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しおりを挟む「両親を殺害した犯人に目星がついたので、昨日一気に追い詰めて、今日逮捕に至ったわ」
「はぁ?」
あれから八年が経った。
この国は、十六歳が成人だ。未だに婚約者のままのシャルロットは、誕生日を迎えると、それまで学校以外は屋敷に引きこもっていたくせに、自ら街を探索するようになった。ある日は、新しい侍女だと言って、家族に相談もせずに勝手に街で出会った女性を連れてきた。数日様子を見て、優秀である事を自ら示したので、採用が決まった。
シャルロットの容貌は、相変わらず、可憐なままだ。ただ、言動が普通の貴族令嬢とは違う。お洒落には全く興味がなさそうだ。恋愛小説よりも犯罪史などの本を好み、甘いお菓子よりも肉や炭水化物などを好む。貴族女性達の恋愛話よりも、市井におりて、街に流れる妙な噂などを聞いてまわる事を好んだ。わざとあざといふりをする事もあるが、基本はまるで少年のような令嬢だ。
「私の両親は殺されたのよ。知らなかった?」
「初耳だな」
「八歳で天涯孤独になっても心を折らなかったのは、いつか犯人を捕まえて復讐してやろうと思っていたからなの」
「なるほど? だから大人びた子供だったんだな?」
「いえ、それは元々だったんだけど」
また可愛げのない事を言う。そもそも、両親を亡くしたとはいえ、天涯孤独でもなかっただろう。うちの両親は、突然できた娘を猫可愛がりした。当の少女の反応がいまいち子供らしくなかったが、これでもかというほど甘やかしていた。孤独を感じる暇などなかった筈だ。
この国は、治安が良い方ではない。毎日どこかしらで事件が起こっている。両親が殺されて、娘だけでも助かってめっけものだったと思う。しかし、シャルロットは、犯人を突き止めるのを、諦めていなかった。八歳の子供が、両親の仇を討つために、うちの両親に甘やかされる一方で復讐の爪を砥ぐ。大人びてしまうのも、当たり前なのかもしれない。
「まあ、お前はいけ好かない子供だったが、頑張って犯人を捕まえたのは褒めてやる。よく頑張ったな」
「あら、そんな事言って。この八年間、一番可愛がってくれたのは、アンソニーじゃない」
「可愛がってない!」
「いやあね、素直じゃないんだから」
シャルロットは、可愛げがなくて生意気な少女であったが、何故か私に懐いた。懐いたというか、私に絡みまくった。学校の宿題を後ろから覗き込んでは間違いを指摘し、指摘するだけじゃなくてしっかり私を馬鹿にした。剣の授業の復讐で庭で素振りをしていると何時の間にか木陰でそれを観察しては、重心が右に寄りすぎているなどと知ったような事を言う。夜になれば、婚約者なんだから同じベッドで眠っても問題はないだろうと謎の理屈を述べて、部屋に突撃してくる。追い払うと、そういう時ばかり子供のふりをして両親に泣きついて、私が叱られるという寸法だ。
「復讐が済んだのなら、これからは大人しくしてるんだな。あまり会えなくなるが、家族に心配かけるなよ」
シャルロットが目を丸くする。医者になって病院勤務になると以前から話していたのだから、私が家を出て行くのは想像がついていただろうに。犯人逮捕に気を取られて、失念していたか。珍しい事もあるものだ。しばらく驚いた様子でいたが、私の発言を理解したのだろう。みるみる内に機嫌が悪くなっていった。眉間の皺が凄い。たまに夜会などにエスコートしていくと、他家の令息達がうっとりと眺めているようだが、今の顔を見たら百年の恋も冷めることだろう。
「アンソニーと一緒のベッドじゃないと眠れないんだけど」
「もう子供じゃないんだから我儘言うな」
「あ、私の色気に負けそうで、逃げるの? 結婚前だけど手を出してもいいのよ?」
「……手を出したら、婚約解消できないだろう?」
「するつもりもないくせに」
「お前のその自信は、どこからくるんだ?」
十八歳。思春期。ヤリたい盛り。そんな私の元に、夜な夜な婚約者が枕を持って現れるのだ。何度うっかり手を出しそうになったか。シャルロットと結婚するのは、吝かではない。だが、婚約者のうちに万が一手を出してしまったら、彼女を溺愛している父が黙っちゃいない。いい香りをさせて隣でスースー眠るシャルロットを抱き締めようとする腕を叱咤して、何事もないように眠る毎日。そんな私の気も知らず、妙に色っぽい声を出しながら、腕に絡みついてくるシャルロット。
拷問だ。しかも、今のやり取りを考えると、わかってやっていたな。本当に性質の悪い女だ。
「どこに住むの? 私も一緒に行く」
「教えるわけないだろ。ついてくるな」
「おじ様とおば様に聞くからいいわ。仕事が暇な時は遊びに行くからね」
「来なくていい……というか、仕事だと? 何をする気だ?」
「今回の事件を解決した功績で、名探偵の称号をいただいたの。現場に残された証拠品、聞き込み調査、推理力。どれをとっても最高級ですって。御屋敷の一角を借りて、探偵事務所を営むのよ」
子供の頃よりも、生き生きとしている婚約者に溜息をつく。復讐を遂げ、雁字搦めにされていた鎖も消えたのだろう。それは喜ばしい事だ。喜ばしい事ではあるのだが…………
「頼むから、危険な事はするなよ!」
にっこり笑った顔が、何かを企んでいるように見えて、私は、不安で胸が押し潰されそうになった。
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