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七章 蜃気楼都市小閑編
混沌の応接室(森)
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早く商談や打ち合わせが終わって予定に余裕が出来るのは嬉しい。
運よく次の相手が早く来てくれたら更に嬉しい連鎖が起きるけど、純粋に空白の時間が生まれる事で生まれる余裕が僕は好きだ。
次は次は次は次は……となってしまうと僕にとっては最悪の展開で、水面から必死に口と鼻を出すべくあがくかの如く。
いっぱいいっぱいになっていくのです、はい。
かといってこちらからアグレッシブに駆け回っては獲物を狩っていくイケイケスタイルかと問われればこれも違う。
基本は落ち着いて座りながらも、射程に入った獲物を即座に狩る。
そんな感じが僕には合ってるようだ。
ムゾーさんとの打ち合わせも予定より早く終わって次はレンブラントさん。
毎回何かと商会を紹介してくれたり商談のタネみたいなのを口にしたりしてくれる有難い人だ。
忙しさでいえば僕の比ではない筈なのに足繁く来てくれる、もう同業者というよりも半ば僕の保護者である。
そこまで張り詰めた緊張を強いられる事もなく時間もかからない理想的な商談相手でもあるんだから頭が上がらない。
「失礼します、レンブラ……ん?」
扉を開けた途端濃厚な香りが鼻に当たった。
かなりの香水の匂いだ。
しかも複数。
嫌な予感がしつつ、子の応接室の作り的に正面右手にいる筈の人物を確認する。
「お、奥様!? と……?」
レンブラントはレンブラントでもパトリックさんじゃなくリサさんだった。
きょ、今日は間違いなくPの方のレンブラントさんが来る予定だった筈だ。
記憶を辿ってみるも間違いない。
そもそも奥様の方と僕が直接の商談をする機会なんて無いに等しいんだから。
しかも相手は単体じゃない。
何だソファを埋め尽くす美……熟女、なのか?
女性の数が凄い。
八人、リサさん抜きで八人おるぞ。
そして僕は誰のお顔も存じてないのですが。
何だこの状況。
大体ここは精々五~六人で商談するとこでドレスを着込んだご婦人が八人もいたら室内の空気がエライ事に、じゃなく華やかさにお部屋がついていけないというか。
僕の嗅覚と視覚も割とやばいというか。
なんだこれ!?
「ごめんなさいね、ライドウ様。少しお話があって主人と交代してもらったのです。ただ、偶然ご一緒していた皆様も是非一度貴方とお会いしたいという事で大所帯になってしまって……やっぱりご迷惑、よね?」
OHNASHIってなんだ。
言っておくが僕はここでレンブラントさんといかがわしい事や言葉にはし難い事を相談したりお手伝いしたりはしてない。
誰に、何に誓っても良い!
大体あの人はとことん奥様と娘を溺愛してるんだ、浮気なんて全く気配もない。
それに迷惑かって聞かれたら即答で迷惑だ。
でもご迷惑よね、とか聞かれたら返答はもう一つしか無いじゃないか。
「滅相もない。予定の方と違って面食らってしまったのは私の未熟でした。皆様、無作法をお許しください。クズノハ商会の代表、ライドウと申します」
リサさんとテーブルを挟んで正面に立って一礼とともに挨拶する。
ほんと、何考えてるんです。仰る通り迷惑です。
なんて本音、口が裂けても言えるか。
リサさんはグールから知ってるけど、最近はまた一層若返ったかのように活力に溢れ、溌剌としている。
肌もしっとりとぴちぴちが両立しているかのような見た目で、年齢を理由に彼女を異性として見ない男はごく少数だろうと断言できる。
周りは正直奥様に比べると一回りは上の中年のご婦人方だ。
とはいえ、それぞれに追及している美の方向性がわかるような……まあ美しさに拘ってる方々だっていうのは一目でわかる。
ならここの正解は……うーん。
「ふふ、無理しなくても良いのに。そんなにかしこまった場でも繊細な話がしたい訳でもないのですから。ねえ、皆さま」
奥様の言葉に口々の同意と微笑みを向けられる。
次いでリサさんから簡単な紹介を経て、個々の自己紹介を頂いた。
元冒険者の妻というのが二人、後は商会代表や側近の妻が四人、リミア貴族の妻というのが二人。
ツィーゲ在住が六人、後の二人は友人がいるツィーゲに旅行中との事。
……やばいな、まだ何とか名前と顔は一致するけど話が長引く程に覚えてられる自信がない。
自己紹介の時の感じを見ると、奥様がトップに君臨している会のメンバーなんだろうか。
今も昔もレンブラント商会は実力を周囲に見せつけている存在な訳で、リサさん自身も無能な人じゃない。
直接見る機会があった訳じゃないけど、レンブラントさんとモリスさんの様子を見るに奥様もやり手と見て間違いない。
あーでも狙ってナンバーツーにいるって可能性もあるかー!
