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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(下り線)

4、送り狼にすらなれなかった

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「結構遅くなっちゃったね」

  モールから駅までの無料シャトルバスを降りると、すでに閑散としている駅前を見て響季が言う。
  十代が多いということを考慮してライブは早く終わってくれたのに、モールが遅くまでやっているのをいいことにブラブラし過ぎてしまった。


  ライブの後。適当に遅くまでやっていたファストフード店に入ると、響季達は汐谷茉波のライブパフォーマンスについて語り合った。
  とにかく汐谷茉波は素晴らしかったと。
  キツい色のウィッグとコスプレ衣装は、普段しないバッチリお人形さんメイクでなんとか帳尻を合わせ、ファン達は各自に備わっている2.5次元フィルターを直ぐ様掛けて現実とのブレを補正した。
  が、何よりキャラ声でも全く落ちることのない歌声が、結伊ちゃんの具現化成功への鍵となった。
  どれだけ動き回ってもステージ上を走り回ってもブレないキャラ声。
  汐谷茉波は全身を駆使して結伊ちゃんを演じきり、観客を楽しませていた。
  かつて見た公録。それと同等か、それ以上の職人芸を響季は見た。
  現実と非現実が声をニカワにしてひっつき、脳と目が楽しく騙されるあの感じ。
  野暮ったい厚みと奥行きを伴って、二次元キャラが現実に降臨されるあの感じ。
  汐谷茉波は結伊ちゃんのイメージソング『キミのゲンキをありがとう』と『ちょこっと☆結伊まーる』の二曲を披露し、「あ、ルームにあるジュースの無料自販機が壊れちゃったみたい!直しに行かなくちゃ!」と、元・機械科出身という設定を汲んだ台詞を残して、またポップアップから消えた。
  スペシャルゲストとあって、ラストの演者全員で揃いのライブシャツを着てテーマ曲を歌うステージには参加出来なかったが、今日一番楽しませてくれたのは汐谷茉波、いや結伊ちゃん、いやしーおん、もうどっちでもいいよ!とにかくアイツすごかったよ!と。

  もっとも語り合ったと言っても喋っていたのはほとんど響季だけだったが、なんだかこのまま帰るのが惜しくて、誰かと感動を分かち合いたかった。
  かといってその場に居るファンと意気投合出来るほど熱に浮かれ過ぎてはいない。
  唯一喋れそうな母娘は早々に帰ってしまった。
  結局、零児を相手に響季は興奮をぶつけた。


 「えーと」

  響季が自転車を止めた駐輪場と零児とを見る。
  響季は自転車だが、零児は徒歩でやって来た。
  女の子が一人で歩いて帰るには少々危険な時間帯だ。
  危険な時間まで引き止めたのは響季なのだが。
  なので家まで送っていこうかと言おうとすると、

 「送って」

  それより先に零児がそう言った。
  クールなーモンドアイを向け、当然のように。
  かつて、まだ正式に友達になる前に公園に呼びされたことを響季が思い出す。
  あの日に比べればだいぶ早い時間だが、危機意識が高いことはいいことだ。

 「はいはい」

  我儘なお願いに、肩をすくめて響季が言う。
  やれやれと、本人は精一杯面倒くさそうにしたつもりなのに、その表情からは嬉しさが滲み出ていた。




「月がきれいですなあー」

  夜空を見上げながら、のんびりと響季が言う。
  灯りを付けたクロスバイクを押し、隣を歩く零児と同じぐらいの歩調で。
  駅前にある高い建物群を抜けると空がよく見えた。
  呑み屋などもある、多少ごみごみした地域だが、近くには住宅街もあるので静かだ。

 「おっ、と」

  人目がないからか、零児が腕を絡ませてきた。
  急に腕を引っ張られたのと、あまりしない甘え方に響季が少し戸惑う。
  クロスバイクの前カゴには自分のバッグやライブで貰ったお土産類が詰め込まれているため、ハンドルを持つ腕が少々不安定になる。
  それでもどうしたなんて野暮なことは訊かない。おそらく前は訊いていた。
  なんてことはない。腕を組むなんて友達同士でも当たり前にするごく自然なことだ。
  腕に、零児の暖かさと重みを感じる。
  真夏に初めてデートした時のうっとおしさなど微塵もない。今が冬という季節関係なくだ。
  荷物とひっついた零児を気遣い、歩調をさっきよりも遅くする。
  なんだかゆっくり帰ろうと言われてる気がして、響季は嬉しくなった。

  しばらくそうしていただろうか。
  特に会話もなく二人で歩いていると、反対側の道を危なっかしい足取りでサラリーマン風の男が歩いてきた。
  なにかぶつぶつ呟いていた。酔っぱらいか、と響季が警戒するが、健全なサラリーマンが悪酔いしているのとは様子が違って見えた。
  因縁でもふっかけられないかと気を配るが、距離もある。
  視界の端で捉えると、格好に反して男はだいぶ若かったが、そうこうしているうちに通り過ぎた。 
  安堵しながら歩を進めると、一度は離れていった、踵を擦り、道を蹴るような足音がこちらに近づいてきた。
  それはさっきまで聞いていた音だ。
  響季の体に緊張が走る。
  思い違いであってほしい。しかし用心に越したことはない。
  息遣いや、意味のない愚痴のような呟きも後ろから聞こえてくる。

 「れい、ちゃん」

  そう、響季が前を見たまま言う。腕を組まれているのと反対の手で服のポケットを探りながら。
  ハンドルを持つ手が更に不安定になり、歩みも遅くなる。男との距離も近づいてしまう。
  緊張と恐怖、そして好奇心と興味。
  こんな危機的かもしれない状況において、響季は少しばかり試してみたいことがあった。

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