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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(下り線)

3、お母さんファンがすごい件

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「あー。まだやんのー」
 「お行儀が悪いなぁ」

  先程の零児以上にぐでんぐでんな響季が言い、ちょいぐでだった零児が注意する。

 「だってぇーん」

  ライブが始まると、最初こそワクワクしていた響季は進むにつれダラけてきた。
  あまりにもライブが楽しめなかったのだ。
  客が少ないのと本会場ではないのとで、ヒカリモノを振る場面になっても座ったままチョイチョイと適当に振ればいいだけ。
  あちらはオイオイ振り、コールも満載なのに、響季達がいる会場はそれらがほとんど無かった。
  途中、おっ、これはという演者も出てはくるが、全く知らない人間を惹きつけてくれる演者達は少なかった。
  知らないアーティストが多いので、せっかくカメラが寄ってくれても有り難みがない。
  トイレも水分補給も、気兼ねなく行き放題で緊張感がない。眼鏡もズレまくりだ。
  本会場と比べ、どこかこちらは一体感がなかった。
  すでに所詮は300円の価値かと割り切っていたが、

 「早送りしたい」

  背もたれのスポンジをもにゅもにゅしながら響季が言う。
  もはやおうちでライブDVDを流してる状態だった。
  退屈しのぎにロビーで売っていたチュロスと、更にチーズドッグまで食べてしまった。残念ながらブリトーはなかったが。
  そんな退屈満腹ガールを他所に、

 「そろそろだと、思うんだけどな。時間的に」

  零児がぽつりと言い、周囲を見回す。
  その身体からは滲み出るような期待が見えた。
  とある目的のためにこんなライブに来たのだという期待が。だが、

 「なにが?」

  唯一わかっていない響季がぽへーっとした顔で問う。
  そして唐突に、

 「はあいというわけでぇ、皆さん盛り上がってますかぁー?」

  出演者の一人であるネット発女性アーティストがステージ袖から現れた。
  素人とは思えない堂々としたMCに、ウォー!という野太い声が中継先の会場から挙がるが、響季は流れが少し変わったことに気付く。彼女の出番はだいぶ前だった。
  何をするのかと座席で最大限にグデりながらおうちのリビング感覚で見ていると、彼女は自分が何かを喋るたびにヒカリモノを振る観客をいじったり、女性客の多さに驚いてみた後。

 「まだ皆さん、体力残ってますよねえ!?」
 「ウォオオオオエエエエアアアア!!」
 「うおーぅ」

  会場の声に合わせて響季も声援を送ってみると、

 「ではここでっ、本日のスペシャルゲストぉ、献結推進イメージキャラクター 結伊ちゃん役の汐谷茉波さんのご登場です!!」
 「うぉーっ!!?」

  まさかの中の人バラシと我らがカリスマ声優の登場に、身体はグデりながらも声だけは今日イチでいいリアクションを取る。ズレてた眼鏡のフレームもなんですと!?とかちゃかちゃさせる。
  会場でも野太い声に負けじときゃあああ!と黄色い声援が挙がった。
  心なしかネット発アーティストも興奮気味に紹介していた。
  汐谷茉波はそちら界隈ではカリスマ中のカリスマだ。
  その紹介役を仰せつかったのだからテンションも上がるだろう。
  そして、

 「っていうか結伊ちゃんの声って、しーおんなの?」

  声が裏返りながら響季が今更ながら隣にいる零児に訊く。
  結伊ちゃんの声はずっと非公開で、秘密にされていたはずだが。

 「知らなかったのは君くらいじゃないのかな」

  自分のバッグをがさごそしながら、零児がそう言う。
  公式では非公開にはなってはいたが、ネットでも使ってちょっと調べれば声優ソムリエ達がその絶対音感を生かして誰なのか割り出していたのだ。

 「……マジですか」

  いつかルームで見たあのクソうるさい自販機の声も汐谷茉波だったのだ。
  ラジオでの声とは全く違うお仕事声だったのに。
  いや、ラジオもお仕事ではあるだろうが、結伊ちゃんの声はもっと透明感があり、キラキラしてお行儀が良かった。
  尚且つ公おおやけ向けの、万人受けする可愛いらしさがあった。
  深夜ラジオでうだうだ喋っているイメージなど微塵もない。
  一度だけ録画してすぐ見るのをやめた、深夜アニメの女の子声とも違う。
  喉のチューニングをいじったどころではない、全く違う声。
  だがよーく思い出せば声の中心にある芯の強さは共通するものがあった。
  キャラクターへの魂入れに欠かせないあの強さは。

 「……せいゆーすげえ」

  改めてその職人ぶりに響季が驚かされる。しかし、

 「えっ?」

  響季は更に驚く。周囲の人達はいつの間にか立ち上がり、蒼碧色のヒカリモノを揃って手にしていたからだ。
  零児すらも。
  ライブ中は貰ったヒカリモノを振らない人でさえいたのに。
  今日初めての一体感に呆気にとられる。
  そして、おぼろげな知識で思い出す。
  蒼碧は汐谷茉波のテーマカラーだ。
  ッドン、ッドン、という長めのイントロに合わせ、スクリーン内のファンはヒカリモノを力の限り振って、カリスマ人気声優を迎え入れようとしていた。
  ライブ会場のボルテージが高まっていく。
  それは離れたこの場所でも同じだった。

