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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

14、職人には名前がない

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「ゲイさん達から、芸の肥やしとなるものを盗んでたの?」

  話の中で出てきたワードを響季が繰り返す。
  ゲイさんから芸の肥やしを盗んだ。
  当時は偶然ダジャレに対しても響季は恥ずかしさがなかった。

 「らしいな」

  柿内君は他人事のように言う。実際他人事なのだが。

 「なんか…、すごいお友達だね」
 「そうかな」

  響季が感想を述べると、柿内君はそう言った。その口ぶりはどこか自慢気に見えた。友達の話なのにだ。

 「それ、実話?」
 「どうかな」

  そして口の端を釣り上げた皮肉めいた笑いを浮かべる。
  普段の柿内君は、楽しいことがあると快活に大口を開けて笑う少年だった。
  夜の街や生い立ちが、時折見せるこの笑い方同様、彼を歪めてしまったのかと響季は考えるが、それは違った。
  あくまでこれは友達の話だった。
  ネタ職人であれば、適当に作った法螺話を友達に聞かせるなどそれこそ造作も無いだろう。
  それはアニラジ系ネタ職人である響季ならば殊更わかることだった。
  だが今の話には真実味があり過ぎた。彼のエンタメ性溢れる性格も、おそらくは夜の街で培われたものだろう。
  友達の話は柿内君本人の話だ。

  ではなぜ友達の話なんかにしたかったのか。
  冷めてしまったからあげをもごもご食べながら響季は考える。
  美味しそうだからと買ったペッパー味だが、後半に行けば行くほど辛さが鬱陶しくなる。
  やはり普通のシンプルな味が良かったかと考え、その答えに至った。
  そうだ、答えは実にシンプルなのだと。
  咀嚼したからあげを飲み込むと、

 「カッキーはさ」

  響季が芝生をぶちっとむしる。
  それを風に乗せて遠くへ飛ばすと、

 「男の子だね」

  そう言って笑った。へはは、と気の抜けた笑い声と共に。
  しょうがないな、と優しく諭してくれるような。うっかり、自分の全てを受け入れてくれそうな笑い方。
  その笑いの意味が、柿内君にはわからなかった。
  だがゆっくり咀嚼し、理解した後。

 「そうだな」

  そう言って彼も笑った。
  自然と口角のあがった口で笑みを作っていた。
  それは彼本来の笑顔だった。
  男の子だから、嘘が下手だね。
  男の子だから、自分の話したいことばっか話すね。
  響季はそう言いたかったのだ。
  それを、少年は理解した。
  全て見ぬかれていた。
  響季がアニラジ系ネタ職人だということは本人の口から聴かされていた。
  対して柿内君は雑誌系ネタ職人だった。

  しかしだからこそ、雑誌系ネタ職人である彼はどうしても喋りながら考えるということが出来なかった。
  ラジオの生放送のようにリアルタイムでネタを求められることがないため、おうちに一旦持って帰ってじっくり考えることが出来る。
  立ち読みした雑誌で今月の募集テーマを知り、歩いて帰りながら考えることが出来る。
  逆を言えばスピードが求められていない。
  一度頭で考えてから、雑誌内で求められている文字数に合わせて出てきたアイデアを研磨するため、突貫工事で話を盛ったり嘘を混ぜたりが出来ず、真実しか語れない。
  友達の、なんて入口部分でしか嘘は付けなかった。
  それは結果として全く意味のない嘘になった。
  そしてその嘘は、少年特有の照れくささゆえだった。
  おまけに相手のことなど、女の子の退屈さなど考えもせず、ただ自分の聞いて欲しかっただけの話をぶっ続けでしてしまった。

  笑いも挟まずだらだらと、ぶん投げるように。
  自分はあの夜の街で何を学んできたのだろう。
  話をしたいのはいつも女で、男はそれをいつも聞いてきた。
  自分のことばかり話す男ほどつまらなくて嫌われるものはないのに。
  それを考えると柿内君は笑えてきた。

 「俺って男の子だな」

  男の子という言葉が面白く、口に出して言ってみる。
  もし自分が女ならもっと上手に嘘話が出来ただろうか、なんてことを考えてみるが、それも響季から出た言葉で吹っ飛ぶ。

 「カッキーさ」
 「うん」
 「もし30……、違うな。25歳くらいになってもさ、カッキーが結婚してなかったらさ」

  寝転がりながら胸の前で手を組み、深く息を吸い込むと、

 「あたしと結婚してくんない?」

  そう風に吹かれながら、響季は言った。
  眼鏡越しに向けられる視線は優しく、口許にも笑みが浮かんでいる。
  それは自分に向けられるにはもったいないと思えるぐらいのもので、

