事故物件ガール

まさみ

文字の大きさ
上 下
18 / 20

十八話

しおりを挟む
子供の頃の事は断片的にしか覚えてない。
心中未遂のショックが大きすぎて、いい思い出も悪い思い出もごた混ぜに溶けちゃったのかもしれない。
「お父さんは声が大きい人だったとか、お母さんのカレーがおいしかったとかはなんとなく覚えてる」
当時の私たちは借金苦に喘ぎ、生活に行き詰って、一家3人で暮らしてたアパートの一室で心中を企てた。
「いっこだけハッキリ覚えてる」
「何」
「練炭自殺がちゃんと成功するように、部屋中の隙間って隙間にガムテープ張るの手伝った」
母は父が暴れ疲れて寝ているあいだに心中を決行した。

隼人が神妙な顔になる。
私は手まねで続ける。

「隙間を見付け次第テープで塞げってお母さんに言われて、ゲームみたいで楽しかった。換気扇の網も塞いだよ」
「そっか」
「管理人さんが見付けた時には両親は手遅れ、私だけ辛うじて息があった」

叔母の話による私は一週間意識不明の重体で、生死の境をさまよってたらしい。

「両親は死んじゃったけど、あんまり覚えてないからそんなに哀しくないの。退院後は叔母さんに引き取られて、叔母さんちから学校に通った。私が生まれる前にお母さんと大喧嘩やらかして、ずっと絶縁状態だったんだけど、姉さんの忘れ形見だからって自分から手を挙げて」

後ろめたさのもあったのかもしれない。
絶縁状態で音信不通だった叔母は、姉夫婦が多額の負債に苦しんでいる事を知らずにいた。
知ってたら援助したのに、と酔っ払うと必ず愚痴る。

「叔母さんは不動産経営者だからおカネには困らなかった。でも高校出てからも甘えんらんない、私の面倒見るのに手一杯で恋もできないし」
専門学校の費用はバイトを掛け持ち自力でためた。
叔母さんに迷惑かけたくなくて。
「巻波さんが事故物件に住むのは、むかし家族で住んでた部屋に巡り会えるからかもしれないだろ」
「うん」
母は何も知らない私をだまし、自殺の手伝いをさせた。その事は絶対許せない。心中に巻き込まれた事だって許してない。
だからこそ、直接文句を言ってやりたい。
「事件まで住んでたアパートの事は殆ど覚えてない。自分の手でガムテープ貼ったのに変だよね、おばさんも絶対教えてくれないし」
「市役所や警察行けば教えてもらえるんじゃないか、事情を話して」
「どーかなー、個人情報と同じ位不動産情報の管理って厳しいし」

真の理由は別にある。
私は怖いのだ。

もし調べて簡単にわかってしまったら、当時住んでたアパートがどこにあるか判明したら
本当に、ドアを開ける勇気はあるの?

「家族3人無理心中、小学生の娘だけ生き残った。地味っちゃ地味だけど事故物件としちゃおいしいネタでしょ、当時もボロだったから現存してるかわかんない、何年も前に取り壊されてるかもしれない、もし奇跡的に残ってたら……」

事故物件クリーナーを続けていれば。
事故物件から事故物件へと割り歩いていれば、あの部屋に帰れるかもしれない。

ドアを開けたら生きてるお父さんとお母さんがいて、まだ七輪に火が入る前で、今度こそ心中を止められるかもしれない。

「ま、今回は事故だし築年数も新しすぎるしで全然別物だけどね。百里の道も一歩から、近道するよりコツコツ積み上げてゴールに至る方が達成感あるでしょ」
「本心?」
隼人が手袋をはめた手をかざし、私の頬を包む。
「巻波さんは怖くないの。幽霊でるかもしれないのに」
「慣れちゃった」
「ヒカリさんも出た」
「あんまり怖くなかった。手加減してくれたのかな」
「本人がホラー苦手だしね」
どちらからともなく薄く笑い、常夜灯に潤む互いの目をのぞきこむ。
「……事故物件ってね、案外どこにでもあるんだよ。人がただ変な死に方した家って条件なら自殺も変死も孤独死も、階段から落ちて頭を打ったとか、縁側で心臓発作とかも全部あてはまるでしょ」
「そうだね」
「ここも・あそこも・全部そー」
軸足を中心にぐるりと一周、川の周囲のマンションやアパート、一軒家を次々指さしてく。
「だからかなあ。事故物件に出るユーレイって、怖いよりも寂しそうに感じちゃって」

