ふたりのアラベスク  ──あなたに心、奪われていく

香月よう子

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全ての謎が解けた瞬間

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「時間よ」
「時間……?」
「時が解決してくれるわ。どんなに辛くても、どんなに悲しいことでも『時間』が全てを流してくれるわ。いい? 奏子。もし、また彼から接触があっても無視すること。そうじゃないと奏子の今の家庭も幸福も全て壊れるわ」
 紗雪は続けた。
「この恋は奏子の『運命の恋』じゃないのよ。運命なら、旭良さんよりも早く出逢っているはずだわ。奏子はその彼より先に旭良さんと出逢った。それが縁、運命というものよ」
 運命の恋……そう思った時もある。でも、結局、旭良も清志郎もどちらも選べない。堂々巡りのこの迷路から、なんとか抜け出したい。
「辛いのは今だけよ。必ず忘れられる時が来るわ」
 清志郎を忘れる。忘れられる……そんな時が本当に来るというのか。
 来るとしたら、その時は自分が死ぬ時ではないのか。
 いや、死んでも忘れられないかもしれない。
 一体、自分は死後あの世で、旭良と清志郎とどちらと再会したいのだろう……。

 そんなことを奏子がじっと考えていると、紗雪が重い雰囲気を払拭しようと手元のバッグから二枚のチケットを取り出した。

「これ、映画のチケット。もらったんだけど行けないから、奏子にあげる」
「これ……」
 奏子は目を見張った。

『いつの日かのアラベスク』……それは、奏子が愛読している作家・白石雄の作品の中でも奏子が最も好きなあの小説のタイトルだった。

「この映画、主役があのイケメンアラフォーの北詰きたづめ尚登なおとで、ヒロインが期待の十七歳の新人女優らしいから結構話題になってるみたい」
「知らなかった……」
 奏子は普段、音楽ばかり聴いていてテレビを観ないし、芸能人にも関心がないのでその情報は初耳だった。
「嬉しい! 絶対に観に行くわ!」
「それは良かったわ。都合がつくなら、旭良さんと二人でデートしてきなさいよ」
「うん」

 この時、奏子はそれまでの憂鬱な気分もいっとき忘れ、思わずはしゃいでいた。あの『いつの日かのアラベスク』を映像で観ることができる。それは、奏子にとって望外の喜びだったから。


 ***


「かなちゃん。どれ着ればいい?」
「そうね。このシャツにこっちの黒のパンツでいいわ。上はグレンチェックのコートを羽織って」
 奏子がクローゼットの中を吟味しながら、てきぱきと指示する。
 奏子と二人で出かける時、旭良は必ず着ていく服について奏子にお伺いを立てる。奏子は自分の服とのバランスも考えて、旭良の格好をソックス、靴に至るまで完全コーデする。
 その方が旭良も興味がなく苦手なファッションについて自分で考える必要がなく、奏子に恥をかかせることもない。お互いにとってそれはストレスがない。

 紗雪からチケットをもらった映画『いつの日かのアラベスク』を今日、奏子は旭良と二人で観に行くのだ。

 上映は14時20分からなので二人は映画の前に、奏子が前から行きたがっていた人気のカフェで、パンケーキと珈琲でランチにした。
 旭良は厚切りの三枚のプレーンタイプをオーダーしたが、奏子は薄い四枚の円形に敷き詰められたパンケーキの上に、小さくカットされた苺やキーウィなどのフルーツの上から生チョコレートクリームがかかっている、それはいかにもインスタ映えしそうな豪華で美味しいパンケーキに大満足。
 旭良と二人でのお出かけは久しぶりな上に、しかも『いつの日かのアラベスク』を観ることが出来るということで、奏子のテンションは朝からずっと高い。

『いつの日かのアラベスク』は、高校時代、英(はなぶさ)みどりというクラスメートの恋人がいた小説家・川野かわの宏平こうへいが、女子高生のまま過去の熊本からやって来たみどりと、熊本とは遠く離れた雪降る街にあるカフェ『RAMラム』で何度も再会するという時空を越えたラブストーリーである。
 この映画の原作では、奏子の好きなクラシック音楽や哲学や食べ物など洒落た描写にも凝っていて、何より宏平とみどりの時を駆ける純愛物語がいったいどう映画化されているのか、奏子は期待に胸をふくらませている。

 そして、このチケットには舞台挨拶もついている。芸能人には興味がない奏子でもその雰囲気は楽しみたいと思う。
 映画館には14時前に入館し、普段は飲まないコーラとお約束のポップコーンも買った。
 座席は中央左寄り前から5列目で位置も良く、奏子はわくわくしながら舞台挨拶と映画の開始を待っていた。

 そして、14時20分。
 時間ぴったりに舞台に女性司会者が登場し、監督、俳優陣が登場した。

 その時。
 奏子の躰は凍り付いた。

 あれは……。
 一瞬、目を疑った。
 オーラこそないがあの北詰尚登と同じくらい背が高く、舞台の隅に控えめに上がっているあの男性は。
 間違いなく清志郎だった。
 何故。
 どうして清志郎がこの舞台の壇上に上がっているのか。

 司会者がまず川野宏平役の主演の北詰尚登、次に黒髪の清楚な美少女、上野うえの水希みずきをヒロインの英みどり役として紹介した。
 マイクを向けられた北詰は、自分の役者人生のターニングポイントとしてこの映画に取り組んだと語り、新人の水希は、ヒロインとして精一杯このみどり役を演じましたと語った。それから、監督の岩谷いわたにしゅんがこの映画の見所を簡潔に語り、最後に清志郎へとマイクが向けられた。


 そして、全ての謎が解けた──────
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