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15.南宋襲来
第102話(1189年7月) 膠着の中で
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南宋軍を迎え撃つ形となった源氏軍は、讃岐国屋島(香川県高松市)を本営とし、九州・大宰府には源範頼を大将として10万、京側の出雲大社国境には、梶原景時を大将として3万の軍を送っていた。屋島には2万の兵が予備軍として駐屯させている。
源頼朝と大江広元の元には、細かい戦況が伝わってきていた。
「御所(頼朝)、出雲大社は国境付近に軍がいますが、攻めてくる気配はありません。景時殿にも守りに専念させておりますので、しばらくは動きは無いかと」
「景時が手柄を焦ってしくじりはしないか?」
「此度の戦で手柄を立てても、褒美の土地が少ないことを一番わかっているのが景時殿です。心配はいりません」
「大宰府のほうは?」
「南宋軍の上陸は防げております。博多港が大きいとはいえ、数千艘もの船を入れるのは無理です。敵の大軍は洋上で漂っており、陸上での数の優位はこちらに分があります」
「勝てるか? 広元」
「このまま持久戦に持ち込み、兵糧が尽きるのを待つことができれば、勝てはせぬとも追い払うことはできましょう」
「よし!」
頼朝は胸を撫でおろした。
――だが、出雲大社側から上陸し、南宋軍が兵糧の供給を受ければ、京の近くに大軍が現れることになる。
そう思う広元だったが、黙っていた。
「南宋が去れば、ようやく出雲攻めだな。日本を裏切った国賊に報いを与えてやらねば」
広元は頼朝には応えずに、別のことを言った。
「――御所、出雲大社へ使者として参りたいのですが」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
博多沖・南宋軍 総大将船
南宋軍総司令官である、趙汝愚は苛立っていた。5000艘も引き連れてきたのに、上陸が遅々として進まないからだ。
数百隻程度なら港に入るが、それだと数千人程度しか戦えない。数倍の倭国兵を相手に必死で戦ったとしても、橋頭保を築くまでにいたらず、夜になれば船に引き上げざるを得なかった。海岸での野営など夜襲の的でしかないからだ。
結果、上陸場所を求めて、船団は博多湾だけではなく、西へ西へ伸びて行き、筑前国(福岡県北部)だけではなく、備前国(佐賀県)までの各港で、バラバラに上陸戦が行われている有様だった。
士気の高いうちに全軍をもって大勝を挙げ、帰国するという、趙汝愚の目論見は源氏の水際持久戦により崩れ始めていた。
――蛮族だと思って侮っていた。こうも手鼻をくじかれるとは……。
悔しがる趙汝愚に幕僚の朱熹が言う。
「こうなれば倭国の戦い方に合わせて、こちらも損害を出さないように努めて、時を稼ぎましょう。兵糧が無くなれば、帰国するしかありません」
南宋軍が持ってきた兵糧は、まだ後2カ月分あった。
「そのためには、出雲から帰ってきた、あの俗物を何とかせねばならぬ」
趙汝愚はこちらに向かってくる韓侂冑を見て言った。
韓侂冑が得意げに言う。
「左丞相、出雲へ行って話をつけてきたぞ。出雲の港を使えば、こんなチマチマとした上陸戦とはオサラバだ。陸に上がってしまえばこちらのもの。全軍で一気に倭国の都を落とそうではないか」
趙汝愚は暗い気持ちになった。
――それでは、どちらかが倒れるまで戦う、総力戦になるではないか!
