【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎

文字の大きさ
12 / 39

脱走

しおりを挟む

 逃げる獲物二匹と、狩人。前世でいうところの隠れ鬼だ。

 恐らくリュカとはじめてまともに会話したであろう、あの調理場。
 何ヶ所かある調理場の中でも城の端に位置するそこの、最奥の調理棚が空っぽなことを知っていた。
 始まってすぐに浮かんだその場所に、エマは一直線に向かった。

 戸棚の中に、体を折り畳んで隠れる。
 意外にも収まりがよく、真っ暗の中、上がっていた息を落ち着けた。
 かき集めたスカートの裾を握って、しめしめ、と思う。

 まさかこんな狭苦しいところに隠れているなんて思わないだろう。無駄に成長したあの二人では到底入れない場所なので、中に人が入っているなんて考えに及ばないはず、という作戦である。

「ふぅ………」

 一先ずこうしてしっかりと隠れることができたことに安堵の息を吐くが、どうにもソワソワと落ち着かない。膝を抱えて小さくなりながら、足先を擦り合わせた。
 鬼ごっこなんて、それこそ前世ぶりである。

(ちょっと楽しい)

 タッタと走るエマを見た通りすがりの役人たちは、皆一様に目を丸めていた。
 淑女にふさわしい振る舞いを、と意識を高く持っていた頃だったらわからないが、今はぺこりと頭を下げるだけで急ぎ通り過ぎるようなエマである。
 昔に比べて駄目になったところも多いかも、なんて、ぼんやりと思った。

「みっけ」

 ──ッゴツン!

「~~~~~~ッッッ!? ぅ、ぁあ~~~~………」

 戸はしっかり閉め切っていたし、誰かが入ってきた気配も、近付いてくる足音も聞こえなかったのに。
 突然の外光に飛び上がったエマは、見事に頭を打ち付けた。
 鈍く、聞いている側も鳥肌が立つような痛々しい音が響いた。

 痛みのあまり、グルグルと目が回る。

「な、なん、なんなん、なん……!?」
「ごめん、そんなに驚くとは」

 前後不覚のエマの手を取り棚の外へとゆっくりと導き出したのはユーリである。

 エマの方が先に出て、戸棚に隠れてから殆ど間もないというのに、どうして彼が目の前にいるのか。

 ──もしや、魔法か。

 この隠れ鬼、そういうのもアリだったのかとエマは打ち付けた頭を撫でながら思う。
 しかしそんな都合の良い魔法があっただろうか。同時にそう考え、すぐに否定に至った。
 魔法とは、けして万能なものではないのだ。

 そんなエマの脳内を読み取ったように、

「単純に、追いかけてきただけだよ」
「………」
「知ってる場所しか行かないだろうから、最初にかなり絞り込める。エマなりに考えて書庫は外すだろうし、足では勝てないからって早い段階で隠れるだろうなとも思った。で、キミの猶予の中で辿り着ける範囲を考えれば、簡単」
「……なるほど」
「エマってこういうところ入りそうだなって思ったら、ドンピシャだったね」

 撃沈するエマにユーリは困ったような笑みを向けた。

「なんて顔してんの」

 そして、まだ勝負は終わってないとエマの手を取り駆け出した。

 そういえばそうだった。狩人はリュカで、ユーリは同じく逃げる側だ。
 ということは、

「私まだ死んでない!」
「そうだねー。だけど同じ考えでリュカがこっちくるかもしれないから、離れようね」
「なるほど!」
「でもこうして僕が回収することも読まれてる気がするよね」
「たしかに!」

 エマは裾を持ち上げ必死に足を前へ前へと動かす。
 ゼハゼハと息を切らしながらも快活に返事をするエマに、ユーリは彼女には見えない角度でクスクスと笑った。
 引き篭もりが久々の運動にハイになっている状態である。
 ひーしんどい、と嘆いてはいるが、その声色は楽しげだった。

「ユーリに手を引かれて走ると、風になったみたいに速いね!」

 一人で走るのとは全然違うとはしゃぐエマに、ユーリはほんの少し足が縺れそうになったのを悟られないように立て直した。
 ぐっと息を止めてから、「ぶはぁ」と一気に吐き出して、

「余裕ありそうだから、速度上げるよ」
「え、まって、むり、あー! 無理無理無理ぃ!」

 城の中を駆けていく二人と出くわした者たちは皆、「ユーリ殿下はあんな風にも笑うのか」と物珍しそうに見入っていた。


 /


 カツン、カツンと、歩くたびに靴底と石畳がぶつかる音が空洞内に響いた。
 導かれるままに走り続けた先は、薄暗い地下通路。

 城の地下の酒蔵の床。敷き詰められた煉瓦の一つに極々小さく、王家の紋章が刻まれたものがあった。そこにユーリが手を翳せば、彼の左手中指に填められた紋章の彫られた指輪が光り、更に地下へ続く隠し階段が現れた。