 「そういう、のは」

  柿内君の喉からやっと出たのは引きつったような声だった。そして、

 「そういうのは、結婚、とかは、本当に好きなやつとした方がいいんじゃないか?」

  次いで出た自分の言葉に絶望する。
  なんて自分は卑怯なんだろうと。
  恐らく、彼は言葉を欲していた。
  好きだから、という言葉を。誰かから。
  自分からではなく、相手から言われるのを。
  あたしカッキーのこと好きだよ、なんて言葉を同級生の女の子から引き出そうとしていた。
  当時の彼はそれほど愛を欲していた。しかし、

 「好きで一緒になったら嫌いになるかもしれないじゃん。でもさ」

  そこで響季が言葉を切る。

 「カッキーはさ」

  柿内君の胸が高鳴る。どんな言葉を言ってくれるのだろうと。
  まるで乙女のように。
  だが、響季はそれよりもっと嬉しい言葉をくれた。
  好きだよなんかよりももっと嬉しい言葉を。

 「一緒にいると楽しいから」
 「……たの、しい?」

  辿々しく、少年が繰り返す。

 「楽っていうのもあるけど。フツーの女の子といるより楽だよ。でも男の子ってあんまり意識もしなくてもいいし。うん、楽だな。辛くない」

  空を見上げながら、響季は自分の中の気持ちを確認するように言う。
  楽な理由は、幼少期を夜の街で過ごしたというエピソードでなんとなく納得がいった。
  彼の立ち位置は本来の性別からするとかなりニュートラルだった。

 「だからさっ」

  そして勢いをつけて起き上がると、

 「予約しといていい?」

  男の子のように爽やかな笑顔で、響季はそう言った。
  対して柿内君は、寝転がったままその眩しい笑顔を見上げていた。
  彼は、面白さだけが自分がこの世に与えられたバミリ位置だと思っていた。
  それさえあればこの世に立てると。立たせてもらえると。
  何か面白いことを無償で世の中に提供してさえいれば、ここにいてもいいと。
  しかしそれは、結局は自分のためにやっていた。

  ネタ職人だってそうだ。
  採用されるためには空気を読み、客を値踏みし、それにあったネタを披露する。
  ネタを選別する編集者に気に入られるようレベルを調整する。
  学歴だけは高いセンスのない編集者に合わせるように。
  全体的にレベルが低い、クソな客には安いネタしかやらない。
  損得のためにしか芸を見せない、薄汚い演者だった。
  だが彼女は、そんな自分といるのが楽しいと言ってくれた。
  誰かのためではない、自分のためにしか笑いのステージを演出して来なかったのに。
  人生のステージに一緒に立ってくれると、共演者として隣に立ちたいと言ってくれた。
  寝転がったまま、柿内君が腕を目元に置く。
  やばいなと思っているうちに涙が溢れてきた。

 「ふっ、う」

  嬉しくて嬉しくて、彼は涙が止まらなかった。
  手のひらで押し込もうとするが熱い涙はどんどん溢れてくる。
  一緒にいたいと、必要とされることが嬉しかった。
  たった一人で、ピンで活動していた彼にとって、突然現れた相方候補。
  それも人生のだ。
  好きだなんて告白の何十倍も、一過性の使い古された言葉よりよほど信頼が出来た。
  好きなのかなんて無粋なことはもう聞く必要もない。

 「はっ、ぐ」

  中学二年の男子なんてまだ子供だった。
  だから涙を止めることが出来ない。かといって大声で泣けるほど子供でもない。
  ようやく気持ちが落ち着いた頃、

 「男の子を、泣かすなよ」

  涙に濡れた声で柿内君は言った。
  自分を男の子と呼ぶことに響季がへははと笑う。
  柿内君も笑おうとしたが、なんだか上手く出来なかった。

 「ごめんって。あー…、」

  妙な空気を誤魔化そうと、響季も柿内君を下の名前で呼ぼうとするが、

 「…カッキー、下の名前なんだっけ」

  ずっと苗字で呼んでいたのでわからなかった。確か、なかなか古風な名前だったはずだが。

 「それを将来の嫁に言う言葉か」
 「そっちが嫁かい!」

  柿内君の言葉に響季がセオリー通りにツッこむ。が、それでうまく空気が切り替えられた。

 「俺の名前はだな、」

  芝生に寝転んだまま頭の後ろで手を組むと、少年は目を瞑り、一つ息を吐く。
  その表情はひどく穏やかだった。
  ずっと逃げてきたものからようやく解放されたような。


  それが、二人が中学二年の頃の話だ。
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