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「なん、で」
 怒っている。絶対怒っている。
 目が冷たい、というか据わっている。
 腕を組んで仁王立ちの彼は、わたしの腕を掴み部屋に引きずり込んだ。
 扉の前に立ち塞がってカチリと鍵をかける。

 わたしの腕を掴んだまま、彼は寝室へ引き摺り込む。そのまま寝室にも鍵をかけた。
 そのままベッドへ押し倒される。
 真っ赤な瞳の瞳孔が開いていて怖い。
「ねぇローズ。一体君は何をしようとしている?」
 もう鼻がくっついている。彼の吐息が顔にかかるくらい近い。
「……」
 言えない。言っちゃいけない。
 彼にだけは、言えない。
「どうして」
 ぽたぽたと何かが頬に落ちてきて。それが彼の綺麗な瞳から溢れていて。
 こんな時なのに、その涙がとっても綺麗で。
 彼をギュッて抱きしめて、
「ごめんね」
 って呟いた。



 それから二人して泣いて、抱き合ったまま眠った。




 意を決してマクルトに仕事を引き受けることを伝えた。
 マクルトはがっくり肩を落としていて。
「……不器用すぎるだろ」
 ぼそっと呟いていたけど、聞こえないふりをしていた。


 アウロさんに細かい説明を受けた。
 夜だから馬車で迎えにきてくれるらしい。家族には仕事に行ってくるって言っておいたから大丈夫だ。
 お父様はひたすらわたしに謝っていたけど、許すことにした。
 それと帰りも危ないから送ってくれるって。待遇良すぎじゃない?
 いっそ住み込みで働こうかと思ったけど、それはアウロさんに全力で拒否された。


 基本的に他の人と会うことはないらしい。部屋が決まっていて勤務時間もバラバラで。
 まず着いたら着替えをする。中に用意してある服を着るのだという。中は下着と普通のワンピース。それに仮面だ。
 わたしの部屋にはピンクのワンピースに赤い薔薇が刺繍されていた。
 さっそく着替える。
 そして仮面を持って部屋のソファへ腰掛けた。

「仮面はお客さんが来る直前でつけなね。前が見えなくなるから。それと部屋の鈴が鳴ったらお客さんが来るから準備しておいてね」
 言われた通り準備していると鈴が鳴る。
 急いでワンピースの裾を直して、仮面を被った。



 仮面は全く見えないというわけではないらしい。ぼんやりとしたシルエットが見える。背はかなり高いだろうか、すらっとしているように見える。その人はそのままわたしの隣に座った。
「初めまして、マーガレットと申します」
 アウロさんがつけてくれた源氏名だ。好きに決めていいと言われたけれど、わたしは何も思いつかなくてというよりは気力がなかったんだけど。
 相手の反応を待っていたが、一向に言葉が返ってこない。仮面越しだと表情なんて見えないのだ。
「あ、あの……」
 困っていると突然お客さまは話し始めた。
「聞いてくれる?俺の話」
 ふと違和感があったけれど、気のせいだろう。彼がこんなとここに来るはずない。
 そのまま思考を振り切った。
「俺ね、小さい頃から好きな子がいたんだ」
 ドキッとした。え、待って、まさか……
「その女の子はね、一人でうずくまっていた僕に声をかけてくれて」
 お客さんの手がわたしの手に触れる。
「俺を励ましてくれてね、そこから一緒に遊ぶようになったんだ」
 ああ……この手の感触、間違えようがない。
「その時からその子は、俺の宝物なんだ」
 触れていた手がぎゅっとお客さんの手に握られて。
「本当に大好きなんだよ」
 だめ、彼だけは、彼だけは……
「ねえ、俺のローズ。今だけでいいから」
 だめ、だめ、だめ……
 その言葉は今聞いてはだめ。
 頬に手を添えられて、そのままわたしは受け入れてしまった。


 本当は気づいてた。
 彼がわたしのことを好きだって。
 わたしも彼のことが好きで。ずっと一緒にいたいって子供の頃は思ってた。
 けど、この国はゲームの世界。辺境伯は侯爵家と同等の地位で上位貴族。子爵位とは法律上結婚できない。
 国から認められないならどうするか。
 養子に入って爵位をその場かぎりであげるか、彼が辺境伯の地位を誰かに譲って騎士爵に落ちるか。
 わたしが養子に入るためには相手に利益がないと大概は受け入れられない。例えばゲームのヒロインのように王太子妃になって王族と縁続になるとか、お金とか。けれどそんなものは持っていない。
 となれば彼が辺境伯の後継を降りなければならない。
 そんなことできない。ハーベスト辺境伯家は子供が一人しかいない。つまり他に譲る人がいないのだ。

 これは叶わない恋。いくら二人思いあっていても、うまく行くはずのない恋。
 これが日本だったならこんな思いしなくていいのに。
 本当は好き、大好きだよ。
 ずっと好きなんだよ。
 だから今だけは、今だけは、どうか許してください。 
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