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第一章
奇妙な殺人事件⑥
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青空が広がる心地いい天気だ。いい休日になりそうだと言いたいところだが、生憎今日は休めない。
由香殺害の犯人である狭間を捕えないことには休日はこないようだ。
被害者が通っていた大学の屋上の給水塔に凭れて、黒須は息を吸い込んだ。
手にハンディカメラを構えて、下を覗き込む。那白が少しだけ怒った顔でこちらを見上げた。
「ぼんやりしてるなよ、クロ。ちゃんと気配を消せ、仕事だぞ」
「へいへい、わかってますよ」
那白が指定した時刻まであと十分、気を引き締めないと。のんびりと日光浴しながら冷たい缶コーヒーを煽りたいのを我慢し、給水塔に背中をくっつけて耳を澄ました。
トントンと階段を上がる足音。次いで、開閉回数が少なく錆びついたドアがキイと音を立てる。どうやら来たようだ。黒須はカメラのスイッチを入れた。
「なんだ、この前の探偵の坊主じゃないか」
屋上に姿を現した狭間が那白に話しかける。
「やあ、お兄さん。悪いね、学校休みの日に態々きてもらって」
「由香を盗んだのが坊主とはな。オレはてっきり宮地が勘付いたのかと思っていた。坊主、大人を怒らせるな、由香を返せ」
「オレがいくつに見えてるかしんないけどさ、アンタと三つぐらいしか違わないんだぜ」
飄々と笑いながら肩を竦める那白に、狭間が地団太を踏む。後ろ姿しか見えていないけど、彼が今怒った顔をしているのが容易に分かった。
「いいから、由香を返せクソガキ!」
「早くも本性が現れた?いいね、ゾクゾクするよ。アンタが大事に瓶詰してた目玉は証拠品だ。返せないね。欲しいならオレを殺して奪ってみせなよ。由香を殺したみたいにさ」
「ふざけてんじゃねぇぞ、ガキの遊びには付き合っていられないんでな。オレが殺人犯だって証拠がどこにある?現場のラブホにすら映ってなかったんだぞ」
「現場はラブホじゃない。由香のアパートの風呂場でしょ」
唇の端を吊り上げる那白に、狭間の広い肩が揺れた。
「なんで、それを―…」
「あれ、本当にそうだったんだ。ふうん、賢そうに見えて案外馬鹿だね、アンタ」
「馬鹿だと?大人しくしてりゃいい気になりやがって!」
「そう怒んないでよ。それより、アンタって超能力者なんだってね。なんでも、テレポートが使えるとか。それ、ホント?」
「何を言ってるんだ、そんなわけないだろう」
「だよね。アンタみたいな平凡そうな奴がテレポートなんてすごい力、持ってるわけないよね。テレポートができるなら、オレに捕まったりしないもんね」
那白が手錠を取り出して狭間に飛びかかった。
狭間はなんとか那白のことを躱すが、那白は獲物を追う猫のように狭間をしつこく追い回す。
逃げ惑う狭間が屋上の隅まで追い詰められた。
大学の屋上にはフェンスがなく、頼りなげな腰までの高さの柵しかない。
「観念しなよ、逮捕する」
那白が手錠を構えて飛びかかった。那白は完全に狭間を捕えた筈だった。
しかし、さっきまで柵に背を向けて張り付いていた狭間が、那白の背後に回っていた。
「残念だったな、死ねガキ」
狭間がいきなり消えたことで勢い余って柵から大きく身を乗り出した那白の背を、狭間が容赦なく突き飛ばす。
那白の体は柵を越えて宙に投げ出された。
給水塔にいた黒須はどうすることもできなかった。
「クロはオレを信じて、何があっても声を出さずに撮影だけしてろ」
ここに来る前、那白から受けた命令を黒須は忠実に守っていた。
その結果、那白が犯人に屋上から突き落とされた。
「ざまあみろ、クソガキめ」
高笑いをする狭間の悪魔のような声が静かな屋上に響いている。
黒須は拳を握ると、カメラを構えたまま給水塔から飛び降りた。
「この人殺し野郎、俺の相棒を殺しやがって!」
「ちょっとクロ、オレは死んでないぜ」
那白は柵を越えて落ちた筈だ。
それなのに、すぐ近くで彼の声が聞こえる。
柵の下を覗き込むと、那白がぶら下がっていた。
