おかしなモノを拾いまして。

青菜にしお

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14拾い

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「アリッサ、熱があるよ。大丈夫? 薬は飲んだの?」

 おろおろ、おろおろ。軍服姿のルノは、今まで見たことがないぐらい慌てて、なぜかじゃがいもとダンベルを片手にベッドに横になった私の周りをうろつく。まずどこから突っ込めばいい。

「アリッサ!ここに居るのか!?」

「あ」

 血相を変えて飛び込んできた大家さんと、じゃがいもダンベルのルノが正面から顔を合わせた。とりあえずダンベル置きなさいよ。

「.......ルノ」

「申し訳ありません!!」

 ルノは即座に軍人の顔になって、90度に腰を折った。ちなみにじゃがいもとダンベルは流れるように机に置いた。なんて洗練された動き。

「.......てめぇ、」

「.......」

「.......っ.......」

「.......」

 無言の時間が続く。大家さんは、色々な感情を出しては引っ込めて、最後に。

「この野郎!!」

 ルノをぶん殴った。ファイナルアンサーを間違えすぎてる。

「ルノ! 大家さんやめて!! 何するの!!」

「.......俺の娘を泣かせやがってっ!!」

 ルノは大家さんに殴られたにもかかわらず、その場を1歩も動かなかった。つ、と口の端から血が落ちる。
 急速にクールダウンした大家さんは、低い声でルノに聞いた。

「.......隣国、行ってきたのか」

「.......はい」

「そうか」

 大家さんは、ルノの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「良く帰ってきたな。飯はどうする。今日は俺が作るぞ」

「.......いえ。この後、予定がありますので」

「早く帰ってこい」

「はっ!」

 ルノは敬礼して、椅子にかけた緑色のコートに袖を通した。

「何しに行く気だ?」

「謝罪に参った次第です。かつて、自分はこの街の方々を騙し、軍人の身でありながら国民と同じ生活をしました。いかなる罰でも受け入れるつもりであります」

「んなの」

「自分は戦争をしていた軍人です。国民の幸福のために尽くすべきが軍人であるにもかかわらず、その責を果たせませんでした」

 私はベッドを飛び出して、ルノの腕にしがみついた。困ったように、凛々しい眉が寄せられる。

「.......アリッサ」

「一緒に行く」

「.......あまり、気持ちの良いものでは無いよ」

「だから一緒に行くの。ルノは、私が拾ったんだから」

「なら俺も行くな。一緒に謝んのが親の責任ってやつだ」

 ルノは泣きそうな顔になって、それでもすぐ真面目な表情に変わって、生卵が飛んできたら口を閉じて、だとか、石は失明するかもしれないから目を隠して、だとか、刃物が出てきたら僕の後ろに、だとか、とんでもない的外れなアドバイスをしてきた。
 馬鹿だな、本当に。

