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15.南宋襲来

第108話(1189年10月) パンダの楽園

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 長江を上る蒸気船団の中に、ひと際大きい御座船・後宮丸があった。
 皇后や妃のいない安徳帝にとっては皇帝の立場を離れてリラックスできるプライベート空間である。

 巡幸を決めた安徳帝は後宮丸の一室でチュンチュンと遊んでいた。
 二人でゴロゴロと転がりながら、格闘ごっこをしている。

「おい、チュンチュン。安徳の顔を舐めるのはやめろ」

 貴一は顔をしかめる。

「かわいいじゃないですか。動物の愛情表現ですわ」

「俺はパンダの中身が大学院生って知ってるからなあ。変態女子が美少年をベロベロ舐めているようにしか見えん」

「蕨姉さま、蜀に入ったら、チュンチュンの仲間がいっぱいいるんだよね!」

 家族が母だけになってしまった安徳帝は、蕨姫のことを姉さま、貴一のことを兄さまと呼んでなついている。
 貴一はやめろと言っているのだが、蕨姫が「まだ子供だから、さびしいのでしょう」とかばうので、宮廷の後宮と、この後宮丸でのみ許している。

「ねえ、兄さま。朕も少しだけなら、チュンチュンの気持ちがわかるようになったよ」

「気のせいじゃないか、なあチュンチュン」

『いいえ、この子とは心が繋がっている気がしますわ』

「はいはい、勝手にやってくれ」

 そう言いながら甲板に出ると、宦官が貴一に恐る恐る近づいてきた。
 すでに貴一は何人かの宦官を斬っている。

「なんだ、また帝に女を進める気か? 骨抜きにして権力を握ろうなどと考えるな」

 貴一はギロリと睨む。宦官はひれ伏す。

「いいえ、とんでもございません。左丞相閣下が火急の事態ゆえ、大将軍をお呼びするようにと」

 貴一は後宮丸と対になっている御座船・宮廷丸に飛び移ると、左丞相の朱熹しゅきが、待っていた。

「大将軍、金国が大軍で攻めてくる。遠征の失敗が気付かれたようだ。巡幸を中止にしてはどうか」

「いや、先生。ここは動揺を見せず、堂々としていたほうがいい。義仲将軍に鉄砲隊3万を与え籠城させろ。敵は長期戦を嫌うはずだ」

「なぜわかるのだ」

「背後に脅威をかかえているからさ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(貴一視点)

 1週間後、貴一たちは竹林の中にいた。

 チュンチュンが大きく鳴くと、パンダがどこからともなく集まってきた。
 安徳帝は歓声をあげる。

「わあ、パンダがこんなにいっぱい! かわいいね! 蕨姉さま」

 赤いキャミソールをなびかせてチュンチュンはパンダの群れの中に入っていく。

『ねえ、貴一君。見て! 渋いオジサマにさわやか系にマッチョ系、イケメンの宝石箱ですわ!』

「いや、俺には全然違いがわからん……」

『何言ってるのよ! さあ、みんなこっちに、いやん❤』

 パンダたちがチュンチュンをペロペロとグルーミングし始める。

『ダメー、天国にいっちゃう❤』

「ごゆっくりどうぞ。だけど、ここに滞在するのは1週間だけだからね」

 チュンチュンはパンダたちとくんずほぐれつしている。

「おい、聞いてるのか?」

 貴一の問いに答える代わりに、チュンチュンはキャミソールを破き始めた。

「おいおい。それ、お気に入りだったはずじゃ……」

 安徳帝がチュンチュンを見てつぶやく。

「――もう、チュンチュンはいないよ」

「どういうことだ?」

「さっきまであったチュンチュンの心が消えたんだ」

 貴一は慌ててチュンチュンに近づくと、肩を掴んでゆすった。

「……嘘だろ! おい、チュンチュン。返事をしろ! 何か行ってくれ!」

 だが、チュンチュンは嫌がって鳴くだけで、貴一の脳には何も語りかけてはこなかった。

「兄さま、もう止めてあげて。パンダが可哀そうだ」

 貴一はチュンチュンではなくなったパンダから手を離すと、呆然と立ち尽くした。

――元の世界に戻ったということなのか?

――それなら俺にもチャンスがあるかもしれない。何かキッカケがあるはず、それがわかれば……。

 貴一はパンダの群れを見る。

――これだ! チュンチュンは念願を叶えたから戻れた。だとしたら俺も念願を叶えれば……。

 貴一は首を振った。安徳帝を見る。

――平等な国造り。俺に叶えることができるのだろうか……。
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