耐え忍ぶことには自信があります!

青菜にしお

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5忍

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「おはようございます、服部さん」

「おはようございます、財前さん」

 幸之助様の登校を見守った後、教室で自分の席に座れば何故かマドンナ財前が大きな目でこちらを見ていた。そればかりか挨拶までされてしまった。本当に育ちがよろしいようで。

「今日は碧真はお休みですの」

「そうみたいですね」

 仕事に穴を開けるなんて、碧真らしくない。

「今朝、碧真のお父様と喧嘩になったんですの。それで、碧真は肋骨を折られて全身打ち身だらけにされましたの」

 本当に碧真らしくない。

「いくら忍者と言っても、大型トラックで轢きまわすなんて.......わたくしが今日の護衛はいらないと言ったばかりに、可愛そうなことをしてしまいましたわ」

「あ、お気の毒です」

 さすがの碧真でも1トンを超える鉄の塊が猛スピードで迫ってきたら負ける。むしろ肋骨程度で済んだのが奇跡だ。

「では、さっそく本題に入らせていただきますわ!」

「本題じゃなかったんですね大型トラック」

「服部さん、あなた碧真のなんなんですの?」

「幼なじみです。あと同業者」

「碧真ったらいっつも暁暁暁、うるさいんですの。それで私の気持ちには、全然答えてくれないんですのよ? これでもわたくし、落ち込んでるんですの。パーティの日も、何かと理由をつけて私の隣から離れようとしてるんですもの」

「財前さん」

 伏せられた大きな目。シミ一つない白い肌。柔らかくウェーブを描く髪。その全てが、美しいと可愛らしいという言葉のためだけに存在するかのような、可憐なご令嬢。
 碧真の、どタイプ。

「碧真は、とってもウブで奥手なんです。財前さんのように魅力的な女性との距離の詰め方が、分からないんですよ」

「な、なんですって!?」

「私に言わせてもらえば.......あと、2回。あと2回のボディタッチで、奴は落ちます」

「なな、なんですって!?」

「公園に落ちてるエロ本を遠目で見て真っ赤になるようなやつです。いつも財前さんの顔なんてまともに見ることもできてないんですよ」

「ななな、なんですって!?」

 マドンナ財前は、驚愕の姿勢のまま固まっている。ふと視線を感じれば、幸之助様がにっこり笑ってこちらを見ていた。首を少し傾げた拍子に流れたサラサラの茶髪に、こう、ずきゅん、ときた。好き。

「.......は、服部さん。わたくし、あなたのこと誤解してましたわ。お詫びに、西園寺幸之助の情報をお渡しします」

「なっ!?」

 思わず席を立って臨戦態勢になるところだったのを、寸前で堪える。天井裏から、明らかな殺気を感じる。おそらく、碧真のお父さんだろう。

「幸之助様の情報とは、一体なんですか?」

「彼、ショートカットの女性が好きらしいですわ」

 じゃき、と。
 机から取り出したハサミを握り、引っ掴んだ自分の髪の毛を挟んだ。

「お待ちになってー!?」

 何故か近くにいたクラスメイトに取り押さえられ、私の髪は長いまま。本来こんなお坊ちゃま達の甘々拘束など屁でもないが、ここで目立つのはまずい。既に目立っているからだ。忍べ私。

「.......暁」

 少し目を丸くした幸之助様が、そっと駆け寄ってきた。その動作すらも穏やかで、とても心惹かれる。

「僕は、君の髪が好きだよ」

「.......はい」

 もう一生切らない。

「それにね」

 耳元に、口を寄せられて。甘く、穏やかな声が、耳を震わせる。
 顔が熱い。心臓が飛び出しそうだ。だって口の中に血の味がする。
 ざわつきつつも、私の拘束は解かれ野次馬達は散っていった。

「僕は、君だから好きなんだよ。どんな時でも君の見た目が、僕のタイプなんだ」

「.......はい.......!」

 息が苦しい。目を開けていられなくて、ぎゅっと瞑った。すると、ふわりと幸之助様の匂いがした。

 それからずっと、謎の頭痛、呼吸苦、発汗、動機の症状に悩まされ続け、幸之助様との帰り道で。

「結局、服部さんは西園寺幸之助とお付き合いしてらっしゃいますの?」

「.......」

 息は止まるし心臓はおかしなリズムを刻むし顔は熱すぎて痛いぐらいだった。何故か幸之助様の下校に着いてきていたマドンナ財前が、あらまぁ、とその可憐な目を丸くする。

「.......思っていたより可愛らしい方ですのね、服部さん」

「暁は可愛いらしいね」

 涙まで出てきた。

「でも、お二人がこんなに上手くいってらっしゃるのなら、私も心置き無く碧真を手に入れられますわ!」

「財前さんは、望月くんをとても大切に思っているんだね。素敵な関係だ」

「な、なんですの急に! 西園寺幸之助にしては良いこと言うじゃありませんの! そうですのよ、私はこれからも碧真とずっと一緒にいるんですの!」

 ずっと、か。
 碧真は本業で忍者をやる気があるのだろうか。私は別に好きなようにすればいいと思う。忍者の仕事は諜報暗殺破壊工作と、綺麗な仕事の方が少ないのだから、あの弱虫碧真が嫌になるのも仕方ない。
 だったら、この人間離れした可憐なマドンナの隣で、ゆっくり過ごした方が。

 幸せそうな2人を想像して、きゅ、と喉が締まった。

「暁」

 小声で、幸之助様が話しかけてきた。どきん、と胸が跳ねて耳に血が集まる。

「.......僕も、君とずっと一緒に居たいと思っているよ」

 あ、碧真とかどうでもいい。結婚式ぐらいは呼んでくれ。そろそろ私も弟離れだ。じゃあな、マドンナの隣で幸せに。私も幸之助様のお傍で忍んでおくから。

「服部さん、もしお暇でしたら今夜電話して下さらない?」

「? はい」

「では、ごきげんよう」

 マドンナ財前と別れ、夜中の忍者の仕事を早倒しにして、電柱の上でマドンナからの電話に出た。

「もしもし? 服部さんですの?」

「はい、財前さん。こんばんは」

 それから、約5時間。
 初めはマドンナ財前の恋バナを聞くだけだったのが、段々と私の恋愛相談が始まり、最後の方にはお互い興奮しながら電話にかじりついていた。

「.......」

 ぴ、と通話を切って、電柱から飛び降りて。

「んふふ」

 やっぱり、女子とする恋バナが1番楽しい。
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