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第三章
用心の心得
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順序が逆だ。その場に誰かいたなら、そう突っ込んだに違いない。
だが男は何食わぬ顔で立ち上がると店先に視線を移し「ああ、んなことしてる場合じゃなかったわ」と独り言をもらし、「またな、美人さん!」と笑顔で雑踏の中に姿を消していった。
その小さな後ろ姿を店先で格闘していたニックが捉える。
「ゲイリー――ッ!!」
ニックの咆哮にアレクは耳を疑う。
(ゲイリー!? あのひとが!?)
ゲイリーが勝ち気な笑みを浮かべながら中指を突き立てて振り返ったのと、ニックが胸元から魔晶石を取り出したのは、ほぼ同時のことだった。
「あれは……」
瞬時にゲイリーの表情が強ばる。
それは手のひらに収まるほどの小さな珠。透明で一見してなんの変哲もない水晶のようであるが、れっきとした魔道具である。
あらかじめ魔法の術式を組み込んでおき、いざというときに発動する。詠唱いらずで使い方は簡単。使い切りタイプのものではあるが、金さえ積めばどんな魔法でも使える便利な魔道具である。
ニックが魔晶石を地面に叩きつけると、青い光が目がくらむほどの輝きを放ち、凍てついた氷の刃となって一直線に飛び出した。
「標的、ゲイリー・ヴァレット!」
「ちっ! 追跡タイプか!」
氷の刃はうねうねとひとだかりの合間を縫ってゲイリーへと向かう。体の一部にさえ当たってしまえばその部位を凍らせ、一時的に身動きを封じることができるこの魔法は警備隊で重宝されており、悪人を拘束する際に大いに役立っていた。
慌てたゲイリーが踵を返して逃げだすが、放たれた魔法のスピードの方が格段に速い。ゲイリーが十歩も走らぬうちに氷の刃は背中を捉え、そして――
パリィン……!
粉々に砕け散った。
「なっ!?」
ゲイリーの背後でみえない何かに衝突し粉砕した氷の刃は、キラキラと輝く青い光のベールとなって舞い落ちる。ニックが驚愕に言葉を失ったのと同時に、必死の形相を浮かべていたゲイリーの口角がゆっくりと上を向く。
「なーんてな」
舞い落ちる光のベールの中でゆっくりと走る足を止めたゲイリーは再びニックを振り返り、首に幾重にもかけたネックレスのひとつを指先でつまむと、ひらひらと振ってみせた。先端に黒曜石のついたネックレス。それが何であるのか、アレクにはすぐにわかった。
「マジックシールド……」
混乱をきたしていた周囲の連中は、いまや茫然としてことの成り行きを見守っている。先ほどまでの混乱はどこへやら、静寂を迎えたその場にアレクのかすれた声だけがぽつりと落ちた。
そこで気がつく。ゲイリーと目が合ったというのに彼の様子に変化がみられないことに。突然のキスには驚いたけど、怖い感じはしなかった。偶然だろうけど、マジックシールドのおかげで彼は呪力から逃れたのだ。
「美人さん、当たり!」
浮かれた口調でアレクに笑顔を向けたゲイリーに反して、ニックは悔しげな色を瞳に乗せてにらみつける。
「くそっ!」
「警備隊の常套手段だろ。そんなモン食らうほど間抜けじゃねえよ」
ざまあみろと勝ち気な顔でゲイリーはひらひらと手を振りながら再び駆けだした。慌てたニックが地を蹴り、呆気に取られるアレクの前を全速力で駆け抜ける。
「待てっ、ゲイリー!」
「ニック!」
確かにゲイリーから目を離すのは不安だが、上層の階段付近には別働隊が張りついている。ここで深追いしなくても、きっと彼らがゲイリーの後を追ってくれるはず。
慌てたアレクがつられてニックの後を追いかけ、数歩駆け出したところで足を止める。ロナルドのことがあたまをよぎったからだ。思わず酒場を振り返り、次いでゲイリーとニックの姿を視線で追う。
酒場の入り口では中から溢れてきた荒くれ者と警備隊が砂埃をあげて取っ組み合いを繰り広げている。
(ロナルドは無事なの!?)
その一瞬のためらいが強制的に選択肢を絞ることになった。逃げ足の速いゲイリーとニックの姿はあっという間に人混みの中に消えてしまい、見失ってしまったのだ。
ゲイリーとニックのことも気になるけど、まずはロナルドの無事を確認したい。ロナルドが無事なら指示を仰ごう。そう判断したアレクが酒場へと向き直ったとき。
背後を覆っていた真っ暗な裏路地から生えたように手が伸びた。
それはアレクの口を塞ぎ、体ごと闇に引きずり込んだのである。
だが男は何食わぬ顔で立ち上がると店先に視線を移し「ああ、んなことしてる場合じゃなかったわ」と独り言をもらし、「またな、美人さん!」と笑顔で雑踏の中に姿を消していった。
その小さな後ろ姿を店先で格闘していたニックが捉える。
「ゲイリー――ッ!!」
ニックの咆哮にアレクは耳を疑う。
(ゲイリー!? あのひとが!?)
