嫌われ令息に成り代わった俺、なぜか過保護に愛でられています

岩永みやび

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12歳

306 お喋り好き

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 ユリスには、犬を拾ったことはしばらく内緒にしておこうと思う。

 部屋に犬を隠して、ユリスと共に夕食をとる。その後は、いつものように、ユリスの部屋で白猫と遊ぶ。

 ロニーとジャンにも、犬の件はユリスには内緒と伝えてある。横どりされたら嫌だからと主張すれば、ロニーは苦笑していた。

 そうして就寝時間になり、俺は足早に部屋へ戻る。勝手にベッドを占領していた犬は、暇そうに尻尾を緩く振っている。

 素早く寝る準備を整えて、「おやすみ」と挨拶する。ロニーとジャンが退出するのを見届けて、勢いよくベッドにダイブした。

「犬!」
『うお、びっくりした。オレを踏み潰す気かよ』

 ガシッと犬を掴んで、引き寄せる。毛をわしゃわしゃすれば、犬が遠い目をする。

『なんか色々間違えたかもしれない。坊ちゃん。オレを飼うのは諦めてもらえないかな』
「綿毛」
『聞けよ、話を』

 なぜか俺の腕から抜け出そうとする犬をベッドに押さえつけて、隣に寝転ぶ。

『扱い方が雑過ぎる。これだからガキは嫌なんだよ。一旦出直したい』

 ぶつぶつ呟く犬を、思う存分撫でまわす。ついでに白猫も撫でまわす。最高じゃん。

『あー、ところで坊ちゃん。すんごい今更なんだけどさぁ。オレが喋っていることを普通に受け入れてるのはなんでなの? もっとこう、うわびっくりしたみたいなリアクションがあってもよくない? 無反応過ぎてびっくりだよ』
「俺、前に喋る猫飼ってたもん」
『いや怖! なにそれ。坊ちゃん、猫は喋ったりしないよ?』
「喋るよ」
『もうやだこの子。ペットやめたい』

 シクシクと泣き真似をする犬。でも黒猫ユリスが喋っていたのは事実だ。てか、おまえも犬だろうが。

『オレは犬じゃないよ』
「嘘つき」
『なんでや。角見たでしょ?』

 確かに角はあったけど。でもこいつは、どう見ても犬だ。

『まぁいいや、犬でも。それより坊ちゃん。ちょっと訊きたいことがあるんだけどさ』
「餌食べる?」
『マイペースかよ。お気遣いなく。それでね、坊ちゃん』
「猫の餌食べるか?」
『だから食べないって』

 食べないの?
 お腹すいてないのかな。でも、猫にはご飯あげたけど、犬にはまだあげていない。遠慮しているだけかもしれない。

 戸棚に走って行って、猫の餌を手に取る。察しのいいエリスちゃんが、にゃあにゃあ鳴き始める。君は食べたでしょうが。

「ほら、食べろ」
『いや、だからさ。ちょい、うぇ』

 犬の口に餌を押し付ければ、渋々といった様子で食べ始める。『扱い方が雑』と、項垂れる犬。

「美味しい?」
『まぁまぁかな』

 餌を奪うつもりなのか。犬に飛びかかろうとしている猫を押さえて、なんとか阻止する。

『それでね、坊ちゃん』
「食べた? じゃあもう寝よう」
『全然話聞いてくれないじゃん、この子』

 ベッドの端に犬を追いやって、隣に猫を並べる。

 すんごいお喋り好きな犬らしく、放っておくとずっと喋っている。ひとりで延々喋っている。犬とお喋りするのは楽しいが、もう寝る時間だ。明日にしてほしい。

「おやすみ」

 ベッドに横になって、目を閉じる。いまだにぶつぶついっている犬。正直、ちょっとうるさい。


※※※


「……い、おい」
「んあ」

 なんか衝撃を感じて、目を開ける。真っ暗闇。まだ夜じゃん。

 再び寝ようとしたが、「おい!」と強めに肩を揺らされた。なにごと。

「起きろ、坊ちゃん」
「……だれ?」

 ぼんやりと視界に映り込んできた人影に、のっそりと起き上がる。ベッド脇にしゃがみ込んで、俺の顔を覗き込んでいた人影が、「お。やっと起きたか」と、満足そうに頷いている。

 いや、誰。

 これはあれだ。不審者だ。やばい人だ。

 きょろきょろと周囲を確認するが、他に人はいない。白猫は、呑気に寝ている。ベッドに頬杖をついているのは、見知らぬお兄さんだ。暗くてよくわからないが、多分はじめましてのお兄さんだと思う。

 すうっと息を吸い込んで、大声出そうとしたその時。

「ちょい待ち。静かにしてね?」

 俺の口を塞いできたお兄さんが、ニヤリと口角を上げる。大声出して、ロニーを呼ぼうと思ったのだが、失敗だ。

「オレだよ、オレ。わかるだろ?」

 静かに問いかけるお兄さん。オレオレ詐欺?

