少年プリズン

まさみ

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オーバードーズ

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斉藤文貴は僕の親友だ。
最初は嫌悪を抱いた。次に芽生えたのは羨望だ。実際付き合ってみると斉藤はとても柔軟な感性の持ち主だった。なのにどこか厭世的な翳りも持ち合わせている。そのギャップが女心をくすぐのだろうか、交際している女が絶えた試しがない。
今日、大学の構内で斉藤が女と話しているのを見かけた。女は深刻な表情で俯いている。斉藤は涼しげな表情でコーヒーを啜っていた。別れ話をしてるのだろうと直感が働く。案の定女が先に席を立ち、目に涙を浮かべて横を通り過ぎていく。
僕はあきれ顔で女が消えた席に着き、ブラックのコーヒーを頼む。
斉藤は数秒前まで対面にいた女の存在を忘れ、レポートの続きにとりかかっていた。タイトルは「カラマーゾフの兄弟に見るイワンの歪みの構造 彼はいかにして無神論に至ったか」。とっくに気付いているくせに、入れ違いで座った僕の存在に言及しない。まったくいい性格をしている。胸の内でため息を吐いて口を開く。 
「また別れたのか」
「ああ」
頬杖を付いて答える。
仕方なく無関心に促す。
「理由は?」
「別に……飽きたのかな」
「酷い男だな」
「順だけには言われたくないね」
「どういう意味だ」
「君ほど人の気持ちに鈍感な人間はいないって意味さ」
「失礼だな」
「スメルジャコフの盲目的な信仰心に最後まで気付かなかったイワンと同じだよ」
「無神論者の同類か。悪くはない。お前は僕を信仰してるのか」
「ある意味ではね」
上目遣いでいたずらっぽく返す、もったいぶった素振りが腹立たしい。この男は僕をからかって楽しんでいる。斉藤自身はどうでもいいが、彼が書いてるレポートの内容が興味をそそって呟く。
「僕にはイワンの気持ちがわかる。この世に神は存在しない。よしんばいたとしても無能で不能だ」
「僕にはスメルジャコフの気持ちがよくわかる」
イワンに憧れていた、卑しい男の気持ちが。色素の薄い瞳と視線が絡んで何故か気まずくなる。眼鏡のブリッジを中指で押し上げて苦いコーヒーを含む。
「なら聞くが、スメルジャコフは何故ああまでイワンに心酔したんだ。まるで神の代用品じゃないか」
「神をも恐れず我が道を行くイワンはスメルジャコフの理想だった」
「凡庸な回答だな。幻滅だ」
辛辣に言い放てば斉藤が苦笑いし、指に挟んだペンを器用に回す。
「僕はイワンの生き方が好ましい。彼は冷たく正しく時に脆い、だからこそ目が離せない」
僕をまっすぐに見詰めて告白する、その口ぶりが孕んだ仄かな熱が伝わってきた。
「……イワンはスメルジャコフの助けなど欲してなかったがな。支えがなくても一人で立てる人間だ」
「作中人物の代弁者を気取るのかい?君らしくもない」
「辛辣だな」
「さっきのお返しだよ」
一本とられた。釣られて笑顔になる。斉藤がレポートを畳んで椅子を引く。こちらを見下ろす眼差しはどこまでも優しく凪いでいて、逆に居心地悪さを覚えるほどだ。
「今日もうちに寄ってくだろ」
「ああ」
「夕食は何がいい?」
「お前が作るのか」
「リクエストがあれば」
斉藤は見かけによらず料理上手だ。コイツに手料理を食わせたがる女は多いが、本人は自分で作る方を好む。しかもハーブやスパイス、皿にまでこだわる本格派だ。そして僕に食わせたがる。皮肉にも斉藤の手料理は、僕が長いこと忘れていた家庭の味や家族のぬくもりを思い出させてくれた。

そんなこと望んでないのに。
犯罪者にも温かい家庭があったなんて、そんな唾棄すべき事実を知りたがる国民がどこにいる?
ましてや今は孤児になった犯罪者の子どもが、温かい家庭の味に手懐けられているなんて。