ゲイリーが勝ち気な笑みを浮かべながら中指を突き立てて振り返ったのと、ニックが胸元から魔晶石を取り出したのは、ほぼ同時のことだった。
「あれは……」
瞬時にゲイリーの表情が強ばる。
それは手のひらに収まるほどの小さな珠。透明で一見してなんの変哲もない水晶のようであるが、れっきとした魔道具である。
あらかじめ魔法の術式を組み込んでおき、いざというときに発動する。詠唱いらずで使い方は簡単。使い切りタイプのものではあるが、金さえ積めばどんな魔法でも使える便利な魔道具である。
ニックが魔晶石を地面に叩きつけると、青い光が目がくらむほどの輝きを放ち、凍てついた氷の刃となって一直線に飛び出した。
「標的、ゲイリー・ヴァレット!」
「ちっ! 追跡タイプか!」
氷の刃はうねうねとひとだかりの合間を縫ってゲイリーへと向かう。体の一部にさえ当たってしまえばその部位を凍らせ、一時的に身動きを封じることができるこの魔法は警備隊で重宝されており、悪人を拘束する際に大いに役立っていた。
慌てたゲイリーが踵を返して逃げだすが、放たれた魔法のスピードの方が格段に速い。ゲイリーが十歩も走らぬうちに氷の刃は背中を捉え、そして――
パリィン……!
粉々に砕け散った。
「なっ!?」
ゲイリーの背後でみえない何かに衝突し粉砕した氷の刃は、キラキラと輝く青い光のベールとなって舞い落ちる。ニックが驚愕に言葉を失ったのと同時に、必死の形相を浮かべていたゲイリーの口角がゆっくりと上を向く。
「なーんてな」
舞い落ちる光のベールの中でゆっくりと走る足を止めたゲイリーは再びニックを振り返り、首に幾重にもかけたネックレスのひとつを指先でつまむと、ひらひらと振ってみせた。先端に黒曜石のついたネックレス。それが何であるのか、アレクにはすぐにわかった。
「マジックシールド……」
混乱をきたしていた周囲の連中は、いまや茫然としてことの成り行きを見守っている。先ほどまでの混乱はどこへやら、静寂を迎えたその場にアレクのかすれた声だけがぽつりと落ちた。
そこで気がつく。ゲイリーと目が合ったというのに彼の様子に変化がみられないことに。突然のキスには驚いたけど、怖い感じはしなかった。偶然だろうけど、マジックシールドのおかげで彼は呪力から逃れたのだ。
「美人さん、当たり!」
浮かれた口調でアレクに笑顔を向けたゲイリーに反して、ニックは悔しげな色を瞳に乗せてにらみつける。
「くそっ!」
「警備隊の常套手段だろ。そんなモン食らうほど間抜けじゃねえよ」
ざまあみろと勝ち気な顔でゲイリーはひらひらと手を振りながら再び駆けだした。慌てたニックが地を蹴り、呆気に取られるアレクの前を全速力で駆け抜ける。
「待てっ、ゲイリー!」
「ニック!」
確かにゲイリーから目を離すのは不安だが、上層の階段付近には別働隊が張りついている。ここで深追いしなくても、きっと彼らがゲイリーの後を追ってくれるはず。
慌てたアレクがつられてニックの後を追いかけ、数歩駆け出したところで足を止める。ロナルドのことがあたまをよぎったからだ。思わず酒場を振り返り、次いでゲイリーとニックの姿を視線で追う。
酒場の入り口では中から溢れてきた荒くれ者と警備隊が砂埃をあげて取っ組み合いを繰り広げている。
(ロナルドは無事なの!?)
その一瞬のためらいが強制的に選択肢を絞ることになった。逃げ足の速いゲイリーとニックの姿はあっという間に人混みの中に消えてしまい、見失ってしまったのだ。
ゲイリーとニックのことも気になるけど、まずはロナルドの無事を確認したい。ロナルドが無事なら指示を仰ごう。そう判断したアレクが酒場へと向き直ったとき。
背後を覆っていた真っ暗な裏路地から生えたように手が伸びた。
それはアレクの口を塞ぎ、体ごと闇に引きずり込んだのである。
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