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六章 アイオン落日編
若さの暴走
講義に向かおうとする僕の前に妙齢の女性が一人。
学園生ではなさそう。
真剣な顔で僕らを見ている。
識に告白する気だろうか。
それとも僕に悪夢を再来させるつもりだろうか。
どっちもお断りだ、この女郎。
「告白なら謹んでお断りする。失礼」
端的に意思を表明する。
二号も三号も四号もいらないんす。
「?」
「識の方か? 彼も今は忙しい、改めてくれ」
具体的には僕のいない時に。
「あの、私結婚してます」
「……」
「臨時講師のライドウ先生と助手の識さんですね?」
「……ああ」
こんなパターンもあるんかい。
先手を打ったつもりで物凄く恥ずかしいんですが。
少しばかりのたうち回りたい。
おのれロッツガルド!
どれだけ僕にトラウマを植え付けれれば気が済むんだ、この街は!
「ご挨拶が遅れ申し訳ありませんでした。私、ダエナの妻クーリアと申します。現在休学中の身ですが学園に籍を置く学生です」
「本当にもう、失礼いたしました。ごめんなさい」
よりによって僕が見てる学生の奥さんかい!
もう速攻で謝るよね。
何勘違いしてんの、この臨時講師。
とか思わないで欲しい。
僕なりの拙いマインドのガード方法だったんです……。
「いえ、ライドウ先生の事は夫からも色々と聞かされておりますから。お気になさらないでください」
……。
色々聞かされてるから?
気にしなくていい?
この羞恥心大爆発の失態に?
ダエナは一体家で僕の事をどう家族に話しているんだ?
頭の中に消化しきれない疑問が浮かんでは漂い続ける。
湖面を埋めるアオミドロの如く。
我が脳にもアオミドロ浮く。
「コホン。それでダエナ君の奥様が休学中の学園にどのようなご用件で? 我々でお力になれる事でしょうか?」
識がアオミドロと苦戦してる僕に代わって奥様にご用件を伺ってくれた。
助かります。
「ええ、最近夫の様子がおかしくて」
「……? 講義には真面目に参加しておりますし、特に学園が彼の素行について問題視している向きもありませんが」
ダエナ……。
面白い事になってるって言うから楽しみにしてきてるのにさ。
お前いきなり奥さんに浮気とか疑われてんじゃないでしょうね。
上手くやってるとか何とか、ヘラヘラ飄々昼行燈な感じだったじゃないか。
「あの人、最近帰りも遅くて」
おいおい。
「聞けば遅くまで図書館で本を読み漁ってるとか」
あのダエナが?
僕が見る限り結婚してる事を除けば現代日本の学生に最も近いのはあいつだと思うけど。
つまり、そこまで熱心に勉強するようなタマじゃなかった筈。
「先生の講義を一緒に受けている皆さんと自主鍛錬してるとか」
「……」
正直、生徒の浮気だ不倫だに付き合うつもりはなくて。
当人同士で何とかしてくれとしか言える事もない訳で。
「考えてみると泊りがけで短期合宿に行った後からみたいなんです。それで先生がたにお心あたりはないかと思いまして」
泊りがけの短期合宿。
僕は当初関知していなかった、カンナオイに送り込まれた例の件だ。
あの後から。
ミスラとユーノが付き合うようになってレンブラントさんがちょっと壊れた。
それ以外だとイズモが急成長したっぽい。
もしかしたらいろはちゃんと結婚して戻ってくるんじゃないかとすら思ってる。
そしたら教え子に既婚者が二人、か。
イズモの方はしばらくは浮気はしないだろうな。
あのいちゃつきっぷりだと、学園に戻って遠距離に戻っても夜遊びはしないだろ。
「ああ、その件ですか」
へ?
識?
「何かご存じなんですか!?」
「彼はあの合宿から戻って色々と思うところがあったようで。ライドウ様に進路相談を聞いて欲しいと。恐らく、その件が絡んでいるのではないかと」
「進路? もう少し粘って給料一番高いとこで、とか言ってましたけど」
「ええ。これまではそんな気配でいましたね、間違いなく」
クズノハ商会とは揉めずに生きる、とも冗談めかした感じで言ってた。
「それで、帰りが遅く? 勉強をしだして、今以上に鍛えるだなんて。学園に残るつもりなのかしら?」
ん?