「いや驚きました。まさかこのような豪華絢爛な方々が一同においで下さるだなんて。今日は同い年の皆様で旧交を温める会があったのですか。わが身の幸運に震えるばかりです、ははは……」
既に帰りたい。
用件も話も聞かずに誰に放り投げて帰りたい。
そして澪が来ない。
つまりあいつもこの集まりが僕を襲うような類のものじゃないと本能で察しているんだ。
誰か僕の側に女性が一人でもここにいてくれたら少しは気が楽になるってのに。
「そうなの! 少しばかり上下はあるけれど私達はみんな同年代の友人なのよ。それで……ね。以前ライドウ様が私にこっそりと教えてくださったあの件をこちらの皆様にも打ち明けてみたのよ。もちろん、皆秘密というものの意味と価値を十分にご存知の方ばかりだから安心してくださって良いわ」
……よ、良かった。
同年代って言っておいて正解だったらしい。
迂闊に先輩方との集まりですか、などといおうものなら。
考えるだけでも恐ろしい。
しかし……こっそり。
奥様に?
特にそこまで秘密にして欲しいような事を話しただろうか。
というよりもだ。
女性の群れで、貴族や商会代表を旦那に持つ裕福な女性たち。
秘密を守るというにはあまりに不安な感じの肩書きなんだけどな。
奥様が言うなら問題ないのか?
秘密の意味と価値……ねえ。
ふと、奥様の視線に気付いて注視すると、彼女は優雅な仕草で右手で頬を撫でていた。
なんだ、肌?
……。
……!!
ああ、それの事か!!
「と申されますと、もしかして当商会の保養施設について、でしょうか。リサ様」
何だ、このざわつきは。
八人のサムラ、いやご婦人がざわざわしてらっしゃる。
「ええ、夫に無理を言ってお願いした……その件ですわ」
……。
細部は微妙に違う説明をしている、という感じだろうか。
ここは無難に奥様の話に合わせておけばよいか。
余談だけど奥様、確か魔の山温泉郷に行けるのが週一になるか週二になるかで大分機嫌が変わるらしい。
レンブラントさんから暗に回数を増やしたいな、的な提案をされた事も一度や二度じゃない。
中々常勤の人を揃えにくいからいつでもお好きにどうぞ、とは言えない期間が続いたしリサさんもレンブラント商会代表の妻だという立場がある。
だからそこまで直接猛プッシュされる事はこれまで無かったんだよな。
ただ、今はあそこには常勤の従業員がいる。
ロッツガルドで神殿の司教をやっていたシーマさんだ。
温泉の勉強をしながら専門家たらんと日々勉強しているし、化粧品もどんどん試作品が出来てきている。
……。
ああ、難しい案件をまた思い出してしまった。
美意識というのは亜空の女性陣、一部男性陣においても中々強烈なものがある。
化粧品への興味や熱意も、まあ言うまでもない。
けれど今のところ専門家はシーマさんだけで、当然彼女はヒューマンだ。
異種族に効く化粧品の知識は無いに等しい。
それで人に近い亜人とそれ以外の種族とで格差が出るのは如何なものかと問題提起が最近なされたんだ。
鱗の模様や羽根の艶、角や爪の……となるとそれぞれの種族で勉強してもらうしかない。
基本的な概念をシーマさんから教わりつつ、今や各種族の女性から化粧品作成を目標とする従業員達が常勤化しつつある。
個人的には一刻も早くある程度の形になって欲しいとこだ。
でもヒューマン用との差となるとなあ。