 「えっ、あっ」

  その勢いに気圧されつつ、この波に乗り遅れるなとばかりに響季も入口で貰ったヒカリモノで蒼碧色を光らせようとするが、

 「…あれ?あれっ?」

  蒼碧色が、無い。
  貰ったヒカリモノに蒼碧色は実装していなかった。
  皆自前で持ってきていたのだ。シークレットゲストの汐谷茉波が出ることを予想して。

 「あ、あ」

  どうしようと響季がオロオロしだすが、

 「あの」
 「へ?」

  突然掛けられた声に振り向く。
  すぐ近くに、身を低く屈ませたおばさんがいた。
  先程見かけた、娘の付き添いで来たらしきお母さんの方だ。
  そのお母さんが手にした碧緑色のヒカリモノを差し出しながら、よかったらこれどうぞ、と響季に渡そうとしてきた。

 「で、でも」
 「いえ、どうぞどうぞ」

  ほとんど押し付けんばかりにお母さんは渡そうとしてくる。
  そんなことをしているうちにステージ上のライティングが変わる。いよいよカリスマが登場するらしい。
  このまま日本人独特のどうぞどうぞそんなそんなを長引かせると、お母さんにもご迷惑だった。

 「あ、ありがとうございますっ」

  結局、響季はご好意を素直に受け取った。
  ぺこぺこと頭を下げ、お母さんも会釈を返しながら戻っていく。
  席に戻ると、娘らしき女の子に「んもーっ」なんて笑いながら言われていた。
  それを見て、響季はなぜだか泣きそうになった。
  あんなお母さんが声優のステージを盛り上げようとしてくれる姿に。
  そして武器も手にしたところでスクリーンに向き直る。
  ちょうど会場の大型モニターには『献結推進キャラクター 結伊ちゃん』『その中の人』という大文字テロップがドドン!ドドン!と出た。
  それに合わせて会場のおおっ!!おおおっ!!!という声も大きくなり、ヒカリモノの振りも大きくなる。
  更に『汐』という文字が現れ、大きな声援が。
  次に『谷』という文字が現れ、更に大きな声援が。
  大型モニターの右から左に、汐谷茉波という文字が流れ、

 「文字デカっ!」

  響季がそのデカさに思わずツッコんだところで、ステージのポップアップから結伊ちゃんのコスプレをした汐谷茉波が飛び出した。




 汐谷茉波の最神コーディネイト

 エンディング~おたより呼び込み&メール読み《「LIFE in Function見てきました」》


 汐谷「というわけでこちらまで…、けへっ、おたより待ってまーす。やっばい、ちょっと、さっきCM中に食べた太鼓煎餅が喉に。けくっ」
 作家「(笑)」
 汐谷「(笑)そんで、もうエンディングなんですが、メール一通いけるかな?どうしても読みたいのがあってですね。えーと、この子たぶんですけど前に一度、お母さんと映画見に行ったってメールくれた女の子ちゃんだと思うんですが、もし違ってたらゴメンね。
 『さいしんネーム ココアモナカちゃん しーおん こんばんわ。さっき』さっき!?(笑)」
 作家「(笑)」
 汐谷「『さっきしーおんが出ていた献結、…け・い・も・う・ライブを見てきました』
これたぶん啓蒙って字難しかったからかな。ひらがなで書いてありますね(笑)『今は帰りの車の中でこのメールを打っています』おー、ありがとう。
 『今日、初めて歌っているしーおんを見ましたが、すごく歌がうまくてびっくりしました』で、この後も色々書いてあるんですがー、あ、あと『しーおんのサプライズ出演はネットで知りました』って書いてあるんだけど、これねー、あのねー、なんか本番当日にわたしを紹介してくれた女の子が、どうやら事前にネットでゲロっちゃったらしくて」
 作家「(笑)」
 汐谷「なんか《すごい人の呼び込み役を仰せつかまつりましてとても光栄です!》みたいな。《本物の結伊ちゃんにお会いできるなんて光栄です!》みたいなことをブログに書いちゃったらしくて。そしたらもうこれは結伊ちゃんの着ぐるみかぁ、もしくは中の人ごと出ちゃう?みたいな二択になっちゃって。しーおん出るんじゃないのーン↑?どうなのーン↑?みたいな情報がネットで結構出回っちゃったみたいで。その子、オトナたちに厳重注意を受けたとか受けないとかで(笑)はい」
 作家「(笑)」
 汐谷「あ、続き。『お母さんと見に行ったのですが、出てきた時にしーおんのテーマカラーである、あおみどりのサイリウムを持っていない女の人が居ました。それを見たお母さんが直ぐに余分に持っていたサイリウムをササっとその女の人に渡しに行きました』ササッと(笑)」
 作家「(笑)」
 汐谷「『恥ずかしかったけどその時のお母さんはかっこよかったです』って書いてあってですね。なんとこのあと、お母さんからのお便りも書いてあってですね。じゃあこっからは作家さんが」
 作家「えっ!?(笑)」
 汐谷「はい、こっからです。あとちゃんと、お母さんボイスで」
 作家「……『ここからはお母さんもメールを書きます』」
 汐谷「(笑)」
 作家「(しっとり母ボイス)『今回初めて、』…『しおーんさんのライブを拝見させていただきましたが、会場をとても盛り上げてくれていてこれぞプロのお仕事と感動しました。私達はライブビューイングで見たのですが、こちらも会場と変わらない盛り上がりでした。今後共お体を大切にし、お仕事頑張って下さい』」
 汐谷「お゛があ゛ざーん゛っ!あ゛り゛がどーっ!がんばるよわだじー!」
 作家「(笑)」
 汐谷「あど一応しーおんでやらぜでもらっでまずー。しおーんぢゃないよーう!」
 作家「(笑)」
 汐谷「(笑)」
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