「ほら。昼間ペットになった犬だよ。正確には犬じゃないけど」
「……綿毛?」
「そう! 綿毛。その名前はあんまり気に入っていないけど。綿毛です」

 急いでベッドを確認する。なるほど。犬がいなくなっている。

 要するに、昼間拾った犬の綿毛ちゃんが、人間のお兄さんになったということだ。わかった、と頷けば、綿毛お兄さんが変な顔をする。

「いや、あのさ。なんでそんな反応薄いの? 犬が喋ってんだぞ? 犬が人間になったんだぞ? もうちょい派手なリアクションがあってもよくないかね」
「俺が前に飼ってた猫も、人間になったよ」
「怖いよ!? なにそれ。それ絶対に猫じゃないって! やめなよ、坊ちゃん。そんな変な生き物飼うの」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ綿毛お兄さん。人間姿になっても、お喋り大好きなところは変わらないらしい。

 部屋はまだ暗い。起きる時間ではない。

「おやすみ」
「待て待て待て。ほんっとに話聞かないね」

 ベッドに横たわる俺を、綿毛お兄さんが邪魔してくる。子供に夜更かしさせようなんて、ダメな大人だな。

「もう眠いから。明日にして」
「なんでよ。マジですぐ終わるから。話聞いてよぉ」

 お願いだよぉ、と変に間延びした喋り方をするお兄さんに、ため息がでる。お兄さんがうるさくて、眠れない。仕方がない。ここは、少しだけ話を聞いてあげよう。

 ベッドに座って、お兄さんを眺める。暗闇の中、顔はよく見えないが、なんか髪が長い気がする。これは、早急に確かめなければならない。

「綿毛お兄さん」
「なにその呼び方。気が抜けるね」
「髪の毛、何色?」
「ん? オレ? 銀髪だよ」

 犬の時と同じ色だよ、と教えてくれるお兄さん。

 ほー、銀髪かぁ。俺は黒が好き。だが、長髪であることに変わりはない。

「髪の毛、結んだ方がいいと思うよ」
「今そこはどうでもよくない?」
「よくないよ!」
「坊ちゃん。急に大声出さないで」

 なんてこと言うのだ、このお兄さん。一番大事なところである。

「センスないよ。結んだ方がいいよ。絶対に!」
「そ、そんなに?」

 困惑するお兄さんを説得して、髪を結ばせる。暗闇だからよくわからないけれども、俺好みの長髪男子さんが完成したような気がする。あとで明るいところでチェックしないと。

「それで、本題なんだが」

 言葉を切ったお兄さんは、真剣な声音で、距離を詰めてくる。

「坊ちゃんさ。森の中に湖あるの知ってるかい?」
「うん。前に行ったよ」
「そうか」

 大きく頷くお兄さんは、「本を知らないか」と、問いかけてくる。

 湖、本。

 そのふたつの単語で、俺の脳裏にはユリスが所持している魔導書が思い浮かんだ。確かあれは、ユリスがオーガス兄様を湖に潜らせて、入手してきた物だった。

 あの魔導書のせいで、俺がこの異世界にやってきて、ユリスが猫になるなんていう変な騒動になったのだ。忘れるはずがない。

 だが、なんでこの綿毛お兄さんが、魔導書のことを知っているのだろうか。怪しい人だったらどうしよう。答えに窮していると、お兄さんがぐいっと近付いてくる。

「その顔は知ってるな? 坊ちゃん」

 にやにやと悪そうな声で問われて、どうしようかと思い悩む。頭の中に、ひとつの可能性が浮かんできた。

「お兄さんも、魔法で犬になったの?」
「も? 他に誰かいるのか?」

 誰だ、と鋭く発せられた問いに、口を閉ざす。先程までの飄々とした雰囲気はなく、一瞬で空気がピリついた。

「坊ちゃん。正直に答えてほしいんだけど。魔導書はどこ? 知ってるよね」

 低い声に、反射的に後ろに下がるが、逃げ場はない。
 ベッドの上、壁際まで追い詰められた俺へと。お兄さんが、悪そうな顔で手を伸ばしてきた。
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