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六章 アイオン落日編
幕間 あの日に見たもの
彼は自分は流される性質だと思っていた。
彼はそれなりに世の中を上手く渡っているつもりだった。
彼は自分が要領よく勝ち組のレールに乗っているつもりでいた。
あの日、あの夜。
パーティを組んで厳しい講義に共に挑む友人の危機に駆け付けたあの夜。
彼の世界が変わった。
正確には、彼の世界の見え方が少しずつ、少しずつ。
歯車が軋みながら噛み合う先を変え、目に映るモノの意味が変わっていった。
当たり前は当たり前ではなく。
理不尽は対岸のものではなく。
強さとは無限、果てなく続き。
だが弱さだけは今もなお無価値なままで。
彼、ダエナは。
嫌という程に己の限界に喘ぎながら、確たる気付きを得ていた。
ローレル、カンナオイで死線を越えた経験は学生らそれぞれにとって得難い成長の糧になっていた。
「ジンにやられた時と発想が変わってねえっ!」
実習用のフィールドで熱の篭った指導の声が響く。
声の主はダエナ。
いつもの飄々とした様子は鳴りを潜め、目は真剣そのもの。
吹っ飛んで転がっているのは、臨時講師ライドウの講義に加わった後輩の一人だ。
如何なる奇縁か、その男子生徒はかつて夏休みにジンらとひと騒動を起こした分校生。
ロッツガルドを襲った変異体事件で学生らの再編成が行われた結果、分校から本校に昇格できた生徒はそれなりにいて、彼もその一人だった。
「っそ! 強いからって好き放題しごいてくれやがって、イジメかよ! 終わった事をネチネチ気にしやがって陰険野郎が」
吹っ飛ばされた生徒の傍には同じような状態の学生が更に数人。
彼らの耳に今やられたばかりの男子生徒から漏れた小声の愚痴が届く。
全く同感だった。
自分達と大して年も変わらないダエナの強さは驚異的なものがあり、それは彼らも皆認めている。
しかし、そのダエナを育てた臨時講師ライドウの講義を受ける為にここにいるのに指導に当たるのはダエナやジン、アベリアといった先輩にあたる学生らばかり。
時折助手の識がアドバイスをしたり基礎訓練のプログラム作りに付き合ってくれたりする程度だ。
本格的な、このダエナ並みになる為の講義や特殊な実習など一度もない。
新規の学生に不満が溜まっているのは明らかだった。
中でもダエナは後輩に厳しかった。
いや、しばらく前から急に厳しくなった。
分校時代に彼に絡んだ過去を思い出した男子生徒はそれが原因かと、彼の態度の急変を苦々しく思っている。
実際には全く違う理由からのものだったが。
「俺は陰険じゃねえぞ、元ロバ! いやロパか、わりい、トロ過ぎて間違えた。寝てる奴らももう目も覚めてりゃ体も動くだろうが! 全員まとめてきても良いぜ!? せめて一撃くらい入れてみねえか!!」
「わざと言い間違えんな! ロパが戦士のスペシャリスト何人輩出してると思ってやがる!」
男子生徒も折れてはいない。
装備を確認して得物である剣を構え直す。
ロッツガルド本校を囲むように存在するそれぞれの分校には得意とする領域がそれぞれある。
ロパは特に戦士を育成するのに長けた分校だ。
属性魔術ならマズル。
召喚関連ならブリトー。
オールマイティに能力を伸ばす事を良しとする本校とは異なる育成方針が採用されている。
本来、ロッツガルド本校と分校との関係は上下ではなく専門性によるクラス分けというのが正しい姿である。
しかし長い歴史の中で少しずつ本校が全てにおいて優れ、分校は劣化品、得意分野でだけは本校とも張り合えるのがいる、程度という歪んだ関係になってしまっていた。
「じゃあたった一人の軽装戦士くらい、どうとでもできなきゃなあ!」