「な、落ちてなかったのか?凄い反射神経だなオマエ」
「こうなる展開を読んでたからね。まあ、反射神経だけでこうやって咄嗟に屋上の縁に掴まったわけじゃないけど」
笑いながら那白はひょいと自力で這い上がってきた。すごい腕力だ。
「クロ、撮影はばっちり?」
「おう、任せとけ。言われた通りちゃんと撮ってたぞ」
「よし。さて、狭間サン。これでアンタがテレポートできることは証明されたね。それどころか、オレを突き落して殺そうとしたところもばっちり撮ったぜ。観念しなよ」
「誰が観念なんてするか。二人とも殺せばオレは捕まらない。やってやるよ!」
狭間がジャケットのポケットから折り畳み式ナイフを出し、飛び掛かってくる。
黒須も那白も腰を落として構えた。
正面から突っ込んでくる切っ先を躱すのは容易いと思っていたら、いきなり背後にテレポートされて不意を突かれる。
ナイフの刃先が黒須の肩を掠めた。
薄皮一枚切れただけで済んだが、テレポートという技はなかなか厄介だ。
攻撃を仕掛けると背後にテレポートされ、那白と挟み撃ちにしようとしてもふっと消えてしまう。
気を付けていれば狭間に切り裂かれることはないが、イタチごっこでケリがつかない。
態と隙を見せて自分を襲わせ、背後から那白が飛び蹴りを見舞うが、狭間は攻撃の気配に敏感ですぐテレポートで逃げる。
おかげで危うく、那白の飛び蹴りをまともに食らうところだった。
アイコンタクトに気付かれたのだろう。狭間は用心深く、観察力もある。
「初めてシロとまともにコンビっぽいことしたのに、避けるなよ。自信失くすだろ」
「ちょろちょろ逃げて厄介なヤツ。こっちも奥の手を使うかな」
那白が間合いをとる狭間に右手を向けた。何をする気だろう。黒須が疑問に思った瞬間、狭間が数メートル吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「テレポートできるって言っても、無条件じゃないよね。ある程度の条件が揃わないとできないんでしょ?それとも今みたいな状態でも逃げれんの?」
那白が小悪魔めいた笑みを浮かべる。壁に叩きつけられた狭間は見えない手に押さえつけられているかのように、身動ぎができないでいる。握っていたナイフを手の中から落として、大の字に壁に貼り付けられた状態だ。
「クロ、今のうちに狭間に手錠嵌めて。もう片方はクロの腕にして逃がすなよ」
「お、おう。わかった」
黒須は狭間に駆け寄った。狭間の右腕に素早く手錠をかけ、自分の左腕にも手錠をする。
これで狭間と自分は繋がれた。奴は簡単に脱走できない。
那白が腕を下に降ろした。その瞬間、狭間が見えない手から解放されたように壁に沿って崩れ落ちる。
「な、なんなんだよ、オマエ……」
狭間が怯えた顔で那白を見る。那白はチェシャ猫めいた笑みを浮かべた。
「特別な人間が自分だけだと思った?世の中には探せばいるんだよ、因果な連中がさ。はい、午前十一時十二分犯人確保。証拠もバッチリ。アンタはこれで豚箱行きだね」
「無駄だ。刑務所に入っても俺にはテレポートがある。何処へだって逃げてやる」
「残念でしたー。アンタが入るのは超能力者用の特殊な刑務所。たとえテレポートが使えたって逃げられないよ」
もう逃げられないと悟ったのか、それとも那白の言葉にがっくりきたのか、狭間はすっかりと項垂れて大人しくなった。無事解決だ。黒須は肩の力を抜いた。
「なあ、シロ。さっきのなんだよ。狭間がいきなり壁に叩きつけられたやつ」
「オレ、サイキックなんだ。念動力が使える。じつはさっき、狭間に落とされた時にも使ったんだ。地面に向けて念動力を放って、一瞬だけ自分の体を浮かせて縁にしがみ付いたのさ。訓練したからけっこう器用に使えるんだよね。ま、細かい調節はむずいけど」
「すげぇな。トカゲってみんな超能力持ってるのか?」
「歌辺さんと田賀さんは超能力なんてないよ。澪は直感が人より優れてるかな。超能力って言えるほどじゃないけどね。忍は気功の達人、アイツは認めたくないけど本物だよ」
「そっか。よかった、普通の奴もいて。それなら俺もやってけるな」
「あれ、クロも能力者でしょ」
「はあ?オレに超能力なんてねぇよ」
