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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(上り線)
10、お焚き上げじゃ!お焚き上げをするのじゃあああ!
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それは響季がまだ小学生の頃の話だ。
毎年夏休みは姉と二人で田舎の祖母の家を訪ねていたが、その年は塾の夏期講習がどうのこうのと姉は不参加だった―
「んだよこれぇー。身体カユなるわ」
可愛い孫がたったひとりで来たところで、祖母は特に何のイベントも用意してくれていない。
それどころか暇だろうからと庭の物置の片付けを命じてきた。
埃と湿気と、何やらザワザワした虫がゾロゾロ出てきそうな物置を響季が開けると、束になった雑誌や本や古新聞、茶碗などの食器、漆器、ホース、車輪、木の切れっ端、紐の束、布の束と、いらないものを詰め込みまくっていた。
どれもが古いからといって価値など無さそうなものばかりだ。
「うっわ。呪いの人形」
更にガラスケースに入れられた何十年前のものらしき人形も出てきた。
匠の技が光り、よく出来ている分怖さを感じる。何十年と変わらない微笑みも怖い。
どう処分したらいいものかと考え、
「おばあちゃーん」
「そんでよぉ。んもぉー、柳田さんとこの息子ももういい年だろぉ?」
響季が大声で祖母に呼びかけるが、祖母は勝手口から、言葉通り勝手に入ってきた近所の奥さんと何やら楽しく話していた。
「おばあちゃーんっ」
先程より大きめの声で呼びかけるが、祖母は話に夢中なのか、こちらの声が届かない。それに苛立ち、
「おいババア!!」
「ババアって誰のことだこら響季ぃ!!」
乱暴な呼び方に切り替えると、ババアは即座に反応した。
「聞こえてんじゃねえか!ゴミ袋一枚じゃ足らないんだけど!!あとこの変な人形、」
「あーあー、あとでやるから」
そしてババアはそんな言葉であしらってきた。
女のあとではたっぷり30分はかかる。それは同じ女である響季にも充分わかっていた。
ということはこの片付けは当分終わりそうもない。
「んっだよもうっ!」
貴重な夏休みが、と響季が不機嫌そうにドスンと縁側に座る。
飲み物を取りに行きたいが冷蔵庫があるのは祖母達がガヤガヤと話している台所だ。
じゃあコンビニにでも、と考えるが一番近いコンビニでも500メートルはある。
「ったく」
結局座った姿勢からそのまま畳に寝転がった。
ふと見ると買ってもらったばかりの携帯ゲーム機が、日陰になっている畳の上に置いてあった。
どうせ何もない田舎では暇になるだろうからと家から持ってきたものだ。
親にせがんでようやく手に入れたが、買ってもらったのは本体だけだった。
小学生には多少高価なおもちゃゆえ、ゲームソフトは買ってもらえなかった。
それでも体験版ソフトや無料動画をダウンロードしたり、カメラ機能やサウンドシステムで遊んだり、すでにソフトを持っているクラスの男子から借りたりして響季は楽しんでいた。
与えられた条件の中で考え、工夫して。
そんな楽しみの中にネットラジオがあった。
その携帯ゲーム機ではネットラジオが聴けたのだ。それも海外の。
「今の気分はぁー、」
ゲーム機をネットに繋ぎ、響季が適当な放送局にチューニングを合わせる。
ぴーぴぴぴっ、きゅんきゅんきゅんというチューニング音が聴こえ、曲が流れてくる。
曲はオールディーズやジャズ、ロック、ボサノバ、カントリー、ハウス、テクノ、R&B、ヒップホップ等、多岐に渡った。
普通に生活している小学生ならば聴くことのないジャンルの曲。
それが手のひらサイズの携帯ゲーム機から聴こえてくる。
つまらない日本の田舎でも一瞬でその場がアメリカの西海岸になり、70年代のディスコになった。
「いいねぇ」
畳にうつ伏せになり、響季はしばし異国の音楽を堪能した。