誰もいないからっぽの部屋で、じっとだれかを待ってる。
次に来る人を待ちわびてる。

「生きてても死んでても一人ぼっちはさびしいでしょ。来てくれるかどうかもわかんない人をずうっと待ち続けるの、しんどいでしょ」

私がそうだったからわかる。
うっすら目を開けた病院のベッドで、真っ暗ながらんとした部屋で、ずっともういない家族を待ち焦がれていた。

事故物件は忌み嫌われる。
不吉だから。気味が悪いから。実害の有無にかかわらず、大抵はそんな理由。
きちんとリフォームされて普通の部屋に清潔で快適な位なのに、ただ人が死んだ部屋というだけで理不尽に遠ざけられちゃうなら

「『前の人』とうまくやってくコツさえ掴めりゃ、案外楽しく住めるのよ」

病は気からで住めば都。
その経験則はまんまとあたり、仕事はずっと順調だった。
深夜の物音や突然の人影にビクッとすることはあっても、寂しがり屋の同居人のイタズラだと笑って流せたから。

「他殺・自殺・その他、三拍子そろった料金表は依頼する側の後ろめたさを減らす為。下手に報酬まけたら詐欺の片棒担いでるような気持ちになるでしょ、不動産屋の人ってウチの叔母さんしかり大抵数字を信仰してるから、口であれこれ小難しい説明するよりグラフ見せた方がスムーズにまとまるの。要は水戸黄門の印籠効果ね、再放送見てた?」

ヤクザな笑みで料金表のヒミツを明かした直後、数字は平方メートルでしか人の気持ちを測れなくなってる錯覚に囚われ、心の隙間に不安が兆す。

「ひょっとしたら私、もう死んじゃってんのかな」

心中の道連れにされかけた時に。
お母さんに自殺の手伝いを頼まれた時に。

「気付いてないだけで自分もユーレイならそりゃ怖くないよね、お仲間だもん」
「生きてるでしょ」
隼人の手が私の頬を挟む。
手袋のぬくもりが凍えた頬にしみてく。
「透けてない」
隼人の手のぬくもりが、薄くて頼りない私を繋ぎ止めてくれる。
「……巻波さん、ずっとヒカリさんが見えてたんだ」
「……言いそびれてごめん」
「聞かずに飛び出した俺も悪い」
「ううん、いうチャンスはくらでもあったのにフイにした。夕飯の時もテレビ見てる時も」
「寝る前も」
真剣な視線が絡む。
「なんで言ってくれなかったの」
「……ショックかなって」

あの夜、私はもし自分だったらと考えてしまった。
自分がもし隼人の立場で、大好きな両親の心中が実は他のだれかの犯行だったと告げられたらと。
もちろん、隼人は最初からそれを疑っていた。私の心配はそもそもお門違いだったのだ。

「もし誰かにお父さんとお母さんは殺されたのよって吹きこまれたら、今度からその人を憎まなきゃいけないかもしれないって、憎んで憎んで憎みぬいて、もう結構な感じすりへってる人生をさらにすり潰さなきゃいけないかもって、勝手に絶望したの」

人間27にもなればどの程度イケてイケてないか、いやでも底と先が見え限界にぶち当たる。
私は結局フリーター以外になれず、事故物件クリーナーとしても中途半端で、ヒカリさんの助けがなくちゃ三枝を止められなかった。

「……自分が事故物件の原因に成り下がるとか、ざまあない」
「未遂じゃん」
「ミイラになったミイラとりに価値ないよ」
「寸前で息吹き返したろ、301号室で死ぬのはヒカリさんだけで済んだ。巻波さんの機転」
「何もしてないよ、三枝さんをあてずっぽで罵っただけ」
「俺は感謝してる。ヒカリさんの無念を晴らしてもらえた」
隼人の手に手を重ね、呟く。
「あの部屋で夢を見たの。たぶんヒカリさんの過去の夢……ヒカリさんになって登下校中のキミに手を降ったり、小さい頃のキミと遊んでた」
「昔近くにあった空き地かな。シロツメクサが一面に咲いてた」
「今もあるの」
「一昨年駐車場になっちゃった」