携わってきた歴史というのもある。
一朝一夕にはいかない、かもしれんよね。
ちなみに新たなモノヅクリではあるがエルドワからは乾いた笑い声しか聞こえてこなかった。
ドワーフからは主婦有志から二人ほど、温泉郷に来ているとかなんとか。
「リサ様にも事後報告となり申し訳ありません。ようやく常勤の従業員も確保出来まして、あの施設もそれなりの回転で稼働できる見込みが立ちました。……と、元々は商会内の保養施設なのでおかしな報告ですが奥様には本当に気に入って頂けましたので」
少しばかり親し気に。
上得意様に接する気持ちで。
多分ここは奥様を立てた方がスムーズだろう。
確か前にリサさんにはあそこを紹介する権利みたいなものを確約した気がするし。
価値を高める為に彼女が周囲に宣伝してくれたなら報いるのは当然だ。
「! 本当!?」
「は、はい。化粧品についての知識もある良い方と縁が持てまして」
思いのほか、結構なリアクションをくれた奥様。
シーマさんの事を軽く紹介すると他のご婦人方からもどよめきが起きた。
「じゃあ……通う回数を増やす事も可能、かしら」
「ええ。ただあくまで特例のものですので、補助をする者が亜人であっては耐えられないであるとか条件がある方にはこれまで通り限られた回数でお願いする予定でおります。クズノハ商会は亜人の雇用が圧倒的ですので……申し訳なく」
「その件はもう説明してあるのよ」
「……は?」
「誰が服を脱がそうが、いえ、自分で脱衣も着衣も済ませろと言われても。これだけの効果があるのなら是非、いくらかかっても一度は参加してみたい、という皆様が……こちら」
「……マジですか」
「マジなのよ」
お茶目に応じてくれた奥様。
え、一度は参加してみたい?
つまり……え?
「もしや……リミアから来られたお二人は温泉の為に、わざわざツィーゲに?」
思わず視線を向けると、何やら顔を背けて物のついでだとか何とか言い訳をなさるお二人。
僕でもわかるわかりやすい、ザ言い訳。
これは、断れんな。
むしろ奥様が連れてきてくれたって事は僕らにとっても有益で安全な人物なんだろう。
「……驚きました。本当に、ええ、驚きました」
「言い直すくらい? 私という生きたサンプルがいるんですから今回の皆様は第一弾にすぎませんよ、ライドウ様」
「第一弾。なら皆様ご一緒にご案内した方がよろしいですか? 万が一のご不便もないよう半分ずつ、一泊二日程で体験してもらえばよろしかろうと考えたのですが……皆様ご一緒で寛大に体験して頂けるのであれば二泊三日でも対応できるかと思います。貴族や大商会の奥様方にはやや狭い寝室にもなってしまうのですが……」
「私が使わせていただいたものと同じ部屋かしら?」
「はい。あちらの部屋を考えております」
「あそこなら全く問題ないわ。二泊三日だなんて最高の体験になりますわよ、皆様」
喜色満面とはこの事かと言わんばかりの歓声と喜びの爆発。
十代にでも戻ったかのような、だ。
「あと一点だけご留意頂きたい事がございます」
これは言っておかないとな。
「ライドウ様ご自身が同行できない、巴様や澪様がいらっしゃる事もある。かしら?」
「……え、ええ。この通り私は男です。あちらでの直接のご挨拶などは側近である巴や澪、或いは相当する者になるかと」
「全く、問題ありません。で、何時からならご招待頂けるのかしら? 今夜? 明日?」