「……ナポリタン」
だがしかし、認めたくはないが斉藤の飯はうまい。特にパスタは絶品だ。
眼鏡のブリッジを押し上げて一言呟けば、斉藤が実に嬉しげに微笑んで頷く。
「了解、腕によりをかけて準備する。君用の皿も買ったんだ」
「わざわざ……物好きだな」
「順は青が好きだろ?」
「青色は食欲を減退させるぞ」
「じゃないと際限なくおかわりしたくなる」
「自信家だな。大口に見合うものをだしてくれよ」
前回はカルボナーラを食べた。「チーズがくどかった」と率直に指摘すれば、「もっと精進するよ」と落ち込んでいた。斉藤にも可愛い所があるのだ。

その日は斉藤の部屋に行きふたりで夕食をとった。彼のナポリタンはおいしかった。薄切りにされたソーセージに甘い玉ねぎ、ケチャップの風味が絶妙だ。
最近はプロジェクトに携わる院生同士、一緒に食事をとることが増えた。昼は構内のカフェテリアか研究所の食堂で、夜は斉藤の家かレストランで。誰かと食事をするのは久しぶりだが、回数を重ねるごとに慣れてきて舌がなめらかになった。
「ご感想は?」
「まずくはない」
「ギリギリ及第点?厳しいね」
「はき違えるなよ、合格点だ」
きっぱり言い直すなり、最高の褒め言葉をもらったみたいに斉藤がにんまりする。理解に苦しむ。この笑顔をプライベートで恋人に向けてやればもっと長続きするだろうに、実に残念な男だ。
ただで料理をおごってもらうのは気が引けたので、食後はキッチンで共に皿洗いをする。
並んで台所に立ち、そろって腕まくりをし、シンクに浸けた食器を泡立てていると疑似家族めいた連帯感が芽生える。
「僕がやるからむこうで休んでいたらどうだ」
「お客様に皿洗いを任せてホストは寛いでろって?」
「ごちそうになったからギブアンドテイクだ」
「僕が手伝いたいんだ」
おもむろに飛んできた泡が片方のレンズに付着する。眼鏡をはずして苛立たしげに拭えば、隣の斉藤が無邪気に吹き出す。釣られてこちらも苦笑し、弛緩した空気が漂った。
「まるで夫婦だね」
「お前と結婚する気はないぞ」
「冗談だって。そういえばまだ睡眠薬飲んでるの」
「慢性的な不眠症でな……カウンセリングも効果がない」
「アルコールと一緒に飲んじゃいけないよ、命に関わるからね」
心配そうに注意する斉藤がおかしくて、自然と頬が緩む。
「プロジェクトの完了を見届けるまで死にはしないさ。どこかのお前と違って責任感があるからな」
どこで間違えたのか時折考える。
僕と斉藤は友達だった。人生で唯一親友といえる存在だ。なのに何故道を分かったのか、何故離れ離れになったのか……お前がスメルジャコフで僕がイワンなら?
プロジェクトは順調に進行していた。僕は精子の提供を求められた。選ばれし優秀な精子と卵子を授精させ、天才児を作り出すのがプロジェクトの目的だと聞かされていた。
雲行きが怪しくなり始めたのは受精が成功した後。受精卵が鍵屋崎由香利の子宮に戻され、三か月がたった頃だった。
研究所の一室、僕の目の前に立っているのはプロジェクトに参画している遺伝子工学の権威だ。
「それは本当ですか?」
声を低めて詰め寄れば、初老の男は難しい顔で首を振る。
「こちらとしても誤算だよ。受精段階の遺伝子操作はリスクが大きい、鍵屋崎由香利の胎から生まれてくる子の寿命は知能と引き換えに大幅に削られた。平均二十歳、もって三十年の命だ」
「そんな」
「プロトタイプだから不安定なのは仕方ない。今回得られたデータを次の実験に生かそうさいわい君の精子は健康で数も十分に」

データ?
次の実験?