「!?」
彼の目の前にダエナがいた。
振るわれる短剣は刃が潰されている。
学園で練習用に用いられるものよりだ。
鈍い音が幾つか響いたかと思えば、再び立ち上がった後輩らがダエナを中心にしてまた転がされた。
「いい加減に、してくださいよ。僕らに何の恨みがあるんだ、ダエナ……先輩」
別の生徒からも文句が出る。
詠唱もまるで間に合わない。
前衛は紙ほどの役にも立たない。
魔術師としては、こんなタコ殴り確定の状況が面白い訳がない。
何の実にもならないと考えるのも彼としては仕方ない事でもあった。
この実戦形式の講義はその意識自体を変えるものだという事には、まだ気づけていない。
「恨みなんぞない。俺は先に立つ者として、お前らを全力で鍛えてるだけだ」
出来れば自力で、自発的に、後輩らが連帯感を持ってそこに到達してほしかったが、残念ながら彼の願いはまだまだ叶いそうになかった。
ダエナは内心で嘆息しながらお喋りを始める。
思えば、自分たちの時もライドウや識に随分と追い詰められたものだと昔を少しだけ思い出しながら。
「こうやって、ひたすらいたぶる事が? 冗談じゃない。誰があんたの気に障ったのか知りませんけど、本当に、上段じゃない」
「……。誓って気に障ってる事も根に持ってる事もねえよ。大体、あのロパっ子が俺らに絡んだのは事実だが、相手にしたのはジンだし」
「……」
「更に言えばジンが一方的にボコったんだぞ? なんで俺がお前らに何かムカつかなきゃならねえんだ」
もっともだった。
邪魔をされて痛い目を見た、酷い目に遭ったならともかく。
ダエナにとってはさしたる障害にもなっていない、どうでもいいいざこざに過ぎなかった。
これはジンらにしても同様だが、分校から本校に昇格した生徒の中にはあの時の学生らも含まれており、彼らの側ではかなり苦々しい事件として記憶に刻まれていたりする。
「じゃあ、なにが目的なんだよ!」
「頭、悪ぃな。鍛えるのが目的だって言ってんだろ」
「魔術すら撃たせてもらえないで何が鍛える、だよ!」
「……ホント、そこに乗っかってる頭はただの飾りだな、お前」
「何っ!?」
「撃てよ」
「?」
「魔術だよ、お前の得意な。撃ち込めばいいだろ」
「こ、のっ!」
怒り心頭、言い合いをしていた魔術師を志す生徒が詠唱を始めた瞬間。
ダエナの短剣が彼の手から杖を弾き飛ばした。
「……なあ?」
「いい加減に――!」
「いい加減にすんのはお前らだよ」
「っ」
ダエナから怒気が漏れる。
声に乗ったソレは後輩らにも伝わり、彼らがビクリと肩を震わせた。
「何度同じ事を繰り返す」
「え?」
「先手を取られて魔術が発動までいかないなら、どうしてもっと距離を取らない? もっと短い詠唱を心掛けない? どうして仲間にフォローを求めない? なぜ、何一つ試そうとしないんだ」
「……」
「講義を受けてる最中は、指導にあたってる相手の細部にまで注意を払えよ。最初に実戦のつもりで、って言ったよな? お前は実際の戦闘でもこんな風に文句ばっかり垂れて相手が自分のやりたい事をさせてくれなかったから死にました、ってよ。そう言うつもりなのか?」
「……屁理屈でしょ、それは!」
「これが屁理屈なら世の中全部屁理屈だ」
「!」
「お前だけじゃねえんだぞ? 周りの連中もだ。今日だけで実戦なら何回死んでると思ってる。どんだけ俺を観察する時間があった? この講義の間に何パターンの戦術を試せた?」
「……」
「毎度毎度同じ攻めに同じ防御を試みてボコボコになりやがって。いたぶってんじゃねえ、勝手にお前らがいたぶられてんだよ!」
「……でも、先輩はライドウ先生に講義を受けてる」
「あ?」
「明らかに先にいる癖に、俺たちだって先生の講義を受け出したら、あんたなんてなあ!」
