛の為か。
自警団、いやツィーゲの規模で考えるなら自衛軍、だろうな。
相当に苦労したんだ、ヴィヴィさんたちにはノウハウを残していってほしいし、何なら人材も育て上げていって欲しい。
……いっそ何人かこっちに引き抜くか?
向こうにその気があるなら、ありかも。
「まあ独立については成る、と私は既に考えている。道筋は複数あるものの、心配はしていない」
……。
凄いよね、相変わらず。
この人の目はもう独立までを見ていないのか。
独立してから、を見ているんだ。
戦争は何が起こるかわからないと思ってる僕には、少し楽観的じゃないかとも思える。
でも違うんだろう。
楽観的にじゃなく現実的に見て、独立までの道がもう出来てしまっている。
そんな印象を受けた。
だとしたらその視野は未だ僕には備わっていないもの。
商人よりも政治家の目じゃないなとさえ思う。
いや……本来は。
世界有数の商人も国を動かす政治家も、必要とされる資質は少なからず重複するものなのかもな。
「でも何か心配されているご様子ですが?」
そう。
レンブラントさんは何か悩んでいる模様。
間違いなく。
「ああ、是非聞いて欲しい事があってね」
その眼光が僕を射抜く。
一体、何をそんなに。
唾をのみ、ツィーゲ独立以上の悩み、その告白を待つ。
独立の先にどんな困難を見据えているんだろう。
「最近」
「はい」
「娘のシフが念話を習得してね」
「……は? 念話、ですか」
知らなかった。
シフ。
ああ、カンナオイでも会ったけど。
そうか、念話か。
僕と識が多用しているのを見て便利だと気付いたのかな。
有用性は間違いなく。
この世界において念話の習得というのはその練度にもよるけど、それだけで一生食べていける資格、のようなものだ。ロッツガルドの学園でもその認識は一緒で、感覚としては簿記に近い印象かな。
覚えれば損はなく、極めれば食べていく事もできる。
実際は簿記に比べるとかなり習得が難しく、その分違う魔術に注力した方が有用な場合が多いと考えられているから、念話はやるなら専門家になるつもりでその道に進む学生が多い。
そうか、シフも念話を使えるようになったのか。
何キロまで行けるんだろうな。
あいつの講義メニューにそっちの訓練も入れてやるべきだろうか。
「ああ。それで各街に中継を置いてウチの念話担当のトップも入れてやり取りをしているんだ」
「それは……凄いですね。手紙よりも、ずっとラグなくお嬢様とお話が出来る……」
凄いというかどうかしてる。
各街?
商会の念話担当者のトップにそれを仕事として振ってるの?
何をしてるんだレンブラント商会。
娘が念話を覚えただけで即座にこの連絡網の構築。
父親愛の暴走と狂気を見た。
「でね、つい最近の事も色々と話を聞いているんだが」
うん?
つい最近ですと?
あ……。
無意識に口が開いていく。
シフ、カンナオイで生死を賭けた死闘させちゃいました。
汗がつーっと額から頬を伝う。
ヤベエ。
これはかーなーりマズイ。
ドウスレバボクハココヲブジニデラレルデショウカ?
そういえばモリスさんがいない。
周囲を探るも気配がない。
既に何か行動に入っている?
レンブラントさんは僕をここに引き付けておくための囮!?
「カンナオイでは危険な講義に参加させてしまい真に申し訳ありませんでした!!」
「ミスラ、とは何者かね?」
僕とレンブラントさんの言葉が重なった。
一刻も早い謝罪こそ傷を浅くする極意。
そう思っての決断だったのだけど……みすら?
「ミスラ?」
「カンナオイ?」
僕とレンブラントさんの間に沈黙が流れる。
うん、しくじった!
「ライドウ君、今、カンナオイと言ったね? それから、危険と。確かに危険と言ったね、今。君、言ったね?」
言いました。
言ってしまいました。
というかツィーゲ独立より、その後より大事なのがミスラ?
娘さんからカンナオイの「獅子の子落とし事件」の事を涙ながらに報告されたのでわ?
いやそっちはそっちで大当たりだったみたいですけど。
「……ドウイウ事かね?」
念話リレーの弊害でそんな話は途中で抜け落ちたのか。
そもそもシフはそんな話をしていないのか。
真相はわからない。
ただ、僕が獅子の尾をうっかり踏んだのは確かみたい。
「もしかしてユーノが付き合う事になったとかいうミスラ、とかいうのも関係してるのカネ?」
付き、合う?
ユーノとミスラが?
何のこっちゃ?
「……」
「ソレは何かを知っている沈黙カナ? それとも本当に何も知らないのかな? でもカンナオイの危険な講義の事は知っているんだよね、ライドウ君。ああそうだ、今日は夕食も一緒にどうだろう。いや朝食もかな。すぐに手配させるからね。ここ最近のあの子たちの様子についてもじっくりとね。そうそう最近はコランからの海産物も随分と質が上がってね。是非楽しんでほしい、はははは」
目が全く笑っちゃいないっす、レンブラントさん。
僕は今日ツィーゲの藻屑に消えるかもしれん。
ローレルから無事に生還したってのに、まだツィーゲの独立だって見ちゃいないのに!
しかし娘もね、年頃だから。
こんな日だって来るのはわかってはいたんだ。
しかし私に挨拶も無く娘と付き合うというのはどういう了見だろう。
ミスラというのはそんなロクデナシなのかな?
いや、なんだろうね。そうに違いないね。じゃあ付き合うなんてもっての外じゃないか。
……ハハハ。レンブラントさんが止まらん。
ある意味すっかり通常運転に戻ってきた。
本日快晴なれど一部大嵐の予報なり。
いつもの日常に戻ってきたんだと実感する。
きっとすぐにまた独立を巡るいざこざに、或いは学生絡みのそれに巻き込まれるのだろうけど。
僕は、帰ってきたんだ、と思った。
2,205
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