耐え忍ぶことには自信があります!

青菜にしお

文字の大きさ
6 / 8

6忍

しおりを挟む
 大きな屋敷の一角。
 私に与えられたスペースの中で、ここ数日で集めた情報を整理していた。

 まず、明日に迫った財前家令嬢、財前万理華の誕生日パーティ。
 会場は都内某ホテルの大ホール、主催者が押さえた部屋は最上階のスウィートルームと他2部屋。
 出席者でめぼしい人物は、ご令嬢の父上、日本の支配者財前家当主。これまた日本の支配者である我が主のご子息、西園寺幸之助様。あとは支配された会社の社長と支配された政治家ぐらいだ。大したものは居ない。

 しかし、碧真が気をつけろと言った。拳銃までよこした。絶対に、何かある。

 ホテルの宿泊者名簿にめぼしい名前はなし。
 ホテルのスタッフにめぼしい名前はなし。おかしな宗教関連の人物なし。
 近くのホテルにも怪しい人物なし。
 近くの屋上、廃ビルに狙撃ポイントはなし。

 ダメだ、何も見つからない。時間も人手も足りていないのが、如実に現れてしまっていた。

 今回のパーティへの同行は、本業として幸之助様の父上に頼まれた仕事ではない。どちらかと言うと、高校生アルバイトの延長だ。西園寺家のバックがないこれ以上の調査は不可能だと、即座に判断する。
 ならば、あとはできる限りの準備と覚悟を。

 私は、忍者である。主のために忍び尽くす、影である。

 忍べ、私。



 ◆◇◆◇


 パーティ当日。
 幸之助様の穏やかな笑顔とタキシード姿を見て、また動悸と発汗が止まらなくなった。本当にまずい。忍べ私。

「暁、今日のドレスとても良く似合ってるよ。可愛らしいね」

「.......ありがとう、ございます」

 自分のライトグリーンのドレスを握りしめた。今日これにして良かった。これにして良かった。この下に色々物騒なもの隠してるけど、このドレスにして良かった。もう、絶対このブランドのドレスしか買わない。

「行こうか、暁」

「.......はい」

 とても自然に差し出された腕を、そっと取る。謎の動悸は激しさを増し、また口の中に血の味がしてきた。忍べ忍べ忍べ。

「暁」

「はい」

「ずっと僕の隣にいてね」

「もちろんでございます、幸之助様」

 ずっと。
 その言葉は、酷く魅力的だ。ずっとなど存在し得ないからこそ、たまらなく愛おしく感じる。

 人は死ぬ。
 ある日突然、修学旅行から帰ってきたら家が血の海になっている事もある。家族全員、ペットまで遺体すら見れたものでは無い状態になっていることもある。名も知らぬ親戚に至るまで、気がついた時には全て死んでいることだって、あるのだ。

 だから、現実にずっとが有り得ないのであれば、せめて。せめて、言葉の上だけでも。

「すごいね暁。さすが財前家のご令嬢のパーティだ、僕の時と比べてしまうね」

 煌びやかなホテルに、厳重な警備。招待客の全てが「上等」な服を着ていた。

「.......幸之助様は、穏やかにお過ごしになるのがお好きですから。.......そ、それに。私は、幸之助様との、誕生日の方が、好み、でした」

「ふふ、ありがとう、暁。暁は可愛らしいね」

 動悸が。動悸が止まらない。本当に息が苦しい。丸2日水団の術の練習として池の中で忍んでいた時より苦しい。

「あら! ようこそいらっしゃいましたわ、西園寺幸之助に服部さん!」

 現れたマドンナ財前を見て心を落ち着かせる。ドレスと化粧をしたマドンナはお人形さんのように可愛らしいが、むしろ逆に冷静になれる。

「な、なにか失礼なことを考えてらっしゃらない!? 服部さん!」

「ご機嫌麗しゅう、マドンナ財前」

「マドンナ!?」

 あ、まずいミスった。

「お誕生日おめでとうございます、財前さん。本日は私までお招きいただき、誠にありがとうございます」

「い、いいんですのよ! わ、わたくし達、お友達じゃありませんの!」

「へ?」

「さ、さあ! 楽しんでいらして!」

 押されるようにして入った会場で、立食形式の食事を楽しむ。幸之助様が隣にいるので、いつもの10分の1も食べられなかった。でも、どうしよう。食べすぎだと思われたらどうしよう。

「暁の食べる姿は可愛らしいね」

 もう色々どうでもいい。今世界が終わっても、私に悔いはない。
 ふと視線を感じれば、柱の影に碧真がいた。きっちり燕尾服を着て、前髪をあげている。あの瓶底メガネも無い。つまり相当キマッているのだから、もっと明るいところに出ればいいのに。なんだか顔色も悪く見えるし、大丈夫だろうか。

 ―――大丈夫なわけあるかちんちくりん

 口パクでこちらに向かって話しかけてきた。

 ―――2トントラックに轢かれたんだぞ

 なんで生きてんだ、モンスターか。

 ―――警戒しとけ。静かすぎる

 身体中に仕込んだ武器を確認した。それから、ゆっくりと周りを見ていく。異常は無い。無さすぎると言ってもいい。不自然にならないよう、幸之助様に半歩近づく。何も起きない。

 確かに、財前家当主が来るにしては静か過ぎないだろうか。

「お父様っ!」

「おお、万理華。いいドレスだな、似合ってるよ」

「はいっ!」

 マドンナ財前は、本当に花のように笑った。これは碧真も落ちるよ。

「ああ、ちょっと、いいかな?」

 財前当主が、マイクのある壇上に上がった。
 何が、始まる?

「本日は、我が娘万理華の誕生日パーティにお越しいただき、本当に感謝いたします。末の娘もここまで大きくなったと思うと、私も胸に来るものがあります」

 当たり障りのない言葉。はにかむマドンナの肩を抱き、堂々と声を張る。

「えー、本日お集まりいただいた皆様は、皆私の近しい人達であります」

 それはそうだ。娘の誕生日パーティに呼ぶくらいの仲なのだから。

「ですので、皆様に1番にお伝えしたいことがございます」

 何故か、訳のわかっていない顔をするマドンナが係の人に連れられて退出した。
 残ったのは、財前当主。財前当主と近しい大物達。そして、目を見開き硬直した碧真。

 最後に、財前家と対をなす、西園寺家の一人息子とその護衛1匹。

 しまった、嵌められた。まさか、まさか。

「我が財前家は、正式に西園寺家を仇敵と見なします」

 まさか、財前家が、正面から西園寺家と戦争をやる気だなんて。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 完結済  コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...