あれ、奥様、クーリアさん。
ダエナの浮気はあんま疑ってない感じか?
……。
僕は別に昼ドラの見過ぎでも何でもないのに、どうも俗な方にばっか予想してるな。
気をつけよう。
進路相談をお願いしたいとは聞いているけど、内容は全く明らかにされてないから内容はさっぱりだ。
「……」
講師モードなので、適当に意味ありげにうむうむと頷いて合わせておく。
「折角です、クーリアさんも講義を覗いていかれますか?」
識の提案。
ま、この人はダエナの奥さんだもんな。
別に講義を見ても問題は無い。
何なら進路相談も一緒にいてもらっていいよな。
だって夫婦なんだから。
ダエナの職や将来に関わる事なら奥さんにも当然関係がある。
「それはいい考えだ。何なら彼の進路相談にも同席しては?」
「よろしいんですか?」
「彼の進路に関してならご夫婦の事でもある。……そういえばお二人にはお子さんがいるとか。お時間は大丈夫ですか?」
「はい。今は私の両親が出てきてくれていますから」
「ご両親が。それは、心強いですね」
妻の両親がロッツガルドに来てるって事か?
ダエナ、そんな状況でよく毎日遅くまで学園に篭るなんて無茶を。
胃が痛くなりそうなシチュエーションなんだけど。
「これまで絶対に安全だと思っていたロッツガルド学園であんな凄惨な事件が起こってしまいましたから、心配になったようで。私は心強くもあるんですが、夫には息苦しいかもしれません。街も復興して再出発しようという状況ですし安心したら帰るとは親も言ってるんです。ただ二人とも孫が可愛いみたいで――」
話が凄く長くなりそう。
識に目配せして頷き合う。
クーリアさんを促して講義に向かえば時間のロスは問題ない。
絶対安全な学園にいる娘にいきなり戦火が及んだとなれば……そうだよな。
親の立場なら実際に見て無事を確かめたくもなるか。
そんでそこに孫がいたりして面倒を一緒に見たりすれば、長っ尻になっても仕方ない気もしてきた。
……う、巴の言葉が伝染ってしまった。
長っ尻って。
長居とかで良いんだよ。
ま、そうなるとだ。
むしろクーリアさんのご両親としては娘の旦那の帰りが遅いのも、浮気の心配が無いなら歓迎なのかもしれないね。
そういや彼女はどんな学生なんだろうな。
見た感じは術師かな?
戦士タイプではなさそうだけど……そう、戦闘するイメージがあんまり湧かないな。
研究者とか?
僕の講義で教え子になる感じはしない。
さてと。
それじゃ講義して、ダエナの進路相談とやらを聞きに行きますか。
◇◆◇◆◇◆◇◆
アウトーー!!
思わず魔力体でダエナの頭に豪快なチョップをかまして眠らせてやろうと思った矢先。
識が一手速かった。
黒杖で物理的に奴の頭に鈍器の一撃をかましていた。
「だから……悪い。ノリで押し切られて結婚しちゃ」
これ以上は言わせなかった。
わざわざ(識が)予約した個室が深海の如き重い重い圧に、間違いなく! 呑まれてしまうからだ。
ぶっちゃける。
ダエナは病にかかっている。
あれだ、理想とするもの、人生を賭けて挑むものを定めた人にありがちなアレ。
悪い、とも言いきれないけど付き合い方が難しいアレ。
信念の暴走とでも言おうか。
その事以外が全く見えなくなってしまう、完全なる視野狭窄だ。
唐突に寝なくなって自分の全てを注ぎ込んだり、無茶をするんだ。
今のダエナは完全にコレだ。
何か、教育の素晴らしさに目覚めたらしい。
後輩にも率先して熱血指導を行っていた。
それだけじゃなくダエナ自身も相当ブラッシュアップしていて一段と力をつけてきているように見えた。
明らかに無理をしている感じで、少し不安を感じる。
振り切れてんのが、俺は将来学園長になってここを変えたいんです、と僕らの前で真顔で熱弁してるとこだ。
かなりハイになっている。
学園長?