だが結局はいつものように、日本のアニメソングを流している局にチューニングを合わせる。
数ある音楽ジャンルの中でAnisonというジャンルもあった。
流行りのものもあれば少し古い、幼い頃や、自分が産まれる前の有名アニソンが聴こえてくる。
アニソンというくくりなのに、切ないバラードの後はラップ、その次はフレンチポップ、声優がキャラ声で歌うキャラクターソング、演歌と続き、更に早口電波ソングが流れてくる。
まったくもって退屈しない、ごちゃまぜな音楽達が。
自分は知っているけれど同じクラスの子は知らないような曲も。
アニラジを聴き始めてからというもの、響季はそちら方面の曲はやたら詳しくなってしまった。
曲説明なのか時折DJが何かを喋っているが、英語なのでわからない。
それでも曲に対するリスペクトは伝わってくる。
それが日本の子供はなんだか嬉しかった。
「NO BOADER、かな」
ただの小学生が、そんないっぱしのことを言ってみる。
海の向こうからの放送だというのに、ネットラジオは最新アニソンをバンバン流してくる。そこには時間や文化、隔たりなどを感じさせない。
日本のアニメソングが世界への架け橋となっていた。
そんなことを考えながら、次第に響季は畳の匂いと暑さと涼しさ、そして疲労感にうつらうつらしてきた。
その時だった。
「…え?」
鞭の如くしなり、クールに耳をくすぐる女性二人によるツインボーカル。
一人は裸足で駆ける少女のような、穢れのない疾走感のある高音。
もう一人はその少女が迷い込み逃げ出そうとひた走る、夜の街そのもののようなスモーキーな低音。
対照的な歌声が離れてはぴたりと吸い付き、歌声を紡いでいく。
その声に追走するのはDNAに呼応するバカかっこいいサウンド。小粋にお色気をまとった歌詞。
サビになるとそれらが爆発する。
なんだこれは、この曲はと、起き上がった響季は一音も聞き逃すまいと耳の神経を尖らす。
随所でぎゅんぎゅん唸るギターと、主張の強いベース、仕事をし過ぎるキーボードにやや古臭さを感じるが、それでも曲全体が淡く光を帯びていた。
曲から感じる妙な熱さに、クールなボーカルが絡みつく。
いや、メロディがクールなのか、歌声がアツいのか。
それすらわからないが、やたら鼓動が高ぶってくるのは確かだった。
映像も何もなく、ただ曲のみ。
しかも海外経由のネットラジオの、日本のアニソンを紹介する番組で。
あまりにも遠回りでヒントの少ない、歪曲した奇跡的な出会い。
これもアニソンなのか。何の、誰の曲かわからない。
日本で生まれた曲なのに、日本人である自分はまったくわからない。
曲を聴きながら響季は必死に頭の隅で考えていたが、
「あ…、タイ、トル」
ちょうど曲が終わりに差し掛かる頃。
じっと聴き入っていた響季は、曲のタイトルが知りたくてゲーム機を手に取るが、
「ぬおおっ!ローマ字っ!!」
海外ラジオだけあって作品名と曲名、歌手が全てローマ字で書かれ、どれが曲名かわからない。
おまけに文字が右から左へスクロールしているので、読み切る前に文字がするすると流れていってしまう。
「ええっとぉ、…あっ」
結局解読する寸前に曲が終わり、次の曲に移行してしまった。
流れてくる新しいメロディに、せっかく見つけたいい曲が頭から零れ落ちてしまう。
慌てて響季はゲーム機をスリープモードにして曲を遮断し、
「感覚に…、寄り添い。♪にゃ、にゃー、にゃいのー、たずさえてー。…タズサエテってなんだ?絶えず冴えて?」
歌詞とメロディを忘れないよう、必死に口と脳内で反芻する。
これを手がかりにどうにか曲名を割り出せないかと。しかし、
「こぉら響季!!」
「ぅわっ!」
祖母の突然の怒声に畳の上で飛び上がる。その拍子に歌詞の8割は零れ落ちた。
「片付けはどしたっ!サボってんなっ!」
「だあっ、もう!歌詞ぶっ飛んだじゃねえかババア!」
「ババア!?どの口が言うだ!!」
乱暴な口を聞いてくる孫娘にババアが頭をひっぱたこうとし、孫もそれを回避する。
