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(わたくしは……悔しかったのだ)
寛容で慈悲深き完璧な淑女としては決して褒められた気持ちではない。
けれど、この激しい感情が本当の自分だった。
視界が滲み、ジルベルトから隠すように顔を背ける。強く息を止めて激情をやり過ごそうとしていると、ふいに顎に大きな手が触れた。
驚きに目を見開く間に、優しく、だが抗いがたい力で持ち上げられた。
「それを、“誇り”というのだ、エヴェリーナ」
エヴェリーナは、潤む目を見開いた。
ぼやけた視界の中でも、ジルベルトの赤毛は燃え盛る炎のように鮮やかで、自分を見つめる双眸はそれ以上に鮮烈な輝きを宿していた。
「悔しいと思うのは、本気で取り組んだ証だ。全力で打ち込んだだろう。誇りは、そこにしか生まれない。これまで積み上げてきたものを否定するな。あなたを否定しているのはあなた自身だけだ」
よく響く言葉が、一言ごとに胸を強く打つ。脆く揺らいでいた自分に、ジルベルトの言葉の一つ一つが錨となって繋ぎ止めるかのようだった。
――誇り。
その言葉が、エヴェリーナの中で一際強く、太陽のように輝く。
「生まれ持ってのものは、どうしようもない。それは認めるしかない。だがあがきもがいて、己を高めたことを否定するな。研鑽を重ねた過去を否定するな。決して無駄などではない」
顎を捉えていた手がそっと離れ、長い指が、滑らかな頬をそっと撫でた。
その熱を帯びた指先にエヴェリーナは震え、自分の中の凝っていたものが溶けていくような気がした。
――生まれ持ってのものは、どうしようもない。
ジルベルトの発したそれは、誰のどんな言葉より心に響いた。
『どれほど努力したところで、生まれはどうにかなるものではない。そのことに鬱屈を抱くほど若くはない』
かつて淡々と言われた言葉。その意味を、いま衝撃をもって思い知ったような気がした。
――ジョナタを上回る器とも噂されながら、生母の身分ゆえに王太子とはなれなかった。
そのことを受け入れるまで、ジルベルトはどんな日々を送ってきたのか。
安穏な日々を過ごし、自然とその結論に至ったのでは決してないだろう。
(……この人は、きっと)
もがいて、あがいて――それでも絶望しなかった。
だから――こんな目をするのだ。
こんなに深い共感と理解を表した目を。
エヴェリーナももう、ジルベルトから目を背けることはできなかった。
体中が熱く震えていた。自分にこれほど激しい熱があるのを知らなかった。ジルベルトという火が、自分の中に燃え移っているようだった。
「……私はジョナタに感謝している」
唐突に、ジルベルトは言った。
「あなたをわざわざ手放してくれた。私なら決してそんな愚は犯さん」
エヴェリーナは大きく目を見開いた。熱くなっていた体に、とたんに甘い震えがはしった。
もう、曖昧な微笑で覆い隠すことはできない。
「王太子妃以外にあなたにふさわしいものは一つだけだ」
頬に触れていた手が滑るように離れてゆき、エヴェリーナの手を取る。
――それは、とエヴェリーナは声なき声をあげる。
ジルベルトの熱い唇が手の甲に落とされた。
これまで何度も、何人もに受けた挨拶――だがいま、この人に触れられてこれほど体にさざなみがはしる。
手の甲からわずかに顔を離し、強い瞳がエヴェリーナを見る。
「第一王子の妃。我が妃となれ、エヴェリーナ」
熱のこもった、艶めかしい声がエヴェリーナを揺らした。
くらりと目眩がする。けれど取られた手が強くて、動けない。
熱く激しいものが胸をいっぱいにして、エヴェリーナの喉はひどくつかえた。
けれど答えはもう決まっていた。
その言葉はかつて何度も、ほとんど反射のように繰り返していたものと同じだった。
――でも、いまは。
「はい。ジルベルト殿下の、お望みのままに」
豊かな感情の響きをのせて、元王太子妃候補は答えた。