時は過ぎる。
人は死ぬ。
思い出は美化される。

「夢の中で約束した。隼人くんが世界一のサッカー選手になったら結婚考えてあげるって」
「あー……あったな」
「私……じゃない、ヒカリさんは世界一の保育士」
「叶わなかった」
「残念、あの人ならなれたかもしれないのに」
「同感」
ヒカリさんの途絶えた未来を儚み、隼人の頬を素手で包む。
「でっかいヒミツ分けてもらえたから、俺もお返ししていい」
「何」
「部屋に泊まった夜、パジャマでふらふらででてく巻波さんを追わなかったワケ」
隼人の頬に添えた指が感電したように引き攣り、咄嗟に手をはなしかけ、手首を掴んで引き戻される。
「どーせどーでもよかったんでしょ」
「反対」
謎めいた囁きを吹きこまれ、瞳と胸に動揺の波紋が広がっていく。
「……もしなんも考えず追っかけて、俺のアホくさい推理通り、巻波さんが証拠隠滅してたら」
すっかり捻挫が癒え、包帯がとれたすべらかな手で縋り付き、声変わりを終えて掠れた声を絞り出す。
「……すげーショックだから」
私は彼の手に掴まれたまま、虚勢だけで弱々しく笑ってみせる。
「事故の真相調べる為に部屋に上がり込んだのに真実知るのが怖いって矛盾してない?」
「自分でも意外。追いかけろって頭が命令してんのに身体が動かなくて、もし追っかけて巻波さんが他の誰かと会ってたら、俺の何の根拠もねーふざけた推理通り誰かと組んでヒカリさん殺してたら」

この子はまだ高校生だ。

「どうしていいかわかんなくって」

ヒカリさんに先立たれただでさえ心が折れてるのに、次に信頼した人にも裏切られるなんて、そんな残酷な現実耐えられるわけがない。

逃げ出したくなっても無理はない。

目の前の男の子に物狂おしい程の愛しさがこみ上げて、切なさをかきたてられ、さりげなく話題を別方向へ導く。

「あの夢、一部聞こえなかった。なになにでも結婚できるのなになにってなあに?」
「いとこ同士でも結婚できるって言ったんだ」
「え?」
こぼれおちんばかりに目を見張る。
「言ってなかったっけ」
「聞いてないよ!え、二人って恋人じゃないの!?」
今度は隼人が困惑、真っ赤になってしどろもどろ弁明する。
「まさか、俺なんか最初っから眼中になかった。昔から可愛がってくれたけど、あくまでいとことして。俺んちはガサツな兄貴しかいねえから、ヒカリさんみたいにキレイで優しい姉ちゃんが欲しくってさ。初恋って言われたら否定できないし、実際憧れちゃいたけど、少なくともヒカリさんはただの便利な雑用係程度に思ってたんじゃないか。テーブル買い替えた時とかよく荷物持ちに呼ばれたし……あそこエレベーターないだろ」
異性として意識してない、小さい頃から一緒に遊んだ弟みたいな存在だから、何の抵抗もなく部屋に入れたのか。
なんだ。
そっか。
「あー。ちなみに聞くけど、ヒカリさんの得意料理知ってる?」
「知らない」
「食べたことある?」
「ない。手料理食えるのは彼氏の特権らしい」
拗ねる隼人にネタバレする。
「正解はサラダときゅうりとレタスとワカメ、プチトマトのサラダ。和風ドレッシングも添えてね」
「ずるい、なんで知って」
反駁する隼人の唇を立てた人さし指で封じる。
素早く自分の唇に触れてから、再び彼の唇へと指でタッチし、とびっきりの笑顔を作る。
「オンナのヒミツ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幽霊居酒屋『ゆう』のお品書き~ほっこり・じんわり大賞受賞作~

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:83

お昼ごはんはすべての始まり

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:29

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:161

【第三章開始】後宮の右筆妃

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:931

紅国後宮天命伝~星見の少女は恋を知る~

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:188

こちら鎌倉あやかし社務所保険窓口

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:205

癒しのあやかしBAR~あなたのお悩み解決します~

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:18

拾ったのが本当に猫かは疑わしい

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:294

処理中です...