何のコネもない、一奨学生に過ぎないダエナが?
臨時講師でも常勤講師でもなく、いきなり学園長とか。
お前、絶対将来今夜の事を思い出して悶え狂うぞ?
更に講義の方針やら二期生の現状とこれからについて熱弁を始め、僕が頭痛を感じ始めた頃。
絶大な問題発言が飛び出そうになった。
ここまでの流れから間違いなく。
お前とは流されて結婚した。俺は夢を見つけたから別れてくれ、子どもは知らん。金は渡す。
的な事を言いかけていた。
目標を見つけるのはいい。
僕だって弓道ってものがある。
今後誰とどういう関係になろうと、僕が弓を捨てる事は無い。
でもだ。
ハイになって完全に周囲が見えなくなったまま突っ走るのは、どうだろう。
少しばかり頭を冷やす必要があるのは間違いない。
とりあえずこの場はクーリアさんを何とか落ち着かせて、二人、いや子どもを入れて三人には時間が必要だってわかってもらわないと。
このまま大喧嘩は駄目、絶対。
『……』
識と二人、クーリアさんの様子を伺う。
正しくは出方を見守る。
「この人、教師を目指す気になったって事なんですねー」
「?」
ええと。
のんびりとした、イメージと違う口調でクーリアさんはにこにこしている。
よ、予想できない展開です。
「……」
識を見る。
識でさえ今後の展開が読めないのか小刻みに首を横に振っている。
「先生」
「はい」
思わず背筋を伸ばして返事をしてしまった。
「ダエナはやれば出来る人なんですよ」
「そ、ソウデスネ」
そりゃ天下のロッツガルドで奨学生として通用してるんだから、世間一般のやればできる子よりずっと優秀だ。
妙にニコニコしてるのが無性に恐ろしい。
おお……もしかして既に手遅れだったりするのか。
「普通のやればできる子って、要はやらないから出来ない、何も褒めるところが見つからない子への誤魔化しが殆どですよね」
「……」
まあ、そうだ。
自分が教える側に立ってみてわかった事でもあるけど、やれば出来る子、なんてのは実際に誉め言葉で使われる事って少ないんじゃないかと思う。
辛辣だけどクーリアさんの言葉の通り、未来やイフ以外に褒める要素が見つからない場合に便利な言葉、でもある。
「でもダエナは本物でした」
「ええ、彼は優秀ですから」
識が相槌を打ちながら彼女から出来るだけ言葉を引き出すべく奮闘してくれている。
「初めはどこの猿が学園に迷い込んだのかと、いつ辞めてくれるのかと観察する毎日でした」
クーリアさんきっつ。
猿て。
「なのにあっという間に抜かれました。唖然としましたね、野蛮に戦う科目ならともかく、ロクな礼儀作法も知らない猿が私より座学でも上だなんて。その内飽きたのか、座学全般の成績は並に戻りましたけど」
「そこは彼の短所ですね。今は改善されつつありますが、飽きっぽい。得意な事ばかりに取り組みたがる所がある」
「ええ。その彼が、ダエナが教師ですか。うふふふ」
笑ってるけど、意味が読めなーい。
そんなに悪い酒をなる様子も無かったんだけど。
「嬉しい、ですか?」
「もちろん! あんなに優秀で底が見えないダエナが、本気で何かを目指すなんて! いつか最前列で見たいと思っていた景色そのものです!」
「確かに、頑張ってます、ね。最近のダエナは」
「それも、教師です! 私と同じものを彼も目指すなんて、こんな奇跡がありますか!」
おな、じ?
クーリアさん、ダエナの奥さんも教師志望?
そりゃまた、えらい偶然で。
ただ、思いもよらぬ雲行きだけど流れは悪くないような。
「この面白い生物がもっと見たいって思ってる内に心底惚れちゃった私と! その生物が同じ夢を見るなんて最高に素敵じゃないですか!」
まあ、あれだよね。
学生結婚って強引に持ってかないと中々辿り着かない選択だよね。
押せ押せだったの、彼女の方か。
そして面白すぎて惚れるってなんだ。
感覚が1ミリも理解できん。
まさか、これからは檻の外から子どもと面白ダエナを観察していきますなんて言い出さないよな?
