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昔話
しおりを挟む「ギャーーーーーーーー!!!」
エマが屋敷に戻るなり、レオンの悲鳴が響き渡った。
何があったんだと騒ぐ父親を通り過ぎ、エマは浴場へと向かう。
ニーアに体を丁寧に洗わせ、新しい洋服に着替え、髪も整えさせた。
依然として騒がしいレオンを完全スルーしながら馬車に乗り込み、当初の予定通り王宮へと向かう。
道中、結局腹を空かせたエマは用意されていたサンドイッチを食べ、そのおかげかアワアワと煩かったレオンも少しは落ち着いたようだった。
そんな父を、エマは自身の長髪を撫でながら横目で見やる。
レオンの持つ明るい茶髪とは似ても似つかないエマの髪は、艶のある藍色。
深青の瞳も母親譲りで、父娘には容姿の似通いは無かった。
ルソーネ公爵はどこの馬の骨かもわからない女と結婚した。
昔、そんな話が村々ではもっぱらの噂だった。
田舎地域の公爵領を管理するルソーネ家は由緒正しき貴族である。そんな家が、姓もないような女を娶った。
何か弱みを握っているのではだとか、両親が亡くなった心の隙間に付け込んだんだとか、美貌で惑わしたんだとか、散々言われていたと、母親に笑い話として聞かせられたことがあった。
『終いには魔法で操ってる、魔女だ、なんて言われたりして』
エマは、クスクスと悪戯っ子のように笑う母親の顔を今でも覚えている。うっとりとしてしまうほどの、美しい横顔を。
『わりと勘がいいのよねえ』
はっきりとそう言ったことも、覚えている。
その後、エマが六つになるころに母は死んだ。
父は長らく塞ぎ込んだが、今ではこうして憑きものが取れたように明るく、愛娘を可愛がっている。
「エマ、もう着くよ」
馬車の揺れが止まる。
知らない間に微睡んでいたエマは、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
ツンと指で頬を突かれイラッとしたので、その指をあらぬ方向へとへし曲げてやる。
レオンの悲鳴を無視して、御者に手を取られながら馬車を降りた。
その足取りは、少女らしく軽やかなもので、ずっと仏頂面だったエマは、今日初めて表情を和らげた。
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