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2.出雲統一編
第12話(1174年4月) 出雲の勢力①
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貴一たちは鞍馬寺を出た後、すぐには出雲国に向かわず、大輪田泊(神戸港)に立ち寄った。
「来るたびに発展しているなあ。やはり貿易の力は凄い」
平清盛は正式に中国の南宋との貿易をスタートさせ、港には盛んに船が往来するようになった。清盛は宋銭を輸入して、絹や米を貨幣替わりに使う経済から、宋銭による貨幣経済に移行させようとしていた。むろん、他国の貨幣を使うことに抵抗がある者も多く、朝廷では正式に認めてはいない。
「なあ、鴨。なんで日本でも貨幣を造らないんだろうね」
「ククク、そんなことも知らないのですか? 我が国にも過去にありました。ただ、質が悪くなって誰も価値を信じなくなったのです」
鴨長明は小馬鹿にしたような口で言った。
「なんか腹立つなお前。でも、何で詳しいんだ」
「加茂神社の禰宜(神職の最高位である宮司の補佐役)になるべく、日本の歴史を学んだら、すべて頭に入ってしまいました。ああ、自分の頭脳が恐ろしい」
「偉そうに。そんな優秀な頭脳が、なんで厄介者の集まりの鞍馬寺にいたのだ?」
「私の後ろ盾になっていた公卿が死にましてね。その後、和歌で身を立てようかと思いましたが、何やら鞍馬寺におもしろい男がいると――」
「俺のことか?」
「もちろん。天皇家を倒すと言いながら、検非違使の犬になっている。奇妙ではありませんか? そして武術・兵法の達人かと思えば、製鉄や銀山にも詳しい。興味を持たないほうがおかしいでしょう」
「ふーん、他人からはそういうふうに見えるのか?」
「私はこれからのあなたが見てみたい。義経の従っていった者は先の見えない馬鹿です。源氏が平家にとって代わっても、この国の頂点が天皇であることに変わりはない。だが、あなたは違う。新しい国の頂点になろうとしている。義経と法眼様、どちらが手に入れる力が大きいかは明らかでしょう」
「確かに頭はよく回るようだね。ただ、俺を野心家みたいな言うのはよしてくれ。民が平等に暮らせる国にしたいだけなんだ」
「日本国の大魔王となり、皇を取って民とし民を皇となさん、ですね」
「だから違うってば。何で崇徳上皇の呪詛を俺が言ったみたいに広まってるんだよ……」
「いいです。いいです。そのぐらい狂わねば、新しい国など興せません。さあ、この港で何をします? 目的があったのでしょう?」
「積み荷を調べる。特にあの大きな唐船だ。朝廷への献上品があれば奪う」
「財宝ですか?」
「いや、日本では見られない白い珍獣だ。ヤギという。肉食が禁じられているため、朝廷では観賞用でしかないが、俺は民のために繁殖させる。ヤギは痩せた土地でも生きられる強い獣だ」
「オエッ! 肉を食べるつもりですか。大魔王らしいですね」
「ヤギなら乳も飲める。日本の外の国ではそうしている」
「ええ? 乳は薬用に飲むものでしょう」
「うるさいなー。さっさと船のところに行って聞いてこい!」
鴨長明は唐船に近づくと、役人と話し始めた。その姿を見ながら、貴一は考える。
――時忠様の力を借りながら、地道に国を良くしようとしていたけど、自分の国を造ったほうが早いかもしれないなあ。力があれば時忠様と駆け引きもできそうだし……。
向こうから2匹のヤギを連れた長明が戻ってきた。
「あれ、何でヤギを連れているんだ?」
「欲しかったのでしょう? だから朝廷の使者のフリをして騙し取ってきました。ほら、法眼殿も堂々としていないと疑われる」
「お、おう……」
――こいつ、生意気だが役に立つ。
旅の一行にヤギ2匹を加え、貴一たちは出雲国を目指した。
「鴨、日本のことが詳しいって言ってたよな。お前が知っている出雲国のことを教えろ」
「他の国は国人と呼ばれる地主と寺社が有力な勢力ですが、出雲国はたたら製鉄者がそこに加わります。そして、出雲の寺社勢力は強大な力を持っています」