「ロッツガルド学園の学園長なんて……なれたら、きっと歴史に残ります」
「でしょうね」
識。
気持ちはわかる。
脱力するよね。
でも、離婚エンドは悲しいじゃないか。
もう少しだけ頑張ってみて欲しい。
この人、ダエナがそうなれるってどっかで本気で信じてる。
凄い女性と結婚してるな、お前。
「ダエナが教師、学園長。なら私は副学園長になれるように頑張らないと! 私は彼とは違って普通の人なんだから!」
……。
これは離婚ないね。
凄い奥さん、いや夫婦だわ。
どこが普通なんだ。十分どうかしてる。
心配して損した。
こいつら一緒じゃねえか。
思い込みのままに突っ走って問題ない。
別れてくれとダエナが言っても、クーリアさんは家族で頑張ろうと笑顔で返すだろう。
で、堂々巡りで結局ダエナが折れると。
だって押し切られて結婚してる前例が既にあるんだからな。
一件落着、解散解散。
むしろこの夫婦に育てられる子どもの未来が若干不安になるくらいだ。
ダエナが教師、ロッツガルド学園を変える、ねえ。
僕がしてやれる事なんて相談されるほど、あるとも思えないなぁ。
普通なら致命傷になる発言を強引にへし折った所為で、ダエナ本人は寝てるし。
ジンとアベリアはウチ、イズモはカンナオイで武家として建築仕事の方も諦めない、ミスラはユーノとお付き合い。
どんどん一期生も変わっていく。育っていく。
さほど変わってないようで、確実に時間が進んでいる事を実感させられる。
だけどダエナよ。
認めたくないものだな、若さゆえの……とか。
言い出してくれるなよ。
絶対に笑うから。
学園生ではなさそう。
真剣な顔で僕らを見ている。
識に告白する気だろうか。
それとも僕に悪夢を再来させるつもりだろうか。
どっちもお断りだ、この女郎。
「告白なら謹んでお断りする。失礼」
端的に意思を表明する。
二号も三号も四号もいらないんす。
「?」
「識の方か? 彼も今は忙しい、改めてくれ」
具体的には僕のいない時に。
「あの、私結婚してます」
「……」
「臨時講師のライドウ先生と助手の識さんですね?」
「……ああ」
こんなパターンもあるんかい。
先手を打ったつもりで物凄く恥ずかしいんですが。
少しばかりのたうち回りたい。
おのれロッツガルド!
どれだけ僕にトラウマを植え付けれれば気が済むんだ、この街は!
「ご挨拶が遅れ申し訳ありませんでした。私、ダエナの妻クーリアと申します。現在休学中の身ですが学園に籍を置く学生です」
「本当にもう、失礼いたしました。ごめんなさい」
よりによって僕が見てる学生の奥さんかい!
もう速攻で謝るよね。
何勘違いしてんの、この臨時講師。
とか思わないで欲しい。
僕なりの拙いマインドのガード方法だったんです……。
「いえ、ライドウ先生の事は夫からも色々と聞かされておりますから。お気になさらないでください」
……。
色々聞かされてるから?
気にしなくていい?
この羞恥心大爆発の失態に?
ダエナは一体家で僕の事をどう家族に話しているんだ?
頭の中に消化しきれない疑問が浮かんでは漂い続ける。
湖面を埋めるアオミドロの如く。
我が脳にもアオミドロ浮く。
「コホン。それでダエナ君の奥様が休学中の学園にどのようなご用件で? 我々でお力になれる事でしょうか?」
識がアオミドロと苦戦してる僕に代わって奥様にご用件を伺ってくれた。
助かります。
「ええ、最近夫の様子がおかしくて」
「……? 講義には真面目に参加しておりますし、特に学園が彼の素行について問題視している向きもありませんが」
ダエナ……。
面白い事になってるって言うから楽しみにしてきてるのにさ。
お前いきなり奥さんに浮気とか疑われてんじゃないでしょうね。
上手くやってるとか何とか、ヘラヘラ飄々昼行燈な感じだったじゃないか。
「あの人、最近帰りも遅くて」
おいおい。
「聞けば遅くまで図書館で本を読み漁ってるとか」
あのダエナが?
