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15.南宋襲来

第100話(1189年4月) 出雲からの使者

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「これで残るは出雲大社のみとなった。広元よ、我らの夢ももう間近だ」

 燃え盛る平泉の都を見ながら、源頼朝は中原広元に言った。

 義経の死から1年4カ月後、奥州に侵攻した鎌倉軍は奥州軍をたやすく撃破し、今は陸奥国の奥に逃げた藤原四代目当主・泰衡を追っていた。

「はい。奥州を手に入れたことで、国力の差は歴然となりました。手強い相手ですが、数で戦えば勝つことはできます」

「源氏は最大で15万を集められるようになった。それでも余裕ではないのか?」

「平家程度の相手ならそうでしょう。だが、出雲には我らの知らない兵器を持っています。武者の半数を失ったとしても私は驚かないでしょう」

「それほどなのか……」

 頼朝は絶句した。広元は続ける。

「犠牲の数を怖れてはなりませぬ。大陸では王朝が変わるたびおびただしい犠牲が出ました。万死を背負える者だけが、新しい世を作ることができるのです」

――鬼一よ。我が友よ。友情を断ち切るときがきた。過去を捨てるときがきた。これより私は全知全能を使って貴様を倒す。

 広元は奥州制圧後、性を中原から大江に改めた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 大江広元は露骨に出雲大社に圧力をかけはじめた。朝廷への年貢を10倍に増やし、頼朝の御家人として鎌倉へ来ることを命じ、義経を匿っていると言いがかりをつけた。むろん、広元も理不尽な要求が通るとは思っていない。相手の出方をみるためのジャブだ。

――さあ、どう出てくる、出雲大社。

 しかし、出雲大社はそのすべてを無視した。そればかりか、納めていた通常の年貢も納めなくなった。

――意外だな。多少は時を稼ぐかと思ったが……。もう戦う準備ができたというのか。

 広元は年貢未納を理由に、出雲大社討伐を頼朝に進言した。

 1カ月後、鎌倉には8万の兵が集まっていた。出雲までの道中で中部・近畿の兵をさらに増やし、四国や九州の兵は包囲網として参戦する。
 出雲大社の兵が3、4万と聞いている御家人たちには楽勝ムードが漂っていた。

 そんな中、出雲大社からの使者がやってきた。
 広元は頼朝の前で書状を受け取ると、失望する。

――今更、使者とは。この期に及んで駆け引きができると思っているだとしたら、甘すぎるぞ、鬼一。出雲討伐が決まった時点で交渉はもう終わったのだ。

 だが、書状の一行目を読むと、広元は思わず声を出す。

「……気でも狂うたか、出雲大社」

 書状には、『降伏勧告』と記してあった。
 読み進めていくうちに、広元の表情が青ざめていく。

「この国を滅ぼすつもりか!」

 どうした、といって頼朝は書状を広元から奪った。

「『降伏を受け入れなければ、30万の兵が倭人を皆殺しにするであろう』だと。出雲のどこにそれだけの大軍がいる? ハッタリにしても稚拙すぎはしないか」

「御所(頼朝)、出雲の兵ではありませぬ。最後までお読みください」

 最後に書いてある署名を頼朝は読んだ。

「南宋国・出雲州刺史(長官)・鴨長明?  どういうことだ?」

「この内容が真であるならば、出雲大社はすでに南宋に併合されており、30万の南宋軍が我が国へ向かっていることになります……」

「つまり、攻守の立場が――」

「逆転と相成りました」

 頼朝は書状を投げ捨てて叫ぶ。

「主だった御家人を集めよ!」


 大倉御所に御家人たちが軽口を叩きながら入ってきたが、頼朝と広元のただならぬ様子を見ると、みな緊張して口を閉ざした。
 広元が出雲からの書状の内容を説明し、南宋に負ければ源氏どころか日本が滅ぶと説明すると、大広間が大騒ぎになった。

「――臆病者だけ、口を開け」

 頼朝が立ち上がって言うと、大広間は静かになった。
 満足した頼朝は続ける。

「それでこそ余が誇る坂東武者だ。範頼のりより、余の名代として先に2万を引き連れて、九州の太宰府に向かえ!」

「承知しました! 敵を見事打ち破ってみせます!」

 頼朝はギロリと範頼を見た。範頼がビクリとする。

「余計なことをするな。土肥実平どひさねひら。指揮はそなたが取れ。九州の御家人を糾合し、迎え撃て!」

「御意!」

「他の御家人は余とともに1週間後に発つ!」

 ハハーッ! 居並ぶ御家人たちが平伏した。
 頼朝と広元、梶原景時が大広間から出て行った後、侍所別当(長官)の和田義盛が笑って言った。

「ガハハハ! 出雲相手じゃ物足りないと思っていたところだ! 異国の兵なら遠慮はいらぬ。思う存分、殺しを楽しめる! おのおの方、そうでは思わぬか!」

「その通り!」「目に物見せてくれる!」など、御家人たちが景気よく叫び、場の雰囲気が明るくなった。

 頼朝たちの後を、一人の御家人が追いかけていく。

「御所! 南宋が敵なら、戦に勝利したとしても領地を奪えませぬ。褒賞をどう考えているのか、御所にお聞きしたい」

 頼朝は景時を見る。景時は御家人の前に立った。

「そこに気づくとは貴殿は賢いの。当然、御所は考えておられる。わしが変わって答えよう。だが、誰かに聞かれるとまずい。さあ、こちらの間に――」

 景時は人目につかない場所に連れて行くと、御家人の脇腹を短刀で深く刺した。

「どういうつもりだ。梶原殿……」

 短刀をえぐるように回しながら景時は言った。

「これが答えだ。わしが不満を漏らす者を殺し、褒賞の土地を作る」
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