エリート医師の婚約者は名探偵でトラブルメーカー

香月しを

文字の大きさ
1 / 20

しおりを挟む


 亡くなった親友の娘を引き取ったと父が告げたのは、私が十歳の、冬の朝の事だった。

 現れた八歳の女の子は、たいそう可愛らしい顔をしていた。ぱっちりとした目に、すっと通った鼻筋、小さな唇は、ほんのりとピンク色だった。可愛らしい妹分が出来たものだと嬉しく思っていると、挨拶も済み、皆でサロンでお茶を飲もうという時に、父が衝撃的な発言をした。

「は? 婚約者?」

「そうだ。彼女、シャルロット・フォークレスタは、お前の婚約者だよ」

 遠い昔の貴族の話で、聞いた事がある。幼い時から婚約者がいて、成人を待って婚姻を結ぶのだと。だが、今は、そんな古臭い事を言う貴族などいない。貴族、平民、そんな身分制度は、名ばかりで、ほとんど残っていないのが現状だ。

「何故……」
「亡くなったマクシミリアンと約束していたんだ。互いの子供が男女だったら、婚約させようって」
「今時、親同士の約束で婚約なんて……」

「あの、ちょっとよろしいでしょうか」

 父に食って掛かろうとした時、足の方から、可愛らしい声が聞こえてきた。何時の間に入り込んだのか、父と私の真ん中で、シャルロットと呼ばれた少女が見上げてきていた。二歳しか違わないのに、私よりもだいぶ背が低い。女子の方が発育が早いと聞いていたが、全ての女子にあてはまるわけではないのだなと思った。

「どうしたんだい、シャルロット。息子がごめんよ。少し気難しいんだ」

 父は眉を八の字にして謝った。膝をつき、少女に目線を合わせて謝る様子は、愛娘にメロメロな父親そのものだ。

「身寄りのない私を引き取って下さってありがとうございます。婚約のお話も、今初めてお聞きしましたが、私としては異存ございません」
「いや、気にしないでくれ。親友の愛娘だ。私にとっても娘同然なんだから」

 八歳児とは思えない言葉遣いだ。それに、親が死んで身寄りがなくなったわりには、落ち着いている。普通、泣き喚くのではないか?

「ただ……」
「ただ?」
「婚約はそのまま継続するとして、大人になって、他に好きな相手が出来たら解消してもよい、という事にしませんか? 急な話で混乱している御子息のためにも」
「ふむ……?」
「それに、私だって、将来どんな素敵な人が現れるかわかりませんもの。駄目? おじ様」
「ああ、なんて可愛いんだシャルロット! いいともいいとも! そうしよう!」

 なんてあざとい女だ。首を傾げた仕草が可愛いだなんて、微塵も思わないぞ。熱くなった頬を抓りながら、デレデレしている父親を睨む。すると、くるりと私の方を見た少女が、可憐に微笑んだ。

「シャルロット・フォークレスタです。お世話になります」

「…………アンソニー・バレンティアだ。曲りなりにも私の婚約者となったのだから、それに相応しいレディになるんだな」

 なんて子供らしくない挨拶なんだと憤る父を無視して、自室へ戻る。子供らしくないのは、どちらだ。私よりも二つも年下の癖に、あの落ち着きぶり。

 これが、私と、忌々しいシャルロット・フォークレスタの、婚約者としての始まりだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...