「ふむ。出雲大社が有名なのは知っているけど、どんな神社だっけ?」
「クククッ。国譲りの神話を知らないのですか? 大国主神が天照大神にこの国を渡すように言われ、隠居場所として出雲国に出雲大社を造らせたのです。その後、天照大神の娘が出雲大社の祭祀をしています。だから所領も大きく、民たちの信仰も厚い」
「国を譲らされたんだ。可哀そうだねー」
「知っているからこそ、新しい国の場所として『国譲り』の地を選んだと思ったのに……。われは法眼様を買いかぶってたのかもしれない……」
「なんか、ゴメン。この地を選んだのは鉄が欲しかっただけなんだ」
「……そうですか。まあ話を続けましょう。出雲国の寺社で強力なのは出雲大社のほかに、比叡山延暦寺系列の鰐淵寺があります。出雲国西部にある、二つの寺社は山を挟んだ近い位置にあり、両方とも2000人近くの僧兵・神人を抱えています。東部には熊野大社があり、ここも1000人の神人がいます」
「そんなにいるのか。そいつらは畑を耕しているわけではないんだろう?」
「荘園(私有農地)が大きいので、小作人を働かせ、そこからあがる収穫で養っています」
「坊主や神官が搾取かよ。嫌な世の中だねえ。気に入らないな」
「荘園の中には地元国人が開拓して寄付しているものも多いです」
「わざわざどうして? 出雲国の国人はそんなに信仰が厚いのか?」
「これには裏があります。開拓した土地には税がかかり、役人にも管理される。しかし、寺社に寄進すれば税が免除され、役人も踏み込めない不入の地になります。寺社側も耕作する人が必要なわけだから、実際には農地は国人によって運営されるわけです。そして寺社は朝廷よりも国人への負担を軽くする」
「国人にとって、税や労役よりも寺社への貢物のほうが、お得ってわけか」
「寺社の権利を保護しすぎた朝廷の失策です。今は法皇を中心に取り返そうと努力していますが、寺社の勢力が大きくなった今では、抵抗も激しい」
「神に仕える者や仏の教えを広めるものが、法を悪用するとはな」
貴一の顔は暗い表情でため息をついた。そして、鴨長明に話を続けるようにうながした――。
「来るたびに発展しているなあ。やはり貿易の力は凄い」
平清盛は正式に中国の南宋との貿易をスタートさせ、港には盛んに船が往来するようになった。清盛は宋銭を輸入して、絹や米を貨幣替わりに使う経済から、宋銭による貨幣経済に移行させようとしていた。むろん、他国の貨幣を使うことに抵抗がある者も多く、朝廷では正式に認めてはいない。
「なあ、鴨。なんで日本でも貨幣を造らないんだろうね」
「ククク、そんなことも知らないのですか? 我が国にも過去にありました。ただ、質が悪くなって誰も価値を信じなくなったのです」
鴨長明は小馬鹿にしたような口で言った。
「なんか腹立つなお前。でも、何で詳しいんだ」
「加茂神社の禰宜(神職の最高位である宮司の補佐役)になるべく、日本の歴史を学んだら、すべて頭に入ってしまいました。ああ、自分の頭脳が恐ろしい」
「偉そうに。そんな優秀な頭脳が、なんで厄介者の集まりの鞍馬寺にいたのだ?」
「私の後ろ盾になっていた公卿が死にましてね。その後、和歌で身を立てようかと思いましたが、何やら鞍馬寺におもしろい男がいると――」
「俺のことか?」
「もちろん。天皇家を倒すと言いながら、検非違使の犬になっている。奇妙ではありませんか? そして武術・兵法の達人かと思えば、製鉄や銀山にも詳しい。興味を持たないほうがおかしいでしょう」
「ふーん、他人からはそういうふうに見えるのか?」
「私はこれからのあなたが見てみたい。義経の従っていった者は先の見えない馬鹿です。源氏が平家にとって代わっても、この国の頂点が天皇であることに変わりはない。だが、あなたは違う。新しい国の頂点になろうとしている。義経と法眼様、どちらが手に入れる力が大きいかは明らかでしょう」
「確かに頭はよく回るようだね。ただ、俺を野心家みたいな言うのはよしてくれ。民が平等に暮らせる国にしたいだけなんだ」