この人だけは冷静だと思っていたけれど。
奥様も大分温泉に蕩けてると見える。
周りのテンションに引っ張られてか、普段よりも少女っぽい口調が……何か凄く色っぽくもあり。
ずるい女性だな。
「お風呂が基本ですので今夜からでも構いませんが……滞在時間を考えると明日からの方がよろしいのでは」
「即効性をすぐにでも紹介したいの……でも滞在時間が延びるのも魅力的ね。最初という事もあるから……」
温泉に即効性などない。
「はは……またご冗談を」
だが断る。
言える空気じゃない。
「金銭などの細かな話は後回しでよろしいのね?」
「? 奥様が体験して欲しいとご紹介下さった皆様ですから、今回は無料で提供させていただくつもりですが?」
またも沸き起こる歓喜の声。
これは最近思い知った事の一つなんだけど。
人は、特に女性は無料という言葉に弱い。
好きなのである。
僕も無料というのは好きだけど、それなりにお金を持つようになってからは何となく申し訳なさを感じる方だ。
多分、より無料を満喫できるのは女性だと思う。
ま、遠路はるばるリミアから来た人もいるんだ。
体験無料くらい、別にいいでしょ。
「……あれを体験無料にする、ですって!? そう……なるほどね。値段は青天井という事を体験後に……やるわね。女にとってこれは悪魔の無料体験になるわ」
なにやら奥様が小さく呟いている。
うーん、しかし値段か。
スパリゾートってやつになると思うんだけど、回数券か会員権になるのかな。
あっちは巴や澪も熱心だし後で聞いてみるかね。
冷静な時のレンブラントさんや奥様に相談しても良いか。
正直僕は週二回でも過剰だと思うから回数券が無難だと思ふ。
運よく次の相手が早く来てくれたら更に嬉しい連鎖が起きるけど、純粋に空白の時間が生まれる事で生まれる余裕が僕は好きだ。
次は次は次は次は……となってしまうと僕にとっては最悪の展開で、水面から必死に口と鼻を出すべくあがくかの如く。
いっぱいいっぱいになっていくのです、はい。
かといってこちらからアグレッシブに駆け回っては獲物を狩っていくイケイケスタイルかと問われればこれも違う。
基本は落ち着いて座りながらも、射程に入った獲物を即座に狩る。
そんな感じが僕には合ってるようだ。
ムゾーさんとの打ち合わせも予定より早く終わって次はレンブラントさん。
毎回何かと商会を紹介してくれたり商談のタネみたいなのを口にしたりしてくれる有難い人だ。
忙しさでいえば僕の比ではない筈なのに足繁く来てくれる、もう同業者というよりも半ば僕の保護者である。
そこまで張り詰めた緊張を強いられる事もなく時間もかからない理想的な商談相手でもあるんだから頭が上がらない。
「失礼します、レンブラ……ん?」
扉を開けた途端濃厚な香りが鼻に当たった。
かなりの香水の匂いだ。
しかも複数。
嫌な予感がしつつ、子の応接室の作り的に正面右手にいる筈の人物を確認する。
「お、奥様!? と……?」
レンブラントはレンブラントでもパトリックさんじゃなくリサさんだった。
きょ、今日は間違いなくPの方のレンブラントさんが来る予定だった筈だ。
記憶を辿ってみるも間違いない。
そもそも奥様の方と僕が直接の商談をする機会なんて無いに等しいんだから。
しかも相手は単体じゃない。
何だソファを埋め尽くす美……熟女、なのか?
