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しおりを挟む亡くなった親友の娘を引き取ったと父が告げたのは、私が十歳の、冬の朝の事だった。
現れた八歳の女の子は、たいそう可愛らしい顔をしていた。ぱっちりとした目に、すっと通った鼻筋、小さな唇は、ほんのりとピンク色だった。可愛らしい妹分が出来たものだと嬉しく思っていると、挨拶も済み、皆でサロンでお茶を飲もうという時に、父が衝撃的な発言をした。
「は? 婚約者?」
「そうだ。彼女、シャルロット・フォークレスタは、お前の婚約者だよ」
遠い昔の貴族の話で、聞いた事がある。幼い時から婚約者がいて、成人を待って婚姻を結ぶのだと。だが、今は、そんな古臭い事を言う貴族などいない。貴族、平民、そんな身分制度は、名ばかりで、ほとんど残っていないのが現状だ。
「何故……」
「亡くなったマクシミリアンと約束していたんだ。互いの子供が男女だったら、婚約させようって」
「今時、親同士の約束で婚約なんて……」
「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
父に食って掛かろうとした時、足の方から、可愛らしい声が聞こえてきた。何時の間に入り込んだのか、父と私の真ん中で、シャルロットと呼ばれた少女が見上げてきていた。二歳しか違わないのに、私よりもだいぶ背が低い。女子の方が発育が早いと聞いていたが、全ての女子にあてはまるわけではないのだなと思った。
「どうしたんだい、シャルロット。息子がごめんよ。少し気難しいんだ」
父は眉を八の字にして謝った。膝をつき、少女に目線を合わせて謝る様子は、愛娘にメロメロな父親そのものだ。
「身寄りのない私を引き取って下さってありがとうございます。婚約のお話も、今初めてお聞きしましたが、私としては異存ございません」
「いや、気にしないでくれ。親友の愛娘だ。私にとっても娘同然なんだから」
八歳児とは思えない言葉遣いだ。それに、親が死んで身寄りがなくなったわりには、落ち着いている。普通、泣き喚くのではないか?
「ただ……」
「ただ?」
「婚約はそのまま継続するとして、大人になって、他に好きな相手が出来たら解消してもよい、という事にしませんか? 急な話で混乱している御子息のためにも」
「ふむ……?」
「それに、私だって、将来どんな素敵な人が現れるかわかりませんもの。駄目? おじ様」
「ああ、なんて可愛いんだシャルロット! いいともいいとも! そうしよう!」
なんてあざとい女だ。首を傾げた仕草が可愛いだなんて、微塵も思わないぞ。熱くなった頬を抓りながら、デレデレしている父親を睨む。すると、くるりと私の方を見た少女が、可憐に微笑んだ。
「シャルロット・フォークレスタです。お世話になります」
「…………アンソニー・バレンティアだ。曲りなりにも私の婚約者となったのだから、それに相応しいレディになるんだな」
なんて子供らしくない挨拶なんだと憤る父を無視して、自室へ戻る。子供らしくないのは、どちらだ。私よりも二つも年下の癖に、あの落ち着きぶり。
これが、私と、忌々しいシャルロット・フォークレスタの、婚約者としての始まりだった。
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