趙汝愚の考えを察した朱熹が口を挟む。
「中華の都と違い、倭国の都には城壁に囲われておらず、食料も外からの運ばれていると聞きます。落としたところで、負担にしかなりませぬ。さらに倭国軍の本拠地はさらに東にある鎌倉です」
「黙れ、腐れ儒者! わしは左丞相と話しておる」
趙汝愚は首を振った。
「信用できない。出雲軍が参戦する約束だったが、この海のどこも見当たらないではないか」
「そ、それは、陸の向こう側で倭国軍と対峙しているから動けぬのだ。出雲は健気に頑張っておる」
「上陸したとして、我らが都に進んでいる背後で船を焼かれたらどうする? 南宋軍は倭国の中心で孤立する。出雲が裏切らないとしても、博多には倭国軍がいるのだぞ」
韓侂冑は黙って、反論しなかった。
――金山を手に入れても、帰れなければ意味がないと悟ったか。俗物らしい判断だ。
「他に良い策が無いか、出雲と話してくるとしよう。ではこれで」
そう言って、そそくさと去っていく韓侂冑の背を見ながら、趙汝愚は剣の柄に手をかけた。朱熹が袖を引いて止める。
「憎き男ですが、一軍の将です。今、内の乱れを見せれば敵につけこまれます」
その後、損害を抑えるために持久戦に付き合うことにした南宋軍だったが、被害は徐々に増えていった。倭国軍が夜襲を仕掛けてくるようになったからだ。
特に河野通信という水軍の将がわずらわしかった。少勢での戦い方を熟知しており、獣の死骸を投げ込んでくるなど、相手が嫌がる戦い方をしてくる。そのせいで1カ月後には南宋軍の中で疫病が広がりつつあった。
「朱熹よ。このままでは無駄に兵が死ぬ。兵糧は残っているが退却してはどうか?」
「それでは、皇帝の命令違反で罪を負わされます。左丞相は南宋にとって大事なお身体。それを忘れてはなりませぬ」
「なら、疫病で死ぬ兵が増えていくのを黙って見ていろというのか!」
朱熹はしばらく考えてから、口を開いた。
「わかりました。後3日お待ちください。私の手の者が兵糧船を焼きます。無論、敵の仕業に見せかけてです。もし露見したときは、私を処断してください」
趙汝愚は朱熹の覚悟を聞いて涙を流した。
しかし、その喜びは伝令が持ってきた書状によって絶望に変えられた。
趙汝愚の暗い表情を見た、朱熹がたずねる。
「何と書いてあるのですか」
「韓侂冑からだ。出雲が兵糧を供給するので安心しろと書いてある」
趙汝愚は書状を引き裂いた。
源頼朝と大江広元の元には、細かい戦況が伝わってきていた。
「御所(頼朝)、出雲大社は国境付近に軍がいますが、攻めてくる気配はありません。景時殿にも守りに専念させておりますので、しばらくは動きは無いかと」
「景時が手柄を焦ってしくじりはしないか?」
「此度の戦で手柄を立てても、褒美の土地が少ないことを一番わかっているのが景時殿です。心配はいりません」
「大宰府のほうは?」
「南宋軍の上陸は防げております。博多港が大きいとはいえ、数千艘もの船を入れるのは無理です。敵の大軍は洋上で漂っており、陸上での数の優位はこちらに分があります」
「勝てるか? 広元」
「このまま持久戦に持ち込み、兵糧が尽きるのを待つことができれば、勝てはせぬとも追い払うことはできましょう」
「よし!」
頼朝は胸を撫でおろした。
――だが、出雲大社側から上陸し、南宋軍が兵糧の供給を受ければ、京の近くに大軍が現れることになる。
そう思う広元だったが、黙っていた。
「南宋が去れば、ようやく出雲攻めだな。日本を裏切った国賊に報いを与えてやらねば」
広元は頼朝には応えずに、別のことを言った。
「――御所、出雲大社へ使者として参りたいのですが」
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博多沖・南宋軍 総大将船
南宋軍総司令官である、趙汝愚は苛立っていた。5000艘も引き連れてきたのに、上陸が遅々として進まないからだ。
