月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

軋む歯車

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 アルテ=バレットの目指す先は決まっていた。
 女神の使徒は当代二人。
 本来合流し協力すべしとされていたリミアの勇者の元へ、だ。
 だが反神教による大国の乗っ取り計画を知ったアルテは勇者への手土産に丁度良いとアイオン王国救済という寄り道をした。
 今振り返ればアルテにとって最大の過ちだった。
 世界のゴミ溜である荒野と、その蓋である辺境都市ツィーゲ。
 そこに潜んでいたのはぶっ飛んだ商人たちと商会の皮を被った怪物。
 女神や精霊への信仰は下火も下火、アルテの目には退廃の都にしか映らなかった。
 だからこそ、アイオン王国による再統治によってかの都市を正しく導く必要があると彼女は思った。
 思ってしまった。
 女神自身が己が世界に不必要だと断じたモノをまとめて廃棄した後に絶賛放棄していた荒野で、女神への信仰が芽生える訳が無いのに。
 アイオン王国に属しながら見方によっては荒野からの脅威を黙殺され自分たちで対処する事を強いられてきた商人たちが、例えその不遇をチャンスに変え繁栄に辿り着いたとしても王国に高い忠誠を示す訳など無いのに。
 荒野がハイリスクハイリターンの代名詞として世界に知られるようになり、ツィーゲが一攫千金の街と一目置かれるようになっても……信仰も忠誠も自然に湧いて出るものでは決して無いのだから。

「早く、早く勇者とじじいの所に……! まだ、ここで終わるなんて出来ない。私は、やっと、意味がわかったの。使徒が二人存在して、勇者も降臨して、それがただ、魔族ごときへのカウンターのみを、目的とする、筈が無かった!」

 圧倒的な武力を持って革命軍を押し返した。
 アイオンの諜報能力をフル活用して反神教と革命軍の接触や独立宣言したツィーゲの内情を把握した。
 その上で利用できそうな内部の亀裂に楔を打ち込んで双方を弱体化させた、とアルテは思っていた。
 実際、その計画は半ばまで成功していた。
 彼女の誤算は本当に、わずかな。
 それこそ時の運とでもいうべき、アルテにとっては微妙な要素ばかりだった。
 この位の事なら、と見過ごした所にばかり彼女は翻弄されたのだ。
 属性に頼るような未熟者ではなく、知識の獲得を怠る事も無く、ヒューマンを導くグラントの一人としてアルテ=バレットは間違いなく優秀な娘で……女神の使徒としても歴代で有数の存在だった。
 だがパトリック=レンブラントという奇策の使い手と、クズノハ商会のライドウというイレギュラーがそんな彼女に唯一不足していた『経験』という分野に容赦なく刃を突き込んできた。
 本当に、不運としか言い様がない。
 手品師の種を見破るにはそれなりの知識と経験、そして閃きが要る。
 手品自体初見ではいかにタネを見破りやすい席にいたとしてもずばりと言い当てる事などまず出来ない。
 未曽有の自然災害への対処とて同様だ。
 知識としてある程度逃走手段を知っていたとしても、生涯初めて遭遇したのが大地震と火災等付随する災害だったとしてその知識を十全に活かして生き延びる事が叶うかどうか。
 残念ながらかなり難しいだろう。
 
「……いた! 身体の治癒も急がなきゃ、魔力の回復だって、どれだけかかるか……」

 雷属性ではアルテが苦手とする分野になる体に雷を宿す系統、その高等魔術に転移に似た魔術が存在する。
 雷の何分の一かの速度での移動を可能とする、実質瞬間移動の様な術だ。
 三駆けで国を跨ぐと言われる夢の様な魔術だが、身体への負担が大きく肉体鍛錬も相応に要求してくる体育会系ぶり。
 アルテの感覚では満身創痍の状況から50M走の全力疾走を強要されたようなものだ。
 真をしてホラーと言わしめた矢がそこら中に刺さった状態の彼女は最短距離を駆けた。
 途中魔獣や人をはねたが気にしている余裕は全くない。
 そうして、アルテ=バレットは本来いるべき場所に到達した。
 勇者響とそのパーティがいる、王都の鍛錬場へ。

「っ。アルテか!?」

『!?』

 突如轟く雷が落ちたような轟音と破壊。
 パーティの一名、老齢の男だけが突如周囲を破壊しながら出現した光を纏う存在に気付いた。
 一見すれば襲撃としか思えない状況だったが、彼の言葉で響たちは警戒をやや弱める。

「爺い……しくじったわ」

「見りゃわかるわい。そこまで用意してお前が負けるとなると……嬢ちゃんが教えてくれたライドウが相手かの」

 爺い呼ばわりも気にせず、男はアルテに応じ、そして響を見た。
 アルテの負傷、突き刺さった矢を見て相手がわかったのか響自身は顔面蒼白だ。
 アルテの装備を見て彼女の本気度がわかった男は正直内心で冷や汗を流しながら、平静を装っている。