寛容で慈悲深き完璧な淑女としては決して褒められた気持ちではない。
けれど、この激しい感情が本当の自分だった。
視界が滲み、ジルベルトから隠すように顔を背ける。強く息を止めて激情をやり過ごそうとしていると、ふいに顎に大きな手が触れた。
驚きに目を見開く間に、優しく、だが抗いがたい力で持ち上げられた。
「それを、“誇り”というのだ、エヴェリーナ」
エヴェリーナは、潤む目を見開いた。
ぼやけた視界の中でも、ジルベルトの赤毛は燃え盛る炎のように鮮やかで、自分を見つめる双眸はそれ以上に鮮烈な輝きを宿していた。
「悔しいと思うのは、本気で取り組んだ証だ。全力で打ち込んだだろう。誇りは、そこにしか生まれない。これまで積み上げてきたものを否定するな。あなたを否定しているのはあなた自身だけだ」
よく響く言葉が、一言ごとに胸を強く打つ。脆く揺らいでいた自分に、ジルベルトの言葉の一つ一つが錨となって繋ぎ止めるかのようだった。
――誇り。
その言葉が、エヴェリーナの中で一際強く、太陽のように輝く。
「生まれ持ってのものは、どうしようもない。それは認めるしかない。だがあがきもがいて、己を高めたことを否定するな。研鑽を重ねた過去を否定するな。決して無駄などではない」
顎を捉えていた手がそっと離れ、長い指が、滑らかな頬をそっと撫でた。
その熱を帯びた指先にエヴェリーナは震え、自分の中の凝っていたものが溶けていくような気がした。
――生まれ持ってのものは、どうしようもない。
ジルベルトの発したそれは、誰のどんな言葉より心に響いた。
『どれほど努力したところで、生まれはどうにかなるものではない。そのことに鬱屈を抱くほど若くはない』
かつて淡々と言われた言葉。その意味を、いま衝撃をもって思い知ったような気がした。
――ジョナタを上回る器とも噂されながら、生母の身分ゆえに王太子とはなれなかった。
そのことを受け入れるまで、ジルベルトはどんな日々を送ってきたのか。
安穏な日々を過ごし、自然とその結論に至ったのでは決してないだろう。
(……この人は、きっと)
もがいて、あがいて――それでも絶望しなかった。
だから――こんな目をするのだ。
こんなに深い共感と理解を表した目を。
エヴェリーナももう、ジルベルトから目を背けることはできなかった。
体中が熱く震えていた。自分にこれほど激しい熱があるのを知らなかった。ジルベルトという火が、自分の中に燃え移っているようだった。
「……私はジョナタに感謝している」
唐突に、ジルベルトは言った。
「あなたをわざわざ手放してくれた。私なら決してそんな愚は犯さん」
エヴェリーナは大きく目を見開いた。熱くなっていた体に、とたんに甘い震えがはしった。
もう、曖昧な微笑で覆い隠すことはできない。
「王太子妃以外にあなたにふさわしいものは一つだけだ」
頬に触れていた手が滑るように離れてゆき、エヴェリーナの手を取る。
――それは、とエヴェリーナは声なき声をあげる。
ジルベルトの熱い唇が手の甲に落とされた。
これまで何度も、何人もに受けた挨拶――だがいま、この人に触れられてこれほど体にさざなみがはしる。
手の甲からわずかに顔を離し、強い瞳がエヴェリーナを見る。
「第一王子の妃。我が妃となれ、エヴェリーナ」
熱のこもった、艶めかしい声がエヴェリーナを揺らした。
くらりと目眩がする。けれど取られた手が強くて、動けない。
熱く激しいものが胸をいっぱいにして、エヴェリーナの喉はひどくつかえた。
けれど答えはもう決まっていた。
その言葉はかつて何度も、ほとんど反射のように繰り返していたものと同じだった。
――でも、いまは。
「はい。ジルベルト殿下の、お望みのままに」
豊かな感情の響きをのせて、元王太子妃候補は答えた。
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