数百隻程度なら港に入るが、それだと数千人程度しか戦えない。数倍の倭国兵を相手に必死で戦ったとしても、橋頭保を築くまでにいたらず、夜になれば船に引き上げざるを得なかった。海岸での野営など夜襲の的でしかないからだ。
結果、上陸場所を求めて、船団は博多湾だけではなく、西へ西へ伸びて行き、筑前国(福岡県北部)だけではなく、備前国(佐賀県)までの各港で、バラバラに上陸戦が行われている有様だった。
士気の高いうちに全軍をもって大勝を挙げ、帰国するという、趙汝愚の目論見は源氏の水際持久戦により崩れ始めていた。
――蛮族だと思って侮っていた。こうも手鼻をくじかれるとは……。
悔しがる趙汝愚に幕僚の朱熹が言う。
「こうなれば倭国の戦い方に合わせて、こちらも損害を出さないように努めて、時を稼ぎましょう。兵糧が無くなれば、帰国するしかありません」
南宋軍が持ってきた兵糧は、まだ後2カ月分あった。
「そのためには、出雲から帰ってきた、あの俗物を何とかせねばならぬ」
趙汝愚はこちらに向かってくる韓侂冑を見て言った。
韓侂冑が得意げに言う。
「左丞相、出雲へ行って話をつけてきたぞ。出雲の港を使えば、こんなチマチマとした上陸戦とはオサラバだ。陸に上がってしまえばこちらのもの。全軍で一気に倭国の都を落とそうではないか」
趙汝愚は暗い気持ちになった。
――それでは、どちらかが倒れるまで戦う、総力戦になるではないか!
趙汝愚の考えを察した朱熹が口を挟む。
「中華の都と違い、倭国の都には城壁に囲われておらず、食料も外からの運ばれていると聞きます。落としたところで、負担にしかなりませぬ。さらに倭国軍の本拠地はさらに東にある鎌倉です」
「黙れ、腐れ儒者! わしは左丞相と話しておる」
趙汝愚は首を振った。
「信用できない。出雲軍が参戦する約束だったが、この海のどこも見当たらないではないか」
「そ、それは、陸の向こう側で倭国軍と対峙しているから動けぬのだ。出雲は健気に頑張っておる」
「上陸したとして、我らが都に進んでいる背後で船を焼かれたらどうする? 南宋軍は倭国の中心で孤立する。出雲が裏切らないとしても、博多には倭国軍がいるのだぞ」
韓侂冑は黙って、反論しなかった。
――金山を手に入れても、帰れなければ意味がないと悟ったか。俗物らしい判断だ。
「他に良い策が無いか、出雲と話してくるとしよう。ではこれで」
そう言って、そそくさと去っていく韓侂冑の背を見ながら、趙汝愚は剣の柄に手をかけた。朱熹が袖を引いて止める。
「憎き男ですが、一軍の将です。今、内の乱れを見せれば敵につけこまれます」
その後、損害を抑えるために持久戦に付き合うことにした南宋軍だったが、被害は徐々に増えていった。倭国軍が夜襲を仕掛けてくるようになったからだ。
特に河野通信という水軍の将がわずらわしかった。少勢での戦い方を熟知しており、獣の死骸を投げ込んでくるなど、相手が嫌がる戦い方をしてくる。そのせいで1カ月後には南宋軍の中で疫病が広がりつつあった。
「朱熹よ。このままでは無駄に兵が死ぬ。兵糧は残っているが退却してはどうか?」
「それでは、皇帝の命令違反で罪を負わされます。左丞相は南宋にとって大事なお身体。それを忘れてはなりませぬ」
「なら、疫病で死ぬ兵が増えていくのを黙って見ていろというのか!」
朱熹はしばらく考えてから、口を開いた。
「わかりました。後3日お待ちください。私の手の者が兵糧船を焼きます。無論、敵の仕業に見せかけてです。もし露見したときは、私を処断してください」
趙汝愚は朱熹の覚悟を聞いて涙を流した。
しかし、その喜びは伝令が持ってきた書状によって絶望に変えられた。
趙汝愚の暗い表情を見た、朱熹がたずねる。
「何と書いてあるのですか」
「韓侂冑からだ。出雲が兵糧を供給するので安心しろと書いてある」
趙汝愚は書状を引き裂いた。
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