「怖かったらすぐ帰るんだよ? 危ないからね」

 ルノが念を押しながらドアを開ければ。

「おかえり、ルノ君。マッシュポテト、上手く作れるようになった?」

「暖房の調子が悪いんだが、大家に言ったら壊されそうでさ。お前をずっと待ってたんだ」

「お前がいねえと家計簿がつけらんねえんだよ。どんどん貯金が減って参ってたんだ」

 わっと、アパートの住人達が寄ってきた。最後の一人に至ってはルノに何をさせているんだと思ったが、ルノのまん丸な目が見れたから良しとする。

「本日は、謝罪に」

「ルノ君、ありがとうね。ありがとうね。ごめんなさいね」

 ミサお婆さんが頭を下げようとしたルノの頬をしわくちゃな手で挟んで、刷り込むように何度もお礼を言った。

「.......じ、自分は、軍人で」

「ありがとうね」

「戦争を」

「ありがとう」

「戦」

「ありがとうね、ルノ君」

 さすがの年の功を感じさせて、ミサお婆さんは有無を言わさずルノを丸め込んだ。他の住人達も、じゃあそろそろ帰るわ、とさっと散っていった。

「お待ちください! 自分は謝罪を」

「私達はね、ルノ君に謝られるようなことは、1度だってされたことないのよ。いつも親切に、ありがとうね、ルノ君」

 ルノは今度こそ泣きそうになっていたが、上を向いて堪えていた。それからミサお婆さんと別れて、真剣な表情で軍人のコートを靡かせ街に出ていったルノは。

「っ! なぁんだ、ルノか! そんな格好してビビらせんなよ!」

「ルノさん、また電話の調子が.......」

「お母さぁーん! ルノ兄が帰ってきたよー!」

 街ゆく人々に、多少軍服を驚かれながらも普通に挨拶されて、ずっと謝罪のタイミングを逃し続けているルノは、本当に困惑したような顔をしていた。

「な、なぜ.......?」

「ルノ、ずっと大家さんにこき使われてたから。街のみんなはルノのこと、ちゃんと知ってるんだよ」

「つまり俺と筋トレのおかげだな」

 ルノは、ぽつりと足を止めて。

「.......こ、このコートを着て、笑顔を、向けて、もらったのは.......数年、ぶりです」

 大家さんも私も、本当に慌てて震える声のルノの背中を撫でた。まさかここで泣くなんて。

「中佐!?」

 なんだか騒がしいと思ったら、軍人が集まり出していた。チョビ髭の友達が、信じられないとでも言いたげにこちらに駆け寄ってくる。

「ノックス中佐、一体ここで何を.......し、失礼しました! 少将殿!」

「.......ああ。気にするな。この昇進に意味は無い」

 私も大家さんも動けなくなる。あのルノが、上司やってる。しかも結構こなれてる。

「なぜ、こちらに.......? 王都にいらっしゃると、ばかり.......っ」

「先日軍事裁判を終えたのでな。身辺整理に来た」

 聞き捨てならない言葉が2つほど聞こえた。

「ノックス中.......少将殿! そんな! まさか! なぜ少将殿がっ! これからにこそ、少将殿のようなお方が必要であります!!」

 よく見れば、後ろの軍人達の半分は泣き崩れ、もう半分は呆然としていた。
 ルノは随分慕われているらしい。ちょっと嬉しい、ではなくて。

「ルノ!! どういうこと!? 説明して!」

「いえっさー」

 度肝を抜かれた、とでも言うようにチョビ髭の友達は腰を抜かした。上司の気の抜けた返事に対するリアクションにしては大袈裟すぎる。

「僕は明日付けで退役するんだ。絞首刑の予定だったんだけど」

 チョビ髭の友達は顔を真っ白にして、軍人達の残り半分も泣き崩れた。私も膝から力が抜けて、大家さんに支えられる。

「復興草案を提出したら、財産没収ですまされちゃったんだ。あまり納得してかったんだけど、草案に不足や改善点が出てくるだろうから、手を尽くしたいと思って判決を受け入れた」

 軍人達は雄叫びを上げて喜んだ。私はもう完全に力が抜けて大家さんに抱えられる。びっくりさせないで、病み上がりよこっちは。

「.......アリッサ殿」

 チョビ髭の友達が、さっと私の耳に口を寄せてきた。

「ノックス中佐は.......まるで、昔に戻られた様です。戦争が始まってから、こんなにゆるふわ.......失礼。穏やかな大佐は見られませんでした。っありがとう、ございます。.......ありがとうございます!」

 部下にゆるふわだと思われてたのかルノ。
 それからルノはヘラヘラしながら部下と話したり、隣国の軍人と頷きあったりしていた。チョビ髭相手にはちょっとムスッとしていた。

「ルノ! 帰るよ!」

「いえっさー」

 ヘラヘラ私と大家さんのあとをついてくる、背の高い軍人。
 彼は、途中人通りの少ない道になってくると、静かになんども涙を拭った。私も大家さんも振り返ることはしなかったし、ルノが声を上げることもなかった。

「ルノ、今日はシチューにしましょう。ね、いいでしょ大家さん」

「おう! アリッサより美味く作ってやるよ!」

 夕飯の席でルノは本当に美味しそうにシチューを頬張って、また泣いた。
 それから、ルノはびっくりするぐらい沢山食べた。普通の軍人さんみたいに大きな口を開けて沢山沢山食べた。最後には大家さんより沢山食べて、泣きながら笑った。

「やっぱりなルノ! お前本当はよく食うと思ってたぜ! 筋肉を見りゃわかんだよ!」

「ルノ、足りた? パンもっとだしましょうか」

「.......うん」

 ルノが脱いだ軍服は、大家さんの部屋のクローゼットの奥の奥にしまわれて、代わりにルノは大家さんの若い頃の服を着た。濃紺のコートに袖を通すたび、本当に嬉しそうに笑う。
 庭の畑を綺麗に完成させて、大家さん命令でパン屋の屋根の修理をして、パン屋の娘に言い寄られて。難しい文書を生き生きと書いて王都に送って、元部下達と隣街に井戸を掘りに行って、チョビ髭と腕相撲をして大人げなくコテンパンにして、楽しそうに私と2号と散歩に行って。ちょっと顔を赤くしながら、私と手を繋いで。
 ルノは、とてもとても幸せそうに、ずっと私の隣にいた。

「アリッサー!」

 夏の庭の畑で、土まみれのシャツの袖を捲りながら、パン屋から帰ってきた私を見つけて弾けるような笑顔で手を振って。いつものように無邪気にキスをねだりに、にこにこ私に寄ってきて。

「「あ」」

 ぴぴっ、と。小鳥が、灰色がかった金髪の上にとまった。青い瞳が、私の大好きな澄んだ青が、上を向いて。



 きっと、次の瞬間。世界一幸せな笑顔が、私に向けられる。


【終】
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