 そうして先程、そこを降りてきたところ。

「ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~………」

 体力を消耗しきり、腹底から這い上げて来たような声で呻くエマと、特に平常時と変わりない様子のユーリ。
 二人はエマが灯した明かりの魔法で足元を照らしながら、暗い通路を突き進んでいた。

 地下への階段を見るなり、これは流石にズルだ、と進もうとしなかったエマだが、

「ずっとここに潜ってたらそうなるけど、行き先はちゃんと見つけられるところだから大丈夫だよ」

 と言われたので、一先ずついて行くことにした。
 それに、王城の隠し通路の先がどこに繋がっているか、気にならないと言えば嘘になる。

 歩くこと数分で、地上への階段が見えた。
 降りて来た時と同じくして地上への鉄扉の施錠が外され、手を取られながら数刻ぶりの地上へと顔を出す。

 そこは城を囲むように茂っている雑木林の中だった。

「いや、やっぱりズルだよこれ」

 どう考えても城の外である。指定範囲外だ。
 自分が決めておいて、もしやルールを忘れたのかとユーリを見やれば、

「僕さ、一番水路までが城の一部だと思ってるんだ」

 屁理屈にもなっちゃいねえ…と唖然とした。

 王都には城を中心として大きな円を描くように流れる水路が二本ある。
 王城があり、それを囲む林があり、その先に城下町が広がっている。その町中を流れる一本目の水路までが城の範囲内だ、とユーリは無茶苦茶を言っているのである。
 こんな馬鹿馬鹿しい広さで鬼ごっこなど、鬼が不憫にも程がある。

「リュカが可哀想だよ」
「大丈夫だよ。このくらいの方がアイツも燃えると思う」
「う、嘘だ~……」
「たまには全力で走らせてあげないとねー」

 いや、本当に犬か。
 エマが勝手に抱いていた印象はどうやら共通認識だったようだ。

 呆気にとられるエマに構わず、ユーリは歩き出した。
 ここまで来たら嫌でもわかる。この王子、城下に降りるつもりなのだと。

「さ、流石にまずいのではないでしょーか」
「いいからいいから。エマは王都を見て回ったことあるの?」
「……そういえば、ちゃんとはないかも……」

 馬車で通ることはもちろんだが、その時に窓から景色を眺めるだけで自分の足で歩いたことは無かった。
 まだまだ生粋の箱入り娘な自分が途端に恥ずかしくなる。
 考えてみれば自分で何かを買ったことさえない。ほしい、といえば用意される、そんな豊かさをルソーネ家は持っている。
 速攻で燃えカスになるアパートで、ひもじい生活を送っていた前世を思うと酷い差だ。

 何だか、ウズウズしてくる。

(城下町……降りてみたい、かも、しれない……)

「賑やかで楽しいよ。町ならではの美味しいものもいっぱいあるし」
「!」

 珍しくアクティブ思考に傾いているエマは、その言葉にじゅるりと生唾を飲んだ。
 走ったお陰ですっかりお腹が空いているのだ。
 エマの瞳に期待の色が浮かんだのを逃さず、ユーリは力強く手を引いた。

「いこっか」

 ぐい、と引かれ、一歩踏み出したが最後、エマの足は躊躇いを捨て去る。

「後で一緒に怒られよう」
「うー…やだけど……いいよ……」

 こうして共犯者となった二人は城下へと向かった。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】悪役令嬢な私が、あなたのためにできること

夕立悠理
恋愛
──これから、よろしくね。ソフィア嬢。 そう言う貴方の瞳には、間違いなく絶望が、映っていた。  女神の使いに選ばれた男女は夫婦となる。  誰よりも恋し合う二人に、また、その二人がいる国に女神は加護を与えるのだ。  ソフィアには、好きな人がいる。公爵子息のリッカルドだ。  けれど、リッカルドには、好きな人がいた。侯爵令嬢のメリアだ。二人はどこからどうみてもお似合いで、その二人が女神の使いに選ばれると皆信じていた。  けれど、女神は告げた。  女神の使いを、リッカルドとソフィアにする、と。  ソフィアはその瞬間、一組の恋人を引き裂くお邪魔虫になってしまう。  リッカルドとソフィアは女神の加護をもらうべく、夫婦になり──けれど、その生活に耐えられなくなったリッカルドはメリアと心中する。  そのことにショックを受けたソフィアは悪魔と契約する。そして、その翌日。ソフィアがリッカルドに恋をした、学園の入学式に戻っていた。

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

処理中です...