こちらを見つめる那白は物言いたげな顔をしている。
「なんだよ、シロ」
「べつに、なんでもないよ。さっさと竜之介に犯人引き渡そうぜ」
スタスタと那白が歩いていく。
すっかり歩く気力までも失った狭間を引きずるようにして、黒須も後に続いた。
呼び出した警視庁の連中に狭間を受け渡した。
彼は特殊能力を持つ者や、身体能力が高い者、凶悪犯罪者などが収容されている刑務所に引き渡された。
トカゲが解決した事件は情報規制がひかれるそうだ。
狭間がテレポートを使って由香を殺したことを伏せ、世間が納得できる適当な経緯をでっち上げて報道される。
那白や黒須などのトカゲの人員に関することは一切報道されないらしい。
「クロ、事件解決のために怪我までして活躍したのに残念だね」
証拠品の提出と説明を終えて警視庁から戻る道すがら、那白がちっとも残念じゃなさそうに笑いながら言った。
黒須は那白の丸い額を人差し指でツンと突いてやった。
「俺は別にヒーローになりたいわけじゃねぇ。被害者が報われたらそれでいいんだよ」
「ふん、クロのくせにカッコイイこと言うじゃん」
「そうだろ。俺はかっこいい男だからな」
「自分で言うと台無し。どう?トカゲの仕事は。大変な割には誰にも褒めて貰えない。英雄にだってなれない。それでも、クロはうちで働いていける?」
いきなり真剣な目つきになった那白に、黒須は口をへの字に曲げた。
「まだわかんねぇよ。でも、試験雇用期間が始まったばかりで自分から尻尾撒いて逃げるほど、俺は根性なしでも弱虫でもねぇよ」
「そう。まあせいぜい頑張ってね。クロ、おつかれさん。先輩からご褒美をやるよ」
「なんだよ、褒美って」
「もうお昼だし、うちによって飯でも食べてきなよ。月に事件解決の報告したらさ、お祝いに美味しい物作るって。クロも来いよ」
「マジか。いいのか?月尋は料理上手いからな、ありがてぇよ」
「意外と素直に来るんだ。いいよ、もちろん。さあ、帰ろうぜ」
晴れ晴れとした顔で那白が駆けていく。黒須も軽い足取りで小さな先輩の後に続いた。
帰ろうぜ、か。なんだか少し擽ったい。
大学に入学してからずっと一人でいたけれど、相棒や仲間がいるのも悪くない。
黒須も自然と笑みを浮かべていた。
由香殺害の犯人である狭間を捕えないことには休日はこないようだ。
被害者が通っていた大学の屋上の給水塔に凭れて、黒須は息を吸い込んだ。
手にハンディカメラを構えて、下を覗き込む。那白が少しだけ怒った顔でこちらを見上げた。
「ぼんやりしてるなよ、クロ。ちゃんと気配を消せ、仕事だぞ」
「へいへい、わかってますよ」
那白が指定した時刻まであと十分、気を引き締めないと。のんびりと日光浴しながら冷たい缶コーヒーを煽りたいのを我慢し、給水塔に背中をくっつけて耳を澄ました。
トントンと階段を上がる足音。次いで、開閉回数が少なく錆びついたドアがキイと音を立てる。どうやら来たようだ。黒須はカメラのスイッチを入れた。
「なんだ、この前の探偵の坊主じゃないか」
屋上に姿を現した狭間が那白に話しかける。
「やあ、お兄さん。悪いね、学校休みの日に態々きてもらって」
「由香を盗んだのが坊主とはな。オレはてっきり宮地が勘付いたのかと思っていた。坊主、大人を怒らせるな、由香を返せ」
「オレがいくつに見えてるかしんないけどさ、アンタと三つぐらいしか違わないんだぜ」
飄々と笑いながら肩を竦める那白に、狭間が地団太を踏む。後ろ姿しか見えていないけど、彼が今怒った顔をしているのが容易に分かった。
「いいから、由香を返せクソガキ!」
「早くも本性が現れた?いいね、ゾクゾクするよ。アンタが大事に瓶詰してた目玉は証拠品だ。返せないね。欲しいならオレを殺して奪ってみせなよ。由香を殺したみたいにさ」
「ふざけてんじゃねぇぞ、ガキの遊びには付き合っていられないんでな。オレが殺人犯だって証拠がどこにある?現場のラブホにすら映ってなかったんだぞ」
「現場はラブホじゃない。由香のアパートの風呂場でしょ」
唇の端を吊り上げる那白に、狭間の広い肩が揺れた。
「なんで、それを―…」
「あれ、本当にそうだったんだ。ふうん、賢そうに見えて案外馬鹿だね、アンタ」
