冥界隧道

まさみ

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幽霊列車⑫

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光に包まれ消えてく乗客。餞別の文化人形。

あの時はああすんのが正しいと思って。
知らねえ人たちでも一方的に殺されんのほっとけなくて、知り合っちまった子がいりゃ尚更で。

「幽霊とか関係ねえじゃん、時が戻るんなら皆生き返ってめでたしめでたし」
「出口に建っとる追悼碑見たか?図書館の記録は?ホームページに載っとる史実どうやって覆すねん、現実はコピペで置き換わらんぞ」
「大阪空襲の夜に現われた列車は?どうしてあっちはよくてこっちは駄目なんだ、どっちも人死に賭かってんのに筋通んねえ」
「ちょっとはSF読め、歴史改変した人間はろくな末路辿らん」
事実が先か捏造が先か。捏造が先か事実が先か。既定路線に沿って運行するのと途中で切り替えんのは違うのか。
「屁理屈捏ねんな、活字苦手なんだよ!」
「言うたろ、トンネル出た時点で」
「冥界トンネルの法則知ってりゃ助けられたかもしんねーのに」
もっと早く気付いてここに来りゃ、冥賀トンネルの惨事を取り消せたのに。
ふみちゃんと守屋のじいちゃん、雅子さんを会わせてやれたのに。
「みんなに機銃掃射の事知らせて、みんなで必死に願って、したら路線を切り替えられたかもしんねえじゃん」
「幽霊を応援に呼び出すんか」
悔し紛れに背凭れを殴り、顔を上げる。
「お前の親は?」
「……」
「助けに行けるんじゃねーか。魚住だって」
「鉄道事故で死んどらんさかい、勘定に入らん」
「やってみなきゃ」

幽霊列車がタイムマシンで、過去に戻れんなら。

「日時は?大阪空襲ん時の幽霊列車は心斎橋に現れた時間わかっとる、お前は魚住飛び下りた曜日と時間分単位秒単位で思い出せるか」
「何月何日かはわかるよ!」
「過去の自分とばったり会うてもたら」
「魚住助けられんだぞ」
「推測で話進めんな。万歩譲って成功したとして、ちゃんと帰ってこれるんか。トンネルから遠く離れて、戻ってきたら列車がどろんとして、置いてかれるかもわからへん」
激情に任せて詰め寄る。
「お袋さん親父さん助けたくねえのか。親さえ生きてりゃ根性悪なばあちゃんとガマンして一緒に暮らさねえでよくなんだぞ、助けに行こうよ。お前たち家族は幸せなまんま、帰り道に何も起きなかった事にしてうち帰れんだぞ!」
「理一」
静かに呼ばれた。
「泣くな」
頬を伝った熱い雫が、ぱたぱた床に散っていく。
「くだらん奇跡は願わん。願てたまるか」
茶倉が寂しげに微笑む。
「俺とお前が今ここにおるんは、俺のおとんとおかんが死んだからや」
「ッ、だから」
「お前と会えた」
絶句。
茶倉の目は澄み切っていた。
「過去を捻じ曲げてまで、お前がおらん未来は欲しくない」
「……意味わかんねえ。家族が死ぬんだぞ」
「せやね」
「死んだ人は死んだままなんだぞ」
「知っとる」
「生き返らせたくねえのかよ!?」
ガタンゴトンガタンゴトン、列車の振動音が空間を埋める。
俺が茶倉だったら。同じ目に遭ったら。お袋や親父、姉貴やじいちゃんを理不尽に奪われたら。
「お前のお袋さん、すっげえ美人だった。綺麗なだけじゃねえ、優しそうだった」
「おおきに」
「本人に挨拶してえ。息子さんの一番のダチだって言いてえ」
「お見合いかい」
「親父さんにカメラ教わりてえ」
「喜びそうやな」
「好きだったんだろ」
「まあな」
「家、出たいんだろ。ばあちゃんと折り合い悪くて窮屈なんだろ。本当は拝み屋なんか継ぎたくねえし、人を殺したり傷付ける仕事の手伝いもしたくねえ」
「かもな」
「なのに、俺を選ぶの」

どうかしてる。両親さえ生きてりゃ幸せになれんのに。

「お前の親が助かったって俺が死ぬわけじゃねえし、俺が大阪行くかお前が東京来るかすりゃ会えんじゃん」
無理矢理笑い、できるだけ軽く言ってみる。茶倉が器用に片眉を上げる。
「絶対?」
「わかんねーよ!」
「おとんとおかんがいっぺんに死んで、俺がババアに引き取られて、そのあと篠塚高に入って、鳥葬の巫女を倒した事実も帳消しやで」
ああ。
お前、そこまで。
「俺は大阪で、お前はこっちで、お互い知らんまま生きる。鳥葬の巫女は野放しのまんま、篠塚高にのさばり続ける。魚住が死ぬ。今度は板尾も」
「やめろ!!」
耐えきれず叫ぶ。
茶倉が冷静に念を押す。
「俺とお前が揃わな鳥葬の巫女は討てん」
「上手いこと記憶を引き継げば」
「過去変えた瞬間に今ここにおる俺たちは消える。タイムパラドックスや」

