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第六章
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話を聞き終わり、アレクはそっと目を伏せる。
ギルはその様子を一瞥するも、特に何も訊ねようとはしなかった。
ここで無闇に問う必要はない、すべては国に着いた時に明かされるだろう、と。
それから数日後、ようやく砂漠地帯を抜けた一行はベローズ王国近郊の宿場に到着。明日には入国できる距離まで来た。
相変わらず元気のないケルトの手を引いて、アレクは彼をベッドに座らせた。
「ケルト。少しは落ち着いた?」
どんなことがあっても常にアレクのことを優先し、従者としての責務を忘れないケルトが、この旅路では一切世話を焼くようなことをしなかった。
あれほど毛嫌いしていたマーリナスにすべてを任せ、たったひとりで悲愴の殻に閉じこもってしまったのだ。
移動中もずっと伏し目がちで、気づくと涙が頬を伝っている。
食事を勧めてみても何も口にしない。飲み物すら喉を通らない様子で、ここ数日でケルトは明らかに痩せこけた。その悲痛さが、〝ロナルドが死んだ〟というケルトの証言に真実味を加えていく。
騒然としたあの場面では、現状の把握どころか逃げることしかできなかったアレク。
ケルトが嘘を言うはずがないとわかっていても信じられない。
あのロナルドが死ぬはずがない。
きっと見間違いだ。
悲嘆に暮れるケルトをみてもなお、そう思い続けた。思い続けることしかできなかったからだ。
そんな真実は知りたくない。残酷な真実と向き合うだけの勇気が、まだなかった。
誘導されるままにベッドに腰を下ろしたケルトは目を伏せたまま小さく口をひらく。
「……刺されたのを見ました」
「……」
「俺のために防御壁を解いたから刺されたんです」
「きっと見間違いだよ」
「違う! 俺はハッキリと見たんです! 大勢の騎士に囲まれながら笑ってるあいつの顔を! あいつは……俺を守ろうとして……」
当時を思いだしたのか、ただでさえ血色の悪い顔からさらに血の気が引いていく。喉はふるえ、縋るように伸びた手がアレクの腰をつかんだ。
まるで声に出すのを恐れているようだった。
「……っ! 守ろうとして殺されたんだッ!!」
血を吐くような叫びだった。
絞り出した言葉と裏腹に、認めたくないと信じたくないという声が聞こえる。
口に出してしまったら、認めてしまったら。永遠に抜けない懺悔の釘が深く魂に突き刺さる。一生痛みを抱えて生きる苦しみ。そのつらさはアレクもよく知っている。
だから――
「ケルト!」
驚愕と焦りを滲ませ、アレクは胸の中にケルトを抱きしめた。
「アレク様、俺……どうしたらいいですか!? なんであいつは俺を助けたりしたんだ!? いつも喧嘩してたじゃないか! 俺、あいつが憎くて本気で怒ってたんです! なのに、なのに……っ」
「落ち着いて、ケルト」
「なんで最後にあんなこと」
アレクの胸の中でかすれた声が小さく落ちた。
「……あいつも俺が憎かったのかな。これって意趣返しってやつですか? あいつ、あたまがいいから、きっと一生後悔しろって……」
「違うよ……ロナルドはそんな人じゃない。わかってるでしょ?」
「わかりませんよ。いっつも小憎たらしいし、俺と同じくらい料理うまいし。職権乱用して俺からアレク様を引き離そうとするわがまま野郎だし!」
「ケ、ケルト」
「でも……ちょっとだけ俺と似てるところがあったんです。アレク様を切なさそうに見る眼差しとか、寂しそうな笑い方とか。隠そうとしてたけど俺は見てた。あいつもやっぱりアレク様が大好きで、大好きだからこそ、こらえなきゃいけないことがたくさんあって。そんなあいつを見てると腹が立ったんです」
