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4忍
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夜の電柱。
その上にしゃがんで、手に持ったクナイをくるくると弄ぶ。手首に隠したナイフを3度出し入れして、少し落ちてきた顔の半分を覆う布を引き上げた。
「よお! ちんちくりん!」
「そのちんちくりんのパンツ見ようと現在進行形でポジション取ってるのは誰だ」
「ちちちちちげーーしっ!」
同じ電柱の、少し下。突起に片手をかけて全体重を支え、ニヤニヤと笑ってこちらを見ていたと思ったら信じられないほど慌て出し、電柱から落ちそうになっている背の高い男。ぼっち幼なじみ、望月碧真だ。
「落ちるよ」
「落ちねぇよ! つーか、お前そんなとこで座ってんじゃねえよ! 下から見えんだろうが!」
「見せパンだばーか」
「見せ.......パン.......?」
この世の終わりを見たような顔で固まっている碧真。昼間の瓶底メガネは無くなって、長い前髪も後ろに流していて綺麗に整った額と眉が丸見えだ。この素材でどうしてあんなにもさくなるのか。
「碧真、落ちるよ」
「.......半分どいて、暁」
片足だけ電柱の上に残し、残りの片足は宙に投げ出す。碧真も全く同じ格好で電柱の上に座った。電柱の上は狭いので、2人で乗ればぎゅうぎゅうにくっつく形になる。
「クナイなんて持って何してんだよ」
「練習。使わないとなまるから」
「別にそんなもんなまらせとけよ。それに、練習なら俺付き合うぜ?」
「嫌」
「.......嫌.......」
ふらり、と碧真の体が傾いた。落ちないよう襟を掴んだら、ぐえ、とおかしな音が鳴った。碧真は大きくなりすぎたので、少しもたつきながらも私の肩に頭を乗せてやる。本当に仕方ないやつだ。
「.......あきらぁ、あんな男やめとけよぉ.......」
「あん? 誰があんな男ですって? やるか? あ? 武器ありで殺り合うか?」
「口が悪いっ!」
「幸之助様のことを悪く言うのは許さん」
「ちっ。だって俺より弱いぜ、あの坊ちゃん」
「当たり前だばか。碧真より強かったら私いらないもん」
ぴた、と碧真の動きが止まった。それから、まあな、だとか、うん、だとか、ブツブツぼそぼそと1人で話していた。
「そう言えば、碧真はどうなのよ。マドンナ財前」
「ぶっ」
また碧真が落ちそうになったので、ズボンのベルトを掴んだ。ぬえ、とおかしな音が鳴った。
「別に、何もねぇよ! マジで何もねぇから!」
「ふぅん。あんた意気地無しだもんね」
「は、はぁ!? だれが、誰が意気地無しだよ! ちげーよ、俺がお嬢と何もねぇのは! もっと別の!.......理由.......だよ.......」
急に尻すぼになった碧真。よし、奥手な君に幼なじみから1つ恋愛成就のアドバイスをしてやろう。
瓶底メガネと前髪やめたらあんたは大丈夫だ。大体の女ならOKする。
「暁」
「何」
「週末のパーティ、武装してこい」
「当たり前。.......なに、何か起きるの?」
私も明日から情報集めに動くつもりだったが、碧真が言うからには確実に何かあるはずだ。
「パーティでは絶対、何も起こさせない。絶対にな」
「財前当主が来るんでしょ? ならあんたのお父さんも来るし、あんたはもっとリラックスしときな」
「ふん、知るかあんなジジイ」
とてつもなく不機嫌になってそっぽを向いた碧真。碧真はお父さんと喧嘩中だ。約5年間。碧真のお父さんはそれはもう厳格な忍者で、碧真はそれはもう厳しく育てられた。しかし碧真が家を継がないだとか言い出したのでそれはもう壮絶な親子喧嘩が幕を上げた。閉幕は未だ未定。
「暁。もしかしたら、俺はお前の敵かもしれない」
