おかしなモノを拾いまして。

青菜にしお

文字の大きさ
12 / 15

12捨て

しおりを挟む
「居たか!?」

「いない! 大家さん、どうしよう! ルノが、ルノがいなくなっちゃった.......!」

 朝方から姿が見えないルノを探し出したのは、夕方。大家さんと2号と近所を走り回り続けて、それでもルノは見つからなかった。

「落ち着けアリッサ、大丈夫だ。そこら辺にいるさ」

 最近、ルノは穏やかだった。別に、今までだってずっと笑顔で優しかったが、笑顔がふわりと柔らかくなって、夜も魘されなくなっていた。毎日私があげたコートをじっと眺めて、袖を通して笑っていた。

 だから、幸せになったのなら。ルノが幸せなら、出ていったって、仕方ないと思っていたのに。

「やだ、大家さん、やだよ.......」

「大丈夫だ。あの筋肉がいきなり消えるわけがねえ」

 2号がくぅん、と泣きながら足に擦り寄ってくる。ばたばたと、地面にどうしても止まらない自分の涙が落ちた。そして、いきなり。

 ぱぁんっ、と。

 最近では聞かなくなっていた、銃声が響いた。

「アリッサ! 1度帰るぞ!」

「やだ、大家さん、やだぁ!」

「ダメだ!」

 大家さんに抱えられて、わんわん泣きながらアパートへの道を進んで。

「うおっ!?」

 いきなり、大家さんが後ろに倒れた。大家さんの筋肉がバランスを崩すなんて緊急事態に、思わず涙も引っ込む。だが、予想していた衝撃はいつまで経ってもこず、大家さんは倒れることなくに建物の影に引きずり込まれた。

「.......2人とも、静かに、落ち着いて聞いてね」

 ルノっ! と叫ぼうとした口はルノの大きな手に塞がれた。見たこともないほど凛々しい顔をしたルノが、濃紺のコートを着て私達の前に立った。

「隣国でクーデターが起きたんだ。ここにいる軍人も、2派に別れた。さっきの銃声は、その争いの始まりだよ」

「.......クーデターだぁ!?」

「大丈夫、ここには旧派閥.......この国の軍が味方すると決めた派閥の方が圧倒的に多い。直ぐにおさまるよ」

 また、2発銃声がした。

「僕が合図したら走って部屋に帰って。カーテンを閉めて、じっとしてるんだ」

「.......ルノ、ルノは? ねえ、帰ろうルノ」

 ルノが、路地裏に転がった鉄パイプを拾った。そして、ふっと表情を無くして。

「がっ!?」

 いきなり路地裏に飛び出してきた軍人の腹を打った。そのまま相手の顎先を膝で蹴り上げ気絶させて、後から飛び出してきた2人目の軍人も流れるように気絶させた。2人とも、銃を構える暇もなく意識を失っていた。

「大丈夫。あとちょっと散歩してから戻るよ」

 へら、と笑ったルノ。しかし直ぐにその笑顔を引っ込めて、大家さんの肩に手を置いた。

「3、2、1で走ってください。.......3、2、1っ!」

 大家さんが走りだす。2号がばっと前に飛び出して、あっという間にアパートに着いてしまった。少し遅れた大家さんが勢いよく私の部屋のドアを開けて、また勢いよく閉めた。それからカーテンも閉めて、私をソファの下に引っ張って隠した。

 なんだか戦争の最後の方を思い出して、涙が出た。


 それから何度か銃声を聞いて、日が暮れて夜が明けて、お昼になったぐらいに控えめにドアがノックされた。

「ルノっ!!」

「拾い主さん、こういう時はドアはすぐ開けちゃダメだよ」

 いつも通りヘラヘラ笑ったルノが帰ってきた。
 丁寧にコートを脱いで、いつもよりずっと丁寧にハンガーにかけた。

「.......ルノ。ねえ、怪我してない? 大丈夫?」

「うん。怪我したらコートが汚れるからね」

 なんだかズレた回答に、大家さんの顔が曇る。

「.......おい、ルノ。お前.......何者だ?」

 聞いて、しまった。

 いきなり、ルノがビシッと足を肩幅に広げた。手を後ろに組んで、顎を引いて。

 揺らがぬ澄んだ青い瞳で、真っ直ぐ前を向いた。



「自分は、我が国の軍人であります!」



 青い瞳が、揺らぐことなく前を見る。ただ、前だけを見ている。

「自分は、守るべき国民を、その生活ごと犠牲にし、敗戦という結果を持ち帰ったクズであります!」

 大家さんの顎が外れそうだ。
 また大きく息を吸ったルノの胸が、張り裂けそうに見えた。

「.......自分はっ! 戦犯としてっ! 裁かれるべき身でありますっ!! 今までその責を逃れ卑しく生き延び、誠に申し訳ありませんっ!!」

「.......ルノ、もうやめて。今日はシチューにしよう」

「自分の本名は、アーノルド・ノックスであります! 階級は中佐、終戦とともに大佐になりました! 今まで身分を騙り、御二方のお気持ちを踏みにじった事、心よりお詫び申し上げます!」