「今のお前らが先生の講義なんて受けてみろ、死ぬ寸前まで追い込まれて意識不明になって講義終了だよ。何も変わらねえ」
何も学び取る事なんて出来ない。
ダエナは言外にそう言っていた。
「にしたって! 何も説明もなく、ただこんな事を繰り返すなんて単なる暴力だ!」
「説明? 今日は実戦形式の訓練だって伝えたろ?」
「考えろとか色々試せとか、そんな事まで言われてなかった!」
周囲の生徒は皆彼の意見に同意している様子だった。
元ロパ出身の男性学生も頷いている。
「……はぁー。お前ら、どんだけ幇間する講師の講義に慣れてんだよ」
『?』
「俺らだって最初はそんな頃もあったからアレだがな。ライドウ先生の講義じゃあ自分で動けないやつはどんどん置いていかれるだけだぜ?」
『!?』
「優しく特別な特訓をしてもらって気が付いたら無茶苦茶強くなってる、なんて講義あるわけねえだろうが」
『……』
「俺らん時は見た事もない鬼みたいに強いリザードマンを召喚して、死にかけても死にかけても治癒魔術をかけてずっと戦闘させられた。考えて、試して、良い勝負が出来るようになるまで繰り返し繰り返しだ」
「それ、それって、あそこでやってるのですか?」
槍を手にした女子生徒が震える手で指さす先にはジン達がミスティオリザード二匹とハイレベルな戦いを繰り広げている。
「ああ。最初は一体相手でも面白いくらい歯が立たなかった。お前らはそれより弱いからな、こうやって俺が代わりをやってる」
「でも、やっぱり言葉が足りないと思いますぅ……」
「違う。お前らの想像力が足りないだけだ。なら今回はせめて考える事、試す事、諦めない事ってのを頭に叩き込んどけ。そしたら次は、今日より少しは粘れるだろ」
『!?』
「何驚いてる。このザマで講義が先に進む訳ないだろう? 次もその次も。お前らが変わんねえならずっとこのまんまだよ」
『鬼!』
「軽口がきけるならまだ余裕あるじゃねえか。じゃ、ラストもう一本だ。二分やるから全員でなにやるか考えとけ」
鬼教官と化したダエナは言いたい事だけ言い捨てると、スタスタ後輩らから距離を取っていく。
座学が恋しい。
優しい先輩帰って来い。
そんな恨めし気な視線が周囲を飛び交う。
だがダエナはそれらを一切意に介さない。
(俺らはあの夜だけでまた一段と強くなれた。だが、それは死を常に意識しながら必死で抗って全力を尽くして。その上で運よく生き残れたからだ)
世界の頂点がぶつかるような戦いの目撃者になれた幸運も含めて。
ダエナはそう考えている。
そしてそう考えた事が彼の変化の切っ掛けだった。
(あんなもの、何度も出来る事じゃない。次かその次には多分死ぬ。それで全部終わりだ。あんな経験で成長を望むなんて無茶もいいところだ。なら、どうすれば死から遠ざかった状態で強く成長する事ができるのか)
ふと、ダエナの考えがごく当然の、彼自身が既に享受している恩恵に気づいた。
ダエナは震えた。
自分が何という恵まれた場所、環境に身を置いていたのかと思い知って。
(実戦に勝る経験は無い。それは、疑いようもなく真実だ。しかしそれじゃあ一人を育てるまでにどれだけの死が生まれるか。そう……だから訓練がある。だから勉強がある。だから教育ってもんがあるんだ)
例え時間当たりの効率は実戦に及ばずとも。
比較的安全な環境で知識と経験を得る事ができる。
そして、ダエナは奨学生としてロッツガルド学園にいる。
世界最高学府だ。
先人らが明らかにした膨大な知識と経験がここにはある。
偉大なる発見も、挫折し埋もれた失敗も。
全てがこれから学ぼうとする者らにとっては煌めきを放つ財産だ。
ダエナは人の成長の原点に触れ、学園と教育の意義を根本的な意味で理解した。
ロッツガルド?