女性の数が凄い。
八人、リサさん抜きで八人おるぞ。
そして僕は誰のお顔も存じてないのですが。
何だこの状況。
大体ここは精々五~六人で商談するとこでドレスを着込んだご婦人が八人もいたら室内の空気がエライ事に、じゃなく華やかさにお部屋がついていけないというか。
僕の嗅覚と視覚も割とやばいというか。
なんだこれ!?
「ごめんなさいね、ライドウ様。少しお話があって主人と交代してもらったのです。ただ、偶然ご一緒していた皆様も是非一度貴方とお会いしたいという事で大所帯になってしまって……やっぱりご迷惑、よね?」
OHNASHIってなんだ。
言っておくが僕はここでレンブラントさんといかがわしい事や言葉にはし難い事を相談したりお手伝いしたりはしてない。
誰に、何に誓っても良い!
大体あの人はとことん奥様と娘を溺愛してるんだ、浮気なんて全く気配もない。
それに迷惑かって聞かれたら即答で迷惑だ。
でもご迷惑よね、とか聞かれたら返答はもう一つしか無いじゃないか。
「滅相もない。予定の方と違って面食らってしまったのは私の未熟でした。皆様、無作法をお許しください。クズノハ商会の代表、ライドウと申します」
リサさんとテーブルを挟んで正面に立って一礼とともに挨拶する。
ほんと、何考えてるんです。仰る通り迷惑です。
なんて本音、口が裂けても言えるか。
リサさんはグールから知ってるけど、最近はまた一層若返ったかのように活力に溢れ、溌剌としている。
肌もしっとりとぴちぴちが両立しているかのような見た目で、年齢を理由に彼女を異性として見ない男はごく少数だろうと断言できる。
周りは正直奥様に比べると一回りは上の中年のご婦人方だ。
とはいえ、それぞれに追及している美の方向性がわかるような……まあ美しさに拘ってる方々だっていうのは一目でわかる。
ならここの正解は……うーん。
「ふふ、無理しなくても良いのに。そんなにかしこまった場でも繊細な話がしたい訳でもないのですから。ねえ、皆さま」
奥様の言葉に口々の同意と微笑みを向けられる。
次いでリサさんから簡単な紹介を経て、個々の自己紹介を頂いた。
元冒険者の妻というのが二人、後は商会代表や側近の妻が四人、リミア貴族の妻というのが二人。
ツィーゲ在住が六人、後の二人は友人がいるツィーゲに旅行中との事。
……やばいな、まだ何とか名前と顔は一致するけど話が長引く程に覚えてられる自信がない。
自己紹介の時の感じを見ると、奥様がトップに君臨している会のメンバーなんだろうか。
今も昔もレンブラント商会は実力を周囲に見せつけている存在な訳で、リサさん自身も無能な人じゃない。
直接見る機会があった訳じゃないけど、レンブラントさんとモリスさんの様子を見るに奥様もやり手と見て間違いない。
あーでも狙ってナンバーツーにいるって可能性もあるかー!
「いや驚きました。まさかこのような豪華絢爛な方々が一同においで下さるだなんて。今日は同い年の皆様で旧交を温める会があったのですか。わが身の幸運に震えるばかりです、ははは……」
既に帰りたい。
用件も話も聞かずに誰に放り投げて帰りたい。
そして澪が来ない。
つまりあいつもこの集まりが僕を襲うような類のものじゃないと本能で察しているんだ。
誰か僕の側に女性が一人でもここにいてくれたら少しは気が楽になるってのに。
「そうなの! 少しばかり上下はあるけれど私達はみんな同年代の友人なのよ。それで……ね。以前ライドウ様が私にこっそりと教えてくださったあの件をこちらの皆様にも打ち明けてみたのよ。もちろん、皆秘密というものの意味と価値を十分にご存知の方ばかりだから安心してくださって良いわ」
……よ、良かった。
同年代って言っておいて正解だったらしい。
迂闊に先輩方との集まりですか、などといおうものなら。
考えるだけでも恐ろしい。
しかし……こっそり。
奥様に?