何を言ってるんだ。視界が暗くなる。めまいに襲われた。自分が動揺しているのが不可解だ。
最初から実験のリスクは承知で参加したくせに、精子を息子とは認めないはずだったのに、男の口から告げられた事実に絶望を感じている。
目の前のプロジェクターには数枚のエコー写真が貼られ、胎児の成長過程を克明に映していた。
自分は冷たい人間のはずだ。イワンのように神を信じず、誰にも頼らず生きてきたはずだ。
なのに何故写真から目をそらせない?
両親が罪を犯して死んだ時、親戚中をたらい回しにされた時、もう絶対に家族は作らないと決めたはずじゃないか。
まだ目鼻立ちはおろか性器すら定かではない写真の胎児を見詰め、駆け出す。
プロジェクトの責任者に直談判した。
「待ってください鍵屋崎博士、あなたは実験体の寿命が大幅に削られるのをご存じだったんですか!?」
妻を連れて廊下を歩いていた男が煩わしげに振り返る。
「ああ、その可能性もあるとはな」
「だったらなんで教えてくださらなかったんですか」
「些末な事柄だ。君はただの精子提供者にすぎない。知っておく理由と意味が?」
鍵屋崎優の口調はどこまでも事務的だ。隣の由香利が淡々と付け足す。
「国が欲しがっているのはこの子の頭脳よ、寿命じゃない。長く生きればそれだけ貢献が可能になるでしょうけど」
「貢献って……プロジェクトで生まれた実験体は特別な教育を施され、いずれ国家の中枢を担うんですよね」
「細菌兵器の開発に携わらせる予定だ」
耳を疑った。僕が聞かされていたのは、自分が精子を提供した子どもが国の財産となることだけだ。一歩踏み出して声を荒げる。
「他国を侵略するんですか」
「自衛の為の武器だよ、核ミサイルは古いからね。まあ今後政情が安定すれば戦争を仕掛けるのも悪くはない」
「あなたが精子をくれたこの子が日本の切り札になるの、誇らしいでしょ」
「私たちも親になれて誇らしい」
「きちんと教育しましょうね」
「多角的なデータをとるにはやはり比較対象がないと……」
「性差による違いも検証したいわ」
「政府が養育を一任してくれたのは賢明だ」
「責任感を刷り込むなら下の子を作ったらどうかしら。もちろん自然生殖になるけど、私の機能に問題はないわ」
由香利が満足げに腹をなでて微笑み、鍵屋崎優がそれに追従する。