「日本国の大魔王となり、皇を取って民とし民を皇となさん、ですね」
「だから違うってば。何で崇徳上皇の呪詛を俺が言ったみたいに広まってるんだよ……」
「いいです。いいです。そのぐらい狂わねば、新しい国など興せません。さあ、この港で何をします? 目的があったのでしょう?」
「積み荷を調べる。特にあの大きな唐船だ。朝廷への献上品があれば奪う」
「財宝ですか?」
「いや、日本では見られない白い珍獣だ。ヤギという。肉食が禁じられているため、朝廷では観賞用でしかないが、俺は民のために繁殖させる。ヤギは痩せた土地でも生きられる強い獣だ」
「オエッ! 肉を食べるつもりですか。大魔王らしいですね」
「ヤギなら乳も飲める。日本の外の国ではそうしている」
「ええ? 乳は薬用に飲むものでしょう」
「うるさいなー。さっさと船のところに行って聞いてこい!」
鴨長明は唐船に近づくと、役人と話し始めた。その姿を見ながら、貴一は考える。
――時忠様の力を借りながら、地道に国を良くしようとしていたけど、自分の国を造ったほうが早いかもしれないなあ。力があれば時忠様と駆け引きもできそうだし……。
向こうから2匹のヤギを連れた長明が戻ってきた。
「あれ、何でヤギを連れているんだ?」
「欲しかったのでしょう? だから朝廷の使者のフリをして騙し取ってきました。ほら、法眼殿も堂々としていないと疑われる」
「お、おう……」
――こいつ、生意気だが役に立つ。
旅の一行にヤギ2匹を加え、貴一たちは出雲国を目指した。
「鴨、日本のことが詳しいって言ってたよな。お前が知っている出雲国のことを教えろ」
「他の国は国人と呼ばれる地主と寺社が有力な勢力ですが、出雲国はたたら製鉄者がそこに加わります。そして、出雲の寺社勢力は強大な力を持っています」
「ふむ。出雲大社が有名なのは知っているけど、どんな神社だっけ?」
「クククッ。国譲りの神話を知らないのですか? 大国主神が天照大神にこの国を渡すように言われ、隠居場所として出雲国に出雲大社を造らせたのです。その後、天照大神の娘が出雲大社の祭祀をしています。だから所領も大きく、民たちの信仰も厚い」
「国を譲らされたんだ。可哀そうだねー」
「知っているからこそ、新しい国の場所として『国譲り』の地を選んだと思ったのに……。われは法眼様を買いかぶってたのかもしれない……」
「なんか、ゴメン。この地を選んだのは鉄が欲しかっただけなんだ」
「……そうですか。まあ話を続けましょう。出雲国の寺社で強力なのは出雲大社のほかに、比叡山延暦寺系列の鰐淵寺があります。出雲国西部にある、二つの寺社は山を挟んだ近い位置にあり、両方とも2000人近くの僧兵・神人を抱えています。東部には熊野大社があり、ここも1000人の神人がいます」
「そんなにいるのか。そいつらは畑を耕しているわけではないんだろう?」
「荘園(私有農地)が大きいので、小作人を働かせ、そこからあがる収穫で養っています」
「坊主や神官が搾取かよ。嫌な世の中だねえ。気に入らないな」
「荘園の中には地元国人が開拓して寄付しているものも多いです」
「わざわざどうして? 出雲国の国人はそんなに信仰が厚いのか?」
「これには裏があります。開拓した土地には税がかかり、役人にも管理される。しかし、寺社に寄進すれば税が免除され、役人も踏み込めない不入の地になります。寺社側も耕作する人が必要なわけだから、実際には農地は国人によって運営されるわけです。そして寺社は朝廷よりも国人への負担を軽くする」
「国人にとって、税や労役よりも寺社への貢物のほうが、お得ってわけか」
「寺社の権利を保護しすぎた朝廷の失策です。今は法皇を中心に取り返そうと努力していますが、寺社の勢力が大きくなった今では、抵抗も激しい」
「神に仕える者や仏の教えを広めるものが、法を悪用するとはな」
貴一の顔は暗い表情でため息をついた。そして、鴨長明に話を続けるようにうながした――。
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