僕が見る限り結婚してる事を除けば現代日本の学生に最も近いのはあいつだと思うけど。
つまり、そこまで熱心に勉強するようなタマじゃなかった筈。
「先生の講義を一緒に受けている皆さんと自主鍛錬してるとか」
「……」
正直、生徒の浮気だ不倫だに付き合うつもりはなくて。
当人同士で何とかしてくれとしか言える事もない訳で。
「考えてみると泊りがけで短期合宿に行った後からみたいなんです。それで先生がたにお心あたりはないかと思いまして」
泊りがけの短期合宿。
僕は当初関知していなかった、カンナオイに送り込まれた例の件だ。
あの後から。
ミスラとユーノが付き合うようになってレンブラントさんがちょっと壊れた。
それ以外だとイズモが急成長したっぽい。
もしかしたらいろはちゃんと結婚して戻ってくるんじゃないかとすら思ってる。
そしたら教え子に既婚者が二人、か。
イズモの方はしばらくは浮気はしないだろうな。
あのいちゃつきっぷりだと、学園に戻って遠距離に戻っても夜遊びはしないだろ。
「ああ、その件ですか」
へ?
識?
「何かご存じなんですか!?」
「彼はあの合宿から戻って色々と思うところがあったようで。ライドウ様に進路相談を聞いて欲しいと。恐らく、その件が絡んでいるのではないかと」
「進路? もう少し粘って給料一番高いとこで、とか言ってましたけど」
「ええ。これまではそんな気配でいましたね、間違いなく」
クズノハ商会とは揉めずに生きる、とも冗談めかした感じで言ってた。
「それで、帰りが遅く? 勉強をしだして、今以上に鍛えるだなんて。学園に残るつもりなのかしら?」
ん?
あれ、奥様、クーリアさん。
ダエナの浮気はあんま疑ってない感じか?
……。
僕は別に昼ドラの見過ぎでも何でもないのに、どうも俗な方にばっか予想してるな。
気をつけよう。
進路相談をお願いしたいとは聞いているけど、内容は全く明らかにされてないから内容はさっぱりだ。
「……」
講師モードなので、適当に意味ありげにうむうむと頷いて合わせておく。
「折角です、クーリアさんも講義を覗いていかれますか?」
識の提案。
ま、この人はダエナの奥さんだもんな。
別に講義を見ても問題は無い。
何なら進路相談も一緒にいてもらっていいよな。
だって夫婦なんだから。
ダエナの職や将来に関わる事なら奥さんにも当然関係がある。
「それはいい考えだ。何なら彼の進路相談にも同席しては?」
「よろしいんですか?」
「彼の進路に関してならご夫婦の事でもある。……そういえばお二人にはお子さんがいるとか。お時間は大丈夫ですか?」
「はい。今は私の両親が出てきてくれていますから」
「ご両親が。それは、心強いですね」
妻の両親がロッツガルドに来てるって事か?
ダエナ、そんな状況でよく毎日遅くまで学園に篭るなんて無茶を。
胃が痛くなりそうなシチュエーションなんだけど。
「これまで絶対に安全だと思っていたロッツガルド学園であんな凄惨な事件が起こってしまいましたから、心配になったようで。私は心強くもあるんですが、夫には息苦しいかもしれません。街も復興して再出発しようという状況ですし安心したら帰るとは親も言ってるんです。ただ二人とも孫が可愛いみたいで――」
話が凄く長くなりそう。
識に目配せして頷き合う。
クーリアさんを促して講義に向かえば時間のロスは問題ない。
絶対安全な学園にいる娘にいきなり戦火が及んだとなれば……そうだよな。
親の立場なら実際に見て無事を確かめたくもなるか。
そんでそこに孫がいたりして面倒を一緒に見たりすれば、長っ尻になっても仕方ない気もしてきた。
……う、巴の言葉が伝染ってしまった。
長っ尻って。
長居とかで良いんだよ。
ま、そうなるとだ。
むしろクーリアさんのご両親としては娘の旦那の帰りが遅いのも、浮気の心配が無いなら歓迎なのかもしれないね。
そういや彼女はどんな学生なんだろうな。
見た感じは術師かな?
