アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
42 / 146
第二章

バロンの疑念

しおりを挟む
 その頃。バロンは今か今かとアレクが隠れ部屋に来るのをそわそわしながら待ち構えていたが、約束の時間をとうにこえているのにもかかわらず、アレクどころかモーリッシュさえも姿を現さないことに苛立ちをつのらせていた。

「モーリッシュはなにをやっているんだ! 金は準備してあるんだぞ! まさかあいつ……アレクを自分の物にしようと逃げたんじゃあるまいな!?」

 興奮状態のイノシシのように部屋中を右往左往しながらバロンはそう叫ぶと、ハッと顔をあげて立ち止まった。

(まさかモーリッシュもアレクの瞳を見たのでは?)

 そんな疑念があたまをよぎる。アレクは男色の気がなくても、男でさえ惚れ惚れするような美しさをもつ少年なのだ。まさかあいつも心を奪われ、売る気がなくなったのではないか。

 一度生まれた疑念は考えるほど泥にはまる。

 いてもたってもいられなくなったバロンはアレクを取り戻すため部屋から飛び出した。後方ではバロンの護衛が「いけません!」と驚愕の表情を浮かべて叫んでいたが、バロンの耳には入っていない。

(金は用意したんだ。今夜、必ずアレクをこの手に取り戻す!)

 松明さえも手にせず飛び出したバロンの後をあわてて護衛が追いかけてくる。後方からうっすらと照らされる灯りだけを頼りにトンネルの壁に手をはわせ、バロンはモーリッシュの隠れ部屋に向けて走るように歩みを進めた。

 その後、追いついた護衛と共にモーリッシュの部屋へ踏みこんでみたがモーリッシュの姿は見当たらず、アレクのいた部屋には見知らぬ少年――ケルトがひとりいるだけ。

 バロンは目をつり上げてケルトにつかみかかると、唾を吐き散らしながら怒鳴り声をあげた。

「おい、おまえ! アレクはどこにいった!」

「え……?」

「呆けてんじゃねえよ! アレクは!」

「だ、誰ですか。なんなんだ、いったい……」

「くそが!」

 バロンはケルトの目隠しを剥ぎ取り両頬を潰す勢いで挟み込むと、ぐいっと自分の目の前に引き寄せてにらみつけた。

「いいか、よく見るんだな。俺様がバロン・メリオス。この地下街を牛耳る男だ。てめえの虫けらのような命なんぞ一瞬で刈り取れる死に神だよ。ここでそこの死体と一緒に眠りたくねえなら、さっさと答えるんだな。アレクはどこにいった!」

 そういってバロンがあごで指したのは、背中を一突きにされて息絶えているノーランの無残な死体だった。ケルトは目を丸くしてその死体を凝視していたが、間もなくして挑むような視線をバロンに向けて言い放った。

「おまえがバロンか。アレク様を慰み者にした愚か者! 死ね!」

「はっ、ずいぶん威勢がいいじゃねえか。アレク様だ? おまえも魅了されたクチかよ、笑えるぜ。アレクの代わりにおめえを相手にしてやってもいいが、いまは時間がねえんでな。いわねえなら死んでもらう」

 思わずアレクのとの約束を忘れ「アレク様」と口に出してしまったケルトだったが、バロンは呪力による陶酔だと勘違いをした。そんなことは、いまのふたりにとってどうでもいいことだったが。

 そんなバロンはふんと鼻で笑うと腰からナイフを取り出してケルトの首筋に押し当てた。

 ぴりっとした痛みが肌を襲い、当てられた刃先からは血がにじむ。だがケルトはぎりぎりと奥歯を噛みしめながらバロンをにらみ返した。

 自分は死など恐れない。アレク様を守るためなら、いつだって命を捨てる覚悟はできている。だがバロンのもとへ連れて行かれたはずのアレク様を本人が探しているとはどういうことだろう。

 もしかして逃げ出したのだろうか。もしそうなら、自分はこんなところで死ねないとケルトは考える。アレク様が逃げたのなら、このおぞましい国を抜けて年老いて死ぬまでふたりで幸せに暮らすのだ。

「アレク様は……モーリッシュとかいう男が連れていった。おまえのところに向かったはずだが会わなかったのか」

「なに?」

 素っ頓狂な声をあげてバロンは目を丸くする。

「そいつはどういうことだ?」

「知らないね。いつも通り護衛の男と一緒にきて、おまえのもとに連れていくといった。すれ違ったんじゃないのか」

「すれ違った……?」

 間の抜けた顔でバロンはぽつりとつぶやくと、直後血相を変えて部屋を飛び出していった。また一瞬出遅れた護衛たちもあわててバロンの後を追う。

 再びひとり部屋に取り残されたケルトはドアの奥をじっと見据える。

 そう、開け放たれたドアの奥へと続く通路を――

しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

処理中です...