「魂を、分けておかなかったら死んでいたわ」

「神器の使い方としてはどうかと思うが……まあ生きているのなら、良しとする。アルテよ、深入りはするなとあれだけ忠告したろうに」

「う……時間が、今は無いの。治癒を、お願い。それから、私の話を聞いて」

 アルテは耳に痛い説教を甘んじて受け入れながら必要事項を優先した。
 とにかく、ライドウの事を伝えなくてはならない。
 ともすれば反神教よりもずっと危険な彼の思考を。

「む。チヤ、頼めるかの。ひとまず矢を抜いて治癒魔術をありったけかけてやってくれい。見ての通り、儂同様に不出来な女神の使徒仲間でな。頭で言えば儂より良いし、役には立つ」

「は、はい!!」

「やれやれ、流石に油断し過ぎじゃぞアルテ」

 治癒魔術と矢の除去の為、チヤと男がアルテに近づく。
 その時、静かに成り行きを見守っていた響が悲壮な顔をして口を開いた。

「アルテ、さん」

「なに、勇者。今はライドウを、あの、クズノハ商会の魔人を」

「わかってる。言うべき事があるならすぐに言って。貴女には、きっともう時間が無い。急いで」

 男やチヤを止めるでもなく、響はただアルテを急がせた。
 悲しい顔をしたままで。

「? ええ。それは、わかってる。良い? ライドウはアイオンにもツィーゲにも、そして恐らく荒野にも何の興味も持っていない。あいつは、私と遭遇した事を、多分、喜んでいた」

「……」

「響?」

 男の呼びかけに反応せず、響はただアルテを見つめている。

「あいつは、世の混乱を待ってる。その結果、女神様が降臨せざるを得ない、その時を待ってる」

「……」

「そして、女神様に挑む」

『!』

「今なら、わかる。ライドウは私で使徒の力を、神の力を、見極めようとしてた。私は、相手にされていなかった。この使徒たる私、を! あいつ、は……!」

 アルテの言葉に怒りと憎悪が宿る。
 額の矢に手をかけた男はアルテが見せる心からの感情に驚き、目を見開いた。
 チヤは既に治癒に入っている。
 周囲は騒然とし始め、ただ響だけが唇を噛み締めつつ冷静だった。

「それで? 続きを」

「……ライドウは女神を討つ。きっと、討ってしまう。けれど新たな神にはならない。秩序も支配も平和も混乱も、奴には無価値だから」

「……そう」

 小さく項垂れる様な、それでいて想定していた答えの裏付けを得たような力無い様子の響。

「使徒と勇者が、複数同じ時代に集う、その意味は、きっと。魔族ごときじゃなく、女神様の御力で保たれている、この世界の秩序、いえ存亡さえも、揺るがす者が存在するから。私、たちは……魔族よりも。あの悪魔と一味こそを女神様と共に、皆の力を合わせて、ぜっ!?」

「!?」

「な!?」

「ああ……やっぱり、もう『終わってた』の……」

 男が驚愕と共に飛び退く。
 アルテの無事だった左目が矢に貫かれた。
 何本か刺さっていたのと、同じ矢だ。
 響はかつて自分もその一撃を受けた事を思い出す。
 あの時よりも遥かに洗練されて、どこまでも冷徹な力の行使。
 
(差は広がり続けてる、か。真君、あなた)
 
 リミアでの再会と、澪の言葉を思い出す響。

「な……ぁっ?」

 アルテは視覚を完全に失って体を衝撃に揺らせた。
 だが攻撃の正体はわかっている。
 何度も受けた、同じ攻撃だ。
 ただそれはアイオンでの事で、遠く、遠く離れたリミアで受けるなど有り得ない攻撃だった。

「ライ、ドッ。あいつ、まさか、まさっ!」

 トトンと。
 軽妙なリズムで背に数本の矢が生えた。
 背骨の隙間を正確に射抜き骨を砕く、急所への一撃だ。
 
「なんじゃ!? どこから射ておる!?」

「多分、アイオンからです。ガイ翁」

 苦虫を噛み潰したような顔で響が呟く。
 ガイ、と呼ばれた鍛え上げられた体躯の老人は戸惑いの表情を見せる。
 アルテの背後に回り更なる攻撃に備え、かつ射手を探していた所にアイオンなどという非現実的な言葉を出されては無理もない。

「っぁぁ!!」

「馬鹿な!」

 アルテの延髄深くにも矢が刺さる。
 あり得なかった。
 射線にはガイがいたのだ。
 絶対に先にガイを貫かなければアルテの首になど届く訳が無い。
 だが、刺さっている。

