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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

15、昔話開催中につき、時空の歪みにご注意ください

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 あの約束から二年が経った。

 「あの約束さ、」
 「反故にしてほしいって?」

  ベンチに横たわり、自分の膝を勝手に枕にしている響季より先に柿内君が言う。
  前髪を梳いてやりながら。
  中学ニ年から高校一年までのニ年間なんて、怒涛の時間だ。
  変わらなかった身長は差が出来、お互い体つきも男らしく、女らしくなった。
  幼い頃から夜の街で生々しくもドロドロとしたものをその目で見てきたせいか、柿内君は昔から恋愛に興味がなく、ただぼんやりと自分の居場所のみを求めて生きてきた。
  それは今も変わらない。
  膝枕しているこの子が人生の伴侶となって自分が居ていい場所を作ってくれるならそれでいいと思っていた。
  それだけは今も、あの頃と変わらない。
  しかし響季には夢中になる女の子が出来た。
  零児だ。


 「友達になってって言って、無理だからって言われて、じゃあ付き合ってって言ったらふざけんなって」

  零児との距離を縮めたい響季は、あの約束などなかったように電話で相談してきた。

 「女の子が女の子口説くってどうやればいいの?」
 「知らないよ」
 「女の子と付き合ったりとかはないんだっけ、カッキーは今まで」
 「ああ、なんかめんどくさそうでな、別れたりとか。もうお互い結婚を前提に、ぐらいの気持ちでならいいけど」

セーブはまめにしろ
 ソフトは借りパクするな
中古買いは新作に繋がらぬ
女性ファンに傾倒するな
CR化には頷け


 そんな、ゲーム雑誌の読者ページのノベルティで貰ったゲームプロデューサーの小言湯のみを見つめ、その中の冷たい麦茶を飲みながら、適当に話を合わせていた。
  もうあの約束は消えてしまったのだと思っていたからだ。
  響季は自分ではなく、あちらに行きたがっているように見えた。
  だとすれば、親友なら送り出してやる他無い。夜の街で育ったなら尚の事それは自然に出来た。
  自分はもう、あの言葉を支えにすれば生きていけるとさえ思えていた。
  無駄に達筆で書かれたお小言を見ながらそう考えていたのに、


 「いや、まだ有効かなって」

  膝の上の響季は確認をとってきた。
  まだ自分と一緒になる意思はあるかと。

 「……え、えっ!?」

  柿内君が二段階で驚く。
  それは予想してない言葉だったからだ。

 「もう、ダメかな」

  お菓子をねだる子供のような声と視線で響季が訊いてくる。

 「いや…、あ、響季が、いいなら」

  戸惑いながらそう言うと、

 「そっか。よかった」

  向こうは屈託なく笑うが、彼にはその笑顔が信じられなかった。

 「なん、で」

  喉に引っかかるような声でようやくそう言うと、

 「なに?」
 「れーじ君は、どうするんだ」
 「どうするって?」
 「好きじゃ、ないのか?」

  その問いに響季はまた黙りこくってしまうが、

 「……献結のね」
 「うん」
 「結ぶ方のね」

  急に口調が幼くなった。
  だから柿内君は一生懸命聴いてやった。

 「昔貰った、手引書みたいなやつ。それ昨日久しぶりに見たら書いてあったんだ」

  そう、ぽつぽつと響季は話しだした。


 献結をするように言われ、貰ったきり机の引き出しに突っこんでおいたTB成分についての手引書。
  TB成分が多い子供に見られる症状は、家でかーちゃんが作ってくれるのにカレー屋巡りにハマる、二郎インスパイア系ラーメン屋巡りにハマる、パラっとした究極の炒飯作りにハマる、ヌンチャクとか鎖帷子を自作する、等があった。
  その中にあった、かなりオブラートに包んで書かれた《同性に対する一過性の恋愛的感情》云々という記述。
  自分の零児に対する思いは、柿内君が言ったように敬愛に近い。
  だが零児の自分に対する好きはもっと色の違う好きで、それはその身に流れる血のせいだったとしたら。

  響季はそれが怖かった。
  本当に好いてくれているのではなく、血のせい。
  大人になり、いつかこの血熱が冷めてしまうかもしれないと、冷めてしまうのだと。
  世に溢れる百合物語。
  その中で描かれる、一瞬のきらめきのような清らかな関係。
  一定の歳になり、閉じた楽園を卒業すれば終わってしまう関係。
  たとえ受け入れても向こうがある日冷めてしまうのではないか。
  響季はそれが怖かった。



「そん、なの」

  柿内君は親友の、そんな血の事情を知らなかった。
  手引書というものも、献結の付き添いで保健室に行った時に一度だけ見せてもらったことはある気がする。
  症状の一例には、親や教師、学校などへの著しい反抗的な態度、文化部なのにフットサルシューズで通学、味もわからないのにコーヒーにハマり、親にミルを買うようねだるが結局使わない、七夕の短冊になんかイタいお願いをするなど様々なことが書いてあったが、そんなこと書いてあっただろうかと柿内君は思い出す。
  親友に気付かれないよう唾を飲み込む。事態は思った以上に深刻だった。
  そしてなんとか時間稼ぎをしようとし、

 「でも、あの、ほら、二人共さ、付き合ってただろ、ちょっと」

  実験の話を出してくる。今更何を言ってるのだろうと思いつつも。だが、

 「付き合ってたけど、特にそういうこと何もしてないし」

  むすっとした口調で響季が言ってくる。

 「…え?なに、も?」
 「なんもしてない」

  尚も言ってくる響季に、柿内君が戸惑う。
  いや何もしてないことないだろうと。
  いつかパソコンルームで見た、少しだけ大人になった親友の横顔を思いだす。
  あんな表情をするようになったのに、何もしていないはずがないと。

 「だっ、て、あの」

  ぐるぐると考えを巡らすが、柿内君は上手く言葉に出来ない。
  下世話な言い方にならないように、ねーねーおまえらどこまでいったの?と訊くにはと考え、

 「キッ……、チッスくらいはっ、し、したんじゃないのかしらっ!?」

と、キスをチッスと言うことで笑いの種を無理やり蒔いてみた。
  わざと裏返った声とオカマ口調で。
  それに対して響季が呆れた目で見上げてくるので、なんだか恥ずかしくなる。

 「だからっ!」
 「カッキーさあ、実験の趣旨伝えなかったっけ?」
 「いや、聴いたけども」

  実験とは、献結における穴を突いてやろうという実験だ。
  異性と性的に接触すること無く、清らかな身体のまま血の質を変えることは出来るのかという。
  その相手が同性だとしても可能なのかという。
  一度胸の前辺りでバツ印を作ると、

 「体液がさ、あの…、交じり合うような接触はしないまま…、えーとだから」

  今度は響季が考えを巡らす。
  どうしてもうにゃうにゃとした言い方になってしまう。
  下世話な言い方にならないようにするにはどうすればいいかと。そして、

 「……粘膜同士の接触は禁じたんだって」

  照れ隠しのような、ムスッとした言い方でそう言った。
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