特にそこまで秘密にして欲しいような事を話しただろうか。
というよりもだ。
女性の群れで、貴族や商会代表を旦那に持つ裕福な女性たち。
秘密を守るというにはあまりに不安な感じの肩書きなんだけどな。
奥様が言うなら問題ないのか?
秘密の意味と価値……ねえ。
ふと、奥様の視線に気付いて注視すると、彼女は優雅な仕草で右手で頬を撫でていた。
なんだ、肌?
……。
……!!
ああ、それの事か!!
「と申されますと、もしかして当商会の保養施設について、でしょうか。リサ様」
何だ、このざわつきは。
八人のサムラ、いやご婦人がざわざわしてらっしゃる。
「ええ、夫に無理を言ってお願いした……その件ですわ」
……。
細部は微妙に違う説明をしている、という感じだろうか。
ここは無難に奥様の話に合わせておけばよいか。
余談だけど奥様、確か魔の山温泉郷に行けるのが週一になるか週二になるかで大分機嫌が変わるらしい。
レンブラントさんから暗に回数を増やしたいな、的な提案をされた事も一度や二度じゃない。
中々常勤の人を揃えにくいからいつでもお好きにどうぞ、とは言えない期間が続いたしリサさんもレンブラント商会代表の妻だという立場がある。
だからそこまで直接猛プッシュされる事はこれまで無かったんだよな。
ただ、今はあそこには常勤の従業員がいる。
ロッツガルドで神殿の司教をやっていたシーマさんだ。
温泉の勉強をしながら専門家たらんと日々勉強しているし、化粧品もどんどん試作品が出来てきている。
……。
ああ、難しい案件をまた思い出してしまった。
美意識というのは亜空の女性陣、一部男性陣においても中々強烈なものがある。
化粧品への興味や熱意も、まあ言うまでもない。
けれど今のところ専門家はシーマさんだけで、当然彼女はヒューマンだ。
異種族に効く化粧品の知識は無いに等しい。
それで人に近い亜人とそれ以外の種族とで格差が出るのは如何なものかと問題提起が最近なされたんだ。
鱗の模様や羽根の艶、角や爪の……となるとそれぞれの種族で勉強してもらうしかない。
基本的な概念をシーマさんから教わりつつ、今や各種族の女性から化粧品作成を目標とする従業員達が常勤化しつつある。
個人的には一刻も早くある程度の形になって欲しいとこだ。
でもヒューマン用との差となるとなあ。
携わってきた歴史というのもある。
一朝一夕にはいかない、かもしれんよね。
ちなみに新たなモノヅクリではあるがエルドワからは乾いた笑い声しか聞こえてこなかった。
ドワーフからは主婦有志から二人ほど、温泉郷に来ているとかなんとか。
「リサ様にも事後報告となり申し訳ありません。ようやく常勤の従業員も確保出来まして、あの施設もそれなりの回転で稼働できる見込みが立ちました。……と、元々は商会内の保養施設なのでおかしな報告ですが奥様には本当に気に入って頂けましたので」
少しばかり親し気に。
上得意様に接する気持ちで。
多分ここは奥様を立てた方がスムーズだろう。
確か前にリサさんにはあそこを紹介する権利みたいなものを確約した気がするし。
価値を高める為に彼女が周囲に宣伝してくれたなら報いるのは当然だ。
「! 本当!?」
「は、はい。化粧品についての知識もある良い方と縁が持てまして」
思いのほか、結構なリアクションをくれた奥様。
シーマさんの事を軽く紹介すると他のご婦人方からもどよめきが起きた。
「じゃあ……通う回数を増やす事も可能、かしら」
「ええ。ただあくまで特例のものですので、補助をする者が亜人であっては耐えられないであるとか条件がある方にはこれまで通り限られた回数でお願いする予定でおります。クズノハ商会は亜人の雇用が圧倒的ですので……申し訳なく」
「その件はもう説明してあるのよ」
「……は?」
「誰が服を脱がそうが、いえ、自分で脱衣も着衣も済ませろと言われても。これだけの効果があるのなら是非、いくらかかっても一度は参加してみたい、という皆様が……こちら」
「……マジですか」
「マジなのよ」
お茶目に応じてくれた奥様。
え、一度は参加してみたい?