「私の、育てた、鵺空雷ぬえそらも、奴に、握りつぶされ、た」

 アルテの声に喘鳴ぜんめいが混じる。

「なんじゃと!?」

「そう、本当に、私はお前の掌で、蜘蛛の巣にかかった、哀れな、獲物……うぅ」

 蜘蛛、という言葉に響とチヤ、ウーディが一瞬反応する。
 彼らの古い記憶が呼び起こされた結果だ。
 人の急所に、次々と様々な角度から矢が刺さっていく。
 一通り刺さった矢は次に魔力の通り道になりやすい箇所を的確に狙い、砕いていく。

「そん、な、見抜、かれた……? ああ……どうして……私、アイオンになど行ってしまったの。私は集い高め合う為の、必要な一騎で、あったっ」

 口が塞がれた。
 
「……ありがとう、アルテさん。彼は、この期に及んで敵に容赦するような子じゃありません。どうか、もう安らかに」

「響! 違う、それは違うぞ! アルテは古の法を使っておる! 神器に魂の一部を預け疑似的な不死と復活さえも可能な状態にあるんじゃ!」

 ガイが状況を説明するも、響は目を閉じ首を横に振る。

「いえ、ガイ翁。彼は、ライドウ、真君は殺すつもりで相対した相手を見逃す事なんてまずありません。肉体の急所、魔術師の急所、そして、装備品、それでも死なないなら物理的に肉片になるまで。彼は手を緩めません」

「アルテは、使徒じゃぞ? 奴に、使徒を騙った偽物なんぞに」

 ライドウの場合、他人が勝手に使徒だ魔人だと噂を広めただけだが。
 例え使徒を騙ったとて、使徒に劣るとは限らない。
 そんな言葉を響はぐっと飲み込んだ。
 涙をこらえるように、喉に強く力を込めて。
 そしてガイの言葉を裏切るように、響の言葉を肯定するように。
 矢のペースが上がっていく。
 どんどんどんどん。
 最早、今到着した者はナニに矢が刺さっているのか、よくわからない程。
 あらゆる方向から、肉削る一矢が、装飾を砕く一矢が絶え間なく流れ作業の様に淡々と、ただ速度を上げて。
 
「可能性があるとするなら、死後の復活。神器、はあの鎌ですか?」

「……うむ。一番強力なのはあの鎌じゃ。武器というより魔術の触媒用の装備じゃが。魂を宿すならあれで間違いなかろう」

「なら、その神器だけは確保を。ウーディ、蘇生術の用意を! チヤちゃんは彼女の状態をきっちり把握しておいて。治癒魔術は、効果があると思える間だけで、良いから」

(指示としては間違いない。でも……これだけの事をされて戦意なんて保てるかしら。彼女にとっての苦痛を引き延ばしてしまうだけなら……いっそ安らかに死を受け入れて欲しいとも思ってしまう。死後間もないとしても肉体があそこまで損傷した状態での蘇生なんて……)

 リミアの機密の一つに蘇生魔術は一応存在する。
 だがごくごく最近の研究成果だ。
 成功率もかなり低いし、肉体が万全な状態以外での成功例も無い。
 かつて王都が焼かれた時、識というアンデッドの魔術師が見せた魂を引き寄せる秘法。
 響とチヤはそれを目に焼き付けていた。
 そして響の限定的な現代医療知識にリミアが有する強力な魔道具の数々。
 何とか蘇生という奇跡の一部再現に、リミアは辿り着いていた。

(第一)

 響はちょっとした杉玉と化したアルテを見て思う。
 恐怖も高まり過ぎると笑いがこみ上げてくるというが、今の響が正にその状態だった。
 杉玉、などという例えはそんな心境の彼女が思いついた言葉だった。
 チヤが首を横に振っている。
 まだ矢が刺さっている気配があるのが何よりも恐ろしいのだと響は思う。
 杉玉は今も動きがある。
 執着でも嗜好でもなく、ただ確実な死を与える為に彼はどこかで矢を射ているのだろう。
 きっといつか自分と話をした時のような日常の表情のまま。
 響は身を襲う震えを止められなかった。

(あの子なら……魂さえ殺しかねない)

 蘇生の根本は肉体と魂の再結合にある。
 魂にも死があるなら、それを可能にする攻撃があるのなら、蘇生不能の死がもたらされる。
 絶望的な想定だ。
 そして。
 一昼夜をかけて行われたアルテ=バレットの蘇生は全て失敗に終わった。
 肉体の再生も出来ず、魂の存在も確認できず。
 何とか原型を保った幾つかの神器はその機能を破壊され尽くし、単なる神聖な遺物と化した。
 女神の使徒はこの日、一人になった。
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