「……どうして?」
――だって俺みたいだったから。
ケルトはぐっと言葉を飲みこむ。
叶わない思いに心を燃やして苦しんで。バカじゃないのかって嘲笑ってやりたいのにできない。俺も……同じだから。
「あいつムカつくし、今でも十発くらい殴ってやりたいけど」
アレクの腰にまわる腕に、ぎゅっと力がこめられる。
「俺と言い合いして笑ってるあいつの顔は嫌いじゃなかった……から」
いつの間にか体のふるえがやんでいた。ケルトは少しだけ気恥ずかしそうに眉をしかめ、苦々しく声をもらした。
アレクは数度、目をしばたく。
ケルトはバレリアの呪いに魅了された第一被害者だ。
魅了されてからは理性の枷が外れたようにわがままで束縛が激しくなり、見る者すべてを敵視するようになってしまった。おそらくケルトの場合は嫉妬が先立ってしまうのだろう。
そのケルトがアレク以外の人間を嫌いじゃないという。というより、この言い方……
こんなことってあり得るのだろうか。
驚きと嬉しさの入り混ざる感情で、アレクは茫然と口をひらいた。
「ケルト……もしかしてロナルドのこと……好き、だった?」
「――はああああッ!?」
ケルトはこぼれそうなほど目を丸くする。驚きすぎて咄嗟にアレクを押しのけ、ベッドの上に立ち上がった。頬はほんのりと赤らみ、怒っているのか照れているのかよくわからない。
アレクはぱちくりとまばたきを重ねてケルトを見上げた。
「な、な、な!? なにを言ってるんですか!! 俺が!? あいつを!? なにをどうしたらそうなるんです!? 俺はアレク様しか好きじゃありません!」
「そ、そう?」
「そうですよ! ああ、ホントにあいつが死んでスッキリしました! これでライバルがひとり減ったわけですからね!」
視線を天井に逸らして仁王立ちになり、腰に手を当て誤魔化すように高笑いをするケルト。
本当にそう思っているのなら落ち込む必要なんてなかっただろうに。
ギルはその様子を一瞥するも、特に何も訊ねようとはしなかった。
ここで無闇に問う必要はない、すべては国に着いた時に明かされるだろう、と。
それから数日後、ようやく砂漠地帯を抜けた一行はベローズ王国近郊の宿場に到着。明日には入国できる距離まで来た。
相変わらず元気のないケルトの手を引いて、アレクは彼をベッドに座らせた。
「ケルト。少しは落ち着いた?」
どんなことがあっても常にアレクのことを優先し、従者としての責務を忘れないケルトが、この旅路では一切世話を焼くようなことをしなかった。
あれほど毛嫌いしていたマーリナスにすべてを任せ、たったひとりで悲愴の殻に閉じこもってしまったのだ。
移動中もずっと伏し目がちで、気づくと涙が頬を伝っている。
食事を勧めてみても何も口にしない。飲み物すら喉を通らない様子で、ここ数日でケルトは明らかに痩せこけた。その悲痛さが、〝ロナルドが死んだ〟というケルトの証言に真実味を加えていく。
騒然としたあの場面では、現状の把握どころか逃げることしかできなかったアレク。
ケルトが嘘を言うはずがないとわかっていても信じられない。
あのロナルドが死ぬはずがない。
きっと見間違いだ。
悲嘆に暮れるケルトをみてもなお、そう思い続けた。思い続けることしかできなかったからだ。
そんな真実は知りたくない。残酷な真実と向き合うだけの勇気が、まだなかった。
誘導されるままにベッドに腰を下ろしたケルトは目を伏せたまま小さく口をひらく。
「……刺されたのを見ました」
「……」
「俺のために防御壁を解いたから刺されたんです」
「きっと見間違いだよ」
「違う! 俺はハッキリと見たんです! 大勢の騎士に囲まれながら笑ってるあいつの顔を! あいつは……俺を守ろうとして……」