ああ学園、勉強するとこね。
一番良いとこなんだ、そんなとこに呼ばれるなんて俺結構凄いじゃん。
何かどうでもいい事もやらされるし、教えてもらえりゃ大体わかるけど面倒臭えなあ。
入学した頃、そしてライドウの講義を受け出してしばらくまでのダエナの思考。
思い返したそれらは今のダエナにとっては赤面ものの過去になった。
(学園は、本当に凄いとこだ。だが今の学園は何か……違う。そう、ロッツガルドってとこはこうじゃねえ筈なんじゃねえかって俺は感じるんだ。教育ってのは、学ぶって事はもっと熱気に溢れてなきゃおかしい。俺は、ロッツガルドに知識や力を求めに来るやる気ある奴らに、全力で応えられる学園がいい)
それはダエナの決意。
長らく今いる環境の中の上、或いは上の下くらいでまあまあ適当にやっていこうと考えていた一人の学生に訪れた転機。
ジンが、アベリアが、イズモが自分の将来への望みを明確に意識していく中。
今またダエナも己の将来に望むものを明らかにしたのだった。
学園に戻ると聞かされているライドウに会える日はもう間もなく。
ダエナはその日をしっかり見据えて指導に励むのだった。
彼はそれなりに世の中を上手く渡っているつもりだった。
彼は自分が要領よく勝ち組のレールに乗っているつもりでいた。
あの日、あの夜。
パーティを組んで厳しい講義に共に挑む友人の危機に駆け付けたあの夜。
彼の世界が変わった。
正確には、彼の世界の見え方が少しずつ、少しずつ。
歯車が軋みながら噛み合う先を変え、目に映るモノの意味が変わっていった。
当たり前は当たり前ではなく。
理不尽は対岸のものではなく。
強さとは無限、果てなく続き。
だが弱さだけは今もなお無価値なままで。
彼、ダエナは。
嫌という程に己の限界に喘ぎながら、確たる気付きを得ていた。
ローレル、カンナオイで死線を越えた経験は学生らそれぞれにとって得難い成長の糧になっていた。
「ジンにやられた時と発想が変わってねえっ!」
実習用のフィールドで熱の篭った指導の声が響く。
声の主はダエナ。
いつもの飄々とした様子は鳴りを潜め、目は真剣そのもの。
吹っ飛んで転がっているのは、臨時講師ライドウの講義に加わった後輩の一人だ。
如何なる奇縁か、その男子生徒はかつて夏休みにジンらとひと騒動を起こした分校生。
ロッツガルドを襲った変異体事件で学生らの再編成が行われた結果、分校から本校に昇格できた生徒はそれなりにいて、彼もその一人だった。
「っそ! 強いからって好き放題しごいてくれやがって、イジメかよ! 終わった事をネチネチ気にしやがって陰険野郎が」
吹っ飛ばされた生徒の傍には同じような状態の学生が更に数人。
彼らの耳に今やられたばかりの男子生徒から漏れた小声の愚痴が届く。
全く同感だった。
自分達と大して年も変わらないダエナの強さは驚異的なものがあり、それは彼らも皆認めている。
しかし、そのダエナを育てた臨時講師ライドウの講義を受ける為にここにいるのに指導に当たるのはダエナやジン、アベリアといった先輩にあたる学生らばかり。
時折助手の識がアドバイスをしたり基礎訓練のプログラム作りに付き合ってくれたりする程度だ。
本格的な、このダエナ並みになる為の講義や特殊な実習など一度もない。
新規の学生に不満が溜まっているのは明らかだった。
中でもダエナは後輩に厳しかった。
いや、しばらく前から急に厳しくなった。
分校時代に彼に絡んだ過去を思い出した男子生徒はそれが原因かと、彼の態度の急変を苦々しく思っている。
実際には全く違う理由からのものだったが。
「俺は陰険じゃねえぞ、元ロバ! いやロパか、わりい、トロ過ぎて間違えた。寝てる奴らももう目も覚めてりゃ体も動くだろうが! 全員まとめてきても良いぜ!? せめて一撃くらい入れてみねえか!!」
「わざと言い間違えんな! ロパが戦士のスペシャリスト何人輩出してると思ってやがる!」
男子生徒も折れてはいない。
装備を確認して得物である剣を構え直す。
ロッツガルド本校を囲むように存在するそれぞれの分校には得意とする領域がそれぞれある。
ロパは特に戦士を育成するのに長けた分校だ。
属性魔術ならマズル。
召喚関連ならブリトー。
オールマイティに能力を伸ばす事を良しとする本校とは異なる育成方針が採用されている。
本来、ロッツガルド本校と分校との関係は上下ではなく専門性によるクラス分けというのが正しい姿である。