 これには私の顎も落ちた。大佐って、確かめちゃくちゃ偉い軍人さんだったような。とりあえずチョビ髭より上だと思う。

「.......自分は! 補給路を断つため、街を2つ焼きました! 自国の村を7つ犠牲にしました! 罪のない部下に人殺しを命令しました! 国民の生活を犠牲にし、現場に補給を要求しました!」

 ルノの瞳は揺らがない。どんどん自分の逃げ場を無くしても、いつもの優しい言葉を捨てても、澄んだ瞳は揺らがない。

「挙句! 戦争に勝利することができませんでした!」

 言い切ったルノは、揺らがぬ瞳から1粒っきりの涙をこぼした。

 ルノがあまりによく通る大声で話すので、もうアパートの住人全員に聞こえているだろう。聞かせて、いるのだろう。
 大家さんが、呆然とルノを見ている。ルノは、それを堂々と受け止めていた。きっと、ルノは全ての人の前でこうする。全ての罵声を受け止めて、そして。
 そして、死ぬのだ。

「自分は今より、罪を償って参ります! しかし! まだ、この身が国民の盾になることが叶うのならば! もう一度、軍人として戦場に出るつもりであります!」

「.......おい! ルノ! 何言ってやがる!」

「我が国は! 旧敵国である隣国のクーデターの鎮圧のため、軍の派遣を決定致しました! 我々はこの命に懸け、一刻も早く平時を取り戻して参ります!」

 ビシッと足を揃え、手を額にやり敬礼したルノは、あまりに精悍な、軍人の顔をしていた。
 その中で異質に澄んだ瞳が、私の記憶を呼び起こす。急速に、モノクロの記憶が色を持つ。いつからか私の好きな色になった、深い、青を。

 今まで繋がりかかっていた何かが、繋がった。

「.......ルノ。ねえ、ルノ」

「はっ!」

「私ね、拾ってもらったの。10年前に、親に捨てられたから。.......青い目の軍人さんに、拾ってもらったの」

 大家さんに引き取られる前。少し遠い街の孤児院に預けてくれたのは、私に幸せをくれたのは、生をくれたのは。死にかけの、いらない私を拾ってくれたのは。軍人だった。

 ルノだったのだ。

「.......10年前! 自分は士官学校生でありました!」

「そんなの今だって違いが分からないわよ。ね、ルノ。覚えてる? 覚えてなくたっていいけど、私、拾ってもらって」

「覚えておいででないでしょうが! 10年前、士官学校生だった自分はある街に部下と共に派遣されました! 大規模な飢饉が発生したためです!」

 急に、何を。

「自分はそこで、8人の子供の死体を発見しました! 死因は全て餓死でありました! 炊き出しの任務と甘く見ていた自分は、ただその場に立ち尽くすのみでありました!」

 大家さんが、なんの事だと私を見る。
 当時のかすみがかった記憶を引っ張り出しても、ご飯を抜かれたことはさして珍しいことではなかったように思う。殴る蹴るも日常で、罵倒や叱咤も日常だった。

「覚えておいででないでしょうが! あなたは。.......あなたは、 やむにやまれず手放されたのです。自分は無責任にも、預かったあなたを近隣の孤児院に届けたのみでした。っ全て! 全て自分の責任であります!」

 あぁ、嘘だ。これは嘘だ。飢饉の話はどうか知らないが、やむにやまれずなんて嘘だ。ルノが、私のためについた優しい言葉だ。

「ルノ。ねえ、ルノ」

「.......」

「行かないで。一緒にいよう? ね、私、あなたが大好きだから。一緒に、幸せになりたいから」

「.......」

「ルノ、お願い行かないで」

「.......国民の幸福のために尽くすべきが、軍人であります」

「ルノっ! お願いっ!! お願い行かないでっ!! ……捨てないでっ!!」

 目を伏せてサッと敬礼したルノは、私の手をそっと振り払って、この部屋を出ていった。

 泣いても叫んでも、あの青はもう私を拾ってはくれなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...