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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

16、あの夜二人は何をしたのか

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 響季が零児の提案した実験に乗ると約束した、真夏のあの日。

 「行こう」

  そう言って立ち上がり、零児の手をとると響季は歩き出した。
  確か、まだやっているはずだと。
  フードコートを離れずんずん歩く響季に、零児は早歩きでついていく。
  相手に歩調を合わせられないなんて初デートとしては最悪だが、今日は踵の高い靴を履いている訳でもない。
  それより、この女の子が自分をどこへ導いてくれるかの方が零児にとっては重要だった。

  響季が立ち止まったのはモール内にあるサーフショップだった。
  その一区画だけジャングルにように妙に木が多く使われた店。
  偽物のヤシやバナナの木みたいなものもあった。
  慣れないココナッツの匂いも。

 「ここで、指輪を買います」

  言われた言葉に零児が小さく頷く。

 「らっしゃーせー」

  軽い口調のギャル店員に迎えられ、二人は店内に足を踏み入れると、

 「可愛いねー」
 「ねー」

  まずは浮わついたデザインの洋服類を見ていく。
  響季が女子高生の常套句で振ると、零児も女子高生然と答える。
  振られたアドリブ芝居に当たり前のようについてくる。
  スリッポンや、亀柄のメッセージTシャツ、やたらと高いケミカルショートデニムや水陸両用ボードショーツなどを見た後、お目当てのカウンター前で売られている装飾品類を見ていく。
  眼鏡の奥で響季が素早く目を動かし、デザイン的にうるさくなく、左手薬指に嵌めていても疑われそうのない指輪を探す。
  かつ、お揃いではなく恋人の証として買うものを。

 「これ、は、イルカ?」

  だが一つの指輪がどうしても気になった。
  幅広リングの中にイルカがひしめきあうように泳いでいるそれは、イルカ達が海底から水面を見上げているような、あるいは狭い水槽か生け簀で泳いでいるように見えた。

 「一匹だけサメがいるんだよ」
 「へえ。そうなんだ」

  店員さんのフランクな接客に、響季がこちらもフランクに返す。
  間違い探しのようで面白そうだった。
  これにしようか、と考えていると、

 「これがいい」

  零児の方は早々に決めてしまった。
  指し示したのは波が小波、大波、ビッグウェーブ、そして小波と波が変わる様を指輪にぐるりと一周描かれている指輪だった。
  それは永遠に変わることのない海の姿を表しているように見えた。
  優柔不断な自分とは違い、意外と早く選んだなと響季が見ると、零児はいつも以上に真っ白な顔をしていた。
  心なしか呼吸が浅く、目が死んでいた。
  なんだか車酔いしたような、とにかく具合が悪そうだった。

 「大丈夫?」

  背中に触れながら小言で訊くと、

 「スメル、が…」
 「え?あ」

  暗号的に伝えてきた言葉に響季がハッとする。店内に立ち込めるココナッツの匂い。それに酔ったらしい。

 「ごめんっ。すぐ選ぶからっ。えっと」

  響季も自分の指輪を選ぶ。
  ボードを持ったサーファーと、ボディボードを持ったボディーボーダーと、フル装備のダイバーと、浮き輪を腰にはめた子供がこちらも一周ぐるりと並んで歩いている指輪だ。
  これならデザイン的に対になってるようでいいかもしれない。

 「すいません。これとこれ」
 「はぁい。ご一緒で?」
 「一緒でいいです」

  包装などどうでもいい。この場から離れることが最優先だった。

 「お待たせしましたぁ」
 「はいっ。行こうっ」

  買ったものを響季が受け取ると、二人は小走りで店を離れた。
  新鮮な空気を吸わせたいが外は暑い。
  とりあえず手近なベンチに座らせ、響季が背中を擦ってやる。

 「大丈夫?」

  深く呼吸を繰り返す零児にそう訊くが、とても大丈夫には見えない。
  このあとのイベントを考えると心配だった。
  しばらく零児が回復するのを待ったが、

 「あとは?」

  本人は回復を待たず先を急かしてきた。このあとはどうするの?と。

 「えっと、とりあえず、外行くけど」

  それを聴いて零児が、ああ、と不機嫌そうな顔をする。
  外は暑い。いや真夏の夜なのだから蒸し暑い。
  対してここは涼しい。
  体力が回復してないうちは移動を控えたかったが、

 「行こう」

  零児が先に立ち、急かす。

 「でも」

  もう少し時間をおいたほうが、と考えたがその時間がもう無い。
  モールの閉店時間が迫っていた。
  シネコンやレストラン街などは遅くまでやっているが、他はそれより早く閉まる。

 「…わかった」

  大丈夫という言葉を信じて響季は次のステージへ向かった。



「うわっぷ」

  ショッピングフロアから外へと通じるドアを開けると、予想していた熱気をくらった響季が息を止める。
  だがまとわりつく空気は暖かいと言った程度だ。
  思った以上に身体が冷気で冷やされていたらしい。
  ドアを開けた先は屋外ラウンジになっていた。
  テーブルと椅子、等間隔で置かれたベンチや、昼間はじっくり日焼けでも出来そうなウッドチェアなどもある。

  それらが薄ぼんやりした灯りでライトアップされ、素敵な真夏の夜を演出していた。
  響季達が来ていたショッピングモールは所々にこうした憩いの場が設けられていた。
  買い物に疲れた近所の母子連れのためにか比較的見晴らしのいい場所や、お金のない恋人同士のためにか隠れ家的な場所にも。
  そこにもくつろいでいる20代ぐらいのカップルと、ベンチにあぐらをかいたギャル達がいた。
  ショーをするにはギャラリーが多過ぎる。
  場所を変えるかと響季は踵を返そうとするが、

 「いいよ。ここで」

  それを零児が制する。

 「でも」
 「するんでしょ」

  指輪。人気のいない、二人きりになれる場所。
  これから行われるそれは、付き合うとなればそのプロセスは絶対に必要だ。
  特に女の子にとっては。
  だから響季は最高の演出を考えていたのだが、とにかくもう時間がない。
  こんな計画、明日になったらバカげて取りやめてしまうかもしれないのだ。
  浮かれた夜でなければ出来ない。

 「えーと」

  とりあえず、響季がケータイのメモ機能を見る。
  あの後思い付いたのと、もしやと思って見た女性ファッション誌にあった『女子がされたい告白の仕方ベスト10』が脳内にメモってある。
  それらをネタ帳を見る芸人のようにチラ見すると、

 「…よしっ」

  小さく頷き、零児に近づく。そして、

 「っしゃあ!やったんぞこらあっ!」

  ぺちぺちと頬を叩き、両拳を握って吠え、響季が気合いを入れる。
  それから、終わりの見えない告白百人組手が始まった。
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