しかし長い歴史の中で少しずつ本校が全てにおいて優れ、分校は劣化品、得意分野でだけは本校とも張り合えるのがいる、程度という歪んだ関係になってしまっていた。
「じゃあたった一人の軽装戦士くらい、どうとでもできなきゃなあ!」
「!?」
彼の目の前にダエナがいた。
振るわれる短剣は刃が潰されている。
学園で練習用に用いられるものよりだ。
鈍い音が幾つか響いたかと思えば、再び立ち上がった後輩らがダエナを中心にしてまた転がされた。
「いい加減に、してくださいよ。僕らに何の恨みがあるんだ、ダエナ……先輩」
別の生徒からも文句が出る。
詠唱もまるで間に合わない。
前衛は紙ほどの役にも立たない。
魔術師としては、こんなタコ殴り確定の状況が面白い訳がない。
何の実にもならないと考えるのも彼としては仕方ない事でもあった。
この実戦形式の講義はその意識自体を変えるものだという事には、まだ気づけていない。
「恨みなんぞない。俺は先に立つ者として、お前らを全力で鍛えてるだけだ」
出来れば自力で、自発的に、後輩らが連帯感を持ってそこに到達してほしかったが、残念ながら彼の願いはまだまだ叶いそうになかった。
ダエナは内心で嘆息しながらお喋りを始める。
思えば、自分たちの時もライドウや識に随分と追い詰められたものだと昔を少しだけ思い出しながら。
「こうやって、ひたすらいたぶる事が? 冗談じゃない。誰があんたの気に障ったのか知りませんけど、本当に、上段じゃない」
「……。誓って気に障ってる事も根に持ってる事もねえよ。大体、あのロパっ子が俺らに絡んだのは事実だが、相手にしたのはジンだし」
「……」
「更に言えばジンが一方的にボコったんだぞ? なんで俺がお前らに何かムカつかなきゃならねえんだ」
もっともだった。
邪魔をされて痛い目を見た、酷い目に遭ったならともかく。
ダエナにとってはさしたる障害にもなっていない、どうでもいいいざこざに過ぎなかった。
これはジンらにしても同様だが、分校から本校に昇格した生徒の中にはあの時の学生らも含まれており、彼らの側ではかなり苦々しい事件として記憶に刻まれていたりする。
「じゃあ、なにが目的なんだよ!」
「頭、悪ぃな。鍛えるのが目的だって言ってんだろ」
「魔術すら撃たせてもらえないで何が鍛える、だよ!」
「……ホント、そこに乗っかってる頭はただの飾りだな、お前」
「何っ!?」
「撃てよ」
「?」
「魔術だよ、お前の得意な。撃ち込めばいいだろ」
「こ、のっ!」
怒り心頭、言い合いをしていた魔術師を志す生徒が詠唱を始めた瞬間。
ダエナの短剣が彼の手から杖を弾き飛ばした。
「……なあ?」
「いい加減に――!」
「いい加減にすんのはお前らだよ」
「っ」
ダエナから怒気が漏れる。
声に乗ったソレは後輩らにも伝わり、彼らがビクリと肩を震わせた。
「何度同じ事を繰り返す」
「え?」
「先手を取られて魔術が発動までいかないなら、どうしてもっと距離を取らない? もっと短い詠唱を心掛けない? どうして仲間にフォローを求めない? なぜ、何一つ試そうとしないんだ」
「……」
「講義を受けてる最中は、指導にあたってる相手の細部にまで注意を払えよ。最初に実戦のつもりで、って言ったよな? お前は実際の戦闘でもこんな風に文句ばっかり垂れて相手が自分のやりたい事をさせてくれなかったから死にました、ってよ。そう言うつもりなのか?」
「……屁理屈でしょ、それは!」
「これが屁理屈なら世の中全部屁理屈だ」
「!」
「お前だけじゃねえんだぞ? 周りの連中もだ。今日だけで実戦なら何回死んでると思ってる。どんだけ俺を観察する時間があった? この講義の間に何パターンの戦術を試せた?」
「……」
「毎度毎度同じ攻めに同じ防御を試みてボコボコになりやがって。いたぶってんじゃねえ、勝手にお前らがいたぶられてんだよ!」
「……でも、先輩はライドウ先生に講義を受けてる」
「あ?」
「明らかに先にいる癖に、俺たちだって先生の講義を受け出したら、あんたなんてなあ!」
「今のお前らが先生の講義なんて受けてみろ、死ぬ寸前まで追い込まれて意識不明になって講義終了だよ。何も変わらねえ」
何も学び取る事なんて出来ない。
ダエナは言外にそう言っていた。
「にしたって! 何も説明もなく、ただこんな事を繰り返すなんて単なる暴力だ!」
「説明? 今日は実戦形式の訓練だって伝えたろ?」
「考えろとか色々試せとか、そんな事まで言われてなかった!」
周囲の生徒は皆彼の意見に同意している様子だった。
