妻の味噌汁

芙月みひろ

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 妻を失った。
 私の定年退職を機に、これから一緒に色んな所に旅行に行ったりできるね、などと話していた矢先のことだ。妻の病気が判明したのだ。
 それからの彼女は一年ほど闘病生活を送っていたが、急変した後、あっという間にその命を閉じた。治る見込みがないことは分かっていたが、それでももう少し、いやもっと生きていてほしかった。
 そうして妻の死から三月ほどが経つ今も、私は無気力の沼の中に沈んでいる。
 四十九日までは妻が見ているかもしれないという気持ちがどこかにあって、彼女が心置きなく成仏できるようにと気を張っていた。しかし法要を済ませた後、一気にがくりときてしまった。
 私のあまりの悲しみように、二週間に一度は、遠方で働く一人娘が時間を作って様子を見に来てくれた。しかし彼女も忙しい身で、ゆっくりと一泊してというのも難しかった。午前中にやってきては簡単に私の身の回りのことをし、当面の買い物をして、また自分の住まいへと戻って行くのが常だった。
 いつまでも娘に負担をかけ続けるわけにはいかないことは、十分に分かっている。しかし、この無気力からの脱却はなかなかに難しかった。
 妻がいた頃から彼女にすべてを任せていたわけではなく、私自身家事が全くできないというわけではない。それなのに、とにかく何をするにも億劫だった。特に食事については、我ながらこれはさすがにまずかろうと思うほど質素だった。いや、質素以下か。朝飯は昼飯と一緒に取った。とりあえず何かを口にすればいいと、のろのろと重い体を持ち上げて炊いたご飯に、とりあえずのふりかけ。これがあれば何かしらできるだろうと、娘が買って来て冷蔵庫に入れてくれていた卵。そして粉末のお茶。夕飯も似たようなもので、買い置きしてあった缶詰がおかずに加わるかどうかの違いくらいだった。
 とにかく、愛する伴侶を失って思うことは、彼女の存在がどれほど私にとって大きいものだったかということだ。早すぎる妻の死が、これほどまでに私から生きる気力を奪うとは思いもよらなかった。
 妻を弔う百箇日法要を終えたその日、久しぶりに娘が一泊していくことになった。私の様子を見て、さすがに心配でたまらなくなったようだった。

「お父さん、今日は泊まってくね。それでさ、久しぶりにお寿司でも食べよう。デリバリーだけどね」

 娘は笑い、デリバリーに注文を入れた。
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