盲点だった。

「全部救うんは無理や。選ばなあかん」

答えは決まっていた。
ここで過去を変えちまえば、俺と茶倉の道は金輪際交わらず、鳥葬の巫女の祟りが大勢の人間を巻き込む。俺の友達や知ってる先生も死ぬ。

一年前に助けた人たちが、俺のせいでまた死ぬ。

「ごめん……」
魚住にふみちゃんに茶倉の両親に、俺が見殺しにしてきた、これからもきっとする、沢山の人達に謝る。
「生き返らせたくねえはず、ねえよな」
茶倉は背伸びしていた。危なっかしい爪先立ちでぷるぷる震える左手を翳してみたかと思いきや、不意に何かを断念し、偉そうに命令する。
「しゃがめ」
中腰で屈む。ちび茶倉が尊大に顎を引き、ぎこちなく俺の頭をなで回す。
「帰るで。板尾たちが待っとる」
一緒に下校する小学生みてえに手を繋ぎ、列車ん中を引き返す。次の車両に移るたび前を行く背中が伸びて、最後の車両に至る頃には、高校生の茶倉に戻っていた。
「大丈夫か?」
留守番してた板尾が心配顔で聞いてくる。
「問題あらへん」
「ならいいけど……目え真っ赤だぞ」
「埃入っちまって」
「今度は大阪弁がでっかくなった!」
茶倉の変化に耕作くんが驚き、板尾が不安げに地団駄踏む。
「俺が最後かよ~ちゃんと元に戻れんだろうな!?」
「戻れっから話を聞け」
大阪の地下を駆けた幽霊電車の件は、戦時中の都市伝説として語り継がれてる。これは史実なのだ。
窓の外じゃ壁の幅や傷み具合が刻々と移り変わり、仮説の正しさを立証する。
「冥界トンネルは色んな時代の色んなトンネルと繋がってる。時間がモザイク状になってるんだ。そして俺たちは昭和二十年三月十四日未明に、心斎橋から梅田にかけ、列車が走った『事実』を知っている」
全員は救えなくても、そこに助けられる人がいるなら行きてえ。
「既に確定済みの『事実』に沿って行動するなら、過去を捻じ曲げたことになんねー」
「乗った」
俺の手の甲に板尾が手を重ね、渋々茶倉も置く。続いて耕作くん雅子さんに向き直る。
「二人も手伝ってくれ」
「一体何を」
「昭和二十年三月十三日と十四日に大阪空襲が起きて、心斎橋に大勢の人が取り残された。そこに列車が来るんだ」
「大阪空襲の話は母ちゃんに聞いたけど、だってそんな、この列車は」
「さっきのお姉ちゃんが戦闘機操ってんの見たろ」
「見た。すごかった」
「だろ?ここじゃ思ったことが現実になる、戦闘機はお姉ちゃんの心が生み出したんだ。あんなでっけえ鉄のカタマリを創造できるんだから、ここにいるみんなが力を合わせりゃ、列車を過去に飛ばすなんてお安い御用だろ」
「できるわけないわ」
「できます」
力強く断言し、雅子さんと耕作くんの手を握り締める。
「ふみちゃんを一人で行かせちまったのずっと悔やんで生きてたんだろ、あの時同じ列車に乗ってたらって死ぬほど自分責めたんだろ」
「それは」
「ごめん、ふみちゃんは助けらんねえ。よかれと思って成仏させちまった。でもさ、まだ助けられる人たちがいるんだ。真っ暗な地下鉄で、トンネルん中で、迎えの列車を待ってんだ」
深く頭を下げる。
「俺たちは空襲を知らねえ、テレビや新聞や学校の授業を通した戦争っきゃ知らねえ。過去に遡るにはトンネルが生きてた頃を知ってる二人の力が必要なんだ」
冥界トンネルなんてあだ名される前、冥賀トンネルと正しく呼ばれてた時代を知ってる生き証人が。
「オイラ、やる。心斎橋にもふみと同じ位小せえ子いるんだろ」
耕作くんが凛とまなじりを決する。
「私にできるかしら。みんなのお荷物になったりは……」
雅子さんが自信なさげに俯く。
「アンタたちしかできんねん。路線切り替えるにはポイントチェンジせなあかんけど、平成生まれのモヤシっ子三人が束んなったかてたかが知れとる」
「握力にゃ自信が」
「八神雅子」
「は、はい」
「守屋耕作」
「はいっ!」
突然の点呼に姿勢を正す雅子さん耕作くんを、挑むようにきっかり見据え。
「往生際、派手にブチかますで」
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