そんなドタバタを繰り広げるうち、どうにかして脳に留まらせていたメロディもどこかに飛んで行ってしまった。
それから長い長い年月が経ちー、
毎年夏休みは姉と二人で田舎の祖母の家を訪ねていたが、その年は塾の夏期講習がどうのこうのと姉は不参加だった―
「んだよこれぇー。身体カユなるわ」
可愛い孫がたったひとりで来たところで、祖母は特に何のイベントも用意してくれていない。
それどころか暇だろうからと庭の物置の片付けを命じてきた。
埃と湿気と、何やらザワザワした虫がゾロゾロ出てきそうな物置を響季が開けると、束になった雑誌や本や古新聞、茶碗などの食器、漆器、ホース、車輪、木の切れっ端、紐の束、布の束と、いらないものを詰め込みまくっていた。
どれもが古いからといって価値など無さそうなものばかりだ。
「うっわ。呪いの人形」
更にガラスケースに入れられた何十年前のものらしき人形も出てきた。
匠の技が光り、よく出来ている分怖さを感じる。何十年と変わらない微笑みも怖い。
どう処分したらいいものかと考え、
「おばあちゃーん」
「そんでよぉ。んもぉー、柳田さんとこの息子ももういい年だろぉ?」
響季が大声で祖母に呼びかけるが、祖母は勝手口から、言葉通り勝手に入ってきた近所の奥さんと何やら楽しく話していた。
「おばあちゃーんっ」
先程より大きめの声で呼びかけるが、祖母は話に夢中なのか、こちらの声が届かない。それに苛立ち、
「おいババア!!」
「ババアって誰のことだこら響季ぃ!!」
乱暴な呼び方に切り替えると、ババアは即座に反応した。
「聞こえてんじゃねえか!ゴミ袋一枚じゃ足らないんだけど!!あとこの変な人形、」
「あーあー、あとでやるから」
そしてババアはそんな言葉であしらってきた。
女のあとではたっぷり30分はかかる。それは同じ女である響季にも充分わかっていた。
ということはこの片付けは当分終わりそうもない。
「んっだよもうっ!」
貴重な夏休みが、と響季が不機嫌そうにドスンと縁側に座る。
飲み物を取りに行きたいが冷蔵庫があるのは祖母達がガヤガヤと話している台所だ。
じゃあコンビニにでも、と考えるが一番近いコンビニでも500メートルはある。
「ったく」
結局座った姿勢からそのまま畳に寝転がった。
ふと見ると買ってもらったばかりの携帯ゲーム機が、日陰になっている畳の上に置いてあった。
どうせ何もない田舎では暇になるだろうからと家から持ってきたものだ。
親にせがんでようやく手に入れたが、買ってもらったのは本体だけだった。
小学生には多少高価なおもちゃゆえ、ゲームソフトは買ってもらえなかった。
それでも体験版ソフトや無料動画をダウンロードしたり、カメラ機能やサウンドシステムで遊んだり、すでにソフトを持っているクラスの男子から借りたりして響季は楽しんでいた。
与えられた条件の中で考え、工夫して。
そんな楽しみの中にネットラジオがあった。
その携帯ゲーム機ではネットラジオが聴けたのだ。それも海外の。
「今の気分はぁー、」
ゲーム機をネットに繋ぎ、響季が適当な放送局にチューニングを合わせる。
ぴーぴぴぴっ、きゅんきゅんきゅんというチューニング音が聴こえ、曲が流れてくる。
曲はオールディーズやジャズ、ロック、ボサノバ、カントリー、ハウス、テクノ、R&B、ヒップホップ等、多岐に渡った。
普通に生活している小学生ならば聴くことのないジャンルの曲。
それが手のひらサイズの携帯ゲーム機から聴こえてくる。
つまらない日本の田舎でも一瞬でその場がアメリカの西海岸になり、70年代のディスコになった。
「いいねぇ」
畳にうつ伏せになり、響季はしばし異国の音楽を堪能した。
だが結局はいつものように、日本のアニメソングを流している局にチューニングを合わせる。
数ある音楽ジャンルの中でAnisonというジャンルもあった。
流行りのものもあれば少し古い、幼い頃や、自分が産まれる前の有名アニソンが聴こえてくる。