元ロパ出身の男性学生も頷いている。
「……はぁー。お前ら、どんだけ幇間する講師の講義に慣れてんだよ」
『?』
「俺らだって最初はそんな頃もあったからアレだがな。ライドウ先生の講義じゃあ自分で動けないやつはどんどん置いていかれるだけだぜ?」
『!?』
「優しく特別な特訓をしてもらって気が付いたら無茶苦茶強くなってる、なんて講義あるわけねえだろうが」
『……』
「俺らん時は見た事もない鬼みたいに強いリザードマンを召喚して、死にかけても死にかけても治癒魔術をかけてずっと戦闘させられた。考えて、試して、良い勝負が出来るようになるまで繰り返し繰り返しだ」
「それ、それって、あそこでやってるのですか?」
槍を手にした女子生徒が震える手で指さす先にはジン達がミスティオリザード二匹とハイレベルな戦いを繰り広げている。
「ああ。最初は一体相手でも面白いくらい歯が立たなかった。お前らはそれより弱いからな、こうやって俺が代わりをやってる」
「でも、やっぱり言葉が足りないと思いますぅ……」
「違う。お前らの想像力が足りないだけだ。なら今回はせめて考える事、試す事、諦めない事ってのを頭に叩き込んどけ。そしたら次は、今日より少しは粘れるだろ」
『!?』
「何驚いてる。このザマで講義が先に進む訳ないだろう? 次もその次も。お前らが変わんねえならずっとこのまんまだよ」
『鬼!』
「軽口がきけるならまだ余裕あるじゃねえか。じゃ、ラストもう一本だ。二分やるから全員でなにやるか考えとけ」
鬼教官と化したダエナは言いたい事だけ言い捨てると、スタスタ後輩らから距離を取っていく。
座学が恋しい。
優しい先輩帰って来い。
そんな恨めし気な視線が周囲を飛び交う。
だがダエナはそれらを一切意に介さない。
(俺らはあの夜だけでまた一段と強くなれた。だが、それは死を常に意識しながら必死で抗って全力を尽くして。その上で運よく生き残れたからだ)
世界の頂点がぶつかるような戦いの目撃者になれた幸運も含めて。
ダエナはそう考えている。
そしてそう考えた事が彼の変化の切っ掛けだった。
(あんなもの、何度も出来る事じゃない。次かその次には多分死ぬ。それで全部終わりだ。あんな経験で成長を望むなんて無茶もいいところだ。なら、どうすれば死から遠ざかった状態で強く成長する事ができるのか)
ふと、ダエナの考えがごく当然の、彼自身が既に享受している恩恵に気づいた。
ダエナは震えた。
自分が何という恵まれた場所、環境に身を置いていたのかと思い知って。
(実戦に勝る経験は無い。それは、疑いようもなく真実だ。しかしそれじゃあ一人を育てるまでにどれだけの死が生まれるか。そう……だから訓練がある。だから勉強がある。だから教育ってもんがあるんだ)
例え時間当たりの効率は実戦に及ばずとも。
比較的安全な環境で知識と経験を得る事ができる。
そして、ダエナは奨学生としてロッツガルド学園にいる。
世界最高学府だ。
先人らが明らかにした膨大な知識と経験がここにはある。
偉大なる発見も、挫折し埋もれた失敗も。
全てがこれから学ぼうとする者らにとっては煌めきを放つ財産だ。
ダエナは人の成長の原点に触れ、学園と教育の意義を根本的な意味で理解した。
ロッツガルド?
ああ学園、勉強するとこね。
一番良いとこなんだ、そんなとこに呼ばれるなんて俺結構凄いじゃん。
何かどうでもいい事もやらされるし、教えてもらえりゃ大体わかるけど面倒臭えなあ。
入学した頃、そしてライドウの講義を受け出してしばらくまでのダエナの思考。
思い返したそれらは今のダエナにとっては赤面ものの過去になった。
(学園は、本当に凄いとこだ。だが今の学園は何か……違う。そう、ロッツガルドってとこはこうじゃねえ筈なんじゃねえかって俺は感じるんだ。教育ってのは、学ぶって事はもっと熱気に溢れてなきゃおかしい。俺は、ロッツガルドに知識や力を求めに来るやる気ある奴らに、全力で応えられる学園がいい)
それはダエナの決意。
長らく今いる環境の中の上、或いは上の下くらいでまあまあ適当にやっていこうと考えていた一人の学生に訪れた転機。
ジンが、アベリアが、イズモが自分の将来への望みを明確に意識していく中。
今またダエナも己の将来に望むものを明らかにしたのだった。
学園に戻ると聞かされているライドウに会える日はもう間もなく。
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