理解できない。
したくない。
コイツらは狂ってる。

脳裏を過ぎるのは歴史の資料で見た過去の大戦の記録、全身の穴から体液と汚物を垂れ流し悶絶する人々の姿が瞼の裏に焼き付く。
僕は愚かだった。何故ろくに考えもせず同意書にサインしたのか、あの時の自分を殺したい。
仲睦まじく将来の計画を語り合い遠ざかっていく鍵屋崎優と由香利、今すぐ追いかけて絞め殺せば間に合うのか、僕の子は国に利用されず生まれてくることなく安らかに終われるのか?
「ッ……」
気分が悪い。耳鳴りがする。プロジェクトの完了を見届けるまで死なないと誓った。斉藤にも軽口を叩いた。完了とはなんだ、何をもって完了とする?子どもが無事生まれたら、無事育ったら、無事成人したら、無事人殺しになったら……
その後は?
どこで終わりにすればいい?
知らなかったではすまされない、僕の無知と無関心が生んだ罪だ。僕が叫んだ所で今さら実験は中止できない、鍵屋崎由香利の子宮内では受精卵が育っている。月が満ちれば人殺しになる運命を定められた子が産声をあげる。
犯罪者の子は所詮犯罪者、その呪いから永遠に逃れられない。
家族なんてほしくなかった。子どもなんて作る気もなかった。なのに何故精子を提供したのか。実験に協力すれば将来を約束されるから、ここで出世できるから、しかし今の無力な院生にすぎない自分に何ができる、もしこれから生まれてくる我が子に関与できるならそれは僕が地位を固めてから、エリートとして認められてから……
「順?どうしたんだ、真っ青だよ」
斉藤の声がする。体がよろめいて傾ぐ。咄嗟に力強い腕で支えられ車に押し込まれた。斉藤がアクセルを踏んで車を出す。僕は助手席でキツく目を瞑る。
「頭が痛い……」
「病院へ行く?」
「いや……少し休ませてくれ、眠りたい」
「じゃあ僕の部屋へ連れてく」
斉藤は都内のマンションで一人暮らしをしている。小さく頷いて車を飛ばす横顔は真剣そのものだ。三十分後にマンションに到着し、斉藤が肩を貸す。覚束ない足取りで駐車場を抜けてエレベーターに乗り込み、また短い廊下を歩いて部屋に着く。
「大丈夫か。もうすぐだから」
斉藤の声が遠ざかる。瞼の裏に鍵屋崎夫妻とエコー写真がチラ付く。靴を脱ぐのももどかしく転がり込み、斉藤の寝室をめざす。
「ッ……ぐ……」
頭痛が耐えられないほど酷い。スーツの懐から手探りで瓶をとりだし、大量の錠剤を呷る。強引に飲み下そうとしてえずき、すかさず斉藤にひっぱたかれた。
「睡眠薬じゃないか、吐けよ」
「ほっといてくれ」
「何があったんだ、様子が変だよ」
「関係ない。僕の問題だ」
「プロジェクトに関わる事?鍵屋崎博士に何か言われた?」
脳裏に恐ろしい疑問が芽生える。
「斉藤……お前は知ってたのか」
「何を?」
「実験体の寿命。計画。細菌兵器」
斉藤の瞳に戸惑いが生じる。その反応に心から安堵した。彼もまた核心を聞かされてなかった、裏切られたわけじゃなかった。もし知ってたら絶対参加しなかったはずだ。
「僕の子どもは……」
言葉が続かない。朦朧と呟く僕を斉藤がバスルームまで引きずって行き、喉の奥に指を突っ込んで錠剤をかきだす。息苦しさにむせて嘔吐する。人殺しの子どもは人殺し。僕は真性の馬鹿だ低能だ天才だエリートだおだてられ調子に乗っていた、少しでも周囲に勅使河原教授に認められたくて見返したくて都合の悪い真実に目を瞑った、実験には代償が付き物なのにわざと見ないふりで
「僕の子どもは大量殺戮の兵器を作らされる。特定の人種にだけ有効な細菌兵器、そんなくだらないものを……地獄しか招かないものを無理矢理作らされるんだ」
善悪も是非も教えられず、ただモルモットとして。
「はたしてそれが、それで生きているといえるか?」
実験体と呼ばれる自分の子どもは、政府の手厚い庇護のもとで教育されると信じていた。
「僕は金輪際家族を作らない。誰も好きにならない。でもひょっとしたら、僕が精子を提供した生物学上の息子だけは、環境因子に起因せず幸せになれるんじゃないかと思ったんだ」
人殺しの子供の子供でも関係なく、健やかに育ってほしいと祈ってしまった。その結末がこのざまだ。
「笑えよ斉藤。口じゃ虚勢を張った所で、本当は心底家族が欲しかったんだ」
僕は無理でも僕の息子には呪いの連鎖を断ち切ってほしいと、勝手に期待をかけた。
「死んだ方がマシだ」
バスルームのタイプに突っ伏して嘆く僕から背広を毟りとり、腕を掴んで寝室へ戻る。まだ頭が朦朧とする。手足が痺れて動かない。斉藤が僕をベッドに投げ出して背中が弾む。
「順」
真っ暗な部屋の中、出しっぱなしのシャワーの音が虚しく反響する。斉藤が僕を下の名前で呼んでのしかかり、シャツのボタンを上から外していく。