「馬鹿だと?大人しくしてりゃいい気になりやがって!」
「そう怒んないでよ。それより、アンタって超能力者なんだってね。なんでも、テレポートが使えるとか。それ、ホント?」
「何を言ってるんだ、そんなわけないだろう」
「だよね。アンタみたいな平凡そうな奴がテレポートなんてすごい力、持ってるわけないよね。テレポートができるなら、オレに捕まったりしないもんね」
那白が手錠を取り出して狭間に飛びかかった。
狭間はなんとか那白のことを躱すが、那白は獲物を追う猫のように狭間をしつこく追い回す。
逃げ惑う狭間が屋上の隅まで追い詰められた。
大学の屋上にはフェンスがなく、頼りなげな腰までの高さの柵しかない。
「観念しなよ、逮捕する」
那白が手錠を構えて飛びかかった。那白は完全に狭間を捕えた筈だった。
しかし、さっきまで柵に背を向けて張り付いていた狭間が、那白の背後に回っていた。
「残念だったな、死ねガキ」
狭間がいきなり消えたことで勢い余って柵から大きく身を乗り出した那白の背を、狭間が容赦なく突き飛ばす。
那白の体は柵を越えて宙に投げ出された。
給水塔にいた黒須はどうすることもできなかった。
「クロはオレを信じて、何があっても声を出さずに撮影だけしてろ」
ここに来る前、那白から受けた命令を黒須は忠実に守っていた。
その結果、那白が犯人に屋上から突き落とされた。
「ざまあみろ、クソガキめ」
高笑いをする狭間の悪魔のような声が静かな屋上に響いている。
黒須は拳を握ると、カメラを構えたまま給水塔から飛び降りた。
「この人殺し野郎、俺の相棒を殺しやがって!」
「ちょっとクロ、オレは死んでないぜ」
那白は柵を越えて落ちた筈だ。
それなのに、すぐ近くで彼の声が聞こえる。
柵の下を覗き込むと、那白がぶら下がっていた。
「な、落ちてなかったのか?凄い反射神経だなオマエ」
「こうなる展開を読んでたからね。まあ、反射神経だけでこうやって咄嗟に屋上の縁に掴まったわけじゃないけど」
笑いながら那白はひょいと自力で這い上がってきた。すごい腕力だ。
「クロ、撮影はばっちり?」
「おう、任せとけ。言われた通りちゃんと撮ってたぞ」
「よし。さて、狭間サン。これでアンタがテレポートできることは証明されたね。それどころか、オレを突き落して殺そうとしたところもばっちり撮ったぜ。観念しなよ」
「誰が観念なんてするか。二人とも殺せばオレは捕まらない。やってやるよ!」
狭間がジャケットのポケットから折り畳み式ナイフを出し、飛び掛かってくる。
黒須も那白も腰を落として構えた。
正面から突っ込んでくる切っ先を躱すのは容易いと思っていたら、いきなり背後にテレポートされて不意を突かれる。
ナイフの刃先が黒須の肩を掠めた。
薄皮一枚切れただけで済んだが、テレポートという技はなかなか厄介だ。
攻撃を仕掛けると背後にテレポートされ、那白と挟み撃ちにしようとしてもふっと消えてしまう。
気を付けていれば狭間に切り裂かれることはないが、イタチごっこでケリがつかない。
態と隙を見せて自分を襲わせ、背後から那白が飛び蹴りを見舞うが、狭間は攻撃の気配に敏感ですぐテレポートで逃げる。
おかげで危うく、那白の飛び蹴りをまともに食らうところだった。
アイコンタクトに気付かれたのだろう。狭間は用心深く、観察力もある。
「初めてシロとまともにコンビっぽいことしたのに、避けるなよ。自信失くすだろ」
「ちょろちょろ逃げて厄介なヤツ。こっちも奥の手を使うかな」
那白が間合いをとる狭間に右手を向けた。何をする気だろう。黒須が疑問に思った瞬間、狭間が数メートル吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「テレポートできるって言っても、無条件じゃないよね。ある程度の条件が揃わないとできないんでしょ?それとも今みたいな状態でも逃げれんの?」
那白が小悪魔めいた笑みを浮かべる。壁に叩きつけられた狭間は見えない手に押さえつけられているかのように、身動ぎができないでいる。握っていたナイフを手の中から落として、大の字に壁に貼り付けられた状態だ。