つまり……え?
「もしや……リミアから来られたお二人は温泉の為に、わざわざツィーゲに?」
思わず視線を向けると、何やら顔を背けて物のついでだとか何とか言い訳をなさるお二人。
僕でもわかるわかりやすい、ザ言い訳。
これは、断れんな。
むしろ奥様が連れてきてくれたって事は僕らにとっても有益で安全な人物なんだろう。
「……驚きました。本当に、ええ、驚きました」
「言い直すくらい? 私という生きたサンプルがいるんですから今回の皆様は第一弾にすぎませんよ、ライドウ様」
「第一弾。なら皆様ご一緒にご案内した方がよろしいですか? 万が一のご不便もないよう半分ずつ、一泊二日程で体験してもらえばよろしかろうと考えたのですが……皆様ご一緒で寛大に体験して頂けるのであれば二泊三日でも対応できるかと思います。貴族や大商会の奥様方にはやや狭い寝室にもなってしまうのですが……」
「私が使わせていただいたものと同じ部屋かしら?」
「はい。あちらの部屋を考えております」
「あそこなら全く問題ないわ。二泊三日だなんて最高の体験になりますわよ、皆様」
喜色満面とはこの事かと言わんばかりの歓声と喜びの爆発。
十代にでも戻ったかのような、だ。
「あと一点だけご留意頂きたい事がございます」
これは言っておかないとな。
「ライドウ様ご自身が同行できない、巴様や澪様がいらっしゃる事もある。かしら?」
「……え、ええ。この通り私は男です。あちらでの直接のご挨拶などは側近である巴や澪、或いは相当する者になるかと」
「全く、問題ありません。で、何時からならご招待頂けるのかしら? 今夜? 明日?」
この人だけは冷静だと思っていたけれど。
奥様も大分温泉に蕩けてると見える。
周りのテンションに引っ張られてか、普段よりも少女っぽい口調が……何か凄く色っぽくもあり。
ずるい女性だな。
「お風呂が基本ですので今夜からでも構いませんが……滞在時間を考えると明日からの方がよろしいのでは」
「即効性をすぐにでも紹介したいの……でも滞在時間が延びるのも魅力的ね。最初という事もあるから……」
温泉に即効性などない。
「はは……またご冗談を」
だが断る。
言える空気じゃない。
「金銭などの細かな話は後回しでよろしいのね?」
「? 奥様が体験して欲しいとご紹介下さった皆様ですから、今回は無料で提供させていただくつもりですが?」
またも沸き起こる歓喜の声。
これは最近思い知った事の一つなんだけど。
人は、特に女性は無料という言葉に弱い。
好きなのである。
僕も無料というのは好きだけど、それなりにお金を持つようになってからは何となく申し訳なさを感じる方だ。
多分、より無料を満喫できるのは女性だと思う。
ま、遠路はるばるリミアから来た人もいるんだ。
体験無料くらい、別にいいでしょ。
「……あれを体験無料にする、ですって!? そう……なるほどね。値段は青天井という事を体験後に……やるわね。女にとってこれは悪魔の無料体験になるわ」
なにやら奥様が小さく呟いている。
うーん、しかし値段か。
スパリゾートってやつになると思うんだけど、回数券か会員権になるのかな。
あっちは巴や澪も熱心だし後で聞いてみるかね。
冷静な時のレンブラントさんや奥様に相談しても良いか。
正直僕は週二回でも過剰だと思うから回数券が無難だと思ふ。
2,016
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