「やめ、ろ」
恐怖と生理的嫌悪で声が震える。さっきから吐き気が止まらない。
「死んだ方がマシなんていうなよ」
縋るように切実な声で囁き、斉藤が首筋にキスをする。熱く火照った唇が喉仏を吸い立て、ゆるやかに鎖骨をなぞっていく。
「斉、藤。なんで」
「ゲイなんだ」
突然の告白に思考が停止、頭が真っ白になる。目の前の斉藤が哀しげに微笑む。
「頭の中で何回君を犯したか知りたい?何回君でマスターベーションしたか知りたい?」
「よせ、さわる、な」
辛うじて首を振り、弱々しく拒む。純粋な恐怖と圧倒的な嫌悪に仰け反り、シーツをかきむしって抵抗する。
「僕の部屋で死なれたら死体の始末に困る。君はちゃんと生きて、最後まで生き抜いて見届けるべきだ」
「お前、は、同性愛者で……僕に性的欲求、を、抱いてたのか。じゃあ女性と付き合っていたのは」
「僕はスメルジャコフ、人目を気にしてびくびく逃げ隠れする卑しい男だ。だからイワンに憧れた、彼は自分を恥じない男だから。なのになんで無防備に弱みを見せる、僕がいる場所まであっけなく落ちてくるんだ、あんまりじゃないか」
たった今、偽りの信仰が打ち砕かれた。美化された安田順の理想像が壊れた瞬間、親友はけだものに変わる。
「あッ、ぐ、ぁあっ」
手足を振り回して暴れた拍子に眼鏡がはずれ、無造作に床ではねる。斉藤が僕を組み敷き、体中至る所にキスをする。僕にはわかってしまった、斉藤の思惑が。どこまでも献身的なその意図が。
「斉藤、やッ、ぅあ」
「潔癖そうな顔が台無しだね」
これはレイプだ。無理矢理体を繋げた所で得られるものは痛みだけ、与えられるものは屈辱だけ。なのに執拗に刺激された前は雫をたらし、どんどん硬さをと反りの角度を増していく。斉藤が僕の乳首を吸い転がし、固く閉じた排泄器官をほぐしていく。
「嫌だ、さわるな。しなせて、くれ」
「逃げるな安田順。僕を見ろ」
僕を力ずくで犯して、自分を憎むように仕向けるなんて馬鹿な男だ。自分は憎まれてもいいから、それで生かそうとするなんて。
「今から君を抱く。無理矢理こじ開けて、一生忘れられないキズを付ける」
だから復讐にこいというのか?お前を忘れる権利さえくれないのか?
「あッ、ンぅぐ」
斉藤に肩を甘噛みされて初体験の快感が駆け抜ける。脳髄まで痺れる感覚。斉藤が先走りをすくい、自分の唾液を足してよく伸ばし、アナルの襞に刷り込んでいく。
「自殺なんてするな。君には僕に復讐する権利と自分の子どもに果たさなきゃいけない責任がある、僕たちがどんな結末を迎えようと逃げずに見届けるんだ」
「自分より先に死ぬ子どもを、か、ンあッ」
「そうだ。君より先に死ぬかもしもれない子の生き様を、しっかり目に焼き付けるのさ」
劣情に息を荒げながらも目だけは恐ろしく実直に告げる。斉藤のテクニックに乱され、自然と声が腰が上擦っていく。アナルに抜き差しされる指が二本に増え、前立腺に届きそうで届かない刺激のもどかしさにやるせなく喘ぐ。
現実逃避を兼ねてキツく目を瞑れば、胎児のエコー写真と鍵屋崎夫妻の背中を圧し、瞼の裏の闇を斉藤の顔が占める。
「ぁッ、ぁっ、あぁンっ」
羞恥心とプライドのせめぎあいが身体と心を引き裂く。斉藤のペニスが挿入され抽送が始まる。
眼鏡がないからぼやけてるのか生理的な涙のせいか、近付いてはまた遠ざかる斉藤に無意識に手を伸ばすも届かず絶望する。
「憎いなら殺しにこい。待ってるから」
腹の底で爆ぜる殺意に一突きごと憎悪をくべ、耳たぶを噛んで囁く。
ともすれば彼に縋りたくなる両手でシーツを掴み、前立腺に責め立てる腰使いに喘いで宣言する。
「お前、を、殺すまで、死ねない」
「ぜひそうしてくれ」
だんだんと意識が薄れていく。斉藤が汗みずくの顔を手挟んで唇を重ねる。睡眠薬の苦い後味に顔をしかめ、呟く。
「次会うときまでに君が救われてなければ、僕が診る」
「貴様に、腹を、さぐられるのはっ、一度で十分だ」
本当に馬鹿な男だ。
お前は僕に希望と絶望をくれた。息子の為に生きろと言い、自分を殺しにこいと言い、その両方が僕の……私がこの世に留まり続ける理由と成し遂げるべき目的となった。
「ぁッ、あッ、ンっぐッ」
「怖くないよ。一緒にいく」
体内の斉藤が膨れ上がって最奥に到達した瞬間、射精に至る。
殆ど同時に大量の白濁を飛び散らせ果てるや、強姦魔のくせに不思議と満ち足りた表情で斉藤が言った。
「君の主治医になるのが僕の夢だ。回り道してもきっと叶える」

イワンとスメルジャコフは決裂した。
私たちの人生が再び交わるのは十五年後だ。
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