アニソンというくくりなのに、切ないバラードの後はラップ、その次はフレンチポップ、声優がキャラ声で歌うキャラクターソング、演歌と続き、更に早口電波ソングが流れてくる。
まったくもって退屈しない、ごちゃまぜな音楽達が。
自分は知っているけれど同じクラスの子は知らないような曲も。
アニラジを聴き始めてからというもの、響季はそちら方面の曲はやたら詳しくなってしまった。
曲説明なのか時折DJが何かを喋っているが、英語なのでわからない。
それでも曲に対するリスペクトは伝わってくる。
それが日本の子供はなんだか嬉しかった。
「NO BOADER、かな」
ただの小学生が、そんないっぱしのことを言ってみる。
海の向こうからの放送だというのに、ネットラジオは最新アニソンをバンバン流してくる。そこには時間や文化、隔たりなどを感じさせない。
日本のアニメソングが世界への架け橋となっていた。
そんなことを考えながら、次第に響季は畳の匂いと暑さと涼しさ、そして疲労感にうつらうつらしてきた。
その時だった。
「…え?」
鞭の如くしなり、クールに耳をくすぐる女性二人によるツインボーカル。
一人は裸足で駆ける少女のような、穢れのない疾走感のある高音。
もう一人はその少女が迷い込み逃げ出そうとひた走る、夜の街そのもののようなスモーキーな低音。
対照的な歌声が離れてはぴたりと吸い付き、歌声を紡いでいく。
その声に追走するのはDNAに呼応するバカかっこいいサウンド。小粋にお色気をまとった歌詞。
サビになるとそれらが爆発する。
なんだこれは、この曲はと、起き上がった響季は一音も聞き逃すまいと耳の神経を尖らす。
随所でぎゅんぎゅん唸るギターと、主張の強いベース、仕事をし過ぎるキーボードにやや古臭さを感じるが、それでも曲全体が淡く光を帯びていた。
曲から感じる妙な熱さに、クールなボーカルが絡みつく。
いや、メロディがクールなのか、歌声がアツいのか。
それすらわからないが、やたら鼓動が高ぶってくるのは確かだった。
映像も何もなく、ただ曲のみ。
しかも海外経由のネットラジオの、日本のアニソンを紹介する番組で。
あまりにも遠回りでヒントの少ない、歪曲した奇跡的な出会い。
これもアニソンなのか。何の、誰の曲かわからない。
日本で生まれた曲なのに、日本人である自分はまったくわからない。
曲を聴きながら響季は必死に頭の隅で考えていたが、
「あ…、タイ、トル」
ちょうど曲が終わりに差し掛かる頃。
じっと聴き入っていた響季は、曲のタイトルが知りたくてゲーム機を手に取るが、
「ぬおおっ!ローマ字っ!!」
海外ラジオだけあって作品名と曲名、歌手が全てローマ字で書かれ、どれが曲名かわからない。
おまけに文字が右から左へスクロールしているので、読み切る前に文字がするすると流れていってしまう。
「ええっとぉ、…あっ」
結局解読する寸前に曲が終わり、次の曲に移行してしまった。
流れてくる新しいメロディに、せっかく見つけたいい曲が頭から零れ落ちてしまう。
慌てて響季はゲーム機をスリープモードにして曲を遮断し、
「感覚に…、寄り添い。♪にゃ、にゃー、にゃいのー、たずさえてー。…タズサエテってなんだ?絶えず冴えて?」
歌詞とメロディを忘れないよう、必死に口と脳内で反芻する。
これを手がかりにどうにか曲名を割り出せないかと。しかし、
「こぉら響季!!」
「ぅわっ!」
祖母の突然の怒声に畳の上で飛び上がる。その拍子に歌詞の8割は零れ落ちた。
「片付けはどしたっ!サボってんなっ!」
「だあっ、もう!歌詞ぶっ飛んだじゃねえかババア!」
「ババア!?どの口が言うだ!!」
乱暴な口を聞いてくる孫娘にババアが頭をひっぱたこうとし、孫もそれを回避する。
そんなドタバタを繰り広げるうち、どうにかして脳に留まらせていたメロディもどこかに飛んで行ってしまった。
それから長い長い年月が経ちー、
応援ありがとうございます!
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