戦士タイプではなさそうだけど……そう、戦闘するイメージがあんまり湧かないな。
研究者とか?
僕の講義で教え子になる感じはしない。
さてと。
それじゃ講義して、ダエナの進路相談とやらを聞きに行きますか。
◇◆◇◆◇◆◇◆
アウトーー!!
思わず魔力体でダエナの頭に豪快なチョップをかまして眠らせてやろうと思った矢先。
識が一手速かった。
黒杖で物理的に奴の頭に鈍器の一撃をかましていた。
「だから……悪い。ノリで押し切られて結婚しちゃ」
これ以上は言わせなかった。
わざわざ(識が)予約した個室が深海の如き重い重い圧に、間違いなく! 呑まれてしまうからだ。
ぶっちゃける。
ダエナは病にかかっている。
あれだ、理想とするもの、人生を賭けて挑むものを定めた人にありがちなアレ。
悪い、とも言いきれないけど付き合い方が難しいアレ。
信念の暴走とでも言おうか。
その事以外が全く見えなくなってしまう、完全なる視野狭窄だ。
唐突に寝なくなって自分の全てを注ぎ込んだり、無茶をするんだ。
今のダエナは完全にコレだ。
何か、教育の素晴らしさに目覚めたらしい。
後輩にも率先して熱血指導を行っていた。
それだけじゃなくダエナ自身も相当ブラッシュアップしていて一段と力をつけてきているように見えた。
明らかに無理をしている感じで、少し不安を感じる。
振り切れてんのが、俺は将来学園長になってここを変えたいんです、と僕らの前で真顔で熱弁してるとこだ。
かなりハイになっている。
学園長?
何のコネもない、一奨学生に過ぎないダエナが?
臨時講師でも常勤講師でもなく、いきなり学園長とか。
お前、絶対将来今夜の事を思い出して悶え狂うぞ?
更に講義の方針やら二期生の現状とこれからについて熱弁を始め、僕が頭痛を感じ始めた頃。
絶大な問題発言が飛び出そうになった。
ここまでの流れから間違いなく。
お前とは流されて結婚した。俺は夢を見つけたから別れてくれ、子どもは知らん。金は渡す。
的な事を言いかけていた。
目標を見つけるのはいい。
僕だって弓道ってものがある。
今後誰とどういう関係になろうと、僕が弓を捨てる事は無い。
でもだ。
ハイになって完全に周囲が見えなくなったまま突っ走るのは、どうだろう。
少しばかり頭を冷やす必要があるのは間違いない。
とりあえずこの場はクーリアさんを何とか落ち着かせて、二人、いや子どもを入れて三人には時間が必要だってわかってもらわないと。
このまま大喧嘩は駄目、絶対。
『……』
識と二人、クーリアさんの様子を伺う。
正しくは出方を見守る。
「この人、教師を目指す気になったって事なんですねー」
「?」
ええと。
のんびりとした、イメージと違う口調でクーリアさんはにこにこしている。
よ、予想できない展開です。
「……」
識を見る。
識でさえ今後の展開が読めないのか小刻みに首を横に振っている。
「先生」
「はい」
思わず背筋を伸ばして返事をしてしまった。
「ダエナはやれば出来る人なんですよ」
「そ、ソウデスネ」
そりゃ天下のロッツガルドで奨学生として通用してるんだから、世間一般のやればできる子よりずっと優秀だ。
妙にニコニコしてるのが無性に恐ろしい。
おお……もしかして既に手遅れだったりするのか。
「普通のやればできる子って、要はやらないから出来ない、何も褒めるところが見つからない子への誤魔化しが殆どですよね」
「……」
まあ、そうだ。
自分が教える側に立ってみてわかった事でもあるけど、やれば出来る子、なんてのは実際に誉め言葉で使われる事って少ないんじゃないかと思う。
辛辣だけどクーリアさんの言葉の通り、未来やイフ以外に褒める要素が見つからない場合に便利な言葉、でもある。
「でもダエナは本物でした」
「ええ、彼は優秀ですから」
識が相槌を打ちながら彼女から出来るだけ言葉を引き出すべく奮闘してくれている。