「クロ、今のうちに狭間に手錠嵌めて。もう片方はクロの腕にして逃がすなよ」
「お、おう。わかった」
黒須は狭間に駆け寄った。狭間の右腕に素早く手錠をかけ、自分の左腕にも手錠をする。
これで狭間と自分は繋がれた。奴は簡単に脱走できない。
那白が腕を下に降ろした。その瞬間、狭間が見えない手から解放されたように壁に沿って崩れ落ちる。
「な、なんなんだよ、オマエ……」
狭間が怯えた顔で那白を見る。那白はチェシャ猫めいた笑みを浮かべた。
「特別な人間が自分だけだと思った?世の中には探せばいるんだよ、因果な連中がさ。はい、午前十一時十二分犯人確保。証拠もバッチリ。アンタはこれで豚箱行きだね」
「無駄だ。刑務所に入っても俺にはテレポートがある。何処へだって逃げてやる」
「残念でしたー。アンタが入るのは超能力者用の特殊な刑務所。たとえテレポートが使えたって逃げられないよ」
もう逃げられないと悟ったのか、それとも那白の言葉にがっくりきたのか、狭間はすっかりと項垂れて大人しくなった。無事解決だ。黒須は肩の力を抜いた。
「なあ、シロ。さっきのなんだよ。狭間がいきなり壁に叩きつけられたやつ」
「オレ、サイキックなんだ。念動力が使える。じつはさっき、狭間に落とされた時にも使ったんだ。地面に向けて念動力を放って、一瞬だけ自分の体を浮かせて縁にしがみ付いたのさ。訓練したからけっこう器用に使えるんだよね。ま、細かい調節はむずいけど」
「すげぇな。トカゲってみんな超能力持ってるのか?」
「歌辺さんと田賀さんは超能力なんてないよ。澪は直感が人より優れてるかな。超能力って言えるほどじゃないけどね。忍は気功の達人、アイツは認めたくないけど本物だよ」
「そっか。よかった、普通の奴もいて。それなら俺もやってけるな」
「あれ、クロも能力者でしょ」
「はあ?オレに超能力なんてねぇよ」
こちらを見つめる那白は物言いたげな顔をしている。
「なんだよ、シロ」
「べつに、なんでもないよ。さっさと竜之介に犯人引き渡そうぜ」
スタスタと那白が歩いていく。
すっかり歩く気力までも失った狭間を引きずるようにして、黒須も後に続いた。
呼び出した警視庁の連中に狭間を受け渡した。
彼は特殊能力を持つ者や、身体能力が高い者、凶悪犯罪者などが収容されている刑務所に引き渡された。
トカゲが解決した事件は情報規制がひかれるそうだ。
狭間がテレポートを使って由香を殺したことを伏せ、世間が納得できる適当な経緯をでっち上げて報道される。
那白や黒須などのトカゲの人員に関することは一切報道されないらしい。
「クロ、事件解決のために怪我までして活躍したのに残念だね」
証拠品の提出と説明を終えて警視庁から戻る道すがら、那白がちっとも残念じゃなさそうに笑いながら言った。
黒須は那白の丸い額を人差し指でツンと突いてやった。
「俺は別にヒーローになりたいわけじゃねぇ。被害者が報われたらそれでいいんだよ」
「ふん、クロのくせにカッコイイこと言うじゃん」
「そうだろ。俺はかっこいい男だからな」
「自分で言うと台無し。どう?トカゲの仕事は。大変な割には誰にも褒めて貰えない。英雄にだってなれない。それでも、クロはうちで働いていける?」
いきなり真剣な目つきになった那白に、黒須は口をへの字に曲げた。
「まだわかんねぇよ。でも、試験雇用期間が始まったばかりで自分から尻尾撒いて逃げるほど、俺は根性なしでも弱虫でもねぇよ」
「そう。まあせいぜい頑張ってね。クロ、おつかれさん。先輩からご褒美をやるよ」
「なんだよ、褒美って」
「もうお昼だし、うちによって飯でも食べてきなよ。月に事件解決の報告したらさ、お祝いに美味しい物作るって。クロも来いよ」
「マジか。いいのか?月尋は料理上手いからな、ありがてぇよ」
「意外と素直に来るんだ。いいよ、もちろん。さあ、帰ろうぜ」
晴れ晴れとした顔で那白が駆けていく。黒須も軽い足取りで小さな先輩の後に続いた。
帰ろうぜ、か。なんだか少し擽ったい。
大学に入学してからずっと一人でいたけれど、相棒や仲間がいるのも悪くない。
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