「ふうん。なら死ぬね、私」
「.......」
碧真は、眉を寄せ、口を曲げ。泣きそうな顔で、私を見下ろした。
「.......財前家が、悪いのかもしれない」
「何が?」
「.......全部」
あまりに泣きそうな顔をするものだから、私はそっと碧真の肩を抱きしめた。ゆっくり、ゆっくり背中を叩いてやる。
私の一族郎党皆殺しを指示したのは、おそらく財前家だ。
いくら巧妙に隠しても、証拠を消しても、忍者にはお見通しだ。本物の忍者を舐めないで欲しい。だから、財前家に仕える碧真がそれを知って私に負い目を感じているのも知っていた。気にしなくていいのに。だって私も気にしてないから。忍者が主のために死ぬのは当たり前だ。
「大丈夫。碧真なら大丈夫だよ」
「.......うん。待ってて、暁。全部、全部俺が何とかするから」
ぎゅっと、私の背中にまわした腕に力を入れた碧真は。
いきなりぱっと私を離して、なんでもないような顔でこう言った。
「暁、これやる」
ひょい、と投げ渡されたのは。
真っ黒な、拳銃。
「やだ、犯罪の片棒担がせないでよね」
「ちゃんと正規品だよ! 許可も取ったよ!」
「あっそ。あんがと」
腰元のベルトに拳銃を引っ掛けて、片足で電柱の上に立ち上がった。碧真も同じように立ち上がる。
「チャカなんて嫌がると思ったぜ」
「別に。現代の忍者が暗視スコープ使うのも当たり前なんだから、拳銃もライフルも使ったっていいでしょ」
「.......え? 暗視スコープ使ってんの? え?」
「夜目が利くっていっても限界があるのよ。あんたみたいなばかとは違うの」
「ばか関係ねーじゃん」
空の端が、白み始める。夜明けの時間だ。
明日もバイトなので、早く帰ろう。
「じゃ、私帰るから。遅刻しないようにね、碧真」
「ん。また明日な」
たんっ、とお互い逆方向に向かって、電柱を蹴った。音も立てずに民家の屋根に降りて、そのまま静かに走り出す。目指すのは、あの大きな屋敷。
今日も、忍者は空を走る。
その上にしゃがんで、手に持ったクナイをくるくると弄ぶ。手首に隠したナイフを3度出し入れして、少し落ちてきた顔の半分を覆う布を引き上げた。
「よお! ちんちくりん!」
「そのちんちくりんのパンツ見ようと現在進行形でポジション取ってるのは誰だ」
「ちちちちちげーーしっ!」
同じ電柱の、少し下。突起に片手をかけて全体重を支え、ニヤニヤと笑ってこちらを見ていたと思ったら信じられないほど慌て出し、電柱から落ちそうになっている背の高い男。ぼっち幼なじみ、望月碧真だ。
「落ちるよ」
「落ちねぇよ! つーか、お前そんなとこで座ってんじゃねえよ! 下から見えんだろうが!」
「見せパンだばーか」
「見せ.......パン.......?」
この世の終わりを見たような顔で固まっている碧真。昼間の瓶底メガネは無くなって、長い前髪も後ろに流していて綺麗に整った額と眉が丸見えだ。この素材でどうしてあんなにもさくなるのか。
「碧真、落ちるよ」
「.......半分どいて、暁」
片足だけ電柱の上に残し、残りの片足は宙に投げ出す。碧真も全く同じ格好で電柱の上に座った。電柱の上は狭いので、2人で乗ればぎゅうぎゅうにくっつく形になる。
「クナイなんて持って何してんだよ」
「練習。使わないとなまるから」
「別にそんなもんなまらせとけよ。それに、練習なら俺付き合うぜ?」
「嫌」
「.......嫌.......」
ふらり、と碧真の体が傾いた。落ちないよう襟を掴んだら、ぐえ、とおかしな音が鳴った。碧真は大きくなりすぎたので、少しもたつきながらも私の肩に頭を乗せてやる。本当に仕方ないやつだ。
「.......あきらぁ、あんな男やめとけよぉ.......」
「あん? 誰があんな男ですって? やるか? あ? 武器ありで殺り合うか?」
「口が悪いっ!」