「初めはどこの猿が学園に迷い込んだのかと、いつ辞めてくれるのかと観察する毎日でした」
クーリアさんきっつ。
猿て。
「なのにあっという間に抜かれました。唖然としましたね、野蛮に戦う科目ならともかく、ロクな礼儀作法も知らない猿が私より座学でも上だなんて。その内飽きたのか、座学全般の成績は並に戻りましたけど」
「そこは彼の短所ですね。今は改善されつつありますが、飽きっぽい。得意な事ばかりに取り組みたがる所がある」
「ええ。その彼が、ダエナが教師ですか。うふふふ」
笑ってるけど、意味が読めなーい。
そんなに悪い酒をなる様子も無かったんだけど。
「嬉しい、ですか?」
「もちろん! あんなに優秀で底が見えないダエナが、本気で何かを目指すなんて! いつか最前列で見たいと思っていた景色そのものです!」
「確かに、頑張ってます、ね。最近のダエナは」
「それも、教師です! 私と同じものを彼も目指すなんて、こんな奇跡がありますか!」
おな、じ?
クーリアさん、ダエナの奥さんも教師志望?
そりゃまた、えらい偶然で。
ただ、思いもよらぬ雲行きだけど流れは悪くないような。
「この面白い生物がもっと見たいって思ってる内に心底惚れちゃった私と! その生物が同じ夢を見るなんて最高に素敵じゃないですか!」
まあ、あれだよね。
学生結婚って強引に持ってかないと中々辿り着かない選択だよね。
押せ押せだったの、彼女の方か。
そして面白すぎて惚れるってなんだ。
感覚が1ミリも理解できん。
まさか、これからは檻の外から子どもと面白ダエナを観察していきますなんて言い出さないよな?
「ロッツガルド学園の学園長なんて……なれたら、きっと歴史に残ります」
「でしょうね」
識。
気持ちはわかる。
脱力するよね。
でも、離婚エンドは悲しいじゃないか。
もう少しだけ頑張ってみて欲しい。
この人、ダエナがそうなれるってどっかで本気で信じてる。
凄い女性と結婚してるな、お前。
「ダエナが教師、学園長。なら私は副学園長になれるように頑張らないと! 私は彼とは違って普通の人なんだから!」
……。
これは離婚ないね。
凄い奥さん、いや夫婦だわ。
どこが普通なんだ。十分どうかしてる。
心配して損した。
こいつら一緒じゃねえか。
思い込みのままに突っ走って問題ない。
別れてくれとダエナが言っても、クーリアさんは家族で頑張ろうと笑顔で返すだろう。
で、堂々巡りで結局ダエナが折れると。
だって押し切られて結婚してる前例が既にあるんだからな。
一件落着、解散解散。
むしろこの夫婦に育てられる子どもの未来が若干不安になるくらいだ。
ダエナが教師、ロッツガルド学園を変える、ねえ。
僕がしてやれる事なんて相談されるほど、あるとも思えないなぁ。
普通なら致命傷になる発言を強引にへし折った所為で、ダエナ本人は寝てるし。
ジンとアベリアはウチ、イズモはカンナオイで武家として建築仕事の方も諦めない、ミスラはユーノとお付き合い。
どんどん一期生も変わっていく。育っていく。
さほど変わってないようで、確実に時間が進んでいる事を実感させられる。
だけどダエナよ。
認めたくないものだな、若さゆえの……とか。
言い出してくれるなよ。
絶対に笑うから。
感想 3,666
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歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさんパーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
婚約破棄されたので、王家の死亡通知を先に出しました
くるみ婚約破棄を告げられたセレスティアは、静かに微笑んだ。
「では、王家の救命措置を終了いたします」
その一言で、王国は大混乱。役目を終えたセレスティアは、晴れやかに旅立つ。