当時を思いだしたのか、ただでさえ血色の悪い顔からさらに血の気が引いていく。喉はふるえ、縋るように伸びた手がアレクの腰をつかんだ。
まるで声に出すのを恐れているようだった。
「……っ! 守ろうとして殺されたんだッ!!」
血を吐くような叫びだった。
絞り出した言葉と裏腹に、認めたくないと信じたくないという声が聞こえる。
口に出してしまったら、認めてしまったら。永遠に抜けない懺悔の釘が深く魂に突き刺さる。一生痛みを抱えて生きる苦しみ。そのつらさはアレクもよく知っている。
だから――
「ケルト!」
驚愕と焦りを滲ませ、アレクは胸の中にケルトを抱きしめた。
「アレク様、俺……どうしたらいいですか!? なんであいつは俺を助けたりしたんだ!? いつも喧嘩してたじゃないか! 俺、あいつが憎くて本気で怒ってたんです! なのに、なのに……っ」
「落ち着いて、ケルト」
「なんで最後にあんなこと」
アレクの胸の中でかすれた声が小さく落ちた。
「……あいつも俺が憎かったのかな。これって意趣返しってやつですか? あいつ、あたまがいいから、きっと一生後悔しろって……」
「違うよ……ロナルドはそんな人じゃない。わかってるでしょ?」
「わかりませんよ。いっつも小憎たらしいし、俺と同じくらい料理うまいし。職権乱用して俺からアレク様を引き離そうとするわがまま野郎だし!」
「ケ、ケルト」
「でも……ちょっとだけ俺と似てるところがあったんです。アレク様を切なさそうに見る眼差しとか、寂しそうな笑い方とか。隠そうとしてたけど俺は見てた。あいつもやっぱりアレク様が大好きで、大好きだからこそ、こらえなきゃいけないことがたくさんあって。そんなあいつを見てると腹が立ったんです」
「……どうして?」
――だって俺みたいだったから。
ケルトはぐっと言葉を飲みこむ。
叶わない思いに心を燃やして苦しんで。バカじゃないのかって嘲笑ってやりたいのにできない。俺も……同じだから。
「あいつムカつくし、今でも十発くらい殴ってやりたいけど」
アレクの腰にまわる腕に、ぎゅっと力がこめられる。
「俺と言い合いして笑ってるあいつの顔は嫌いじゃなかった……から」
いつの間にか体のふるえがやんでいた。ケルトは少しだけ気恥ずかしそうに眉をしかめ、苦々しく声をもらした。
アレクは数度、目をしばたく。
ケルトはバレリアの呪いに魅了された第一被害者だ。
魅了されてからは理性の枷が外れたようにわがままで束縛が激しくなり、見る者すべてを敵視するようになってしまった。おそらくケルトの場合は嫉妬が先立ってしまうのだろう。
そのケルトがアレク以外の人間を嫌いじゃないという。というより、この言い方……
こんなことってあり得るのだろうか。
驚きと嬉しさの入り混ざる感情で、アレクは茫然と口をひらいた。
「ケルト……もしかしてロナルドのこと……好き、だった?」
「――はああああッ!?」
ケルトはこぼれそうなほど目を丸くする。驚きすぎて咄嗟にアレクを押しのけ、ベッドの上に立ち上がった。頬はほんのりと赤らみ、怒っているのか照れているのかよくわからない。
アレクはぱちくりとまばたきを重ねてケルトを見上げた。
「な、な、な!? なにを言ってるんですか!! 俺が!? あいつを!? なにをどうしたらそうなるんです!? 俺はアレク様しか好きじゃありません!」
「そ、そう?」
「そうですよ! ああ、ホントにあいつが死んでスッキリしました! これでライバルがひとり減ったわけですからね!」
視線を天井に逸らして仁王立ちになり、腰に手を当て誤魔化すように高笑いをするケルト。
本当にそう思っているのなら落ち込む必要なんてなかっただろうに。
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