「幸之助様のことを悪く言うのは許さん」
「ちっ。だって俺より弱いぜ、あの坊ちゃん」
「当たり前だばか。碧真より強かったら私いらないもん」
ぴた、と碧真の動きが止まった。それから、まあな、だとか、うん、だとか、ブツブツぼそぼそと1人で話していた。
「そう言えば、碧真はどうなのよ。マドンナ財前」
「ぶっ」
また碧真が落ちそうになったので、ズボンのベルトを掴んだ。ぬえ、とおかしな音が鳴った。
「別に、何もねぇよ! マジで何もねぇから!」
「ふぅん。あんた意気地無しだもんね」
「は、はぁ!? だれが、誰が意気地無しだよ! ちげーよ、俺がお嬢と何もねぇのは! もっと別の!.......理由.......だよ.......」
急に尻すぼになった碧真。よし、奥手な君に幼なじみから1つ恋愛成就のアドバイスをしてやろう。
瓶底メガネと前髪やめたらあんたは大丈夫だ。大体の女ならOKする。
「暁」
「何」
「週末のパーティ、武装してこい」
「当たり前。.......なに、何か起きるの?」
私も明日から情報集めに動くつもりだったが、碧真が言うからには確実に何かあるはずだ。
「パーティでは絶対、何も起こさせない。絶対にな」
「財前当主が来るんでしょ? ならあんたのお父さんも来るし、あんたはもっとリラックスしときな」
「ふん、知るかあんなジジイ」
とてつもなく不機嫌になってそっぽを向いた碧真。碧真はお父さんと喧嘩中だ。約5年間。碧真のお父さんはそれはもう厳格な忍者で、碧真はそれはもう厳しく育てられた。しかし碧真が家を継がないだとか言い出したのでそれはもう壮絶な親子喧嘩が幕を上げた。閉幕は未だ未定。
「暁。もしかしたら、俺はお前の敵かもしれない」
「ふうん。なら死ぬね、私」
「.......」
碧真は、眉を寄せ、口を曲げ。泣きそうな顔で、私を見下ろした。
「.......財前家が、悪いのかもしれない」
「何が?」
「.......全部」
あまりに泣きそうな顔をするものだから、私はそっと碧真の肩を抱きしめた。ゆっくり、ゆっくり背中を叩いてやる。
私の一族郎党皆殺しを指示したのは、おそらく財前家だ。
いくら巧妙に隠しても、証拠を消しても、忍者にはお見通しだ。本物の忍者を舐めないで欲しい。だから、財前家に仕える碧真がそれを知って私に負い目を感じているのも知っていた。気にしなくていいのに。だって私も気にしてないから。忍者が主のために死ぬのは当たり前だ。
「大丈夫。碧真なら大丈夫だよ」
「.......うん。待ってて、暁。全部、全部俺が何とかするから」
ぎゅっと、私の背中にまわした腕に力を入れた碧真は。
いきなりぱっと私を離して、なんでもないような顔でこう言った。
「暁、これやる」
ひょい、と投げ渡されたのは。
真っ黒な、拳銃。
「やだ、犯罪の片棒担がせないでよね」
「ちゃんと正規品だよ! 許可も取ったよ!」
「あっそ。あんがと」
腰元のベルトに拳銃を引っ掛けて、片足で電柱の上に立ち上がった。碧真も同じように立ち上がる。
「チャカなんて嫌がると思ったぜ」
「別に。現代の忍者が暗視スコープ使うのも当たり前なんだから、拳銃もライフルも使ったっていいでしょ」
「.......え? 暗視スコープ使ってんの? え?」
「夜目が利くっていっても限界があるのよ。あんたみたいなばかとは違うの」
「ばか関係ねーじゃん」
空の端が、白み始める。夜明けの時間だ。
明日もバイトなので、早く帰ろう。
「じゃ、私帰るから。遅刻しないようにね、碧真」
「ん。また明日な」
たんっ、とお互い逆方向に向かって、電柱を蹴った。音も立てずに民家の屋根に降りて、そのまま静かに走り出す。目指すのは、あの大きな屋敷。
今日も、忍者は空を走る。
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